杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

『杯は眠らない』発刊顛末記

2023-04-03 09:25:15 | しずおか地酒研究会

 前回記事でご案内した『杯は眠らないーしずおか地酒35年の取材録』は4月2日発刊となりました。前回の、内容がよく分からないブログ記事だけで、すぐにご注文をくださった酒販店さんや酒友の皆さま、数少ない取扱い書店でさっそく見つけてお買い上げくださった皆さま、本当にありがとうございました。

 

 3月30日午後、印刷所から届いた本の段ボールを自宅玄関にとりあえず山積みしたときは、これが全部ゴミになったらどうしよう…ライター人生最大のバクチだな…と身震いしました。新人作家の処女作を世に送り出す編集者ってこんな気持ちかなぁと緊張しながら、最初の段ボールから取り出した10冊を手提げ袋に入れ、本を作ってくれた子鹿社田邊詩野さんが紹介してくれた鷹匠のひばりブックスさんを訪ねました。

「書店さんが引き受けてくれる自費出版本は1作あたり多くて2~3冊程度」と聞いていたので、おそるおそる「何冊置いてもらえますか?」と尋ねたところ、思いがけずドンピシャの「10冊」。実は、詩野さんがひばりブックスさんを会場に出版記念イベントを5月に企画してくれていたのです。

 オーナー太田原さんからは「スズキさんの前作〈杯が満ちるまで〉はよく売れたんですよね、期待しています」と嬉しいエールをいただきました。翌31日には、尊敬する元静岡新聞記者の川村美智さんがSNSで「ひばりブックスで偶然、真弓さんの本を見つけて早速購入!」と投稿してくれていて二重の感激。目に見えないバトンリレーが展開し始めたようで、ふわふわした気持ちになりました。

 こちらは詩野さんが作ってくれた配布注文用チラシです。

 

 31日は同じく詩野さん紹介の掛川の高久書店さんへ。”走る本屋さん”として知られるオーナー高木久直さんは、静岡書店大賞の発起人でもある静岡県を代表する活字文化人。そのような目利きがどんな反応を示すのか緊張しましたが、高木さんも「10冊引き受けましょう」とおっしゃってくれました。その日のうちに、以前取材でお世話になった掛川工業高校の杉山直康先生が「偶然見つけて購入しました。高久書店さんにはいつも素敵な本を求めて通っています」と嬉しいメッセージ。場所柄、『開運』の蔵人さんも通ってこられるそうですから、目に留めてくれると嬉しいなぁ!

 この日は、いの一番に注文をくれた浜松のかたやま酒店さんのもとへ。『開運・伝 波瀬正吉大吟醸無濾過斗瓶取り』を自分へのご褒美に購入しました。次いで藤枝のダイドコバルさんに納品。4月1~2日に藤枝・上伝馬商店街で開催する食のイベント〈mittaさくら祭り〉に出店されるそうで、店頭で紹介していただけることに。「飲食店仲間に宣伝します」と力強いエールをくださいました。

 4月1日は静岡朝日テレビカルチャー地酒講座の今年度第1回目の講座があり、テーマはもちろんこの本。受講生の皆さんに「教科書にしますから!」と半ば強引に?購入してもらいました。講座では本で紹介した蔵元の酒を7種(東から白隠正宗、高砂、萩錦、磯自慢、杉錦、喜久醉、開運)セレクトし、ブラインドで楽しんでもらいましたが、講座が始まる前、教材を調達しにうかがったヴィノスやまざきさんでも本を扱っていただけることになりました。

 ヴィノスの種本祐子社長は、ブログを見てすぐに連絡をくださり「首都圏のヴィノス全店舗でも売らせて!」と太っ腹オファー。すぐに各店舗から希望冊数を集めてくれて、「なるはやで送って」との連絡。デキる経営者は判断が早い!と感無量で梱包・発送を行いました。

 

 “嫁入り先”が順調に決まり、ウキウキ気分で帰宅したら、一足先に本を読んだ母から「ここ、間違っているよ」とひと言。な、なんと、赤面モノの校正ミスが!

 誉富士のことを書いた110ページの3行目、1俵(60kg)とするところ、1俵(60gになっていたのです。

 詩野さんとあれほど何度も校正のやり取りをしていたはずなのに、なんでこんな単純ミスを見落としていたのか・・・と気分急降下。母は「私でも、ああ校正ミスだなとわかる間違いだから、こんなややこしい本を読もうとしてくれる人ならわかってくれるよ」と慰めて?くれましたが、とりあえず詩野さんに連絡し、急遽訂正シールを作ってもらうことに。「わざわざミスしましたって言わなくても、黙ってりゃ気がつかれないよ」と暢気に話す母を諫め、まずはここでお知らせ&お詫びをさせていただこうと思います。本当に申し訳ありません。

 すでにお客様の手に渡ってしまったものに関しては、シールを貼ったものと交換させていただきますので、お買い上げ先にお申し出いただけますよう、お願い申し上げます。個人的に連絡がつく方には、私から連絡させていただきます。

 

 4月3日現時点でのお取り扱い店は以下のとおりです。短期間にお引き受けを英断してくださり、心より感謝申し上げます。なお店舗によって入荷のタイミングが異なりますので、ご面倒でもご確認をお願いします。

 

■子鹿社(通販のみ) HPはこちら

■ひばりブックス 静岡市葵区鷹匠3丁目5-15 HPはこちら

■高久書店 掛川市掛川642-1 HPはこちら

■長倉書店 修善寺本店、清水町サントムーン店 (企業HPはこちら

■かたやま酒店 浜松市中区砂山町510-9 HPはこちら

■ダイドコバル 藤枝市田沼1丁目3-26 食べログページはこちら

■呑み処ぼちぼち 浜松市中区千歳町35 TEL 090-6353-4120

■ヴィノスやまざき 静岡本店、新静岡セノバ店、沼津店、広尾店、中目黒店、有楽町店、室町店、銀座店、武蔵小杉店、川崎店、CIAL横浜店、池袋店、流山店 (企業HPはこちら

■長島酒店 静岡市葵区竜南1丁目12-7 HPはこちら

■旭屋酒店 浜松市東区植松町269-3 HPはこちら

■こめや原口酒店 牧之原市新庄1034-1 HPはこちら

 

お取り扱い店(*卸価格にて納めさせていただきます)は随時募集しております。ご連絡お待ちしております!

mayusuzu1011@gmail.com

 

 

■発売記念しずおか地酒サロン「日本酒ブックカフェ@このはな」開催

 日時/4月22日(土)12時~20時、23日(日)10時~15時 

    *時間内に自由に遊びにいらしてください。

 場所/古民家ワーク&レンタルスペース「このはな」(こちら

 内容/静岡市内の閑静な住宅街にある古民家(安東2丁目、アンコメさんや知事公舎の近く・アクセスはこちら)。私が主宰する駿河茶禅の会の例会でいつもお世話になっている素敵なスペースで、飲んでしゃべって本の試し読みができるブックカフェを2日間限定で開店します。ご来店の方にはもれなく鈴木の秘蔵酒をサービス。ノンアルコール用にお抹茶サービスもいたします。ご来店の際はお酒&おつまみ&お茶菓子の持ち込み大歓迎!本がお気に召してくださればお買い上げ、よろしくお願いします!

