杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

ガーベラ王国しずおか(作り手編)

2009-06-30 18:42:26 | 農業

 昨日(29日)はJA静岡経済連情報誌『スマイル』の取材で、牧Imgp1089之原市と浜松 市のガーベラ農家を訪ねました。ガーベラ。ほんとにカワイイお花ですよね。 平成19年の花き生産出荷統計によると、1位静岡(16億円)、2位福岡(9億)、3位千葉・愛知(5億)、5位茨城(2億)という順位。静岡県は文字通り“ガーベラ王国しずおか”です。

 

 

 北海道のラベンダー畑や、富山のチューリップ畑のように、花と風景が一体となったような地域なら、イメージが湧きやすいんですが、ガーベラの場合はほとんどがハウス栽培なので、日本一と言われても静岡県のどこで育てているのか一般の人にはまったくわからないというのが残念。

 

Imgp1088  でも、静岡って温暖で日照時間も長いので、ハウスで花を育てるには最適な場所。もともと南アフリカ原産のキク科植物であるガーベラは、15~25℃ぐらいの気温を好みます。冬でも氷点下にはめったにならない静岡では、燃料コストもさほどかからないのが利点。…冬場寒くならないため、冷蔵設備が必要だった酒造りとはエラい違いです。

 

 ガーベラは定植してから3か月ぐらいで収穫できる花なので、ハウスを通年回転させることができます。花としてはバラやチューリップほどの“主役級”じゃないし、“旬”がないから特定の季節にガーッと売れるものでもなく、年間通してコツコツ育てるしかない。大儲けはできないかもしれないけれど、地道に頑張れば安定収入になると腹をくくった花農家が、ガーベラ専業で努力を積み重ね、結果として静岡県がダントツの日本一産地となりました。

 主役級じゃないが質のいいものをコツコツ作って安定供給させるって、どことなく静岡県の県民性に合っているじゃないですか。恵まれた環境をちゃんと活かす努力をする人間がいてこその日本一なんですね。

 

 

 ガーベラは日本に渡来して100年ぐらい。品種改良がしやすくて、日本国内には500種類ぐらい流通しているそうです。今まであんまり意識して見なかったけど、確かにガーベラって、色が豊富だし、カタチもシングル(一重)、セミダブル(半八重)、フルダブル(八重)、スパイダー(糸状花びら)など多種多様でImgp1091 す。基本カラーはピンク、イエロー、オレンジ、レッド、ホワイトで、中でも日本人に一番人気があるのが淡いピンク。日本人にとって、花の色といえばサクラが基準なんだそうです。なるほどね。

 

 でも、ほとんどの品種はオランダがパテントを持っていて、勝手にブレンドして新種を作っても、親がどれかすぐ解ってしまうので、日本でオリジナルの品種を作るのはすごーく難しいらしい。で、日本国内で流通されているのも、ヨーロッパ人好みのヴィヴィットカラーが多いわけです。

 

 昨日訪問した浜松PCガーベラでは、キリンビールのバイオ部門との共同研究でオリジナル品種『プチシリーズ』10種の開発に成功。牧之原市のJAハイナンガーベラ部会でも新種のジャイアントガーベラを作り始め、この秋正式デビューします。

 

 浜松PCガーベラのリーダー鈴木誠さんは、手塩にかけたプチシリーズをはImgp1109 じめ、この地が日本一の産地であるガーベラの価値を多くの人に知らしめようと、異業種との協働イベントを仕掛けたり、地域の子どもたちを招いて花育活動をするなど、ガーベラ広報マンとして東奔西走の毎日。04年の浜名湖花博で、自信を持って展示したガーベラのディスプレイを、お客さんが「これ、何の花?」と指差し、ショックを受けたのがきっかけでした。日本郵便と組んで丸の内にガーベラポストを置いたり、カーディーラーと組んでガーベラでデコレーションしたワーゲン(左写真)で日本中をキャラバンして回ったり、結婚式で使う花の8割以上をガーベラにしてくれたら無料にするな20080427_2ど、大胆なPR戦略が話題を呼んでいます。

 

 花農家とは思えない行動力だと感心したら、元は証券マンとか。これからの農業って、ホント、こういう外側の視点を上手に生かせばオモシロくなる!と実感します。

 

