毎年1月になると、大学時代からの友人・カネコの娘ショウコがガキ2人を連れてやって来る。
自分の分とガキ2人分のお年玉を分捕りに来るのだ。
しかし、今年は来なかった。
その理由については想像がついたが、私の想像は外れることが多いので、気にしないでいた。
気にしなくなったら、いきなり来た。
ニャンニャンニャンの日の金曜日、午前11時36分。
「ロイヤルホストにいるから来て」という絶対に断ることのできない悪夢のお誘い。
早足で行ってみると、珍しいことに、ショウコたち以外にデブが器用に椅子に座っていた。
芋洗坂係長にしか見えない紅の豚・カネコだ。
「久しぶりだったかな」と言われた。
無視して、ショウコたちにお年玉をあげた。代わりに、ショウコも私の子どたちの分をくれた。毎年の儀式だ。
すると、カネコも何やら小さな封筒2つを私の前のテーブルに置いたではないか。
なんだ、これ?
「お前の子どもたちに、一度もお年玉をあげたことがなかったことを思い出してな」
おまえ、突然いい人になったな。まさか賞味期限が38年すぎた焼き芋を食ったんじゃないだろうな。
「ねえよ!」
しかし、俺の子どもたちは28歳と23歳だぞ。今さらお年玉は、おかしくないか。
「今回は年は無視だ。とにかく受け取ってくれ」
あっそう(カネコの気が変わらないうちに高速でバッグに入れた)。ところで、生ビールが飲みたいんだが。
「好きなものを飲み食いしていいぞ。俺の奢りだ」
おまえ、まさか賞味期限が・・・・・。
「食ってねえよ!」
カネコ一家は、全員和風ハンバーグを頼んでいたようだ。
私はソーセージのグリルを2つと生ビールを頼んだ。
しかし、なんでカネコがいるのか意味不明。
そんな私の疑問に、ショウコが答えた。
「いつもはサトルさんに無理やり支払わせていたから、たまにはパパが払うのもいいかなと思って」
紅の豚が、嬉しそうに和風ハンバーグとライスを口に放り込みながら、頷いた。そして、ライスのお代わり、パンのお代わり。
豚は、本当に美味そうにメシを食う。本人は100キロは超えていないというが、それは無駄な抵抗というものだ。
唐突だが、カネコとショウコの間に血の繋がりはない。ショウコは奥さんの連れ子だった。ショウコは、カネコと私の前に突然6歳の女の子として現れた。
カネコが言う。
「ショウコがいることで、どれだけ俺の人生は豊かになっただろうか。宝物って本当にあるんだな」
その宝物は、大学1年のとき、結婚した。
「ショウコが結婚した」
私はカネコからの電話を大宮駅のホームで受けた。10年前のことだった。
お互い事務的な受け答えだったが、カネコは落胆を隠せず声が震えていた。
電話を切る寸前に、カネコがため息を吐き出すように「幸せになってくれたら」と囁いた。
私も、その電話を受けたあと、駅のホームのベンチで30分以上放心状態のまま、落ちてくる雨粒を見つめていた。
頬にソバカスの浮いたショウコの顔を思い浮かべながら、私も「幸せに」と願った。
「サトルさん、ビールがないね。頼もうか」
2人のガキとショウコの笑顔。
カネコと私の願いは、きっと叶ったはずだ。
2杯目の一番搾りを飲んだ。
カネコが孫たちが食い残したハンバーグをかき集めて、口に入れた。また、ライスのお代わりだ。
豚になり上がるのは簡単だ。人の残したものを食い漁ればいい。
豚になり上がる前のカネコは、アスリート体系だった。陸上の中距離の選手だったのだ。
カネコは、私が大学3年のとき、新入生として陸上部に入ってきた。
そのカネコは小さい頃から窮屈な人生を歩んでいた。歩まざるを得なかったと言った方がいいかもしれない。
カネコは日本生まれの日本育ちで、ご両親もすでに日本国籍を取得していたが、ご両親ともに韓国生まれ韓国育ちだった。
今の時代、排他的な差別主義者は、いくらでもいる。そして、昔もいた。どこで探ったのか知らないが、同じ新入生の中で、カネコのことを吹聴する学生がいたのだ。それに同調する人もいた。
窮屈に感じたカネコは一年の前期で陸上部を辞めた。
私はカネコの優しさと一途さを愛していたから(え? ホモ?)、辞めたあともキャンパスで見かけると必ず声をかけたし、学生食堂や居酒屋に誘うこともあった(18歳に酒を飲ませたことをここに懺悔します)。
そして、私が大学を卒業する前日に、私はカネコから愛の告白を受けるのだ。
「卒業しても、会いたい!」
それから、時は過ぎて、カネコは豚になり上がって、今に至る。
カネコがブタっ鼻で言った。
「妻がいて、子どもがいる。孫もいる。妻と共通の釣りという趣味もある。俺の晩年は幸せだよな、ブヒブヒ」
ああ、それに、もう一つ幸せが増えたしな。
「ああ?」
おまえが言わないなら、ショウコに直接聞いたほうがいいか。
ショウコが、オレンジジュースを飲み干して言った。
「パパ、サトルさんは、お見通しみたいだよ」
またもブタっ鼻が言った。
「なんで、わかったんだ?」
毎年来ていたショウコが正月過ぎても来なかった。理由があると思うよな。俺が考えられるのは、一つだけだった。
お腹の中の子は、まだ3ヶ月前後だろう。ショウコとしては、安定期になったら、俺に報告しようと思っていたはずだ。
だが、ホノカとユウホが「シラガジイジにお年玉をもらいたい」と駄々をこねた。そこで、ショウコの体を案じたおまえが、付き添いとして一緒に付いてきたわけだ。
ショウコが醸し出す空気で、なんとなくわかったんだよな。3人目がいるって。俺もショウコの保護者のつもりだからな。
「驚いたな」とカネコが、鼻をフガフガさせた。
5日前に、賞味期限を3週間過ぎたチーズをヤケクソで食っちまったからな。4ヶ月過ぎたキムチも食った。それぐらい、俺の感性はいま研ぎ澄まされているってことよ。
「意味がわからんが」
おまえも食ってみればわかる。
38年過ぎた焼き芋を食うよりは、体にいい。
「食わねえよ!」
ショウコ、マサ(ショウコの夫)、カネコの奥さん、カネコ、おめでとう。