杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

静岡県立美術館『小谷元彦展』オープニング×静岡吟醸

2011-05-29 10:29:35 | アート・文化

 5月29日(土)から静岡県立美術館で現代アートの鬼才・小谷元彦さんの展覧会『小谷元彦展~幽体の知覚』が始まりました。西洋古典絵画や日本画のコレクションで知られる県美が現代アート作家の個人展とは珍しいなぁと思ったら、この展覧会は昨年末から2月まで東京の森美術館で絶賛開催され、50万人Imgp4425
もの来場者を集めた記録的な展覧会だったとのこと。5月から静岡、7月から高松市美術館、9月から熊本市現代美術館で巡回展覧するそうです。

 

 

 私は5月28日(金)に県美で開かれた内覧会に参加し、恥ずかしながら初めて拝見した小谷作品。内覧会の主催者挨拶で芳賀徹館長が「衝撃を受けた」「一瞬、目をそらしたくなるが、一度見たら目が離せない」とおっしゃったように、県美の過去の展覧会にはあまり例のない、“物議を醸すような”スリリングな作品ぞろいでした。

 

 素人が言葉足らずの印象を語るより、図録にあった森美術館のキュレーター荒木夏実さんのエッセイの小見出しを挙げておきます。なんだかそのまま短編小説か楽曲集のタイトルになるような素敵なコピーなので、ちょっと想像してみてください。

 

 「ファントム・リム(幽体)ーPhantom Limb」

 

 「重力と拘束ーGravity and Restraint」

 

 「生きる屍ーLiving Dead」

 

 「生と死の境界ーThe Boundary between Life and Death」

 

 「見えないものを彫るーSculpting the Invisible」

 

 「時間を彫刻するーSculpting Time」

 

 「見えないものとの出会いーEncounters with the Invisible」

 

 「影との対話ーA Dialogue with the Shadow」

 

 小谷元彦さんは1972年京都生まれで東京藝大大学院卒。10代の頃は、デビッド・クローネンバーグ、デビッド・リンチ、梅図かずお等に影響を受けられたそうです。「ツイン・ピークス」、私もハマッたなあ・・・。

 今回、ロダン館の「地獄の門」の前に特別に設置された作品は、このまま「地獄の門」とセットで永久展示してもいいくらいの傑作。本館のみならずロダン館もぜひ忘れずご覧くださいまし!

 

 

 

 さて、内覧会は駆け足で見て、私はカフェ・レストラン「エスタ」で開かれたオープニングパーティーの準備へ。以前ブログでふれたように、副館長の坂田芳乃さんからお声掛けをいただき、静岡の吟醸酒をパーティー参加者にふるまうブースをまかされたのです。

 日本酒を飲みに来るわけではない美術館関係者に、静岡吟醸の価値を伝える・・・いろいろ資料を作ったりして準備をしてきたのですが、ペーパー資料というのはあまり役に立たず、実際は、飲み手との対話が勝負でした。

 

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 今回揃えたラインナップはこのとおり。県立施設ということもあり、乾杯酒には県酒造組合会長である開運さんが誉富士(静岡県の酒米)と静岡酵母で醸した純米吟醸誉富士を使わせていただき、残りは酒屋さんと相談して「大吟醸以上のクラスで今が飲みごろ」「各蔵の定番代表銘柄」「南部杜氏(岩手県=被災地出身)の酒をはずさない」という条件でピックアップしました。

 

 一応、なぜこういう品ぞろえになったのか訊かれたら応えられるように、と思ったんですが、銘柄の選び方云々を訊く人はいなくて、「辛口は?」「呑みやすいのは?」「この料理に合うのは?」といった質問が多かった。・・・これは提供酒をひととおり自分でちゃんと試飲チェックしないと答えられなかったので、パーティースタートと同時にお客さんがImgp4446
集まってきて、最初は焦りました(苦笑)。

 

 

 

 

 私の勝手な印象で、この日の7銘柄中、もっともドライですっきりしていたのが「白隠正宗純米大吟醸」、やさしい飲み口で女性向きだったのが「英君大吟醸いろは」でした。

 

 白隠正宗(朝鮮通信使ラベル)は県美で映像作品『朝鮮通信使~駿府発二十一世紀の使行録』の上映会を開いていただいたご縁(こちらを)で、ぜひにと思い、おススメしたところ、朝鮮通信使制作時に写真提供していただいた常葉美術館元館長の日比野先生が偶然いらして、ラベルの通信使馬上才の曲芸の即興解説をしてくださいました!ついでに「スズキさんのブログ、見てますよ。県美の学芸員に応募して落とされたって記事、ボク、採用担当者だったんです」と苦笑いされて、赤面してしまいました。

 

 

 英君は静岡が誇る版画家芹沢銈介の「いろは」ラベルで、美術館での試飲会ということであえてピックアップしました。瓶にカネがかかっていそうだから中身は・・・なんて先入観を持っていた人もいたようですが、「今日の中では一番飲みやすいかも」と勧めたところ、「英君のイメージが変わった」とビックリ喜んでいただけました。

 アーティスティックなラベルに目が行ってしまいそうなこの2銘柄が、酒質に対して参加者から評価をもらえたというのは、とても嬉しかったです!