 このはなのオーナー永田章人さんは故・増井傳次郎さん(満寿一)の同級生で、増井さんが現役の頃、蔵で使用していた木製机を譲り受け、このはなで使用しています。この机を囲んでぜひ語らいたいと思っています。

 


『杯は眠らないーしずおか地酒35年の取材録』刊行のお知らせ

2023-03-21 12:50:47 | しずおか地酒研究会

 来る4月2日、新著『杯は眠らないーしずおか地酒35年の取材録』/頒価2,000円(税込)を出版することになりました。初めて自分で全制作費を工面し、思い通りの形で作る本です。ライター業務に就いて36年ほど経ちますが、なんだかようやく、やっと“自家製品”を生み出せた感があります・・・。 

 出版を請け負ってくれたのは、静岡新聞出版部時代に『杯が満ちるまで~しずおか地酒手習帳』(2015)を企画編集してくれた田邊詩野さん。詩野さんは2年前に独立し、伊豆高原でひとり出版社『子鹿社』を立ち上げ、伊豆半島をベースに地域に根ざした出版文化の創出に孤軍奮闘されている、私が最も信頼する編集者です。自費出版物を手掛けるのは初めてということで、ならば私の酒の本を第一号に作って欲しいと、お一人多忙な業務をこなされる中、無理にお願いをし、快諾していただきました。

 

 静岡の酒に出合ったのは昭和62年(1987)。35年が経った昨年(2022)、ちょうど還暦を迎えた年に執筆を担当した『静岡県の終活と葬儀』(静岡新聞社刊)を通じて自分の終活を初めて意識し、過去記事の棚卸しをし始めたのがきっかけでした。

 最初に書いたのは、平成元年(1989)2月、東京の〈酒仙の会〉が寺岡酒造場(現・磯自慢酒造)を見学し、焼津たち吉で懇親会を開いたときに、ゲストで招かれた河村傳兵衛先生の講話を飛び入りで拝聴して書き留めたもの。まだ原稿用紙の手書き原稿でした。

 これを始点に、フィールドノート社(現・静岡オンライン社)の静岡アウトドアガイドで連載した『静岡の地酒を楽しむ』シリーズ(1995~2000)、毎日新聞朝刊連載『しずおか酒と人』(1997~1998)、JA静岡経済連情報誌『スマイル』(1998~2020)、静岡マガジン社季刊マガジンSizo;ka『酒蔵を巡るしぞーかスケッチ旅行』(2008~2009)、静岡オンライン社ウエブ連載『日刊いーしず・杯は眠らない』(2013~2014)等など、さまざまな媒体で連載の機会をいただき、単発での寄稿も数多させていただきました。

 今回は、これら過去記事プラス当ブログ記事の中から、単行本で残しておきたいと思ったものを選んで収録しました。執筆当時は現役バリバリだった蔵元さんや杜氏さんが引退し、世を去られる過程を思うにつけ「先人が築いた歩みや功績を、誰かがきちんと書き残すべきだろう」「自分にもしものことがあっても過去記事を顧みてくれる人はいないだろう」という焦燥感にも似た自意識にかられてのこと。もちろん特定の個人や銘柄を宣伝する目的ではありませんが、ストーリー重視で選んだ結果、静岡の酒をまんべんなく紹介することはできなかったことを、まずもってお許しいただきたいと思います。

 ほとんどが10年以上前の記事で、最新のトレンド情報やガイド情報は皆無ですから、今の酒徒の皆さんには退屈な内容かもしれませんが、目次をザッと紹介しますね。

 

〇酒縁の人々~波瀬正吉さん、山崎巽さん、増井傳次郎さん、岡田真弥さん、河村傳兵衛さん

〇地の酒地の技~高砂と富士山下山仏、下田の地酒「黎明」、近江商人の酒蔵、富士の白酒と白隠正宗、南部杜氏時空の旅、早稲田大学グリークラブの酒造り唄、杉錦の生酛造り、志太杜氏、サトウキビからアル添酒へ

〇米と水を巡る旅~  酒米の多様化と誉富士、静岡のまるい水まるい酒、世界遺産の仕込み水、名水の歴史を巡る旅

〇忘れ得ぬ対話~松崎晴雄さんと語る静岡吟醸、杜氏と樹木医・自然の育ちに寄り添う力(青島傳三郎さん×塚本こなみさん×鈴木真弓)

〇日本酒の履歴~広辞苑重版の旅、酒とうつわ、酒造聖地巡礼、酒と御饌と茶懐石、出雲との茶文化交流と酒造起源探訪、酒茶論~酒 対 茶の可笑しな論争

 

 嬉しかったのは、本の装丁と組版を手掛けてくれたデザイナーのBACCOさんが、私が過去に描いたイラスト画を見て「力がある、真弓さんの人柄が伝わる」と掲載を提案してくれたこと。今回初めてご一緒するデザイナーさんだけに、その一言が何よりのご褒美に聞こえました。その分、ページ数が増え、ちょっとお高い本になってしまいましたが、高校生の頃、漫画家を夢見ていた自分に「還暦まで待てばいいことあるよ」と伝えたい気分になりました。

 

 この内容ですから一般の書店に並べても売れないと思い、今回は既存の書店流通販売はせず、以下の方法でお届けしたいと考えています。

 

■子鹿社のサイト(こちら)にて通信委託販売 *4月2日から

 

■発売記念しずおか地酒サロン「日本酒ブックカフェ@このはな」開催

 日時/4月22日(土)12時~20時、23日(日)10時~15時 

    *時間内に自由に遊びにいらしてください。

 場所/古民家ワーク&レンタルスペース「このはな」(こちら

 内容/静岡市内の閑静な住宅街にある古民家(安東2丁目、アンコメさんや知事公舎の近く・アクセスはこちら)。私が主宰する駿河茶禅の会の例会でいつもお世話になっている素敵なスペースで、飲んでしゃべって本の試し読みができるブックカフェを2日間限定で開店します。ご来店の方にはもれなく鈴木の秘蔵酒をサービス。ノンアルコール用にお抹茶サービスもいたします。ご来店の際はお酒&おつまみ&お茶菓子の持ち込み大歓迎!本がお気に召してくださればお買い上げ、よろしくお願いします!