 「花屋さんや経済連がイベントをやっても、そりゃ当り前の営業活動だろうということでメディアは取り上げてくれませんが、我々のような生産者がやると取材に来てくれて、ニュースになるんですよ」と鈴木さん。即座に、蔵元が手作りで企画運営する地酒まつりのことを思い出し、「ガーベラで酒樽、デコレーションしてみませんか?」「東京では毎年数百人規模の地酒まつりをやってますから、ガーベラ王国しずおかもアピールしてみませんか?」と取材そっちのけで提案してしまいました。地酒まつりとのコラボ、花のディスプレイができる人がいれば可能とのこと。今度の酒造組合の運営会議で提案してみようかなぁ…。

 

 

 

Imgp1085  JAハイナンガーベラ部会の鈴木秀明会長は、実直な技術者タイプ。「ガーベラを多くの人に知ってもらう活動と、質のいいガーベラを安定供給させるための技術研鑚は、どちらも欠けてはいけない両輪。うちは小人数の生産者集団ですから、イベントや花育のような大がかりなマーケティング活動はできませんが、つねに市場から信頼される花を作り続けることを大切にしたい。コストパフォーマンスの高い質と量を確保できるよう、生産者一人ひとりの生産技術と経営能力を磨いています」と真摯に語ります。

 

 ガーベラ王国しずおかを支える2人のスズキさんは、王国の大事な両輪であり、実に好対照のキャラ。特産品や名産品には、産みの苦しみ・育ての喜び・広がる楽しさを知るこういう人材が不可欠なんですね。

 

 明日はガーベラ流通の実態取材で東京・大田市場や浦安の流通センターまで行ってきます!

 


空港とロボットメーカー

2009-06-28 11:45:47 | ニュービジネス協議会

 26日(金)は、(社)静岡県ニュービジネス協議会の視察で、富士山静岡空港を見学しました。空港を訪れるのは約2週間ぶり。前回は4日開港初日の大混雑状態だったので、この日はゆっくり見られるかなぁと思ったら、なにこの混Imgp1075 雑! 平日なのにデパートのバーゲン会場みたいです。ちょうど午前中の、札幌便・沖縄便・ソウル便の出発時間と重なったせいか、搭乗客で混み合うのは当然としても、見学や買い物に来るだけの人がかなりいました。

 

 

 

 

 前回は地酒コーナーしかチェックできなかったf-air(物販コーナー)。お茶や菓子関連商品が中心ですが、初めて見るご当地菓子やカップラーメンなどもそろい、静岡県のお土産品展覧会みたい。ちょっと数が多すぎて、選ぶのが大変です。試食コーナーがあればいいのに(笑)。

 

 

 今は基本的に加工Imgp1055品ばかりだけど、就航先は飛行機で3時間以内の近場ばかりなんだから、そのうちに成田の『ぶらんどJA』みたいにイチゴ、メロン、みかん、生菓子など生鮮品もそろえば、面白いマーケットになるんじゃないかなぁ。メーカーも新商品を開発したら、ここでテスト販売してみればいいかも。

 いずれにしても、バイヤーさんはもう少し商品を厳選して、魅力あるマーケットにしてほしいと思います。静岡県の魅力をPRする大切な店なんですから!

 

 

 

 

 テスト販売といえば、隣の県情報発信スペーススカイフォレスト。周辺市町のImgp1066 観光や特産品の紹介をしていますが、ただチラシや見本を展示するだけではもったいないスペースです。狭いスペースなので、大がかりなことは無理でも、日時を限定して試食デモやキャンペーンイベントをやってほしいなぁ。映像モニターがあったので、「ここで吟醸王国しずおかのパイロット版を流して、地酒の試飲ができるといいなぁ」なんて思いました。

 

 

 

Imgp1068  前回は、使い捨てカップになめる程度の量でフンガイした「しずおかのお茶おもてなしコーナー」は、日本茶インストラクターの皆さんがちゃんと煎茶用茶器で丁寧に淹れてくれました。この日は地元島田茶の深蒸し茶。男性スタッフは「静岡の方ですね?緊張するなぁ」と言いながらも、1煎目は低温で甘みを引き出し、2煎目は高温で渋みを強調し、淹れ方によってお茶の味わいがさまざまに楽しめることを教えてくれました。少量でも、こういうもてなしでいただくと、お茶ってやっぱり特別な飲み物なんだと実感します。

 …このスペースを借りて、お酒の試飲ができれば、お酒だって温度体によってさまざまに味わえるって理解してもらえるのになぁと思いました。ついつい地酒にくっつけて妄想する悪い癖です(苦笑)。 