 

 次いで多かったのは、静岡酒についてなんとなく知識があるという人から、酵母や酒米産地、銘柄の由来についてのコメント。質問ではなく、自分もこれくらいは知っているということをこちらに伝えたいんですね。こういう方とはとにかくコミュニケーションを大事にしようと、ご本人が持っている情報をそれとなく膨らませる、ということを意識しました。

 

 

 さらに「どこで買える?」。―この質問がもらえたら、試飲は成功かな。喜久醉松下米40を、わかりやすく「オーガニック志向者に人気」と紹介したところ、東京の参加者が気に入ってくださったようで、都内の販売先を訊かれ、とっさに答えられたのは、長年の取材経験が役に立ったと我ながらホッとしました。自分が参加者の立場だったら、具体的な店名や場所をその場で教えてもらうのと、「わからないから蔵元に聞いて」では、試飲の印象はかなり違っていたでしょう。

 第三者としてすすめる以上、買える店・飲める店のことまできちんと知っておかないと・・・と痛感します。

 

 

 とにもかくにも、静岡酒初ユーザーに、試飲を楽しんでもらうためには、いかに情報量とコミュニケーション能力が大切かを改めて実感させられた試飲会でした。

 

 終了間際、芳賀館長から「ボクは最初、ワインで乾杯したんだが、今夜は日本酒がうまいとわかって、2杯目からはずーっと日本酒だよ」と慰労していただけてホッとしました。坂田副館長からも「日本酒のブースが好評でありがたかったです」と慰労メールをいただきました。

 

 

 

 貴重な試飲の場を提供してくださった県立美術館関係者のみなさま、本当にありがとうございました。そして、いつも変わらず、手を抜かず、素晴らしい酒を提供してくださる蔵元のみなさまに心から感謝します。

 


「一千年の富士山信仰」新聞掲載されました

2011-05-28 08:42:33 | 歴史

 

 先日、富士山周辺を取材した記事『一千年の富士山信仰~仰ぐ山から登る山へ』が、本日5月28日付の中日新聞に掲載されました。富士山を「信仰の対象」にImgp4449してきた人の歴史をかいつまんで紹介しました。

 

 

 当ブログでも後日改めて紹介しますが、とりあえずは、今日の中日新聞をぜひご覧くださいまし!

 


液状化に挑む土木技術

2011-05-26 15:27:12 | 東日本大震災

 

 なんだかこのまま梅雨入りしそうな陽気です。5月って、5月らしい爽やかなお天気の日って何日ありましたっけ?

 

 2週間前になりますが、12日(木)、浜松でニュービジネス協議会の勉強会があり、中村建設㈱環境事業部長の平田昌宏さんに、今回の東日本大震災と液状化現象の問題について解説してもらいました。中村建設では、LSS流動化処理工法(Lequefied Adjusted Grain Soil Stabilization Method)という液状化防止につながる特許技術を持っています。建設現場で発生するいろんな土を、その特性に応じてブレンドして粘土にし、土構造材料=流動化処理土に甦らせるというもので、水を浸透しにくくする性質になるそうです。

 

 

 技術工学的な事はよくわかりませんが、地震で破損する恐れのある下水道管を埋め戻すとき、災害で河川の護岸ブロックが崩れて短期間に緊急対策が必要なとき、使わなくなった工場や施設の配水用管を閉塞するとき、地下を掘っていたら昔の防空壕が見つかってすぐに埋めなければならないときなど、社会インフラで発生するさまざまなトラブルに即応でき、建設発生土を再資源化するというリサイクルプロジェクトでもあり、地盤を強くするという頼りがいのある工法とのこと。浜松駅前の旧松菱百貨店の地下街&地下道を閉塞したのも、この技術だそうです。

 

 ふだん、何気なく見過ごしているさまざまな土木工事ですが、災害の多い日本で“倒れない・崩れない”技術を確立するまで、とてつもなくハイレベルな技術開発があるんだな~って思いました。自分がのほほ~んとした文系人間だけに、理工学系のテクノロジーには心底尊敬してしまいます。

 

 平田さんのお話で印象的だったのは、地盤のお話。洪積層と沖積層というやつです。洪積層は1万年以上経つ古い岩盤地層で、浜松市を例にとると主に三方原台地から北のほう。液状化の心配はほとんどありません。欧米都市の多くは洪積層の上に立つので、地震災害が少ないのです。