 このはなのオーナー永田章人さんは故・増井傳次郎さん(満寿一)の同級生で、増井さんが現役の頃、蔵で使用していた木製机を譲り受け、このはなで使用しています。この机を囲んでぜひ語らいたいと思っています。

 

■子鹿社と直取引のある県内個人書店にて委託販売 *書店リストは追ってお知らせします。

 

■この内容に関心のある酒造会社、酒販店、飲食店にて委託販売 *鈴木より直接お願いにうかがいます。販売をご検討いただける方はご一報ください。

 鈴木のメール mayusuzu1011@gmail.com

 

■静岡の酒を支援する酒の会・イベント(規模・地域は問いません)にて出張販売 *出張販売の機会をご提供いただけるようでしたら鈴木が直接うかがいますので、上記メールまでご一報ください。

 

 初めての自費出版物、どう売ればいいのか正直なところ不安で一杯ですが、静岡の蔵元さんが、初めて造った吟醸酒を受け入れてくれる取引先を一軒一軒開拓されていったことを思い浮かべながら、一冊一冊丁寧に手売りしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします!

 


京王百貨店新宿店『静岡うまいもの大会』地酒プロモ報告

2023-02-23 14:13:20 | しずおか地酒研究会

 2月16日から21日まで京王百貨店新宿店で『静岡うまいもの大会』が開催されました。2017年から2021年まで西武百貨店池袋本店で開催した『静岡ごちそうマルシェ』から続く静岡県商工会連合会主催の食の物産展。昨年から京王新宿店に場所を移して2度目。通算6度にわたり、会場の一角で静岡県の地酒をプロモーション販売させていただきました。備忘録のつもりでレポートさせていただきます。

 

 今年の出品蔵元は『金明』(御殿場)、『白隠正宗』(沼津)、『富士錦』(富士宮)、『英君』(由比)、『萩錦』(静岡)、『杉錦』(藤枝)、『小夜衣』(菊川)、『花の舞』(浜松)の8銘柄。

 金明・萩錦・小夜衣は大会6度目にして初参加。地域密着の中小の食の担い手を大規模市場で紹介するという商工会の開催趣旨にのっとり、「静岡には(都内で知名度のある)開運・正雪・磯自慢以外にも素晴らしい酒がある」ことをアピールできればと思い、こちらの発注本数に対応可能と思われる蔵元にお声かけした次第。静岡酒ファンと思われるお客様から「マユミさんらしいセレクトですねえ」と評価?していただきました。

 ただし、京王の催事チラシでこの3銘柄を写真付きで紹介してもらったので、京王側から「欠品は許さず」という厳しいお達しがあり、他銘柄よりも1~2ケース多めの仕入れ。ショーケースを埋め尽くした瓶に最初はおののいてしまいました💦

 

 そんな不安は杞憂に終わり、萩錦は蔵元杜氏の萩原綾乃さんが仕込み期間中にもかかわらず19日(日)に来店してくださったこともあり、用意した生酛純米大吟醸720ml、「土地の詩」純米無濾過生原酒720mlと1,8lは見事完売!

 小夜衣は蔵元の来店なしにもかかわらず、純米ワンカップ180ml、しぼりたて特別純米無濾過生原酒720ml、純米吟醸限定秘売品プレミアム720ml、2003BY古酒浪漫720mlが完売。とりわけ、何の能書きも付けていない秘売品プレミアムと20年熟成古酒が、試飲もなしで完売するとは予想できず、売れ残ったら自分で買おうと思っていたのでビックリ大感激!。もちろんセールストークに力は入れましたが、期間中、秘売品プレミアムを買ったお客様が「美味しかったから」と再来店して2本目を買ってくださり、これは完全にファンになってくれたな!と手応えがありました。際だって個性的な酒は、大きなマーケットになればなるほど強いんだなあとしみじみ・・・。

 金明は御殿場以外では県内地酒専門店以外、販売チャネルがほとんどなく、蔵元来店なし、ラベルに酒米や酒質データの表記もなしで、セールストークに苦戦しましたが、それでも私がぜひ出品してほしいと蔵元根上さんにお願いした特別純米「富士自慢」720mlが完売。初日に来店してくださった杉錦蔵元杜氏の杉井均乃介さんが、根上さんに電話し「この酒の特徴は何て説明したらいい?」と聞くというファインプレーもあり、代表銘柄の金明純米酒720mlも30本近く売れました。

 

 今回新たに日本酒バーを開設し、一升瓶のない金明を除いた7銘柄に加え、京王側からのたっての希望により『磯自慢』(焼津)、『初亀』(藤枝)を特別出品。併せて9銘柄をシャッフルして3グラスセット(880円)にし、これを6セット用意しました。1グラスあたり80cc近く注ぎましたので、かなりお得な試飲セットになったと思います。

 京王側から「日本酒バーで提供する酒は瓶売り不可」と言われ、せっかく試飲して美味しいと思ったのになぜ買えないの?とお客様から度々詰問され、(本来、特約専門店以外取扱いのない磯自慢や初亀が瓶売りできないのはやむを得ないとしても)なんとも歯がゆい思いをしましたが、それでも自信を持って揃えた銘柄をリーズナブルにお試しいただき、隣接する回転寿司コーナーと連携し握り寿司や刺身を自由にオーダーできる手頃なスタイルが奏功し、10時開店と同時に駆け込んでこられるお客様もいて大好評でした。

 

 8銘柄の中で今回の売上ナンバーワンは富士錦さんでした。というのも、この催事に併せ、新商品の純米大吟醸「天地星空(あまちほしぞら)」(720ml  9900円)をテスト販売し、これが見事完売したのが第一の功績です。

 このお酒はJR新富士駅等でドラッグストアを経営する近藤薬局の近藤弘人さんが、世界にアピールできる富士の特産品を創ろうと、富士市商工会の支援を受けて企画したもの。富士山の恵みの象徴である日本酒と、製紙のまち富士の新技術セルロースナノファイバー製の特殊パッケージをコラボさせ、富士山の魅力や環境意識、そしてSDGsへの関心が高い海外へ販路を広げる目的で、富士錦酒造と共同開発しました。

 私は商工会の派遣アドバイザーとしてこの企画に参画し、商品設計のお手伝いをし、今回の催事でテスト販売ができるよう関係者の協力を仰ぎました。植物由来の次世代素材セルロースナノファイバー(CNF)については、7~8年ぐらい前からニュービジネス協議会の活動で何度も話を聞いており、どのように実用化されるのか楽しみでしたが、まさか身近な地酒でカタチになるとは思わなかったので、感慨ひとしおです。

 今回は初お目見えということで、購入者は近藤さんの知人がほとんどでしたが、最後の1本はフリーの男性客が「自分で飲みたいから」とスマートにご購入。1万円の酒が、見た目だけで、しかも贈答用ではなく自家消費用で売れたという事実に熱くなってしまいました…!

