最近、牛乳をよく飲んでいる。
1日1リットル。
牛乳が余っているという報道を真に受けて、ここ3ヶ月ほど毎日飲んでいる。
その効果だと思いたいが、身長が0.2ミリ高くなった。
179.7が179.9になった。
そんなの誤差の範囲内じゃないか、と言う夢のないお方。
それは、正解かもしれない。
しかし、大学時代の私は、180.5センチあったのですよ。
それが、年を食ったら、8ミリ縮んでしまった。悔しいではありませんか。
誤差の範囲だとしても、2ミリ野比のび太のは、嬉しい。
私は、中学2年生までは、標準よりおチビさんだった。
しかし、安心して構えていた。私の家系は、ほぼ標準身長のつまらない系譜だったが、私の祖父だけが明治37年生まれなのに、180センチあったのだ。
当時男子の平均身長が160センチと言われていた時代に、20センチも高かった。大男ではないか。人気デュオのコブクロさんを想像しませんか。
そして、私の祖父の顔は、私にクリソツだった。猟銃を構えている写真を見て、まるで血が繋がっているみたいに似ているな、と思った。
祖母にも「おまえは、絶対大きくなる」とお墨付きをもらった。
隔世遺伝というのが、まことにあるのなら、俺はでかくなる、と確信を持っていた。
でも、中学2年になっても小さいじゃん。
そのとき、隔世遺伝はあてにならんかもしれん、と私は覚醒した。
背を伸ばそう、と真剣に私は考えた。
背を伸ばすなら、牛乳だよね。単純すぎるが、それしかないと思った。幸いにも中目黒の家から23メートル離れたところに、牛乳屋さんがあった。
それからは、毎日学校に行く前に牛乳をゴクゴク。帰りにもゴクゴク。ゴクゴクゴクゴクゴックシジュウゴ。
そのとき、牛乳屋さんのオバちゃんに、「あら、サトルちゃん、背を伸ばしたいの? それなら、納豆もたくさん食べるといいわよ。隣のヤマダさんちの坊や。牛乳と納豆をもりもり食べて東京都から『健康優良児』として、表彰されたんだから」と言われた。
牛乳屋さんの隣は豆腐屋さんで、納豆も売っていたのだ。私は、それを真に受けて、毎日納豆を食った。当時は、藁に包まれた納豆だった。
今考えると、完全に商売人に踊らされたアホなガキだ。
しかし、何が良かったのか不明だが、踊らされた結果、中学3年1年間で、14センチ身長がのび太のである。
155センチが、169センチになった。小さい方から4番目だった順番が、高い方から3番目になった。
人を追い抜く快感を陸上短距離以外で初めて味わった。
身長は、大学2年のとき、ピークの180.5センチになった。気がつけば、ほとんどの人が、私より背が低かった。
快感!
しかし、今は179.7センチ。牛乳飲んで2ミリ増えたのを喜んで何が悪い!
牛乳を笑うやつは、牛乳に泣くぞ。
ところで、瓶の牛乳を飲むとき、多くの日本人は腰に手を当てる。
あれは、日本人だけの習慣かと思ったが、むかし白骨温泉に行ったとき、風呂上がりに、白人も牛乳を飲むとき、手を腰に当てているのを見て衝撃を受けた。
万国共通じゃないか。
国立に名物の黒人がいる。彼はいつもスタンダード・プードルを従えて、スターバックスのテラスにいた。陽気な人だ。絶えず体を動かしていた。踊っていた。街ゆく人に、誰彼構わず話しかける愛すべき外人だ。
ただ、外見は黒人だが、外人ではないかもしれない。名前は「近田ボビー」などという日本的な意表をついたものである可能性もある。
その外人らしき人が、先日ペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた。そのとき、彼もやはり、左手を腰に当てて飲んでいたのである。
牛乳ではなかったが、飲み物を飲むとき、手を腰に当てるというのは、人類のDNAに等しく埋め込まれたものなのかもしれない。興味深い、実に興味深い。
だが、私はここでしらけることを言おうかと思う。
私は、手を腰に当てて牛乳を飲むことはしない。その習慣はない。
だって、中学3年のとき、朝牛乳屋さんの前で牛乳を飲むとき、左手にはカバンを持っていたからね。学校の帰りに飲むときも左手にはカバン。
大学時代の陸上部の合宿で、風呂上がりに毎回牛乳を飲んでいたが、そのときは、後輩の坊主頭に手を置いて飲んでいた。
その方が、体が安定するんですよ。湯上りの坊主頭を撫で回しながら飲む牛乳は、最高でしたね。
坊主頭のことですが、昔の体育会系は、たいてい「髪の毛、剃ってこいよ」というパワハラを受けることが多かった。
私は陸上部だった。中学のときはパワハラを受けなかったが、高校、大学のときは陸上部の監督からパワハラを受けた。
やーだね。
髪の毛と走ることに、何の関係があるのさ。「不潔に見えるからだよ」。坊主頭が清潔って、その根拠は何? 「髪が長いと髪の毛に汗が垂れて不潔に見えるからだ」。坊主頭だって、汗かきますけど。走って、頭に汗かかないやつは、練習サボっている証拠でしょうが。髪がある、ないとかより、大事なのは練習だよね。汗は拭けば乾くよね。毎日髪を洗っている髪あり人間とたまにしか洗わない髪なし人間では、どちらが清潔だろう? 髪の問題ではないよね。
高校1年の新人が、こんなことを言うのは勇気がいったが、監督は、仏頂面ながらも認めてくれた。
最初は、髪が長いのは私だけだったが、徐々に同類が増えて、2年終わりごろには坊主頭はいなくなった。
大学でもほぼ同じ行程を踏んで坊主頭を撲滅した。自主的に坊主頭を選択したひとは、数名いたが。
体育会系は、坊主頭というアナクロニズムは、いまだに根強いみたいだ。
軍隊をイメージしているのだろうか。でも今どき自衛隊員でも坊主は少ないのではないか。そんなパワハラをしたら、自衛隊に入る人がさらに減る気がしますがね。
お坊さんだって、このご時世、坊主頭は少ないと思うが。
一昨日、最近少し仲良くなった同じマンションに住んでいるササキさんちの中2の男の子が、いきなり坊主頭になっていた。
どしたの?
「可愛がっていた亀が死んじゃったんです。子どものころからずっとそばにいて、兄弟みたいなものだったのに。悲しくて悲しくて、亀のために何をすればいいかわからなくて、髪を剃っちゃったんです」
目には、涙が浮かんでいた。
それを見たら、思わず坊主頭を抱きしめてしまった。
少年、俺は、そんな君が大好きになったぞ。
可愛がっていた亀が死んで、髪を剃るなんて何て純粋なんだろう。
「でも、まわりからはアブないやつって思われているんですよね」
「この間、駅前の本屋で偶然会った担任からは、どうした? イジメにあったのかって心配されました。困っていることがあったら、正直に言うんだぞ。先生は、君の味方だって、両肩を揺すられました」
いい先生じゃないか。
「でも、その先生、学校の伝統ある『生き物係』を潰した人なんですよね」
少年よ、人生は、表裏一体だ。
禍福は糾える縄の如し、と言うではないか。
「チョットなに言ってるかわからない」
まあ、俺も意味がよくわかっていないんだけど。