 

 

 

 

 あと、書籍の販売もしてほしい。今朝のNHKのニュースを観ていたら、書店で本が売れないなら、売り先を変えてみようと、羽田空港で就航先に関するガイド本や小説・絵本・文庫本を置いたら売れるようになったとか。静岡の街中の書店で、開港記念にソウル・上海・札幌・沖縄・福岡に関する書籍の特集コーナーを見かけましたが、これを空港に持ってくればいいんじゃないかな。

 

 

 

 

 昨年、吟醸王国しずおかのロケで利用した能登空港は、空港の離発着だけの場でなく、行政施設や航空学校を誘致し、空港施設とその周辺を魅力的な県PR発信の場にしていこうと努力しています。潜在力のある静岡にそれができないわけがない。キックオフしたばかりの空港施設に、あれこれ注文つけるのはしのびないけど、運営者には、ここが、静岡県の玄関口であることを意識し、活かして、魅力ある施設に育てていってほしいですね。

 

 

 

 

 

 

 

Imgp1078  午後は、清水にある小型産業用ロボットメーカーIAIを訪問しました。アクチュエーターという腕のように動くロボットをはじめ、単軸・直交ロボットのシェアでは日本一のメーカーです。県沼津工業技術センターが企画開発した『吟醸麹ロボット』もアクチュエーターロボットですよね。自動車業界をはじめ、電子部品、精密機器、家電、液晶・半導体業界など、オートメーション化の進む工場では必要不可欠な存在です。

 

 

Imgp1080  最近では食品や医薬品の分野からも引き合いが増えているようで、ショールームで見たスカラロボットは、デコレーションケーキにいちごを載せたり均等にカットできる賢いロボットだとか。びっくりしたのは値段で、こういうロボットって車1台ぐらいの高額品かと思ったら、ウン万円代で買えるんですね。もちろん本体にコントローラーやらシリンダーやら添え付ければ、それなりのセット価格になるんでしょうけど、ロボットが、家電品並みに買える時代になったのか…と驚きました。

 

 

 

 製造部門を見学してさらに驚いたのは、ほとんどが手作業で、100人ちょっとの若い社員が、黙々と作業しています。これだけ多くの人間が手作業で働く現場を見るのは、何年か前に上海かどこかの新興工業団地で見て以来。手作業が多いのは、特注製品が多いからなんですね。私たちが通ると、ほとんどの社員がきちんと挨拶をします。ちゃんと社員教育してるんだと感心しました。

 

 

 

 本社内には、「科学の部屋」というこども科学館みたいなアミューズメントフロアもあります。子どもにモノづくりやロボットの世界に夢を持ってもらおうと、清水区内の小学校高学年を招いて体験教室を開いています。

 

 

 また敷地内には、エコファーム実験室があり、5年前に本社工場をリニューアルした際、新規事業として有機たい肥の研究をスタートし、芝川町に65ヘクタールの実験農場まで用意したそうです。

 

 

 

 社内は撮影NGなので、イマイチわかりにくいかもしれませんが、人肌とは無縁に見えるロボットメーカーの内側に垣間見えた、人間の感性や土臭さにホッとしました。

 

 

 先日、観た映画『ターミネーター4』は、ストーリーとしてはよくまとまっていて、それなりに楽しめましたが、こういう工場を訪問すると、人がロボットと対立するなんて映画の世界だけの話だなぁと実感します。

 

 

 


ブレずに応援し続けること

2009-06-27 12:43:41 | 国際・政治

 25日(木)は知り合いの社長さんに声を掛けられ、静岡県知事選挙に立候補した某氏の“市民勝手応援団”のランチミーティングに参加しました。某氏には、過去2度ほど取材でお会いしたことがあり、思想や信条や静岡県の地域づくりに対する考え方をいわば“代筆”した経験があるので、立候補者4人の中では、なんとなく親近感を持っていました。ランチミーティングに本人は来ませんでしたが、立候補を直接うながしたという勝手応援団の団長Aさんが、某氏の人となりを熱く語り、20人余りの参加者は、立候補表明までの“裏話”に興味シンシンで聞き入りました。

 