 富士錦さんからはこのほか、純米原酒缶、特別純米誉富士、純米吟醸、純米大吟醸雄町を出品していただき、雄町が1本残っただけで他はすべて完売。過去最高の売れ行きだったと思います。

 

 ほかに印象に残ったお酒としては、杉錦の純米菩提酛は16日初日、杉井さんが来店したときに完売、生酛純米も翌日完売。追加発注をかけ、それでも最後残り各3本まで売れました。菩提酛と生酛が並んでいれば、伝統酒ファンなら見逃さないでしょうし、日本酒初心者にも「自然で伝統的な造り」という説明が琴線に触れるんだなあと実感しました。

 英君は純米吟醸生酒300ml、特別純米誉富士720mlと紫の英君720mlが完売。紫は1,8lも残1本まで売れました。300mlの純吟生は、高齢男性がやはり会期中、「飲んで美味しかったから」と再び買いに来てくれました。こういうお客様を惹き付ける英君さんの造りの確かさには本当に感服します。

 白隠正宗は白隠禅師筆の達磨画でおなじみ特別純米が300mlと720mlともに完売。純米大吟醸(私が一番好きな朝鮮通信使馬上才を描いた白隠筆ラベル)は価格(4675円)で苦戦したものの、富士錦の天地星空のようなスペシャルなパッケージにしたらどうだろうと妄想が膨らみました。日本酒バーで出された純米吟醸(緑の達磨画)は「瓶売りしてくれないの?」というお客様が何人かいて悔しい思いをしました。

 花の舞は今回初出品の純米吟醸「徳川家康」、純米吟醸原酒「春のしずく」が完売。ワイン酵母で仕込んだ人気の低アルコール酒「アビス」は720mlのみだったので、300mlが欲しいというお客様を何人か逃してしまい反省反省。

 初日16日朝の売り場

 最終日21日朝の売り場

 

 6年続けていても、毎年、売れる商品・売れ残る商品は変わるので、発注予測を立てるのは本当に難しい。それでも、昨年のリピーター客、期間中のリピーター客の存在は何よりの励みでしたし、首都圏ではほとんど出回っていない静岡の地元密着の銘柄に、試飲もしないで触手されるお客様の存在は、日本酒業界にとって宝物だと実感しました。

 2年連続でパートナー役を務めてくれた派遣マネキンの宮田さんが、蔵元や私の話をメモに取り、セールストークを完璧にこなす極めて優秀な販売員さんだったことも宝物でした。

 取材して書くだけ、同志だけの酒の集まりでは気付かない静岡酒の真の実力を、大きなマーケットで体感できる催事。ご来店くださったお客様、この場に立たせてくださった関係者の皆さま、差し入れを持って駆けつけてくれた酒友の皆さんに、あらためて心より感謝申し上げます。


しずおか地酒研究会25周年記念 オクシズの恵み再発見ツアー

2020-09-15 11:50:07 | しずおか地酒研究会

 しずおか地酒研究会は、前身である1995年11月開催の静岡市立南部図書館食文化講座から数え、今年、満25歳を迎えました。今春よりさまざまな感謝企画を考えていましたが、コロナの影響ですべてリセット。代わりに、25年の活動を支えてくれた身近な同志に感謝を伝えるささやかな場を設けることにしました。

 第一弾として9月12日、オクシズの油山温泉「油山苑」で女性6人のお泊まり酒宴を開催しました。油山苑は食事に定評のある温泉旅館で、女将の大塚郁美さんは静岡の地酒への思い入れが深く、私の活動も長年温かく見守ってくださっている方。夕食メニューには静岡の地酒飲み比べセットもあります。

 そして集まってくれたのは萩原郁子さん(「萩錦」蔵元杜氏)、安陪絹子さん(酒匠)、坂野真帆さん(そふと研究室)、川村美智さん(元静岡新聞記者)、田邊詩野さん(静岡新聞出版部)。地酒研25年の活動と私の地酒取材を長年支えてくれたタフな女性たちです。

 当初は油山苑に1泊するだけの予定でしたが、多忙な女性たちが貴重な土日を割いて集まってくれるのだから、翌日、近場の観光ができないかと坂野真帆さんに相談し、玉川の「ガイアフロー静岡蒸留所」、本山茶園「志田島園」、そして旬のブドウ狩りが満喫できる「大塚ぶどう園」をはしごするツアーをセッティングしていただきました。結果、25年前は知る人ぞ知る存在だった静岡吟醸が今は地元の、いや日本の宝になったように、オクシズの食文化も必ずや多くの日本人が自慢する宝物になるだろう手応えをビンビン感じる貴重な2日間となりました。

 ちなみに真帆さんはそふと研究室を起業される前、ライター&プランナーとして活躍されており、1998年に地酒研会員情報を網羅して出版した〈地酒をもう一杯〉で助っ人ライターをしてくれた人です。

 

 9月12日午後、“しずまえ”に位置する萩錦酒造で萩原郁子さんをピックアップし、伊豆の国市から駆けつけてくれた安陪絹子さんとともに油山苑へ。夕方、坂野真帆さんの車で川村美智さんと田邊詩野さんが合流してくれました。美智さんは静岡県における女性新聞記者の草分けレジェンドであり、静岡新聞で地酒研の活動を再三記事に取り上げてくれた方。退職後は静岡市女性会館アイセル21館長として男女共同参画事業に尽力されました。詩野さんは地酒研発足年からの参加者で、2015年に〈杯が満ちるまで〉を作ってくれた、私が心から信頼する編集者です。

 

 油山温泉は今回初めて訪れましたが、静岡駅から車で30分もかからず、意外に近くてビックリ。新東名の静岡ICからならわずか10分という距離です。温泉自体は約500年前、今川氏親の時代から知られていて、氏親の妻・寿桂尼が遊山保養の地として愛したそう。夕食前に宿の前の東海道自然歩道をブラ歩きし、温泉名の由来となった油山川源流部の森林浴を楽しみました。周辺を囲む常緑樹の深緑と、蒸し暑さを吹き飛ばそうとしているかのような初秋の雲のコントラストが見事。こんなふうに空を見上げる時間が、ふだんほとんどなかったことに気づき、思いきり深呼吸しました。時々、呼吸法を採り入れたストレッチ&筋トレ講座に通っていますが、こういう場所で屋外講座ができたらいいなあと思いました。

