杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

江戸文化と春画展

2015-11-27 22:35:24 | アート・文化

 東京の永青文庫で12月23日まで開催中の【春画展】。各方面で大変話題になっていますね。私は去る10月10日、隣接する和敬塾大講堂で開催された記念講演会『江戸文化と春画展』を聴講しました。だいぶ遅くなってしまいましたが、早川聞多氏(国際日本文化研究センター名誉教授)と磯田道史氏(静岡文化芸術大学教授)のとても面白くて刺激的なお話、かいつまんでご報告したいと思います。

 

 

 春画と聞くと、ポルノチックな浮世絵というか、「秘画」「猥褻画」などと表記されることが多いと思います。今回の展覧会もR18指定だし、そもそも日本国内の美術館博物館で、堂々と春画展と銘打った展覧会は初めてだそう。春画はもともとヨーロッパでの評価が高く、2013年から2014年にかけてロンドンの大英博物館で開催された『春画 日本美術における性のたのしみ』が大成功したのは、私もニュースで聞きかじっていました。性のいとなみを描いたものは古今東西あちこちにありますが、日本の春画は質量ともに群を抜いているそうで、春画展はヨーロッパ各国ですでに開催実績があるようです。

 天下の大英博物館で大成功したのなら、と、同様の展覧会を日本で開催しようと企画したところ、開催に名乗りをあげる施設がなかなか見つからず、最終的に引き受けたのが細川護煕氏が理事長を務める永青文庫だったそうです。実際、日本なら国立博物館級で開催してしかるべき規模と内容なのに、個人美術館規模の永青文庫がなぜ?と思いましたが、国内、とくに公立の美術館博物館では「秘画」「猥褻画」だという偏見が根強いのでしょうか・・・。

 

 早川聞多氏によると、江戸時代に描かれた浮世絵春画の9割以上は一般庶民の性風俗がモチーフで、子どもからお年寄り、あらゆる年齢層の男女が登場します。当時は「笑絵」「枕絵」と呼ばれていて、当時の人はこういうものを見て、ニヤッ、クスッと笑っていた。老若男女、貴賎を問わず、あらゆる人々に愛好されていたようで、この時代、性はどちらかといえば肯定的にとらえられていたといいます。春画のモチーフは古典故事をパロディにしたものも多く、枕草子とか唐代の漢詩の意味を性の場面に置き換えたものもあるそう。寺子屋教育が行き届き、識字率が高く、変体仮名文字もすらすら使いこなしていた江戸庶民の教養の高さがあってこその表現です。このことは、白隠禅画にも共通していることで、白隠さんが描く絵や画賛は、贈る相手の教養レベルに合わせて描かれたもの。絵の奇抜さばかりにとらわれていては、その意図は伝わりません。

 早川氏の解説で印象的だったのは、「春画表現の特徴は、男性器と同様、女性器も誇大に描かれている。しかも顔と同じくらいの大きさで精密に描写されている。これは江戸人の“表裏一体”の人間観を暗示しているように思われる」ということ。顔と性器を並置させる・・・外面と内面を一つにして人間を表現する。なにやら仏の教えにも通じるような深い視点です。

 実は空海が比叡山にいた時代、理趣経という秘経が伝わっており、これは性によって仏法を説く内容だったそう。上皇、公家、武家などの支配階級にも密やかに受け継がれてきたのだそうです。江戸庶民の性に対するおおらかさは、そんなところに起因しているのかもしれませんが、明治以降、性を禁忌すべきという西洋思想が入ってきて、性は隠匿されるもの、春画=猥褻だというレッテルが貼られてしまいました。

 磯田氏が紹介したアメリカ美術商人フランシス・ホール(1822-1902)の日記によると、安政6年(1859)、開港直後の横浜にやってきたホールは、ある商家で老夫婦が丁寧に包まれた箱の中から猥褻画を取り出した。こういう本はたくさんあって恥じらいもなく人目にさらされることにショックを受けたそうです。2日後には別の家でも大事に保管されていた猥褻画をうやうやしく出してきて、その家の夫妻は少しも不謹慎であるとは思っていないのは明らかで、とくに上品で模範的に見える良家の婦人がなんら恥じることなく、自分のような初対面の異性と一緒にエロティックな美術を観ていることが理解困難だったと。・・・21世紀になって日本に先駆けて堂々と春画展を開いた西洋人も、150年前はこういう反応だったんですね(笑)。

