5月17日の花博トークセッション『杜氏と樹木医 自然の育ちによりそう力』、休憩・試飲・吟 醸王国しずおかパイロット版試写をはさんで続きます。
(鈴木)トークの続きを始めます。みなさまお酒の試飲はいかがでしたか?お口に合いましたか? こなみさん、吟醸王国しずおかの映像、久しぶりにご覧になったと思いますがいかがでしたでしょうか?
(塚本)はい、3回目ぐらいだと思いますが、あらためて心に沁みる映像だったと思います。イネの花が咲くシーンや麹室で祈りを捧げるシーン・・・自然を育み、その恵をいただく、まさにそのものです。
植物園のスタッフにはよく話すのですが、手を掛けるのは当たり前、心を掛けるのも当たり前。両方掛けなさいと。手を掛け、心を掛けて、時を掛けて―はままつフラワーパークのテーマソングは「時を掛けて」というタイトルなんですが、やっと花が咲く。そして、1年は365日にあらず。1年はたった1回なのだと。桜もフジも1年に1回しか咲かないのだと。1年に1回、10日間しか咲かないのなら、残りの355日をかけて、枝葉を見ながら根元の状態をしっかり把握し、手を掛け、心を掛けて臨みなさいと話すんです。
フジは21年手掛けてきましたが、21年ではなく21回。たった21回なんです。青島さんはどうですか?
(青島)おっしゃるとおりの感覚です。最初に酒蔵に入って8造り修業し、9年目から杜氏としてやらせてもらってちょうど10年。まだ18回なんです。夏場は原料になる米作りを地元農家の松下さんとやらせてもらっていて、米作りを含めて酒造りはトータル1年の作業です。春に種を蒔き、田植えをし、夏には草取りをし、秋に収穫し、そのお米で冬に仕込んで春に搾る。ちょうど1年サイクルです。ですからやはり〈1年に1回〉という感覚です。自分としてはあと20回はやりたいと考えています。
(鈴木)トータル38回になりますね。
(青島)そうです。あと20回ある、と思うか、あと20回しかない、と思うかは、心の持ちようだと思いますが、失敗は許されない。1年を掛けてじっくり取り組んでいく仕事だと理解しています。
(鈴木)今日のディスカッションのテーマ、私のほうで「自然の育ちに寄り添う力」と勝手につけさせてもらいました。ようするに人間の都合でコントロールするのではなく、自然のあるがままの育ちに辛抱強く寄り添う視点を、杜氏さんも樹木医さんも共有されているのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか?
(塚本)私はスタッフに「木が12ヶ月、いつ、何をしているのか気づきなさい」と指導しています。落葉樹ならば、葉が落ちてから2月ぐらいまで少し静かにしていますが、呼吸はちゃんとしている。2月半ばくらいから根が出始める。3月、芽吹きのために必要な水分養分を地面の下で蓄え始め、地温が上がり始めると水を吸い上げ、蕾がだんだん膨らみ、花が咲く。梅も桜もそうです。私たちの目には見えない地面の下で動いているのです。
花が咲いた後、いつ次の準備が始まるか、といえば、フジの場合、4月末に満開になった後、5月末から来年の花芽の細胞が育ち始める。6~7月には細胞が充実し、8月に本格的な準備態勢に入ります。そして9~10月、寒さを感じ始める頃、花芽はコートを着る準備をするんです。霜や雪が降った時、中の花が傷つかないように油をかぶせる。そして3月頭、コートを脱いで花芽が膨らみ始める。12ヶ月間の花の状態に寄り添って手を入れるのです。それに逆らってしまっては、絶対に花は咲きません。12ヶ月間、すべてのものが、いつ、何をやるか、それに合わせて手入れをする。彼らの営みを知り、その上で私たちが何をすべきかを見定めるのです。
自然というのは素晴らしい力を持っています。昔、私が生意気だった頃、自分が木を治療してやるんだ、治してやるんだと肩に力を入れてやった仕事は、たいていうまくいきませんでした。
そのことに気づいて、「私のような未熟なものが触らせていただきますが、どうか教えてください」と頭を下げて、木の心に添うようにした。木に教えてもらう、といいますか、自分の心が整うようになってから、いい仕事が出来るようになりましたね。私は木の仕事をしなかったら、とても傲慢で慇懃無礼な人生を送っていたかもしれません。この樹木医の仕事を通して私自身が穏やかになり、真正面から木に向き合えるようになりました。
(鈴木)吟醸王国しずおかの映像で、青島さんが麹米に手を当てて念を捧げるようなシーンがありました。祈りを捧げるようなシーンは撮影中、多々見かけましたが、やはり「教えてください」という気持ちになるんでしょうか?