 一方、歴史の浅い沖積層は、沿岸部に近い低地の、砂や砂利や泥質の地層を指し、当然、液状化のリスクも高い。でも、日本の都市の大部分が沖積層に立っているんですね。

 

 水辺に近い=水利の良い沖積層は肥沃な土地で稲作に適しています。農耕民族である日本人にとって、岩盤の厚い洪積層=痩せた土地とみなされ、多くが低地の沖積層に住みつき、そのまま町として発展していった・・・。平田さんは「繁華街は軟弱な地盤に作られ、地価も高い。しかし液状化のリスクは極めて高く、住環境としては甚だ疑問」と指摘。東海地震が発生したら、浜松市内ではJRより南側の広い範囲で液状化が発生する可能性があるとの見方を示します。

 

 浜松市HPを見ると、液状化危険度分布が一目瞭然。海に浸食されてほとんどなくなってしまった中田島砂丘のあたり、浜名湖沿岸の旧雄踏町などは、安政東海・東南海地震時にも浸水したと推測されます。

*浜松市防災HPはこちら 

*静岡県内全市町の被害想定はこちら

 

 

 

 最も液状化のリスクの高い埋立地。今回の震災でも幕張あたりの液状化現象が問題になりました。ちなみに東京ディズニーランドや羽田空港は、大型杭打機で地中に砕石の柱を打ち付けて締め固めることで地耐力を高める「サンドコンパクション工法」が施されているそうです。

 

 

 多くの犠牲の上に、多くの教訓を与えてくれた東日本大震災。文字通り「足元を見つめ直す」意味で、住んでいる町の地盤や地層の歴史を知っておく必要がありますね。

 そして、いつもは公共工事に対して税金の無駄遣いだ何だと文句ばかり言っているけど、いざという時、日本に土木工学の高いスキルがあるということがどれだけ心強いか考えさせられました。建設会社と聞くと、汚職事件を起こす業者ばかりに目が行ってしまいますが、リスクの高い地層の上で“倒れない・崩れない”技術を地道に追求してきた日本の土木技術者に、心からエールを送りたいと思います。

 

 

 

 


映画の中の「白鳥の湖」

2011-05-24 10:08:04 | アート・文化

 

 先週末、話題の映画『ブラックスワン』を観ました。『レオン』や『スターウォーズ』シリーズで美少女スターだったナタリー・ポートマンが、アカデミー主演女優賞を獲るほど演技派に転換したという興味と、13年ほど前、ロンドンで英国ロイヤルバレエ『白鳥の湖』を観たことがあったから。劇場にはジーンズやスニーカーでは入館不可と聞いて、行く前にあわててハロッズでバーゲン品のワンピースとパンプスを買った覚えがあります

 ナマの舞台で観るバレエは、舞台の素晴らしさもさることながら、オーケストラのナマの演奏がやっぱり素晴らしい。『白鳥の湖』はチャイコフスキーの中でも日本人に一番ポピュラーな旋律ですが、この旋律はやっぱりバレエダンサーのために書かれたものだと心底実感し、感動したものでした。

 

 『ブラックスワン』は人間の深層心理をえぐり、情念が背中の皮膚をつきやぶってホントに羽として生えてくるような、ピリピリ感いっぱいの作品でした。私のお気に入りの『レクイエム・フォー・ドリーム』や『レスラー』を撮ったダーレン・アロノフスキー監督らしい作風です。ナタリーの、バレエダンサーの演者にふさわしいボディ改造っぷりにも大いに刺激を受け、ちゃんと目的意識を持ってダイエットに励もうと意を決しました

 

 

 

 その、バレエ作品のために書かれた『白鳥の湖』が、同時期に観た別の映画ではまったく別のテイストで使われていました。昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリを獲った『神々と男たち』です。

 

 

1996年に北アフリカ・アルジェリアで実際に起きた、フランス人修道士が武装イスラム集団に誘拐・殺害された事件を題材にした、こちらも重くて深~い作品です。

 

 観る前は、事件の経過を追ったドキュメントタッチの作品か、キリスト教徒vsイスラム過激派のガチンコ対決作品かと思ったら、まったく違いました。

 舞台となったアルジェリアの村は、もともと修道士たちと地元のイスラム信者たちが、宗教の枠を超えて信頼し合い、共存していた平和な村でした。そこに内戦と暴力の波がやってくる。国外退去勧告を受けた7人の修道士たちにもそれぞれに考えがあり、退去すべき、いやこの村を見捨てるわけにはいかない等などと話し合い、苦悩しつつ、教会は再三危機に見舞われながらも、淡々と祈りの日課をつとめる。7人が食卓を囲み、ワインを酌み交わす“最後の晩餐”のようなシーンで、ある修道士がカセットをかけて不意に流すのが『白鳥の湖』の主題でした。

