今週の金曜日、大学時代、2学年下だったカネコからLINEが来た。
「話したいことがあるのだが、時間は取れるか」
とれない、あばよ〜〜(豚がバイバイしているスタンプ)
今度は、LINE電話が来た。
「俺が国立に行く。1時間でいいから頼む」
頼まれる。国立駅南口から213メートルのところにあるロイヤルホストで2時に集合。1時間だけ時間をくれてやるのだから、おまえの奢りでいいな。
「もちろん」
このロイヤルホストは、月に一回、カネコの娘・ショウコが二人のガキを連れてやってきて、強制的に私に昼メシを奢らせるところだ。
人呼んで「ガイコツいじめのショウコ」。とても可愛い娘だ。
この日は、その仇をとってやろうかと私は目論んだ。店のメニューを片っ端から平らげてやろうと思ったのだ。
ここで補足説明。
カネコは、私が大学3年の時、新人として私が所属する陸上部に入ってきた。800メートルと1500メートルが専門の線の細い男だった。
カネコは体型が細いだけでなく、心の線も細かった。結局、陸上部になじめず、半年足らずで部をやめた。
才能があるのに、惜しいなと思った。
カネコのことが気になった私は、キャンパスで彼を見かけると必ず声をかけた。最初の頃は、反応の薄かったカネコだが、1年の後期終わりには、学食でメシ食おうぜ、と誘うとついてくるようになった。
そして、陸上部の仲間との飲み会にも、誘えば2回に1回はついてくるようになった。一番端っこで、黙って飲むだけだったが、内気なカネコとしては大きな進歩だった。
おまえは、未成年者に酒を飲ませたのか、というご批判には、私は左耳を手で覆うことで答えることにする。
そんな気持ち悪い付き合いが、それからのち1年間続いた。
私は、他の大学のことは知らないのだが、私が通っていた大学では、規定の単位を取得すると卒業できるシステムになっていた。
私は、不覚にも取得してしまったので、大学を追い出されることになった。
卒業式の前の日。カネコから電話があった。
「マツさん、卒業おめでとうございます」
それから、沈黙が続いた。面白いので、何も言わずに放っておいた。
沈黙。おそらく1分6秒くらいだっただろうか。でかく息を吸う音のあとに、カネコの叫び声が、私の耳の鼓膜を震わせた。
「卒業しても、会いたい!」
とんだ愛の告白だ。言う相手を間違えているんじゃないか。
こんなワタクシで、よろしいのかしら?
「ボクは、真面目です!」
このときまで、カネコは冗談の通じない、つまらない男だった。
しかし、時は流れて、いま目の前にいるカネコは・・・・・。
芋洗坂係長に似た滑稽な男に変身していた。
初めて見たときは、173センチ、60キロのアスリート体型だった。それがいま、100キロ弱の家畜体型になっていた。
私は、他の大学のことは知らないのだが、私が通っていた大学では、規定の単位を取得すると卒業できるシステムになっていた。
カネコも、その結果、大学を追い出された。そして、中堅の住宅設備会社に就職した。
就職というのは、内気なカネコに、相当な試練とストレスを与えたようだ。カネコは、仕事帰りに食い物を大量に口に入れることで、自分の心をコントロールすることを覚えた。だが、体型だけはコントロールできなかった。
ほとんどの人は、食べれば太る体質を持っていた。カネコは、3年間で25キロの肉を体に巻きつけた。85キロになったのだ。逆RIZAP状態だ。
話は遡って、私が大学を卒業して2ヶ月経った頃、カネコと酒を飲んだ。そのとき、私はカネコに言った。
俺は、先輩風を吹かすのが好きじゃないんだ。俺は、おまえより2年早く産まれただけだ。たいした違いはない。だから、友だちとして付き合おうぜ。「マツ」って呼んでいいから。
カネコは、最初のうちは遠慮して、私のことをいままで通り「マツさん」と呼んだ。しかし、25キロの肉を巻きつけてからは、少しづつ態度が変わってきた。
「俺は、85キロ。こいつは58キロ。こんな貧弱な男より、俺の方が上等なんじゃないか」
カネコが、そう思ったのかどうかはわからない。
しかし、デブになってから、あきらかにカネコの私に対する態度が段階的に変わってきた。
「マツさん」から「マツ」、そして「おまえ」に。
カネコが、30を超える頃には、もう2歳差など無いに等しかった。むしろ、私の方が負けていると言ってよかった。
カネコは、内気を克服したのだ。よかったね!(怒り)
その後、カネコは35歳で結婚した。この結婚には、数々の偶然のロマンスがあったのだが、豚のロマンスを書いても美しくないので、当然ながら割愛する。
この結婚で、カネコは最初から6歳の娘を手に入れた。
ショウコだった。
ハッキリと物を言い、頭の回転が早く、とても母親思いの大人びた子だった。
結婚披露宴で、初めて私の顔を見たショウコは、「おじさん、ビョーキ? やせすぎじゃない?」と容赦のない声を私に浴びせかけた。
この日のご馳走のために、昨日の朝から何も食べていないんだ。
「ハハハハ、バーカ」