(撮影/田邊詩野さん)

 

 少し奥に進むと、あまり人の手が入っていないのか、山林や山道は倒木や雑林が目立ち、不法投棄と思われる産廃ゴミもちらほら。静岡市街から一番近い天然温泉地なのだから、もう少しなんとかならないのかな・・・。

 

 12日夜、食事に定評のある油山苑らしく、地元食材がふんだんに使われ、しかもほどほどの量で多品種。食中酒タイプの静岡の酒がスイスイ進みます。

 油山苑には静岡の地酒飲み比べセットもありますが、今回は特別に持ち込みをお許しいただきました。用意したお酒は、萩錦4種に喜久醉2種。プラス私の酒器コレクション。喜久醉の蔵元青島久子さんもご参加いただく予定でしたが、急用のため、お酒のみの参加となりました。

 萩錦は杜氏の郁子さんの解説付きでいただく贅沢。5年前〈杯が満ちるまで〉の取材時に仕込んでいた大吟醸(2014BY)をわざわざご用意くださいました。喜久醉の松下米も2018BYで仕込んでから1年半以上寝かせたものでしたが、どちらもベストな飲み頃。丁寧に仕込んだ静岡酵母の大吟醸は適正な保存状態であれば1年以上、いやもっと置いたほうが味わいが深化するんじゃないかと改めて実感しました。

 

 ちなみにこちらは1998年の〈地酒をもう一杯〉取材時に初めてお会いしたときの郁子さん。酒造りの面白さについて生き生きと語る郁子さんの表情が素晴らしく、これを本に掲載したら、奥に写っているご主人の蔵元萩原吉隆さんから「なんで自分が添え物扱いなんだ」と怒られましたっけ(苦笑)。

 

 こちらは同じく〈地酒をもう一杯〉に掲載した安陪絹子さん。当時は沼津で伝説的地酒バー『一時来(ひととき)』を経営されていました。店名は河村傳兵衛先生の命名です。

 しずおか地酒研究会の有志が1996年12月、沼津工業技術センターの試験醸造に差し入れ訪問したときもご一緒していただきました。絹子さんの左は河村先生、右隣は現在、磯自慢の副杜氏山田英彦さん。当時は研修生として汗をかいていました。

 

 13日は午前中、ガイアフローディスティング㈱静岡蒸留所の見学ツアーに参加しました。仕込み休業期でしたが、代わりに製造時期には見ることの出来ないマッシュタン(糖化槽)、ウォッシュパック(発酵槽)、ポットスチルの内部を見せていただきました。

 私は3回目の訪問ですが、今回は静岡県産の大麦&沼津工業支援センターで開発したウイスキー版静岡酵母での仕込みが始まるなど毎回来るたびに進化していて、蒸留所自体が生きもので、熟成過程にあるように感じました。酒蔵が、まったくのゼロから動き始めた歴史を間近に見られるというのは、長年酒蔵取材をしてきた身にしてみれば、本当にレアな体験です。廃業のニュースばかりが目立つ酒造業ですが、次世代の起業家や投資家にとって魅力的な事業になる試金石として、オーナー中村大航さん(写真右端)の挑戦を心から応援したいと思います。

 

 昼食は、ガイアフロー静岡蒸留所のすぐ向かいに2020年4月オープンのCAFE RESTAURANT BOSCO でパスタ&かき氷ランチ。店主の福地章仁さんが静岡の農家から集めた旬の食材で、見た目も華やかなメニューを提供しています。女子旅には必須のランチスポットですね!

 

 ランチから合流してくれた神田えり子さん(フリーアナウンサー&地酒チアニスタ)を交えて、午後は本山茶農家『志田島園』へ。江戸期から7代続く農家で、お茶、わさび、林業を手掛けており、母屋を囲むように山懐に沿って広がる傾斜の茶畑が、本山茶産地ならではの景観を醸し出していました。

 7代目佐藤誠洋さんはエコファーマーであり手揉み保存会メンバーでもあり日本茶インストラクターでもあり、自園の製茶工場での自製茶に徹した栽培製茶家。酒造業に例えれば、酒米農家であり蔵元杜氏であり、酒販店兼きき酒師のようなマルチクリエイターです。情報発信能力のあるこの世代が、本気になって継承すれば、静岡茶も変わるだろうとワクワクしてきました。

 佐藤さんの案内で広い園内を40分ほど散策し、母屋の縁側で氷水出し茶と採れたて生ワサビを味わい、静岡に生まれてよかったなぁと心底感動。ちなみに8月末に中田英寿さんが訪問された記事がこちらに紹介されています。

 

 当初はこれで終わりの予定でしたが、前日、安倍街道を北上していたとき、大塚ぶどう園の看板を見つけ、1年のうち2カ月ほどしかないぶどう狩りの時期に、ここを通るチャンスはめったにないかも!と、真帆さんにお願いし、最後の寄り道として福田ヶ谷の大塚ぶどう園へ。

 偶然にも松下米の松下明弘さんが昼から来園中で、我々が来ると聞いて2時間も待っていてくれたのでした。大塚ぶどう園のオーナー大塚剛英さんと松下さんは栽培者同志として親交が深く、今年のお正月に一緒に呑んだときは熱い農業談義に聞き惚れたものでした。大塚さん&松下さんの手ほどきで食べ頃の房をあれこれ物色し、抱えきれないほどのぶどうをゲットしました。

 

 しずおか地酒研究会25周年記念のオクシズツアー、駆け足でしたが、身近にこんなに豊かな食文化があり、担い手たちの地道な努力を買い支えていかねばという、25年前と同じ思いを再認識できました。その思いが少しでもお伝えできれば幸いです。今ならGoToトラベルで、かなりリーズナブルに楽しめますので、週末や連休にぜひ!