 

 磯田氏からは、さらにユニークな資料をご紹介いただきました。日露戦争の英雄・乃木希典の妻・乃木静子が書いた「母の訓」です。これ、内容は、嫁入りする女性に向けた“初夜の心得”。<常の心得>として「色を以て男に事ふるは妾のことにして、心を以て殿御に事ふるは正妻の御務に候・・・気品高ければ情薄くなり、情濃かれば品格を失ひ、中庸を得る事・・・」とあります。

 <閨の御慎の事>という記述がスゴイですよ。

「閨中に入るときは必ず幾年の末までも始ての如く恥かしき面色を忘れ給ふべからず」

「殿方は枕辺に笑絵(春画)を開き之を眺め、または陰所に手を入れて探りなどし給ふことあり。かような時、心がけなき女性は興に乗じ、あられもなき大口を開き、或は自ら心を萌して息荒く鳴らし・・・用終れば見るも嫌になる由」

「閨の用事終れば陰所の始末し給ふに紙の音など殿御の耳に入らぬよう心がけられるべく候」

などなど、ものすごーく具体的な記述。これが静子の出身地鹿児島で大量に流布されていたそうです。

 

 「日本文化は型の文化。性にも型やマニュアルが存在する」と磯田氏。しかしこういうものはオモテの歴史資料としては出てきません。「たとえば忍者には公的な史料がないからと言って歴史家はその存在を無視するが、秘術なんだから史料がないのが当たり前。性も同じ。歴史学とは本来、人間をとらえる学問である。文献史料がないものを民俗学に任せていてはいけない」という磯田氏の言葉は、歴史を学ぶ者としてジーンと心にしみました。

 

 ほんの150年前まで、日本人がごくふつうに愛好していた春画が、近代以降、欧米発のグローバリゼーションによって猥褻扱いされたこと。それによって春画に描かれた古典故事を読み解く面白さや“表裏一体”という人間思想に触れる機会が損なわれたこと。このことの正否は自分にはつきかねますが、日本人がもともと持っていた根っこの部分を知らないまま、今のグローバリゼーションの枠組みの中で生活するのは、なんだかすごく損している気分になります。日本人として生まれたならば、日本人が歩んできた歴史の根っこをちゃんと見据えて生活していきたい。それができないと、海外の人の価値観や生活感をリスペクトできる人間になれないような気がする。テロを起こす人々は、そういう根っこを持てない、ある意味不幸な人々なんだろう・・・講演後はそんな思いに駆られました。

 

 実際の展示会場は黒山の人だかりで、「こんな猥褻なものを老若男女が列をなして凝視するなんて・・・」と、ちょろっとフランシス・ホールふう気分になっちゃいましたが(笑)、いろいろな意味で刺激の多い展覧会でした。12月23日まで開催中ですので、上京の機会が有る方はぜひ。


一休さんを読み解くキーワード

2015-11-17 22:17:09 | 仏教

 11月15日(日)、東京恵比寿の日仏会館で、フランス国立極東学院東京支部主催のシンポジウム【一休とは何か~この妖怪に再び取り組む】が開かれました。白隠研究の大家・芳澤勝弘先生(花園大学国際禅学研究所教授)が一休さんを“妖怪”と称し、その一筋縄ではいかない生き様に切り込まれると聞いて、楽しみに馳せ参じました。

 今、テレビのゴールデンタイムでお坊さん出演のバラエティ番組やトレンディドラマ?が放送されるなど、ちょっとした仏教ブームだそうですが、日本の歴代のお坊さんで、一般庶民から“○○さん”と親しく呼ばれるのは、一休さん、白隠さん、良寛さんの3人くらい。中でも一休さんの知名度はダントツですね。私なんかリアルタイムでアニメの一休さんにかじりついていた世代ですから、大人になって一休さんのこの肖像画を観たときは、呆気にとられてしまいました。聞けば晩年は酒に溺れたり若い女性にのめりこんだ破戒坊主。・・・なのに日本でイチバン有名なお坊さん。確かにつかみどころのない“妖怪”かもしれませんね。