その披露宴で、ショウコは、私の膝に座りっぱなしだった。ずっと座りっぱなしだったから、スピーチもショウコを膝の上に乗せてやった。
ショウコとの出会いは、そんな感じだった。
ショウコとは、それからのちも、それなりに濃密な時間を過ごしていたが、この回は、それがメインではないので、以下省略。
目の前の芋洗坂係長(私は密かに『紅の豚』と呼んでいた。サングラスをかけるとソックリになるので)は、サーロインステーキとライスセットを頼んだ。
私は、生ハムとソーセージグリル、一番搾りを頼んだ。お代わりするのが面倒くさいので、いっぺんに三杯頼んだ。
一杯目を飲み干したあと、紅の豚に私は言った。
話ってなんだ。
紅の豚は、あっという間にサーロインの半分を胃に収め、ライスも収めて、ライスのお代わりをした。心なしか、ブヒブヒという声が聞こえたような・・・。
豚がライスを頬張りながら言った。
「女房と喧嘩したんだブヒブヒ。もう四日間、口をきいてくれないんだブヒブヒ」
「仲直りの方法を教えてくれないかブヒブヒ」
普通の人だったら、喧嘩の理由を聞くところだろうが、私は、そんな面倒くさいことはしない。
よその夫婦喧嘩の理由になんか、興味がない。そもそも紅の豚の夫婦関係が仮面だったとしても、世の中の大勢には何の影響もない。そのままで、いいのではないか。
だが、そんな心とは裏腹に、私はカネコに親切心を出した。
おまえのうちは、犬を飼っていたよな。たしか、コーギーだ。
「ああ、昨年の暮れに死んでしまったが」
奥さんは気落ちしたろ。
「声もかけられない状態だった。そのせいで、正月は暗かったな」
奥さんは、今もボランティアに行っているのか。
カネコの奥さんは、災害の大小に関わらず、困った状況の人がいたら、お友だちを募って四駆で駆けつけた。
そして、普段はご近所の一人暮らしのご老人たちの様子を見に、頻繁に動き回っていた。
ボランティア精神あふれた人なのだ。まあ、カネコと結婚したこと自体が、ある意味ボランティアではあるが。
私は3杯目の一番搾りを飲み干したあとで、カネコに向かって空のグラスを振った。
カネコは、まるで豚のように短い指で、3を表現した。器用な豚だ。
3杯の一番搾りが目の前に並んだのを確かめた私は、カネコに言った。
奥さんとふたりで、保護犬を飼うってのは、どうだい。ふたり協力して、不幸だった犬の面倒を見る。夫婦の絆が深まるとは思わないかい?
これは、最近、極道コピーライターのススキダが、保護猫を飼い始めたのをヒントに、適当に言ったことだった。
私は、一部の中国人のように、他人のものをパクることを何とも思わない恥知らずだ。パクリは文化だ。
私のいい加減な提案に、カネコは小さい目をパチパチさせて、興味を示した。そして、ライスのお代わりをまた頼んだ。
それから、鼻息をブヒブヒと吐き出した。
「いいな、それ。まさしく、女房好みのブヒブヒじゃないか」
そうだな、ブヒブヒだな。
3杯目のライスを食い終わったあとで、カネコが突然バッグから包みを取り出した。
「おまえ、誕生日が近かったよな。もらいもので悪いが、これ受け取ってくれないか。BOSEのヘッドフォンだ。おまえ、音楽好きだったろ」
(ため息をつきながら)カネコ、おまえ、俺にまったく興味がないだろ。
「どういう意味だ?」
覚えてないのか。俺は、右耳が聞こえないんだ。だから、25年間ヘッドフォンを使ったことがない。右側の音が聞こえなかったら、音を楽しく聞けないからな。
目の前の紅の豚の口が大きく空いた。そして、その口がパクパクと動いた。おお! これが噂に聞く「紅の豚金魚」か。額から汗が急速に吹き出してきたぞ。
「とっぱつせいなんちよ〜〜」
紅の豚が、汗を手の甲で拭きながら、頭髪の薄くなった頭を下げた。
「すまん、本当にすまん、うっかり忘れていた。それは、取り下げる。何か欲しいものはあるか? 何でも言ってくれ、すぐに買うから」
では、そのヘッドフォンをくれ。
「はあ?」
俺の娘が、昔からそのヘッドフォンを欲しがっていた。しかし、高くて手が届かなかったんだ。絶対に娘が喜ぶから、くれ。
「ああ、いいぞ、もらってくれ」(紅の豚が嬉々)
誕生日 BOSEもらって まるもうけ 高浜キョンシー
その日の夜8時前に、カネコからLINE電話があった。
「女房と仲直りした。保護犬の話は効果絶大だったな。ものすごい乗り気だった。前のめりすぎて、ブレーキをかけるのが大変だったよ。しかし、助かった。本当に、ありがとう。礼をしたいんだが、何がいい?」
今年の暮れ12月30日に、娘が正月休みで東京に帰ってくるんだ。ものすごく米が好きな娘でな。おいしい米を食わせてあげたいんだ。年の瀬で悪いが、お願いできないか。
「年末年始は、予定がないから構わない。米のうまい店だな。任せてくれ」
しかし、そのあとで、カネコが「うーーーーーーん」と唸った。
「あれ? おまえの娘、東京の鉄道会社に勤めているって言っていなかったか」
電話を切った。
はっぴばーすでー じぶん〜 🎶