 

オクシズのHPはこちら

そふと研究室のHPはこちら

萩錦酒造のFBはこちら

油山苑のHPはこちら

ガイアフローディスティング㈱静岡蒸留所のHPはこちら

CAFE RESTAURANT BOSCO のHPはこちら

志田島園のHPはこちら

大塚ぶどう園のHPはこちら


静岡の酒が目指してきたもの

2020-04-06 19:40:25 | しずおか地酒研究会

 前々回の記事でご紹介した静岡朝日テレビカルチャー地酒講座「セノバ日本酒学~SAKEOLOGY@WOMEN」の第1回を4月4日(土)に開催しました。

 この時期の開講ですので大いに逡巡しましたが、ありがたいことに新規受講者が増えたため、カルチャー事務局と再三検討し、現状、静岡市内で感染拡大傾向が見られないという判断のもと可能な限りの予防対策を講じて開催させていただきました。

 

 第1回のテーマはズバリ「静岡の酒ものがたり」。新規受講生には入門編として、継続受講生にとっては復習編として、静岡の酒が今のように支持されるようになった過程をおさらいしました。テキストに使ったのは、7年前のしずおか地酒サロンでゲストにお迎えした松崎晴雄さんと私の対談記録。今読み返してみても含蓄に富み、静岡の酒を支える次の世代にぜひ伝えておきたいと思える内容です。

 今、ご苦労されている静岡の酒の造り手・売り手の方々に、私ができる支援といったらこういうものを公開するぐらいしかありませんが、ご紹介させていただきます。宅飲みが増えた飲み手の皆さま、おつまみ程度に楽しんでいただければ幸いです。

 

朝日テレビカルチャー静岡スクール セノバ日本酒学2020春
SAKEOLOGY@WOMEN 第1回テキスト
静岡地酒ものがたり

対談 松崎晴雄×鈴木真弓

 

松崎晴雄氏(日本酒研究家) 
日本酒輸出協会理事長 静岡県清酒鑑評会審査員
1960年横浜市生まれ。上智大学卒業。西武百貨店の食品・酒類バイヤーを経て1997年酒類ジャーナリスト、コンサルタントとして独立。著書に「新銘酒紀行」(あすなろ社)、「Tastes of 1635 日本酒ガイドブック」(柴田書店)、「日本酒のテキスト」(同友館)ほか多数。

 

 

 
(鈴木)松崎さんは日本を代表する酒類ジャーナリスト・日本酒研究家で、日本酒輸出協会理事長として海外普及事業にも尽力されています。全国各地の鑑評会=日本酒の品質コンテストの審査員を務めておられ、 毎年3月中旬に開かれる静岡県清酒鑑評会の審査員も長年お務めです。まずは現在の酒造り全般の傾向からお聞きします。
 
(松崎)冬が冬らしく寒い年で酒造りには好条件であっても、原料米によって左右されるようです。ブドウの品質が直結するワインに比べると、日本酒の場合はさほど影響はないといわれますが、全国の酒蔵や鑑評会を巡って当事者の声を拾ってみると、年によっては「今期は米がよくなかった、米に苦労した」という反応も聞きます。
 
(鈴木)とくに凶作でもなければ大きな自然災害もない年でも、米の出来がよくないという声を聞くことがありますが?

(松崎)ひとつは、昨今の猛暑による高温障害の問題ですね。実っているけれど中身がよくない。酒を仕込むとき、米が硬くて融けていかないのですね。酒造りとは、米のデンプンを麹によって糖化させ、酵母が栄養にして発酵させるというメカニズムです。米が融けていかないと結果として味がのらない・・・そんな苦労があると聞きます。
  実際に、各地の新酒鑑評会で出品酒を唎いても、そんな傾向が見受けられます。元来、新酒というのは若い状態の酒が多いのですが、前年猛暑だった年は例年以上に味が軽い。日本酒にとって最高の米といわれる山田錦を、北海道から九州までほとんどの酒蔵が最高級の大吟醸=鑑評会出品用に使うわけですが、山田錦で仕込んだ酒らしい、味のふくらみや伸びやかさというものが感じられない年もあります。
 
(鈴木)山田錦以外の米はどうでしょうか?

(松崎)代表的な酒造好適米の五百万石、静岡県の酒造好適米の誉富士、東北の方ではササニシキのような飯米も使いますし、銘柄米ではない一般米も酒造りに活用されていますが、夏場の高温障害に遭えばどの米を使っても苦労するようです。
 米によって酒の出来が決定してしまうわけではありませんが、出来たての新酒というのは、米の素性や性質が出やすいものです。東日本大震災があった年も冬が寒く、その前年の夏が非常に暑く、結果として酒が軽かった。新酒のこの時期、新酒特有の荒さや強さがなく、サラッとしていました。

(鈴木)静岡県の酒はどうでしょうか?

(松崎)本来、静岡県の酒造りは、あまり米を融かさず、硬めに仕込み、きれいに仕上げます。麹造りも長期低温ですので、気候条件のハンディはあまり感じません。さらに言えば、静岡流の酒は米の不出来な年にも影響を受けず、静岡らしさを保っていると言えるでしょう。
 
(鈴木)松崎さんはいつもどのような基準で審査されているんですか?

(松崎)毎度のことながら、県の鑑評会はトップの県知事賞を決めるわけですが、1次審査、2次審査をやって、結審(最終審査)に残った中で最も静岡県らしい酒、というのを私は選ばせてもらいます。他の審査員の先生方も静岡の酒のスタイルをよく熟知された方々です。静岡スタイルというのを言葉で表現するのはなかなか難しいのですが、少なくとも審査員の先生方の中では共通のコンセンサスがとれていたと思います。人が唎き酒をして選ぶわけですから、人としての感性が大事なファクターとしてかかわってきます。その中から選ばれた県知事賞は、静岡を代表する、最も静岡らしい酒と言って支障ないでしょう。
 
(鈴木)先ほどのお話にあったように、気候変動の中、米の品質をいかに保持していくかは、酒造業にとって重い課題だと思いますが。

(松崎)酒米の作り方や栽培適地などを見直す時期にも来ているように思います。
  山田錦は兵庫県の山間部が主産地です。昔は灘の酒が日本酒のトレンドを推し進めた代表格でしたが、山田錦というのは、本来なら灘が持っている酒造りの技術、風土に適した技術を背景に生まれてきたものです。この地域の特異性というものが、だんだん変化しているように感じますね。
  もちろん、日本酒は嗜好品ですから時代に合わせて変えていかなければならないでしょうし、造り手が世代交代している影響もあるでしょう。それでも、日本酒が今、全体に消費低迷する中、本来持っていた地域性や風土に根ざした技術を見直し、より、酒質の違いを意識しながら残す努力をしていかなければ、違うジャンルのものに凌駕されてしまうのではないか、と危惧しています。それは造り手だけが意識し、こだわっていてもダメで、流通業者や消費者にも理解を進める努力が必要です。
 その点、静岡県は、造り手と売り手と飲み手が一体となって静岡吟醸という形を守っています。静岡の酒は川上から川下まで一体となって守って伝えている。酒自体の出来不出来や技術的にどうこう、というよりも、静岡吟醸がそういう形で守られているというところに、得難い気高さを感じます。

(鈴木)心強いお言葉をありがとうございます。鑑評会といえば、なんといっても100年以上続く全国新酒鑑評会があります。松崎さんは全国新酒鑑評会について深く研究されていますね。

