27日(月)夕は奈良国立博物館へ、第60回正倉院展を観に行きました。正倉院展にはこのところ毎年行っていますが、毎回人の多さにびっくり&ウンザリ。で、今回は閉館1時間30分前以降に入ると入場料が安くなり、夕方ならば並ばずにすんなり入れるだろうと16時40分ころ入場。チケット売り場は空いていたものの、中は、どの展示物の前も四方人だかり! やっぱり並みの展覧会とは違います…。
正倉院展の展示物は、基本的に聖武天皇ゆかりの宝物や薬物が中心で、毎回、注目すべきお宝や目録などが出展され、話題を集めますが、『朝鮮通信使』の制作以来、古文書に興味を持つようになった私には、楽しみにしているコーナーがありました。会場の最後のフロアに置かれた古文書で、現存する日本最古の戸籍や諸国の財政報告書など、毎回、天平時代の社会や庶民の暮らしぶりを伝えるものを展示するのです。
中には重税に苦しむ庶民の訴えや免税を嘆願する書類など、人々の生々しい声が伝わるようなものもあり、値段が付けられないような天皇の“御物”と、こういう古文書が一緒に保管され、展示されるということに興味をそそられるのです。
今年は、皇后宮職というお役所で写経事業に従事するため、他の役所から出向してきた者の勤務日数を記したもの、早朝から長時間、写経させられ、2~3ヶ月に1度、3日間ぐらいしか家に帰れないという激務に耐えかねて、さまざまな理由をつけて出した休暇願届、写経をサボったことへのわび状や同情した同僚が連名で「許してやってほしい」と書いたものなど、現代のサラリーマン社会を彷彿とさせ、ちょっと笑えるものが展示されていました。
正倉院展には、まるで活字印刷されたような見事な筆跡による経文が毎回たくさん展示され、聖武天皇や光明皇后の信仰心の強さに感心させられますが、一方でこういう古文書に出会うと、何千、何万という経典の書写に多くの人が駆り出され、そこでは我々と同じ血の通った人間が一喜一憂していたことが、実感を持って伝わってきます。事実、美しい経文の展示コーナーより、こちらのコーナーのほうにより人が集まり、熱心に注釈を読んでいました。
今回の展示物で何が見ものか、とくに下調べもせずに行った私が、その前で釘付けになった、というのが、カットガラスの白瑠璃碗。メソポタミアからイラン北西部にかけての地域で、5~6世紀ころ造られ、ササン朝ペルシャの王侯の手から、シルクロードを渡って伝えられてきたものです。似たようなものは世界各地のコレクションにあるそうですが、土の中から発掘されたものが多く、当時の輝きや透明度を保っているのは、これが世界唯一だそうです。1500年の時を経て、奈良のこの地で観られるというのも驚きだし、正倉院で保管されていたからこそ、当時の美しさそのままに観られる…なんてロマンチックでしょう!
図録を買い求めたら、この白瑠璃碗が今回の展示物の最大の目玉だったことを知り、素人の私が釘付けになるのも無理ないとナットク。同行した平野さんが釘付けになったのは、紫檀木画双六局(モザイク柄のすごろく盤)。すごろくは当時、世界中で流行したゲームらしくて、起源は古代エジプトとか。日本書紀にはすごろく禁止令も書かれているそうです。ギャンブルの魔力は古今東西共通なんですね。
『あかい奈良』35号によると、正倉院の宝物が初めて一般公開されたのは、明治8年の第1回奈良博覧会で、場所は東大寺の大仏殿と東西両回廊。222点もの宝物が陳列されたそうです(ちなみに今年は69点)。この博覧会では、法隆寺、春日大社、西大寺、石神神宮、談山神社など奈良の有名寺社や個人所有の宝物が合わせて1600点も展示され、奈良の名産品なども売買されました。
日本での本格的な博覧会は明治5年、東京湯島で政府主催で行われ、豊臣秀吉や大石内蔵助の書、名古屋城金のシャチホコを目玉に、全国から古器旧物や地方の名産品が集められたそうです。京都では都の意地?もあってその前年の明治4年に京都博覧会を開催。奈良でも、社寺や古器旧物の豊富な土地柄という特性を、商工業に反映させ、経済的高揚を促したいという地元の意向もあって開かれました。
当時の急激な西洋化・近代化の流れにあって、古い日本のものが軽んじられることへの危機感が働き、天保4年(1833)以来解かれることがなかった正倉院の勅封も解かれ、調査を行い、奈良博覧会での一般公開に至ったわけです。
ちなみに、これら博覧会の開催によって、東京、京都、奈良に国立博物館が設置されることになりました。
奈良博覧会は明治8年の第1回から、明治23年の第15回まで、明治10年を除いて毎年行われましたが、正倉院の宝物の展示は第6回まで。大正14年に奈良国立博物館(当時は奈良帝室博物館)で正倉院古裂が初めて展示され、昭和15年に東京国立博物館で正倉院御物特別展が初開催。戦後間もない昭和21年に奈良国立博物館で第1回正倉院展が行われ、現在に至っています。第1回の開催期間中に日本国憲法が公布され、皇室の財産だった“御物”は国有財産になりましたが、第2回も「正倉院御物特別展」と称され、“御物”意識が続いている、と西山厚先生(奈良国立博物館学芸部長)も図録で述べておられます。
“御物”だから有難いとか神々しいと手を合わせるような意識はありませんが、正倉院展を初めて観た平野さんが、「度肝を抜かれた」と興奮しているのを見て、御物ゆえに最高の条件で庇護・保管され続けたことに、歴史ファン・美術ファンとして純粋に感謝したいと思います。
正倉院展は11月10日まで(期間中無休)。一般料金は当日1000円、オータムレイト(閉館1時間30分前以降に販売するチケット)は700円。開館時間は9時から18時まで。金・土・日・祝日は19時までです。お時間のある人はぜひ。奈良まで足代使っても観る価値大!です。