 

 今回のシンポジウムは、ヨーロッパで唯一といってよい一休研究の専門家・ディディエ・ダヴァン先生(フランス国立極東学院東京支部長)が企画され、東京五島美術館で開催中の一休展(こちらを監修された芳澤先生のご尽力で実現した、おそらく史上初めて、一休宗純を本格的に取り上げたシンポジウムだそうです。現在、好評発売中の別冊太陽「一休―虚と実に生きる」に寄稿された研究者が次々に登壇し、10時から18時までみっちり、かなり密度の濃い研究発表をされました。素人にはとてもついていけない専門家レベルの内容でしたが、アニメの一休さんが、この肖像画の一休さんになるまで、どんな人生を送られたのか、それが日本の禅宗史の中でどんな意味を持つのか、ほんのさわりの一部分だけでも触れることのできた刺激的な時間でした。

 

 

 ここでは各先生方の発表の中から、私なりに面白く感じた一休さんを読み解くキーワードを3つ挙げたいと思います。

 

瞎驢と滅法

 臨済宗の祖師・臨済義玄は、亡くなるとき、“自分の精神を絶やしてはならぬ”と言い、それを聞いた弟子の三聖和尚が「安心してください、自分が継ぎます!」と言って師匠お得意の“一喝”を真似た。それを見た臨済は「お前のような瞎驢(かつろ=盲目のロバ)によってわが法は滅却した」と歎いて亡くなったそうです。無能呼ばわりされた三聖をかばうため(=臨済宗の法系を守るため)、後世の人々は「いやいやこれは、師匠が本当は弟子を認め、叱咤激励した言葉だ」とポジティブ解釈したのですが、一休さんは「自分こそ瞎驢だ!滅法だ!」と宣言。自分の師匠からもらった印可(悟りを得た証明書)を破り捨ててしまいました。

 素人ながら、禅とは、原理原則を示した聖典があって、師匠がそれを代々受け継いで、弟子に順を追って習得させ、お墨付きや資格証明を与える・・・という宗教ではないんじゃないかと思います。己の内にある仏性を己の力で磨き上げていく自律の宗教だろうと。一休さんはその本質をとらえ、形式的な嗣法を否定したのではないでしょうか。今、私はお手伝いしている福祉NPOの広報業務にプラスになればと「介護ヘルパー初任者研修」を受講中なんですが、介護の世界はずばり資格がモノを言う世界。初任者研修は130時間必須とか、介護福祉士は受験資格が実務3年以上とか、介護に限らず、現代社会の職能評価の大半は、資格の有無や実務経験数によって判断されます。でも、介護の現場でほんとうにモノを言うのは、形式的なマニュアルでははかりしれない“人間力”。ましてや、人の心を支える宗教家たる者の資質は、人間力そのものがすべてではないか・・・なんて考えてしまいます。

 一休さんは、「立派な衣を着て禅を説く諸君は、みな名利(名誉と利益)のため。私は子孫たちが大燈国師の法をも滅却することを求める」と言ったそうです。大燈国師とは大徳寺を興した日本の禅宗随一の名僧。その教えを形式的に受け継いで名利を得るのはナンセンス。どんなに尊い教えでもいったんリセットしてゼロから興せ(=滅宗興宗せよ)。「殺仏殺祖(=釈迦や達磨の教えもリセットせよ)」というほどの強烈な思想を持っていた臨済義玄の精神に、一休さんは殉じていたようです。祖師の精神を“滅却”するなんて、キリスト教やイスラム教ではあり得ない話。このことを、パリのテロ事件の翌日にフランス人研究者主催のシンポジウムで教えられたことに、私自身、強烈な印象を受けました。

 

 

ら苴(らしょ)

 ら苴(ら=くさかんむりに石3つ)とは、「小汚い、不風流、がさつ、野暮、奔放」という意味。瀟洒の反対語とされています。もとは「川僧ら苴、浙僧瀟洒(=四川の山僧は小汚くがさつ。都に近い浙江あたりの僧はこざっぱりして洗練されている)」という言葉から来ているそう。私の好きな映画『ロード・オブ・ザ・リング』や『ホビット』の登場人物に喩えるなら、ドワーフとエルフの対比に近いかな。分かる人にしか分からないと思うけど(苦笑)。