 私は衆議院議員の上川陽子さんが2000年に初当選した時に、選挙ボランティアをした経験があります。その時は、初めての体験だったこともあって、「選挙って、武器を使わない戦争みたいだ」と実感しました。小選挙区制だけに、狭いエリアの濃密な力関係をまざまざと見せつけられ、国政を担う国会議員を選ぶのに、地元のせせこましい話に左右されるなんて…と不条理に感じたこともあります。

 

 それに比べると、県知事選挙は全県エリア対象で、立候補者を直接知る人よりも、知らずにイメージだけで選ぶ有権者が圧倒的に多い。近づく総選挙の情勢に影響される人も多いでしょう。ここに来て、急に地方首長の言動が注目され始めていますしね(他県のタレント知事が国政に出ようが出まいがどーでもいーけど、過去、知事選に出た時と、主張や公約にブレはないんですかねぇ?)

 

 あるイメージや先入観を持たれた人やモノの本当の価値を、多くの“傍観者”に伝えるのに、かなりの時間や根気が要ることは、地酒の応援活動を通して身に染みています。

 消費右肩下がりの日本酒、しかも酒どころのイメージがまったくない静岡の酒のネガティブイメージを変えようと走り回ったこの20余年、まだまだイメチェンに成功したわけではありませんが、このところ、自分よりも若い世代や、地酒を重要視していなかった行政が静岡の酒に注目し始めた例が少しずつ増え、自分が応援していたものが、真に価値あるものなんだと、嬉しい手応えを感じています。

 

 

Imgp1047

 25日夜は、焼津松風閣で、志太平野美酒物語2009の反省会があり、私は今回運営のお手伝いはせず、むしろ映画上映で負担や手間数をかけたにもかかわらず、メンバーに呼んでいただきました。

 

 今年の美酒物語は蔵元ブースを中央に配置したり、きき酒クイズ方式を変えるなど、運営方法を変えた部分もあり、来場者からはさまざまな意見が寄せられたようですが、おおむね好評だったとか。「真弓さん、総括して」と言われ、そんな立場じゃないのにと焦ってしまい、ロクな意見が言えませんでしたが、“市民勝手応援団”みたいな自分を、こういう場に呼んでくれて、立場を尊重してくれる蔵元さんたちを見ていたら、「利害関係のない人たちに、真価を伝え、理解してもらう努力を、ブレずに続ける努力」を理解してもらえたようで、とても嬉しく思いました。

 

 この、ブレずに応援する・させてもらえるという人間関係は、利害関係よりも薄いように見えますが、実はとても密度は高い。万人が許容できる程度のメリットを共有するだけで、後は信頼です。最後にモノをいうのは、「この人は信頼に足る人物かどうか」なんですね。

 

 

 そこで今回の県知事選。立候補4氏のマニフェストや政見放送の内容自体は、どの候補も“もっともらしい、絵に描いたモチ”状態で比較優劣はつけられません。最後は「信頼できる、ブレない人物か」で選ぶしかないんじゃないか…と思えてきます。

 前述の立候補者某氏は、4年前に自分がインタビューして書いた地域づくりビジョンの内容とほとんどブレがなく、また立候補表明時の“筋の通し方”にも、信念や一貫性が感じられました。

 

 ちなみに、ランチミーティングの時、応援団長にこのインタビュー記事を見せたら、「すごいお宝記事!」と大喜びされました。代わりに持たされた某氏のパンフレットには、「もっとも好きなもの―酒・もっとも嫌いなもの―酒」と書いてありました。某氏が見事当選したら、今度は酒を愛憎する理由をインタビューさせてもらいたいなぁ。


シモケシとザザンザー

2009-06-24 17:18:16 | 地酒

 季刊で定期購読している雑誌『あかい奈良』の最新号(vol.44 2009年夏号)に興味深い記事が載っていました。

Imgp1042  奈良県立民俗博物館学芸員の鹿谷勲先生の連載コーナー・大和モノまんだらで紹介された「酒―シモケシとザザンザー」という記事。シモケシって聞き慣れない言葉だけど何だろう、シモって下半身を指すオトナ言葉かしらん?とよからぬ想像をしながら読んでみたら、祭りや神事で朝一番に集まったとき、1杯呑む酒のことなんですって。皆さんご存知でしたか?

