嫌なことは続く、という法則が、人生にはある。
東京三鷹駅近くの機械式駐輪場に自転車を格納しようとしたときだった。首のあたりに生暖かい鼻息を感じた。
振り返ると17センチほどの近さに男が立っていた。40歳前後の鈍い表情をした小太りの男だ。
おそらく駐輪した自転車を取り出しにきたのだろう。相当急いでいたようだ。
その鼻息に負けた私は、男に、お先にどうぞ、と順番を譲った。
それに対して、男は「あっそう」と言って、私を軽く押しのけるように、機械式駐輪場のゲート前に立ちはだかった。
おや? ありがとう、はないんですかい?
期待した私が、バカだったか。
そのあと、三鷹駅のコンコースに行く階段を上ろうとしたとき、女性の小さな鞄から小銭入れが落ちるのが見えた。
「あのー、落ちましたよ」と7段ほど前をいく女性に声をかけた。
そのとき、わざわざ階段を下りるのは大変だろうと思った私は、その小銭入れを拾って女性に渡そうとした。
しかし、恐ろしいほどの剣幕で、女性に「触らないで!」と怒鳴られた。50歳くらいの細身の女性だった。しかも、私のことを睨んだのだ。
あのー・・・・言いたくはないですが、財布と一緒に、ありがとう、を落としましたか?
度重なる無礼に対して、眉間に皺を寄せたまま、中央線国立駅に着いた。
やや腹を立てながらも、冷静に財布に金がないのに気づいた私は、駅前のみずほ銀行のATM前に並んだ。
私の前に4人並んでいた。そして、すぐに私の後ろにも並ぶ人が増えた。私の後ろには、50年輩のくわえ煙草の男の人が並んだ。
その男が、「なんだよ、遅いな、どんだけ時間がかかるんだよ」と並んだ途端文句を言い出した。
キミ、まだ並んだばかりで何をイライラしているのかね。鬱陶しいやつだな、と思った。並ぶのが嫌なら、並ばなければいいのに・・・。さらに、俺の首筋に煙草の煙を吐きかけるなよ。気の短いやつなら喧嘩になってるぞ。条件は皆同じなのに、何でキミだけ、あからさまに不機嫌にイライラしているんだ。
しかし、私は、菩薩のように慈悲深い男である。
私の順番が来たとき、お先にどうぞ、と男に順番を譲った。少しくらい時間がかかったとしても長い人生の中では何の影響もない。どうぞ、どうぞと快く譲った。
だが、男は、無言で私を押しのけるように、ATMにダッシュしたのである。
おい、チミ、ありがとう、という日本語は、こんなときに使うものではないのか。
右手の拳がグーになったが、私は懸命に堪えた。
こんなときの私は、腹立ち紛れに、無差別に人の脇をコチョコチョとくすぐりたくなる衝動に駆られる。
だが、もちろん、今そんなことができるわけがない。駅前の交番の5頭身の警官に捕まるに違いない。
こんなときは、娘とコントをするに限る、と私はイラつく気持ちを必死でなだめた。
娘は大親友のミーちゃんと卒業旅行に行くために、いま必死でアルバイトで稼ぎまくっているところだった。
駅前のコンビニで働いていたのだ。
大学3年の前期に、娘が中央線武蔵境駅前の大手スーパーで夜間アルバイトをしていたときも、私は週に3、4回そのスーパーを訪れて、スーパーの売り上げに貢献していた。
今回も国立駅前のコンビニを週に3、4回訪れ、店の売り上げに貢献していた。毎回、おにぎり一個と炭酸水を買うのである。
娘がいるレジの前に、その2つを置くと娘は必ずこう言った。
「おにぎりと炭酸水、温めますか?」
はい、もちろん。
その度に、娘は電子レンジにおにぎりと炭酸水を入れる。
ただ、電子レンジのスイッチは入れない。指で20数えたのち、取り出すのである。
「お客様、お待たせしました。ちょうどいい具合に温まったようです」
どうもありがとう。今日も美味しくいただけそうです。
あのお・・・ボクの友だちのハヤシ君が、ライスを忘れてしまったようなんですけど。
「申し訳ございません、お客様。ハヤシライスは本日売り切れです。また明日お越し下さい」
カレー君もライスを忘れました。
「お客様、カツ君が横たわったものならございますが」
ああ、それをください。
「かしこまりました」(バカ親子か?)
そんなコントをやろうとして、コンビニの列に並んだ。
だが、そのとき、40から60歳くらいの男が娘のレジの前に立ったのだ。
「ネエちゃん、週刊文春をくれないか」
ルール通り並ぶということを知らない、ただのバカだった。
娘が言うには、一日に7、8人は、こんなバカがいるらしい。
「お客様、申し訳ありませんが、あちらに並んでいただけますか、順番になっておりますので」
娘は、そのコンビニで、一番接客態度のいいアルバイトに与えられる「グッジョブ賞」というのを頂くほど手慣れた接客をするアルバイトの鏡だった。
だが、その接客態度は、男には通じなかったようだ。
「いいじゃん、だって、週刊文春を買うだけなんだから。すぐ終わるから」
週刊文春は、こんな一部のバカに支えられているのだな、という偏見を申し訳なくも持った娘と私だった。
そのあからさまなバカさ加減が楽しくなって、私は思わず手を叩きながら声を出して笑ってしまった。
その拍手と笑い声に気づいたのか、男が、眉間に皺を寄せて、私の前にやってきて、私を見上げた。
身長165センチくらいの上下ジャージ男が、180センチの私を下から睨みつけた。
その日、色々なことが重なっていら立っていた私は、近づいてきた男の胸ぐらを右手で優しく掴んだ。そして、全力で相手の体を優しく引き寄せた(私はヒョロヒョロだが、ベンチプレスで70キロを持ち上げられる力はあった)。
もちろん、男を殴るためではない。神の左手で男の脇をコチョコチョするためだ。
だが、私の偽りの怒り顔にたじろいだ男は、「あ、ゴメンナサイ」と言って、素晴らしいスピードで逃げていった。
ああ、そうですか・・・最近の大人は、「ありがとう」は言えないが、逃げ腰の「ごめんなさい」は言えるのだな、と悲しい感情が私の胸を満たした。
最近の日本の大人は変わっている人が多い、と私は思った。
そのとき、遠くから風に乗って「おまえに言われたくないわ」という娘の正しいつぶやきが、唯一聞こえる私の左耳に入ってきた。