 でも一休さんは「ら苴」がお気に入りで、自作詩集『狂雲集』には「ら苴とはわが一休門派の宿業。女色に加え勇色(男色)も耽る」「ら苴の生涯は酒好き、色好き、唄も好き」なんて詩も残しています。それでもって、髭面でボサボサ頭の肖像まで描かせたのですから、まさに“確信犯的ら苴”です。「不風流を意味する“ら苴”こそ、一休にとっての風流。印可をありがたがって華やかな高座に昇るエリート僧に対する強烈なアンチテーゼ」と芳澤先生。滅宗興宗の精神に通じるようですね。

 ちなみに会場から、一休さんの破戒ぶりは後小松天皇のご落胤という出自が影響しているのでは?という質問がありましたが、この当時、皇族や公家の関係者が出家する例は珍しくなく、一休さんだけが特別な存在というわけではなかったようです。

 

 

一休派

 一休さんは印可を徹底拒否した人ですから、弟子たちにも「自分の後継者はいない、自分の禅を背負う者は自分以外にいない」と言い切っていました。晩年、高齢で病に伏せった一休さんに弟子たちが必死に「誰かを後継者に指名してくれないと先生の教えが絶えてしまいます!」と詰め寄り、根負けした一休さんが没倫という弟子の名を上げ、皆が喜び勇んで没倫にそれを伝えると「馬鹿なことを言うな、先生の長年の言動をみていれば、ウソをついたかモウロクしたか、そのふりをしているかだ、この愚か者めが!」と一喝。で、一休さんが亡くなった後、途方に暮れた人々は、一休の墓が建てられた酬恩庵に年1回集まって、何か困り事があったら皆で話し合って解決しようということにした。一休遠忌に酬恩庵評議を行なうこの結衆スタイルが、なんと、明治33年まで開かれていたと記録に残っているそうです。僧衆と俗衆が協働で僧坊や寺庵の運営を支え、地域コミュニティの中で地に足のついた宗教活動を行なったんですね。

 発表者の矢内一磨先生(堺市博物館学芸員)は「彼らは大徳寺塔頭の真珠庵に“本部”を置き、一貫して黒衣のまま、大徳寺歴代に出世することなく、大徳寺を護り続けた。そこには語録や印可とはまったく隔絶した禅文化を見ることができる。これも法燈の存続に他ならない」と述べられました。一休さんには後継者がいなかったと言われていますが、一休派のこのやり方はきわめて進歩的で、一休さんの系譜らしいと思いました。

 

 

 ほか、一休さんが同世代の人々にどんなふうに評価されていたのか、とか、一休さんは京都五山のエリート衆とは一線を画したものの若い頃は五山文学に影響されて詩の修業をしていたこととか、戦後の左派知識人が一休さんを反体制のシンボルにしたことは江戸時代に「とんちばなしの一休さん」のイメージを造ったことと同じで、時代によって一休像が書き換えられる現象についてなど等、多面的な研究成果が発表されました。主な論点は別冊太陽に紹介されていますので、ぜひお手にとってみてください。


「お酒を味わう器展」ご案内

2015-11-09 13:09:55 | 地酒

 今日は今週末から始まるイベントのご案内です。

 藤枝の駅南にあるエマ・ギャラリーで、11月13日(金)~25日(水)、「お酒を味わう器展」が開催されます。国内外で活躍中の陶芸家・二階堂明弘さんと、静岡の作家・石垣幸秀さんと村上祐仁さんの酒器を販売展示。ここで、便乗企画として14日と23日に「杯が満ちるまで」出版記念のトークイベントをやらせていただくことになりました。

 もともとは今年の春頃、「8~9月に酒器展を予定しており、お客様に作家の器で試飲を楽しんでいただきたい。そのとき地酒の話をしてもらえませんか」と打診され、秋ごろ、地酒の本を出版する予定なので、宣伝させてもらえるなら、とお受けした話。「それなら本の出版祝いを兼ねてやりましょう」と、わざわざ開催時期をずらしていただいたのです。

 調子に乗った私が「カメラマンがいい酒蔵写真を撮っているので、展示器の背景にでも飾ってもらえたら」とずうずうしいお願いをしたところ、写真のプリントや額縁代を静岡新聞社が手配してくれました。私は結局、当日、会場で取材裏話をしゃべって作家さんの器で試飲を楽しんで、本も売らせてもらうという、便乗も便乗、大便乗!の企画となってしまいました!