 

 

 

 

 先生の一文をお借りすると…

 

 

 

 

「奈良市大保町の八坂神社で、本祭りの朝、準備の場に居合わせた時のことだった。村の最長老以下12人の男が、秋祭りの御渡り衆になるが、社務所に集まるとすぐに茶碗酒が始まった。アテは昆布とジャコ。1杯飲むと終わりで、早速御幣作りなど祭りの準備が始まった。各地で祭りに酒が登場するのを目の当たりいしていたものの、随分酒好きな土地と面食らったが、聞けば「シモケシ」だという。ひんやりとした早朝、身体も心もまだ固い時に、まるで霜を溶かすようにまず1杯の酒を飲む。なんともいい表現だと感心する。」

「その後、「シモケシ」の言葉は周辺でも聞くことができた。旧都祁村上深川の徳谷寿明氏は「シモケシはさわさわと飲むもの」だと教えてくれた。「さわさわ」という言葉もいい。」

「(中略)シモケシは単に体を温めて動きやすくするというだけではなく、神事に際しての「清め」の意味ではないかと思う。」

 

 

 

 

 

 日本の神事や伝統芸能の世界に酒はつきものだというのは理解していたけど、ひと仕事終わった後の酒宴の話だと思っていました。朝っぱらからモーニングコーヒーみたいに“目覚めの1杯”を飲む習慣があって、こんな粋な名前が付いていたなんて…。

 

 

 

 

 残念ながら女の私には、伝統的な神事に参加する機会には恵まれませんが、先生の記事を読み進めると、正式な酒宴って、まずネギ(神主役)の前にいろいろなサイズの盃が用意され、みんなで「一番大きいのでいこ」「いや小さいので」と言い合いながら、最後は中くらいのサイズを選び、まずネギが飲む。一口つけて「肴くれ」と言うと、周囲が伊勢音頭を謡い出す。歌が終わると再び酒が注がれ、周囲は「ザザンザー、浜松の音はザザンザー」と囃す。飲み干すと次に盃を回し、謡曲を肴に盃が回るそうです。

 酒を注ぐとき、“ザザンザー”なんて松籟の音をBGMにし、謡曲を肴にするなんて、これもなんだか粋ですねぇ。

 

 

 こういう話を聞くと、酒というのはハレの場の社交手段に必要不可欠な存在だったことがよく分かります。堅苦しい手順があっても、呑み過ぎて失敗しても、社交マナーを身に着ける修業の場であり、地域の連帯感を育てる場でもあったわけです。

 

 

 

 シモケシは、正式には朝一番の霜を溶かす酒という意味でしょうが、「シモ」とは、人の心を冷やしたり凍らせたりする、ありとあらゆるものを指すような気がします。それを「ケシ」てくれる酒の効能は、昔も今も、田舎も都会も変わらないと思います。

 夜の酒宴でも、シモケシ程度にまず呑んで、心をほっこりさせてから、自分のペースで呑むようにしたいですね。

 

 

 それにしても、酒にまつわる粋な日本語、まだまだ知らない言葉が多いなぁ。…酒呑みライターとして反省反省です。

 

 

 

 

 


日本鉄道旅行地図帳にハマる

2009-06-23 16:21:52 | 旅行記

 私は昔から地図や鉄道図を眺めるのが好きで、ニュース番組を観る時は手元に日本地図&世界地図帳を置いて、国名や地名をチェックします。覚えようと思って見るわけではないので、すぐ忘れてしまいますが、このところ『日本鉄道旅行地図帳』(新潮社刊)というのにハマっています。

 

 カーナビのないマイカーの車内には、古い日本地図&静岡県地図帳が3冊ぐらい転がっていて、3冊中一番新しい県地図帳の浜松のページに、まだ可美村が載っている…(苦笑)。地図帳ってちゃんとしたものだと、今でも2000~3000円はしますよね。駆け出しライターの頃は、その地図を買うお金がなくて、父から“お下がり”をもらって、地図だけを頼りに取材先を必死に訪ね回ったものです。今は使い物にならない地図帳でも、そんな苦労を思い出すと、なかなか捨てられずにいます。カーナビやGPS携帯を使いこなす人たちには理解できない感覚でしょうねぇ。

 

 地図帳は、仕事上の必需品としてつねに身近にある空気みたいな存在でしたが、『日本鉄道旅行地図帳』を書店で見つけたときは、自分が地図好きになった理由が初めて解ったような気がしました。

 

 

Imgp1044  この地図帳は、正縮尺の地図に、地形に沿って正確に鉄道路線図が組み込まれたもの。

 路線図って、時刻表やスケジュール帳のおまけにくっついるのみたいに、駅名を単に実線でつないだだけのものが多いんですが、これは地図の上に書いてあるので、駅と駅との距離感がわかるし、25%以上の急勾配区間は赤いマーキング、車窓からの景色がいいところは黄色いマーキングでコメントが添えてあるなど、鉄道の旅を満喫するための気配りが隅々まで行き届いています。全国地域ブロックごとに分けて売られていて、1冊680円。内容の割にはかなりリーズナブルです!