(青島)いや、こなみさんのお話をうかがっていてビックリしたんですが、まったく同じ感覚です。自分が酒造りをやってるんだと勢い込んでやっているときは、やっぱりうまくいかないんですよね・・・。
杜氏さんの下についていた頃、麹造りがいまひとつ上手くいかないときがあり、杜氏さんから「嘘をつくのは人間だけだ、麹も酵母も正直だ」と言われたんです。そのときはピンとこなかったのですが、つまり、オレが造ってるんだという気持ちがどこかにあったんですね。実際に酒を造っているのは麹菌や酵母菌なんです。自分たちは彼らが元気よく健全に酒を醸してくれる場を整える、そういう役割なんです。
祈っているようなシーンといわれましたが、自分は大きな自然の営みの一部にしか過ぎず、何か少しでも役に立てればという気持ちで毎回臨んでいる、造っているというより育てている、というほうが正しいですね。そういう心持で酒造りに取り組むようになってからは、大きな失敗はなくなりました。
そもそも麹菌も酵母菌も自分でこうなりたいという姿があり、こちらがよけいなことをするよりも、彼らが本来なりたい姿に導くことが大事なんです。本当に、寄り添って一緒に育つという気持ちですね。
(鈴木)それはこの仕事にとって肝になる、本当に大事なベースの部分ですね。とはいえ、やはりこれはボランティアでも趣味でもなくビジネスですから、フラワーパークならこの時期にこれだけの花を咲かせなくてはいけないという計算も必要でしょうし、青島さんにしたら、酒の状態を自然任せでお客さんの注文を無視していい、というわけにもいかないでしょう。やはり酒造りも植物園経営も、スペシャリストとしての理想と、経営者としての戦略が必要だと思います。お2人ともその辺の兼ね合いはいかがでしょうか?
(塚本)私の場合、はままつフラワーパークの運営に取り組む前、過去の入場者数を精査分析しました。またフラワーパークの60キロ圏内にどんな花の施設があるか、調べました。すぐ近くには熊野の長藤があり、加茂荘があり、島田のバラ園がある。有料無料にかかわらず花の施設を地図上にすべてマーキングし、有料ならいくらとっているか、データをしっかり取りました。
はままつフラワーパークの原資、一番お客様が認知をしてくださるのはいつなのかを見たら、年間入園者数の3分の2以上が、3~6月に集中していました。7月~9月はあわせて10%以下です。ということは、ふつうのお客様にとって真夏の、しかも坂が多いフラワーパークはお金を払って来るに値しないということです。10月から3%、11月は4%と少しずつ増えますが、とにかく数字の分析をして、3~6月を有料にして最も美しく魅せようと戦略を立てました。この時期の目玉は桜ですが、桜が最も美しい時期に、もっと美しくしようと着目したのがチューリップです。
近隣でチューリップをやっているのは、ここから少し遠い、なばなの里です。桜とチューリップの園は東京の昭和記念公園のみ。近くに競争相手がありません。ならばチューリップを現行の10万球から3倍の30万球にしようと考えました。
人間がいつ屋外に出て花見に行きたいか、心理を読み解くと、日本人は桜からなんですね。桜からゴールデンウイークまでがピークです。この間、徹底的に美しい園を造ろうと思いました。どんなにエネルギーを費やしても、7~8月は来てくださらない。でもこの時期なら、ちょっと種を蒔けばふわっと人が集まる。他の市場にはない競争相手の少ないものを商品にすればよい。そして最も得意中の得意であるフジを目玉にしようと。不得意なものを伸ばそうと思っても時間やエネルギーがかかります。