 

 観ている私だけでなく、映像の中の修道士の何人かも、一瞬、「?」という表情をするのですが、メロディに聴き入るうちに静かに涙をたたえ、人はこんなにも美しい旋律を生み出せるのだ・・・と感じ入ったような彼らの姿に、こちらも自然に泣けてきました。

 監督が映像にかぶせる効果音楽としてつけたのではなく、登場人物が物語の中でこの曲をカセットから流したというのがいい。またこれが、ストレートな讃美歌とか、クラシックの通しか知らない曲ではなく、誰もが知っている、庶民も兵士も異教徒も知っているであろう『白鳥の湖』の普遍的な旋律だったからこそ、より一層、感動を覚えるのです。

 

 

 

 大ヒット中の『ブラックスワン』は主要映画館で絶賛上映中です。『神々と男たち』は、シズオカ×カンヌウィーク2011開催記念として5月27日(金)までシネギャラリー(JR静岡駅前)で上映。未見の方はお早めにぜひどうぞ!


アートと吟醸酒のコラボ

2011-05-22 11:30:01 | アート・文化

 

 このところアートづいています。震災以降、お酒やアートの類は「必要不可欠なものじゃないだろう」といった妙な空気がただよっていましたが、なぜか私の周りには、ふだんのこの時期よりもお酒の情報やアートイベントのお誘いが集まってきています。これって人間に自然に備わった心身の浄化機能じゃないかと思っています。

 

 

 暑い夏がやってくると、節電だ何だと世の中がふたたびピリピリムードに戻ってしまうかもしれません。そんなときでも、人の創造力によって生み出されるアートや、自然醗酵のエキスである日本酒がそばにあることに、きっと感謝したくなると思います。

 

 

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 私が敬愛する伊豆の国市の陶芸家&料理人・安陪均さんと女性酒匠・絹子さんご夫妻から、こんな素敵なアート企画のご案内をいただきました。7月末まで開催中ですので、ぜひ

 

 

Charity Exhibition for the EAST~「芸術」を「復興の力に」。 東日本大震災復興支援チャリティエキシビジョンー

東日本大震災で被災されたみなさまに謹んでお見舞い申し上げるとともに、微力ながら芸術家の団結を復興の一助としていただきたく、「Charity Exhibition for the EAST」と題した作品展示会を企画しました。収益金は、一日も早い東日本の自然と文化、そして社会の復興を願いつつ、日本赤十字社を通して被災地域への義援金として寄付されます。

 

開期 2011年5月15日(日)~7月31日(日) 10時~17時 *木曜休館

会場 大仁・座禅堂(伊豆の国市三福743) TEL 0558-76-2851

*伊豆箱根鉄道「大仁」よりタクシー5分

出展作家 谷川晃一(現代美術)、安陪均(陶芸)、中村芳楽(陶芸)、近藤宏克(陶芸)、小川勝弘(陶芸)、鈴木秀昭(陶芸)

イベント 5月29日(日)12時より、岡田修さん(津軽三味線)の投げ銭ライブ *特別協力/八木章夫さん(待月楼・静岡市丸子)、㈱アラビカコーヒー

 

 

 

 また、5月28日(土)からは、静岡県立美術館で現代アート小谷元彦Imgp4425
さんの企画展が始まります。小谷さん(1972年京都生まれ)は東京芸大で彫刻を学んだ後、彫刻、写真、映像等さまざまなメディアを用いて従来の彫刻の常識をくつがえす作品を発表しています。2003年にはヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表の一人に選ばれる等、国内外で活躍中です。

 

 

 

小谷元彦展「幽体の知覚」

開期 5月28日(土)~7月10日(日) 10時~17時30分 *月曜休館

会場 静岡県立美術館

料金 一般900円(前売り700円)、70歳以上400円(前売り300円)、大学生以下無料

イベント ①5月29日(土)15時~16時30分/小谷元彦×梅島啓司(宗教人類学者)トークショー *申込不要、無料

②6月11日(土)・7月3日(日)14時~15時/学芸員によるフロアレクチャー 

 

 

 前日27日(金)には関係者向けの内覧会と、小谷さんを交えてのオープニングパーティーが開かれますが、この席で静岡県の吟醸酒をお楽しみいただく趣向を、私・鈴木が仰せつかりました。

 関係者のみのパーティーなので、一般の方には申し訳ないのですが、演劇や芸術鑑賞の場で静岡県の“芸術的な”吟醸酒をコラボさせたいという私の長年の夢が、ひとつ叶ったような気がします。招待状が届いた方は万障繰り合わせてお越しくださいまし!