 

 先日の出版報告会でもそうですが、周りのみなさんにこんなに応援してもらえて、この本は幸せモノだなあとしみじみ感動です。

 17年前の「地酒をもう一杯」の発行時は、掲載店の顔ぶれや掲載紙面の扱いにクレームやブーイングがあったりして、正直、辛かった思い出のほうが残っています。今回も「なんであの店が載ってないの?」「なんであの店が載ってるの?誰が選んだの?」など等の声はしっかり(苦笑)来ましたが、年齢を重ねて性格も図太くなったせいか、「すみませ~ん、(載ってない店は)この本とご縁がなかっただけですよ~」と切り返せるようになりました。それ以上に、応援してくださる方の声のほうが熱くビンビン届いてきて、本を作るという仕事の責任とやりがいを噛み締めているところです。

 

 ま、そんなこんなで、内緒の取材裏話もこっそりご披露しますので、ご都合のつく方はぜひ藤枝まで呑みにいらしてくださいねー! 詳細はこちらを。

 

 

お酒を味わう器展

■日時 2015年11月13日(金)~25日(水)

■場所 エマギャラリー 藤枝市前島2-29-10-1 TEL 054-631-4851

■試飲 14日(土)・15日(日)・21日(土)・22日(日)・23日(月・祝) 500円で3~4種の地酒&ワインの試飲ができます。

■トーク 14日(土)14時~  23日(月・祝)14時~  鈴木真弓が地酒についておしゃべりします。試飲&おつまみ付きで2500円。

*11月14日(土)10時20分頃からSBSラジオ「岡ちゃん乃里子のこれ知り!?」に出演し、本と器展の話をしますので、ぜひお聴きくださいませ!

 

 

 

 


「杯が満ちるまで~しずおか地酒手習帳」出版報告会

2015-11-07 20:31:00 | しずおか地酒研究会

 11月1日、JR静岡駅前の葵タワー24階・グランディエールプケトーカイにて、【杯が満ちるまで】出版報告会を酒友のみなさんが開いてくれました。

 私にとってはまったくの分不相応の会場でしたが、発起人であるフリーアナウンサー&静岡地酒チアニスタの神田えり子さんが、地酒イベントで実績のある同会場を手配し、当日の運営までパーフェクトに準備してくださいました。集客ノルマは50人と聞いた私は、えり子さんにとりあえず本でご紹介させていただいたすべての飲食店・酒販店・酒造会社へのご案内をお願いし、この本の取材や撮影でお世話になった一般の方々、これまでしずおか地酒研究会の活動に多大なご支援をいただいた方々に自分のほうからお声かけしました。

 10月半ばのご案内だったため、11月1日日曜日に都合の付く方は、お声かけした方の半分もいかないだろうと内心ヒヤヒヤ・・・ところが、いざ蓋を開けてみたら会場MAXの80人もお集まりいただき、びっくり大感激!。着席でやるということで、うぁー配席が大変だぁ~!と頭を抱えたのですが、えり子さんから「真弓さんをお祝いしたくて来てくださる方々ばかりですから、席次がどうこう言う方はいらっしゃらないと思いますよ」とオトナの回答。腹を決めて、業界の枠を取っ払い、お住まいや趣味や共通知人など何らかのつながりがある方々を同テーブルに坐っていただくことにしました。

 

 

 

 会では世話人の佐藤隆司さん(静岡地酒応援団)、静岡新聞社出版部の庄田達哉部長、静岡県酒造組合の望月正隆会長、東京からお越しいただいた松崎晴雄さん、県杜氏研究会の土田一仁会長、酒販店代表の片山克哉さん、飲食店代表の湧登・山口登志郎さん、乾杯の音頭をとってくださった國本良博さんはじめ、各テーブルのお歴々から温かいお言葉をいただきました。えり子さんはわざわざ、今回の本の取材写真をつないだ映像を作ってくださり、上映中は画面に登場したご当人や周囲の方々から拍手喝采。えり子さんがその様子に感涙で言葉が詰まるというハプニングも(こういうとき泣けない自分はいかに可愛げのない女かもバレてしまいました・笑)。