ここにはもともと素晴らしい桜があり、チューリップの栽培もスタッフは慣れている。それに私の最も得意とするフジで、この期間、いっきにお客様を増やす。あとはみなさまが心豊かにゆったり自分の庭のように楽しむため、ハードルを下げるという戦略です。これはあしかがフラワーパークで成功した方法で、あしかがでは4月20日から5月中旬の1ヶ月間で、年間売り上げの大半を稼ぎます。この戦略は15年前に立てたものですが、自然の美しさを求める心理は変わらないだろうと思います。
あしかがの場合は民間経営ですから、ある程度自由にできますが、はままつフラワーパークのような国公立植物園で閑散期に無料期間を設け、500円のお買い物券を渡すようなやり方はありえないそうです。でも条例を変えればよいだけのこと。私がはままつフラワーパークの就任を正式に受けるとき、「私は私財がなく、赤字になっても自分で補填するということはできません、私にあるものは情熱だけです。情熱をもって日本一美しい桜とチューリップの美しい植物園を創ります」と旗を掲げました。職員たちが迷ったときは、「日本一美しい桜とチューリップの園を創らなければならないんだ」と。それだけが私の持てる力でした。
この1年、おかげさまで多くの方々に私の思いをみなさまに支えていただきました。経営者の責任とは目指すものを明確に示すことだと思いますね。
(鈴木)自然の育ちによりそう力がまさに経営のエンジンになったということでしょうか。自分が自分が、ではなく、いろいろなものを観察し、状況を冷静に分析し、お客さまの心理に沿う。マーケティングとひと言でいえば簡単ですが、人間の気持ちによりそう力というものも大きいと思います。
青島さん、経営ではよく“選択と集中”という言い方をしますが、こなみさんのお話からも読み取れました。酒造りにも通じるのではありませんか?
(青島)そうですね。私は製造のほうから入りましたので、ここは譲れない、ここはこの程度の幅で許容できるということが経験の中で判断できました。全部こうできたら理想だが、それで経営が成り立たなくなってしまったら元も子もない。地域の伝統の技を事業として継承していくために、どういうふうに折り合いをつけていくか。そこが、経営者としての腕の見せ所だと思っています。
どうしても譲れない部分。具体的に言えば、酒は造っているんではなく育てているということ。先ほどの映像にもありましたが、人の手が直接原料に触れる工程は、米洗いと麹造りの2ヵ所だけです。これだけは機械には譲れない、人の手で守っていこうと思っています。
それ以外の瓶詰めやラベル貼りは機械で手早くやったほうが酒の品質上、メリットがありますし、物流の面では瓶は一度に大量仕入れし、1本あたりの単価を下げる。幸か不幸かこうい伝統的な産業は無駄な部分がまだまだあります。私の酒造りのテーマは、技の継承と、もうひとつ、製造コストの削減なんです。
(鈴木)無駄が多いというのはなんとなくわかります。
(青島)無駄と言いますか、この業界では、在庫管理の時間やスペースにコストがかかっているという感覚がないように思います。私が以前いた金融業界では、それこそ1分1秒理詰めでやっていく仕事でしたから無駄は許されませんでした。酒造りというのは限りなく農業に近い仕事で、理屈では割り切れないものですが、だからこそ守るべきところを守るため、捨てなければならないところを仕分けし、なんとか採算ベースに乗せることができます。
成功したビジネスモデルとは程遠いかもしれませんが、私が前の仕事でやっていたような、目先の利益を短期間で追うような仕事は長続きしないと思っています。今獲れる利益を少し我慢してでも、長く酒造りができるような会社にしていかなければと。昔の人がよく言っていた「損して得とれ」というような姿勢に学ぶべきものがあるんではないでしょうか。ちゃんと守るべき酒造りを守りつつ、一定以上の品質を保ち、経営が成り立つ、そういう会社を1年でも長く続けて行きたいと思っています。
(鈴木)お2人にとって理想の植物園、理想の酒蔵とはどういうものでしょうか?