(松崎)国をあげて、これだけの歴史を持つ酒の品質コンテストは世界にも例がありません。明治の中期、酒造技術の向上のため、国が中心になって始めた公的なものです。富国強兵時代、日清・日露という大きな戦争を経験し、国の財源確保が急務でした。酒税は税収全体の3割を占めており、科学技術が今ほど発達していない当時、いかに酒を安定的に造り、安定収入を得るかが課題だったという背景もあります。
 
(鈴木)吟醸酒というのは、この、鑑評会出品用に生まれた技術研鑽のための酒ですね。

(松崎)吟醸酒は本来、門外不出のもので、鑑評会に出品することでひとつの使命は終わり、残った酒は他の酒と混ぜてしまうか、一般にはほとんど知られていない「吟醸酒」ですから、「超特選」というラベルで売るなどしていました。
  地方の銘酒が注目され始めたのは、ここ30~40年ぐらいのことです。古くは、吟醸酒造りの発祥の地広島とか、もっとさかのぼれば加賀の「菊酒」や河内の「天野酒」など地方の伝承酒が都に伝わって評判になったという例もありますが、今の地酒ブームは昭和50年前後が黎明期とされています。
  中でも昭和48年(1973)という年は、地酒が注目される大きな転機でした。この年、日本酒の出荷量がピークを迎えたのです。昭和のはじめ、戦時中や終戦間もない頃は米が統制されて、蔵元が思うように酒を造れない時代もありましたが、高度経済成長期になると自由に造れるようになり、大手メーカーは地方から桶買いをしてまで積極的に売るようになりました。
  ピークを過ぎると、大量生産の時代の三倍醸造や、糖類や醸造アルコールの大量添加による量産水増しに批判が向けられるようになり、アルコール添加量を低く抑えた本醸造酒や、添加物をなくした純米酒に注目が集まるようになります。もっとも当時は純米酒という言い方ではなく「無添加酒」と言っていたようですが、そういう一部の酒を通して、量から質へと酒に対する価値観が変化していったのですね。

(鈴木)その頃から新聞等で、大手の特級酒は実は地方から桶買いしていたものだとか、地方で二級酒として売られている酒が特級酒よりうまいと報道されるようになったそうですね。

 (松崎)ちょうど国鉄がディスカバージャパンのキャンペーンを始めるなど、東京ではなく地方にこそ日本の真の豊かさがあり、地方の良さを発掘しようという機運が生まれました。これに呼応するように地酒が注目され始めたようです。
  もっとも当時は、酒造りがどのように行われ、蔵元がどんなこだわりを持っているかという突っ込んだレベルまではいかず、地酒の中にも糖類やアルコール添加量の多いものや、米も普通の飯米を使ったものが多かったようです。
 「越乃寒梅」が幻の酒として名声を得、樽酒の「樽平」、にごり酒の「月の桂」など変り種の酒が話題になりましたが、これらブームは酒屋さんが仕掛けたというよりも、文人墨客といいますか有名な作家や文化人が雑誌・小説で取り上げて人気に火がついたものですね。
  私はこの頃、大学生でしたので、1升瓶で1200円ぐらいの二級酒しか飲めませんでしたが、とにかくいろいろな二級酒を飲んではラベルを剥がして収集したりして、愉しんでいました。

(鈴木)その頃、静岡の酒と忘れ得ぬ出会いがあったとか。

 (松崎)ちょうど、伊豆の宇佐美でゼミの合宿があったとき、御殿場の「富士自慢」という酒を飲みました。初めて飲んだ静岡の酒です。
 当時飲んでいた二級酒は糖類添加で精米も低い、甘くゴツゴツした酒がほとんどでしたが、「富士自慢」は同じような値段帯にもかかわらず、口当たりの良いすっきりとした味わいで、ほのかな吟醸香もありました。おそらく当時すでに実用化されていた静岡酵母のスタンダードSY103と富士山湧水によって醸されたと思います。お煎餅だけかじって5合スイスイ飲んでしまい、翌日二日酔いをしたことをよく覚えています(苦笑)。
 やがて日本名門酒会のような全国組織の酒販店グループが各地の地酒の流通に力を入れ始め、「一ノ蔵」や「司牡丹」のような人気銘柄が生まれました。それら地方から発掘された地酒は、大手メーカーの酒よりも精米歩合が数パーセント高く、醸造アルコール添加量も少なく、飲めばあきらかに違う。まだ級別制度によって酒の良し悪しが判断されていた時代でしたが、級別というのは特級で(プレミア感を出して)売りたければ国税局で特級の鑑査を受ける、いわば自主申告制。鑑査を受けない酒はすべて二級酒扱いです。「一ノ蔵」は、それを逆手に「無鑑査」をウリにしたのです。

(鈴木)吟醸酒が注目され始めたのも昭和50年代後半から昭和60年頃ですね。

(松崎)地酒の中の、本醸造や純米酒の価値はそこそこ浸透してきた頃でした。精米歩合が異様に高く、口当たりがなめらかで、他の酒にはない華やかな香りがする・・・日本酒を初めて飲む人も、長く飲み続けてきた人にも、一口で、質の違いを認知できたのが吟醸酒でした。
  ときはちょうどバブル経済の入り口。私は百貨店に就職して2年目、郊外店の酒売り場にいまして、吟醸酒を名指しで買いに来る人が、週に2~3人ぐらいいたでしょうか。その人たちは、当然、吟醸酒がなんたるかを知っていて、新しい銘柄が入るたびに試し買いする。吟醸酒は、新しい酒質と新しい価値観を日本酒の世界に吹き込んだのだと現場で実感しました。
 
(鈴木)その吟醸酒ブームの始まりの頃、昭和61年(1986)の全国新酒鑑評会で静岡県が10銘柄金賞を獲得しました。松崎さんはこのニュースをどう見ておられたのですか?