 会の写真は参加費をちゃんと払ってお越しいただいたにもかかわらず、いつのまにか写真記録係になっておられた共同通信の二宮盛さんと丸味屋酒店梅林和行さんが、素晴らしい写真をたくさん送ってくださいました。私自身は、松崎さんと國本さんに挨拶をお願いしただけで、あとはみなさんが自ら進んでやってくださったのです。感謝してもし尽くせません。本当にありがとうございました!!

 

 最後に述べさせていただいた謝辞、自分で何をしゃべったのかよく覚えていないのですが(苦笑)、かろうじて覚えている一部分だけでも、いつまでも忘れないように書き留めておきたいと思います。

 

 今日は本当にありがとうございました。蔵元さんは毎年変わらず100年200年も酒造りを続けておられ、小売店さんや飲食店さんは地域小売業が厳しいといわれる中でも堅実な商いをされ、ほかお集まりの皆様もそれぞれの道のプロとして立派なお仕事をされています。私も職業ライターとして当たり前の仕事をしたまでのことですが、こんなに立派な会を開いていただいて、本当に申し訳ない気持ちです。

 今日11月1日は焼酎の日、だそうですが、実は今からちょうど20年前の1995年11月1日、静岡市立南部図書館で「食文化講座~静岡の酒を語る」を開催しました。河村傳兵衛先生に静岡酵母のお話をしていただき、静岡県酒造組合専務理事だった栗田覚一郎さんにもご登壇いただきました。一般の市民が河村先生から酵母の話を聞くのは、たぶん初めてだったんじゃないかと思います。ご存知の方も多いと思いますが、コワモテで気難しい長老お2人の専門的なお話を、いかに一般の飲み手に伝えるか、当時30そこそこの小娘だった私(写真左端オレンジ服=当時はロン毛でした)が、今の朝ドラの「あさちゃん」みたいに、お2人に「なんで」「なんでそうなるんですか?」と食らい付いてご指導をうけ、やっとこさっとこ講座のプログラムを作りました。

 1995年11月1日 静岡市立南部図書館「静岡の地酒を語る」

 20年経って作ったこの本、最初、「先生方に教わったことを伝えていく使命があるんだ」と力をこめて、ものすごく専門的なところまで突っ込んで書いたんです。でも編集の石垣さんから「一般の読者に伝わるように書いてください」と指摘されて、20年前の講座のことをハタと思い出し、反省しました。

 幸い、多くの方から「読みやすい」と言っていただけているようです。読みやすくするには、労力をかけて削って練り上げる時間が必要でした。お酒もそうですね、静岡の、呑みやすいお酒、というのは、それだけ時間をかけて、ていねいに仕込んであるのです。呑みあきしない、おかわりしたくなる、というのが河村先生や栗田さんが理想とした静岡の地酒でした。この本も、何度も読み返していただけるような本に育っていければな、と願っております。これからも微力ながら静岡の酒の振興のために取材を続け、続編が発行できるよう努力してまいりたいと思います。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 なお【杯が満ちるまで】は主要書店の新刊郷土本のコーナーにてお取り扱いいただいています。静岡新聞社出版部の営業スタッフさんたちが熱心に書店営業してくださり、また掲載された飲食店や酒販店さんが書店でまとめ買いしていただいているおかげで、今のところ店頭の比較的目に付きやすい場所に置いていただいているようです。先週、店の入口そばに置いていただいている某書店をのぞいて、長い時間、この本を立ち読みしている男性客を見つけ、その横で他の本をパラパラめくりながら異様にドキドキしちゃいました(笑)。その男性客は残念ながらお買い上げいただけなかったのですが、店のどこに陳列してもらえるかって、売上にものすごい影響があるんだな~ってホント、実感しました。

 

 通販ご利用の方には現在、楽天ブックスが定価でお取り扱いいただいているようです。こちらをご参照ください。