(塚本)私は設計コンサルタントをやっていた頃と、あしかがフラワーパークの園長をやっていた時では人生観が180度変わりました。あしかがの大フジが最高に美しい時期に、お客様が心の底から「なんてきれいなんでしょう」と涙を流して感動される姿や笑顔を見て、こんな仕事冥利に尽きることはないと思いました。
もう一つ、障害をもたれた方々やダウン症のお子さんたちが、私に飛びついてハグハグしてくれたことがあります。そういう子どもたちが喜んでいる姿を見て、私が創る植物園は、こういう子たちや心に傷を負った方、さまざまな重荷を背負った現役世代の方々にこそ見てもらいたいと心底思いました。そんな私を見て、娘が「お母さん、園長になって顔つきが変わったね、おだやかになった、笑顔が増えた、嬉しそうに話をするようになった」と言ったんです。
はままつフラワーパークも、(障害者向けに)屋外にエレベーターを造ってください、フラワートレインももう1台買ってくださいとお願いしました。1台3000万もするので買えないと言われ、レンタカーを借りましたが、足腰の弱い方にこそ、桜やフジを見ていただきたい。次はエレベーターですね、来年造ってもらいます。
とにかくこの園に来て心が豊かになって癒されてお帰りになれる、そんな園を創りたいと思っています。
(青島)前にやっていた投資の仕事は、しくみ上、誰かが儲かれば誰かが損をします。私はそういうところを割り切って仕事できる人間ではなかったと、今なら解るんです。酒造りを始めた頃は、ものになるかどうかわからない、とにかく自分のことで精一杯、という状態でしたが、今は、喜久醉で酒造りをやりたいと言って来てくれる若い同志たちもいます。自称ドリームチームキクヨイです(笑)。
とにかく自分の人生を賭けて喜久醉を造りたいと言ってくる彼らは、経験は浅いものの、それを差し引いても余りあるだけのやる気と誇りを持っています。本当に信頼できますね。酒造りは一人では出来ない仕事ですから、“信じて託す”に値する存在です。その結果、先ほどみなさまが美味しいよと、笑顔をみせてくださったように、造り手も飲み手も幸せになれる。そういうところに、この土地へ戻ってきて酒造りをする価値を感じています。
そのためにも、この地域のよさというものを酒に込めていきたいですね。一部ですが地元で米作りもやっていますし、今後は生産量を増やしたいと思っています。うちで酒造りをしたいという若者が米作りから1年を掛け、この土地の四季と共に造っていく、そういう酒蔵になれたらいいですね。大きくして利益を上げるよりも、みんなで見届けられる規模に抑え、長く続け、造る喜びをみんなで分かち合える・・・そんな酒蔵を60歳ぐらいまでに創れたらいいなと。
(鈴木)お2人の仕事は、単に植物園を経営する、酒を生産する、というだけでなく、本当に地域を豊かにするものであり、こういう方々が地域にいてくださることを心から誇りに思える住民でありたいなと思いました。
残り2~3分になりましたが、何かご質問はありませんか? そういえば先ほど、喜久醉ってどこで買えるの?と訊かれましたが。
(青島)蔵のほうへお問合せくだされば、販売店をご紹介させていただきます。
(鈴木)どこのスーパーやコンビニでも売っているというものではないんですよね、あれだけ手間隙かけて造るお酒ですから量も限られています。
(塚本)でもお安いですよね、喜久醉って。
(青島)私が造っていますので(笑)。地酒というのは特別な存在ではなく、身近であるべきだと思います。蔵の教えに「安い酒ほど丁寧に造れ」というのがあるんです。高い酒はおいしくて当たり前ですが、手頃な酒ほどみなさんに飲んでいただく機会が多いわけですから、そういう酒こそより思いを込めて醸そうと思っています。
(鈴木)本当にありがとうございました。今日このお2人のトークショーということで、いろいろな方にご案内をしたのですが、この時期の土曜日、いろいろな行事が重なって、残念だけど行けないよ、という方が多かったのです。こなみさん、お酒とお花がコラボするような企画、ぜひフラワーパークの年中行事にしていただけませんか?
(塚本)花博は今年限りのイベントですが、せっかくこの花みどり館も出来たことですし、地域の文化を皆さんと一緒に楽しめるフラワーパーク独自のイベントを考えています。これから毎年、引き継いでいこうというものが花博の企画にたくさんありましたので、ぜひご期待ください。
(鈴木)ありがとうございました。