 

 

 

 見どころのひとつは廃線鉄道地図。1962年生まれの私にはまったく記憶のない、安倍鉄道・井の宮~牛妻(1934年廃止)、堀之内軌道運輸・堀之内~新池田(1935年廃止)、静岡鉄道静岡市内線・静岡駅~安西(1962年廃止)、静岡鉄道駿遠線・駿河岡部~袋井(1970年廃止)等など、史料の中でしか見たことのない鉄道名と路線図が、地図の上、しかも現在の東海道本線や新幹線の路線図と一緒に書かれています。

 駿遠線なんて、岡部から藤枝~吉田~相良~御前崎~浜岡~袋井まで、海岸沿いをグルッと回る長~い路線だったんですねぇ。「今、バス路線になっているところに、昔、ちゃんと鉄道が通っていたんだ…」とリアルに実感できます。

 

 

 現役路線と廃止路線が一緒になった鉄道地図を眺めていると、日本のインフラは、鉄道を中心に発展してきたことがよく解ります。こんなにたくさん鉄道路線があったなんて、昔は地域にそれほど格差がなくて、どの地域にも必要不可欠なインフラだったんだと解るんですが、やっぱり日本の鉄道は国鉄がメインだったんですね。東京と名古屋を結ぶ東海道沿線が地域発展の中心となり、新幹線の登場で人の動線は劇的に変化しました。

 地方で道路整備が進み、ローカル線はバスにとって代わられ、バス路線も、過疎地を走る赤字路線は便数が減り、時々、バスの運転手が(乗客ゼロだからと)終点まで運行せずズルしてニュースになったりします。

 

 

 5年前の県広報誌・石川知事の対談記事で「ヨーロッパでよく言われることだが、快適な交通手段とは、200km圏内なら自動車、200~500km圏内なら鉄道、500km以上なら飛行機というのが定説。静岡は東京からも名古屋からも200km圏内なので、何もしなければ人もモノもどちらかに吸収されてしまう。500km以上離れた地域や海外と直結することが県の発展に不可欠」と書いたことがあります。この台詞は、鉄道も道路も整っている静岡に空港は不要という意見に対し、石川知事が反論するときの“定説”だったと思います。

 

 鉄道も道路も整っている、といっても、こうして廃止路線図を眺めていると、整っているように見えるのは、東海道沿線だけだし、発展を導くものといっても鉄道である以上はしょせん500km圏内の話。

 たとえば駿遠線は1913~14年に開業した藤相鉄道&中遠鉄道がベースで、1943年から静岡鉄道となり、70年に廃線となった。社会事情にもよりますが、交通インフラというのは30~40年ごとに大きな変革が来るとしたら、鉄道500km圏内での地域発展には限界があり、次の30~40年で500km圏外へのアクセス手段を模索するしかないと、静岡空港を創り出したわけか…。

 

 …そんなことをつらつらと考えている中、両親と『剣岳~点の記』を観に行き、地図を作る測量士の姿に前のめりで見入っていた元土木技師の父の様子に、「この人も道なきところに道を作る仕事をしていたんだ」と改めて思い知らされ、祖父もまた県の土木技師として道路や港湾の整備に従事し、曾祖父は国鉄の駅長を務めていたことを思い出しました。

 自分の中に、交通インフラの開拓者の血が流れていたんだと思うと、小さい頃から地図好きなのもナットクです。

 

 

 Imgp1045 ちなみに私の一番のお気に入り地図は、大阪歴博で見つけた復刻古地図『大日本行程大繪圖』。ホントは壁に貼りたいところだけど、汚れたり色あせたりするのが嫌でファイルにしまってあります。

 

 

 日本の交通インフラが馬と徒歩しかなかった時代の地図は、地名も個性的で、お国らしさが全面から伝わってきます。…貧しくても「分を知る、足るを良しとする」いい時代だったのかも。500km先の相手とつながる時代には、逆に、この“お国らしさ”をちゃんと語れるスキルが必要になる、そんな気がします。