(松崎)この年、金賞を授与された酒は全国で100銘柄ちょっとでしたので、静岡県が金賞の1割を占めたというのは異例の出来事でした。
 吟醸酒は“デリシャスリンゴのきれいな香り” “味の線は細いが後きれがドライ” “口あたりがなめらか”な酒といわれます。精米歩合は大吟醸で40~50%程度。今では30~40%ぐらいの大吟醸もゴロゴロありますが、精米歩合60~70%程度の本醸造酒や純米酒とはあきらかに違う。日本酒の最高峰に位置する圧倒的な存在感を示しました。その吟醸酒の酒質を競い合う全国新酒鑑評会で、まったくノーマークだった静岡県が一躍、主産地として躍り出たことに、私も当時、興奮を覚えたものです。地酒を扱う酒販店や居酒屋のオーナーたちも、なんだなんだと目を見張りましたね。
  静岡県のことをいろいろ調べてみたら、河村傳兵衛さんという立派な先生がいて、静岡酵母を開発し、何年もかけて実用化させ、吟醸酒造りを牽引してきたとわかりました。

(鈴木)河村先生は昭和50年代から酵母開発に取り組んでおられました。静岡の蔵は規模が小さく、物流が活発で他県の酒が潤沢に入ってくる。その中で地元の蔵が自立するには、普通に造っていたのでは無理で、何か技術的な付加価値が必要だった。それが吟醸酒だったとうかがいました。

(松崎)静岡県の大量入賞の前の昭和59年(1984)頃、東京の酒販店が主催する酒の会で、「國香」を飲みました。ただの本醸造でしたが吟醸香が素晴らしかった。おそらく静岡酵母HD-1を使っていた吟醸規格の酒だったでしょう。その瞬間、学生の頃に出会った「富士自慢」とフッとつながったのです。
 20代だった私は静岡の酒を「青春の味」と形容しました。酒質そのものも軽やかでほろ苦さがあり、蔵元の、本当にいいものを造りたいという純粋な思いが伝わってくる酒でした。

(鈴木)現在の「國香」の蔵元杜氏、松尾晃一さんは河村先生から傳一郎という杜氏名を授かった静岡酵母酒の名手です。松尾さんが醸す酒は今おっしゃったように軽やかでややほろ苦く、青春の味という表現がピッタリです。私はよく「素肌美人の酒」と評します(笑)。

(松崎)静岡の功績は、吟醸酒で名を上げたばかりではありません。一般に、ある有名な蔵が牽引役となってその地域全体のネームバリューが上がるというパターンが多く、典型的な例では、新潟が越乃寒梅によって一気に銘醸地になりました。他の地域でも名だたる人気銘柄があって酒質の方向性を決め、産地化されていった。
 一方、静岡県の場合は、県としての戦略があって、方向性を明確にし、酒質が統一されていったという特徴があります。新しい銘醸地醸成のパターンですね。そこに静岡酵母が存在し、吟醸酒としてはっきりした特徴を持っていた。このパターンを他県も参考にし、独自の酵母を開発し、戦略を持って産地化に乗り出すという流れが出来ました。静岡県はまさにその先鞭をつけたのです。
 
(鈴木)当時、全国新酒鑑評会会場で「静岡みたいな酒の後進県に出来るならうちの県だって」という声をよく聞きました。 

(松崎)静岡酵母のあと、長野県のアルプス酵母、秋田県の秋田花酵母など、1990年代前半、各県の酵母開発競争が活況をみせました。バブル経済の後押しもあり、1本1万円の吟醸酒とか、一杯1000円以上で飲ませる吟醸バーのような店も出現しました。全国新酒鑑評会も、平成3年(1991)ぐらいから金賞の数が200銘柄ぐらいにグッと増えました。それだけ吟醸酒造りが体系化され、それまで吟醸酒を造ったことのない蔵や地域まで造るようになりましたね。

(鈴木)同時に静岡県が鑑評会で入賞できないという現象も起きました。

(松崎)各県の酵母開発がエスカレートし、今までにない香りや強烈な香りを発する酵母が続々誕生したのです。鑑評会の審査は目隠しをして行い、採点するのですが、何十品、何百品ときき酒していけば、どうしても香りの強い酒のほうが印象に残ります。もちろん、審査では、香りだけではなく全体のバランスのよさをみるわけですが、香りがあって、味が濃くて密度がある酒のほうが有利になってしまうのは確かです。

(鈴木)静岡のように繊細で素肌美人の酒は不利ですね。

(松崎)出品酒の多くは原酒で、アルコール度数18度ぐらい。もともと香りが高く濃厚な酒です。いちいち飲み込んでいたら審査になりませんので、一口含んで、一瞬でバランスのよさや欠点がないかを判断する。今、全体のレベルが上がっていますので、欠点のある酒はさほどありませんが、全国新酒鑑評会で実感するのは、はっきり言って量を飲む酒ではないということ。自動車でいえばF1レースの世界です。技術の粋を込めたレース用のマシンは、乗り心地や燃費等は考慮されません。それと同じです。

(鈴木)私はよくミスコンに喩えます。

(松崎)1990年代の吟醸酒ブームでは、そういう酒が全盛になりました。確かに吟醸酒は酒造りの技術の粋を結集した最高峰の酒であることに違いはありませんが、元来、持っていた郷土性は失われていったという声も聞かれるようになりました。地域間の技術格差がなくなったということですね。吟醸酒を造ったことのない地方の小さな蔵でも造るようになった一方、日本酒自体が低迷する中、最高峰を目指すばかりではなく、もう少し、消費者のほうに目を向けるべきではないか、ということでしょうか。
 
(鈴木)静岡県はこれからも吟醸酒で勝負すべきでしょうか?

(松崎)静岡県のようなレベルの高い県の鑑評会で審査する者にとって、あるいは当然のことながら蔵元さんや杜氏さんにとって、吟醸酒というのは、自らを高めてくれる素晴らしい酒です。酒の販売を経験した身で言えば、自分が仕入れた吟醸酒が初めて売れたときはとても感動しました。無名の酒で、吟醸酒という言葉も浸透していない時代でしたが、そういう経験は吟醸酒あってのことだと思います。
   静岡県は、知られざる吟醸酒の実力を世に知らしめ、今では「静岡吟醸」という言葉が生まれたほどの産地です。最初に言いましたように、新酒の時期は米が硬く、線が細いという印象を受ける年もありますが、総じて他県の新酒に比べるとブレがない。それは「静岡吟醸」のスタイルが確立しており、造り手にもしっかり継承されている証拠だと思います。そのことをお伝えできれば幸いです。(了)

 

 


 この対談記事は、2013年4月2日開催のしずおか地酒研究会第41回しずおか地酒サロン『松崎晴雄さんの日本酒トレンド解説~静岡県清酒鑑評会を振り返って』を書き起こし、再構成したものです。

 4月4日は夜、日本酒酒場萬惣屋(HPはこちら)のセミナールームで、しずおか地酒研究会発足25年記念サロンを開催する予定でしたが、断腸の思いで中止とし、ご迷惑をおかけした萬惣屋さんの売り上げに少しでも貢献できればと、カルチャー講座の受講生用に酒肴セットをお願いしました。ささやかな金額ながら、炭火焼を中心にした酒肴の内容は本当に素晴らしく、受講生にも「過去一番おいしい酒肴!」と喜ばれました。

 どんな状況でもお客様に満足していただこうと最善を尽くされる静岡の飲食店の皆さまのご努力が無にならないよう、事態の改善を祈るばかりです。