お笑い芸人の芋洗坂係長にとてもよく似た友人がいる。
紅の豚、と言ってもいい。
大学陸上部の2年後輩だ。
姓をカネコという。
こいつは、2年後輩のくせに、私のことを「おまえ」と呼ぶのだ。
それには、理由があった。
大学1年のときのカネコは、とても繊細で人見知りだった。
私が大学3年のときに、陸上部に入部してきたカネコは、陸上部の雰囲気に馴染めず、そのせいで半年で部を辞めた。
しかし、同じように人見知りの私は、途中で辞めたカネコのことが気にかかり、キャンパスで見かけたら、必ず声をかけたし、友人たちとの飲み会の席に連れて行ったりもした。(おまえは、未成年に酒を飲ませたのか、という罵倒には黙秘権で答えることにします)
そんなことがあった後に、私は、当たり前のように4年で卒業することになった。
卒業式の前夜、2年後輩のカネコから電話があった。
カネコは、自分で電話をかけてきたにもかかわらず、2分ほど沈黙を貫いた。
そして、そのあと、衝撃の告白を叫んだのだ。
「Mさんが卒業しても会いたい!」
それに対して、私は、わかった、先輩後輩としてではなく友だちとして会おう、と恰好をつけた。
最初は遠慮して、私のことを「Mさん」と呼んだカネコだったが、5年もすると、コイツは先輩としてたてる価値のないやつだと悟ったのか、「おまえ」と呼ぶようになった。
芋洗坂係長のくせに。
紅の豚のくせに。
飛べない豚は、ただの豚だ。
偉そうに、ブヒブヒ言うな!
ただ、今回は、この醜い豚の話ではない。
いまのは、ただの前フリだ。
今回の話は、カネコの娘のショウコのことだ。
だが、ショウコとカネコの間に、血の繋がりはない。
ショウコは、カネコの奥さんの連れ子だった。
カネコの娘になったとき、ショウコは6歳だった。
私の前に現れたときもショウコは6歳だった。
ショウコは、ハッキリとものを言う子で、聡明だった。
ショウコには、勉強を教えた。
テニスも教えた。
速く走るコツも教えた。
一緒に風呂に入ったこともある。
遊園地やプールにも行った。
旅行にも行った。
娘のようなものだった。
そして、ショウコは、1歳下の私の息子の面倒を見、5歳下の私の娘の面倒も見てくれた。
ショウコは、大学1年のときに結婚した。
大学3年で、女の子を産んだ。
23歳で男の子を産んだ。
旦那は、中学の英語教師だった(二人とも私の大学の後輩だ)。
今のショウコは、子育てをしながら、自宅で翻訳の仕事をしていた。
子どもの名は、「ホノカ」「ユウホ」と言った。
どちらも「帆」の字がついた。
私の娘と同じだ。
なぜ、ショウコが自分の子どもの名に、その文字を使ったのかは、聞いたことがない。
ただの偶然かもしれない。
娘のような存在のショウコだが、一つだけ困ったことがあった。
ショウコは、7歳のときから合気道を習っていた。
つまり、20年のキャリアがあった。
私は、29歳のときに、体の衰えを感じて、ボクシングジムに1年1ヶ月通ったことがあった。
しかし、20年と1年1ヶ月の差は大きい。
ショウコは、子どものときから技を覚えるたびに、私を練習台にして関節技をかけた。
本気でかけるから、私の骨と関節は、いつも悲鳴をあげた。
ガイコツの骨と関節は強いから、致命的な損傷はしなかったが、普通の人だったら骨が折れていたに違いない。
そのトラウマが今も残っていて、私はショウコに抵抗することができない。
27歳になるショウコは、いまだに私にお年玉を要求する。
子どもの分も要求する。
子どもはわかるが、なぜ私が27歳の人妻のショウコにお年玉を毎年渡さなければならないのか。
そう言いたいのだが、私は怖くて言えない。
今年の2月まで、私たち家族は中央線武蔵境駅の近くに住んでいた。
今は、中央線国立駅だ。
ショウコの家は、中央線八王子駅の近くである。
困ったことに、八王子と国立は、結構近い。
武蔵境駅近くに住んでいたときは、年に2回程度しか会わなかったが、国立に越してきてからは、毎月呼び出されることになった。
ショウコが、子ども二人を連れて、いきなりやってくるのだ。
会うのは、国立駅近くのファミリーレストランだった。
私は、お安いガストやサイゼリアが好きなのだが、いつもショウコはランクが上のロイヤルホストを指名する。
お高いハンバーグやお子様ハンバーグなどを注文なさる。
結構な出費だ。
しかし私は、ショウコの関節技が怖いので、いつもそれを拒むことができない。
言いなりである。
今週の木曜日。
ロイヤルホストで、ランチを奢らされた後で、ショウコが言った。
「蚊取り線香が欲しいの」
(何で蚊取り線香? と思ったのだが、怖いので言い返すことができない)
「今までプッシュ型の蚊取りを使っていたけど、八王子の蚊には効かないみたいなの」
(そんなことはないだろうと思ったが、怖くて言い返せなかった)
圧力ある言葉で、「蚊取り線香、買って」と命令された。
ビビりながら、わかりました、と答えた。
「あとね」と続けてショウコが言う。
「蚊取り線香と言えば、豚の陶器よね」
(まあ、確かにそうだが、そこにこだわる必要はないだろう、と思ったが、怖くて言えなかった。君のお父さんは紅の豚だから、お父さんに買ってもらえばいいのに、と思ったが、怖くて私には言えなかった)
そんな風に思う心に反して、私は、近所に大型の雑貨店があるから、そこに行けば売ってるかもな、と答えた。
行ってみたら、確かに売っていた。
「買って」と笑顔で命令された。
買いました。
ドラッグストアで金鳥の大型の蚊取り線香3パックを買わされ、雑貨店で買った豚の形の陶器をショウコが車を停めた駐車場まで運ばされた。
結局は、蚊取り線香と豚の陶器を買わせるために、国立に来たのだな、と思ったが、それも怖くて言い出せなかった。
車の助手席に、買ったものを置いたあとで、ショウコが、ホノカとユウホに、「シラガジイジに、お礼を言いなさい」と言った。
ホノカとユウホは、「ありがとう」と言ったあとで、「シラガジイジ、しゃがんで」と言った。
私がしゃがむと、7歳と4歳の子どもたちは両側から、私のほっぺにチューをしてくれた。
子どものキスは魔法だ。
そのチューのおかげで、私のショウコに対する恐怖心が消えた。
だから、私は調子に乗って、「働きながらの子育ては大変だろうが、君ならできる」と偉そうに励ました。
しかし、「おまえが言うな」というような目で、睨まれた。
ビビった。
だが、子どもたちの魔法のキスが効いていた私は、恐怖心を半分しか感じなかった。
子どものキスは魔法だ、とそのとき強く思った。