午後2時半、得意先での打ち合わせを終えて、国立駅から歩いて家に帰ろうとした。
国立駅から旭通りを歩いていけば、7分程度でマンションに着く。
旭通りの歩道は狭い。
2人がやっとすれ違える程度の幅しかない。
その狭い通りを、フラフラしながら歩いている男がいた。
私の前を右にフラフラ左にフラフラ、花見帰りで酔っぱらっていたのかもしれない。
私は、事情があって早く帰りたかったので、追い越したかった。
だが、相手がどちら側にフラフラと寄っていくかが読めなくて、追い越せないでいた。
だから、面倒くさいと思った私は、左の車道側に降りて男を抜いた。
すると、「おまえ、追い抜くときは、右側だろう!」と男に怒鳴られた。
はあ?
車道に降りたことを怒られるのならまだしも、左から追い抜いたことを怒るとは・・・。
東京都の条例では、人を追い抜くときは右からと決められているのだろうか。
顔を見ると70代半ばの小太りの赭ら顔の男だった。
酔っぱらいだ。
「右だろうが! 右!」と男がまた喚いた。
前日も同じような出来事(コチラ をごらんください)があってイライラしていた私は、はあ? なんだ、おまえ! と私よりかなり年上の男に対して、強く睨み返した。
睨み返したら、ご老人は、途端に大人しくなった。
申し訳ないとは思ったが、「酔っぱらいモンスター」にいつまでも関わりあっているわけにはいかない。
私は急いでいるのだ。
マンションに着いた。
マンションは7階建てで、もちろんエレベーターがある。
我々の部屋は4階だが、私はエレベーターを利用したことがない。
いつも階段を駆け上がった。
このときも駆け上がろうとした。
しかし、そのとき私の目に移ったもの。
ご老人が、エレベーターの扉を左手に持った杖で叩いているところだった。
何をしている?
見ると、「定期点検」の札が貼ってあって、エレベーターが使えない状態だった。
「動けよ、バカ!」と言いながら、ご老人が扉を何度も杖で叩いていた。
叩けば動くというわけでもないだろうに。
杖とエレベーターの扉を比較したら、エレベーターの方が絶対に強いと思う。
だから、危険なのではないかと思った。
杖が折れたら、ご老人が怪我をすることもあり得る。
やめた方がいいですよ、とご老人に声をかけた。
だが、「▲○■◆※※↓」と怒鳴られた。
そして、さらに意地になったように、ご老人は、杖で扉を叩き続けたのだ。
その音を聞きつけた管理人が、駆けつけてきた。
管理人さんは、60代半ばの温厚な人だった。
当然のことながら、「やめてください」と止めた。
だが、その言葉がご老人の感情に火をつけたのか、ご老人は、狂ったように扉を叩き続けたのだ。
「俺の部屋は6階だ。エレベーターが▲○■◆※※↓!」と叫んだ。
扉には無数の傷が見えた。
だから、私は、これは器物損壊ですね、警察を呼びます、と言ってiPhoneを取り出した。
「警察」という言葉に敏感に反応したご老人は、杖を床に叩き付けて、マンションを出ていった。
あらま・・・元気だこと。
「扉たたきモンスター」が消えたことを確認した私は、階段を駆け上がった。
部屋に入ると左耳を冷やしている娘がいた。
大学4年で就職活動中の娘は、帰りの中央線の車内で、耳を傷つけられたのである。
娘の隣に座った70年輩のご老人が、クラシック・ギターをむき出しで持っていたという。
普通はケースに入れて移動するものだが、なぜかむき出しだった。
国立駅で娘が降りようとしたところ、ご老人がむき出しのギターを持ち替えようとした。
その反動で、ギターのヘッドが、娘の耳に当たったのである。
しかし、ご老人は、知らんぷり。
だが、幸運にも、それを目撃していた人がいた。
30歳前後の男の人だった。
「ちょっと、ホームに降りましょうか」と言って、男は娘を促し、ご老人の手を強く引っ張って、ホームに降ろした。
娘の左耳からは、少し血が出ていた。
「名刺はお持ちですか? この方があなたのギターで怪我をされました。もし、何かあったら、あなたの責任です。所在を証明するものをこの方に渡してください」
毅然とした態度だったという。
それに対して、ご老人は「偶然だろ? 変なこと言うなよ」と抵抗した。
そのとき、男が、名刺入れから名刺を出して、娘とご老人に渡した。
立川で弁護士事務所を開業している人だったようだ。
それを見たご老人は、渋々娘に名刺を渡した。
学習塾を経営している人だった。
人に学問を教えていても、人を怪我させたら知らんぷりできる教育者。
しかも、結局、娘に対して謝らなかったというのだ。
つまり、「謝らないモンスター」だ。
「まったく最近の若いものは!」という大人は多い。
だからと言って、「最近の年寄りは!」というつもりは私にはない。
若くたって年を食ったって、非常識な人は大勢いる。
総理大臣夫人が非常識なのだから、誰が非常識でも不思議はない。
私だって、人前で平気で屁をする非常識な男だ。
だが、「モンスター」にはならないでほしいとは思う。
なりたくないとも思う。
モンスターになってしまったら、言葉が通じない。
人間ではなくなる。
たった二日間で起きた出来事を大げさに騒ぎ立てることはないとは思うが、これから先、言葉が通じない年老いたモンスターが増殖しないという保証はない。
この二日間を経験してみて、私は思った。
たとえ社会の役に立てなくても、私は決して人様の邪魔をしない老人になりたい・・・と。
最後に、人様の邪魔にならない キレイな「国立駅前の桜並木」で、締めることにします。