3月8日に開催予定だった2020静岡マラソンは、ご承知のとおり新型コロナウィルスの影響で中止となりました。この日のために準備をされてきた大会関係者や出場予定選手の皆さんは断腸の思いだったことでしょう。
私は、当日選手関係者に配布される2020静岡マラソン公式ガイドブックの中で、『静岡市に来たらしずまえを味わおう!』というページの執筆・構成を担当させていただきました。
静岡市の地域ブランドとして平成26年に誕生したしずまえ(静岡市の前浜)は、江戸前に対抗する愛称としてジワジワ浸透しています。このガイドブックでもしずまえ料理を提供する飲食店さんを紹介するページを設け、その導入部分に「しずまえ」に誇りを持つ漁師・魚屋・飲食店の皆さんによる対談コーナーを作りました。静岡マラソンに出場する全国のランナーに「しずまえ」という言葉を覚えていただき、静岡での美味しい思い出づくりにと願ったのですが、残念ながら幻の読み物となってしまいました。
とても楽しく充実した対談記事なので、ガイドブックの発行編集者のお許しをいただき、ここで紹介させていただこうと思います。コロナの影響で地域の飲食店が疲弊していると聞きますので、少しでも外に食べに行こうという気持ちになっていただければ幸いです。
由比・蒲原エリア五人衆、「しずまえ」を大いに語る
(漁師)
望月保志さん 株式会社倉沢漁業(西倉沢定置網)
(仲卸業)
柚木訓さん 由比鮮魚組合
(飲食店)
渡辺一正さん くらさわや(由比)
山崎伴子さん 鮨処やましち(蒲原)
(行政)
山本輝さん 静岡市水産漁港課しずまえ振興係
(進行)
鈴木真弓 ライター、しずおか地酒研究会主宰
「しずまえ」誕生とその効果
(鈴木)「しずまえ」という言葉は、どういうきっかけで誕生したんですか?
(山本)静岡市では、平成22年度から始まった地域ブランドとして、「静岡市の奥、奥静岡」を略した「オクシズ」という言葉がありましたが、これに遅れること4年、平成26年度から「静岡市の前浜」を略して「しずまえ」という言葉が始まりました。そして現在、市の二大地域ブランドとして力を入れてPRしているところです。ま、平たく言ってしまえば「江戸前」に対抗する愛称とも言えますね。そして翌平成27年度には、市役所に「しずまえ振興係」が設置され、それから5年目となりましたが、なかなか多くの人に浸透していなくて・・・。私が「しずまえ振興係」に配属になったとき、柚木さんから「市役所は“しずまえ”をどうしたいの!?」と突っ込まれたことをよく覚えています
(山崎)最初「しずまえ」って言葉を聞いたときは、「なにそれ?」って感じでしたが(笑)。
(柚木)用宗のシラス、清水のマグロ、由比・蒲原のサクラエビなど静岡市の各港の“強み”を束ねる単語になるとわかり、行政からそういうことを言ってくれるなら「ありがたい」と思いました。
(望月)「しずまえ」という言葉の誕生は大きなチャンスです。サクラエビのみならず、由比で水揚げされる鮮魚全体のブランド力向上にも役立ちます。
(山崎)マグロやシラスとも連携できるようになったのは、「しずまえ」という言葉のおかげですね。これまで自分でもいろいろ発信してきましたが、個人ではカバーできないことも「しずまえ」を通していろいろPRできるようになりました。
(山本)「しずまえ」という言葉の認知度を上げるには、関係者以外の応援団を増やすことが大事だと思っています。そこで、とにかく様々な相手とコラボレーションしながら走り続けています。
(渡辺)毎年恒例の「由比桜えびまつり」が今年は不漁の影響で中止になってしまいました。しかし、桜えびまつりが無くても地元商工会で「何とか地域を盛り上げよう!」と、しずまえ振興係の皆さんに相談し、また、いろいろな業者さんにも参加してもらい、桜えびまつり開催予定日と同じ5月3日に、『由比いいもんまつり』を開催しました。〈しずまえスタンプラリーでガラポン抽選会〉では、多くの人が街道を行き交い、メイン会場は大いに盛り上がりましたよ。
(柚木)スタンプラリーだったから、お客さんが会場や街道全体を回遊してくれて、大変盛り上がりましたよね。
(山本)「ブースが空いているから来て」ではなく、企画段階からしずまえ振興係に声をかけていただいたことがとても嬉しかったです!
(山崎)『しずまえ』と銘打てば何でも実現できることが証明できましたよね。
信頼される由比の漁師
(山崎)何をやるにもマンパワーは大切です。望月さんや柚木さんにはふだんからいろいろ助けてもらっているので、このメンバーなら何かできると思っています。先日も急な依頼で、韓国の学生が「しずまえ体験」がしたいと言ってきて、望月さんに頼んだら二つ返事で引き受けてくれました。
(鈴木)皆さんはどういうきっかけでつながっているんですか?
(柚木) このメンバーは、望月さんが「倉沢のアジ」をブランド化しようと立ち上がったときからの同志です。自分たちのところに揚がる魚が一番おいしいってプライドがあるから、これを食べさせずには帰せないって思うんですよ。
(望月)日韓関係が難しくなっているのに、わざわざ来てくれましたからね。
(山崎)引率の先生から「また行きたい」って手紙をもらいました。嬉しかったですね。望月さんは子どもたちにもお魚教育をしていますよね。今日は博士の格好じゃないけど・・・。
(鈴木)博士の格好!?
(望月)保育園に呼ばれて、さかなクンの格好をしてお魚先生になりました(笑)。一応、ととけん(日本さかな検定)2級を持っています!
(鈴木)メディアの取材もよく受けていらっしゃいますね。
(望月)あまり注目されませんが、漁というのは魚を捕る前段階の、網や各部品のメンテナンスが大切なんです。魚を捕るだけの商売と思われるけど、表には見えてこないそういう部分も知ってもらえたらと思います。
(山崎)漁業の本当の姿を知ってもらう見学ツアーはいいですよね。やりがいがあります。
(柚木)何にしても、望月さんが率先して行動する人だから応援したくなるんです。朝、この天候じゃ漁は無理かな、と思う日でも、望月さんはちゃんと漁に出る。そういうときほど、こっちも魚が欲しいから本当にありがたいですよね。まさに命がけで捕ってきてくれる。日頃からそういう姿を見ているから、絶対的な信頼がある。
(望月)命は粗末にできないんで(笑)、出航判断は風を見て、船頭がします。新月の頃は潮の流れが変わりやすく、沖に出てみないとわからないケースもありますが。
(柚木)由比漁港に水揚げされた魚は、沼津市場でも人気が高く、沼津産よりも平均価格が高い。港へ直接買い付けに来る人も増えていますよね。みな、由比の魚に魅力を感じているんです。
(望月)以前の築地や現在の豊洲には、規模ではかなわないけど、あそこに並ぶのは1~2日遅いからね。
(柚木)そう。鮮度が違います。由比の漁師さんは捕った魚を最初に絞めるとき、氷を使ってしっかり下処理しているから、暑い時期でも長持ちすると評判です。
(望月)嬉しいですね、褒められると伸びるタイプですから(笑)。
(柚木)イワシのようなお手頃な魚ほど足が早い(=鮮度が落ちやすい)ので、下処理で氷をたくさん使う。安い魚でも品質維持のコストはケチらない。そういうところが鮮度の良さにつながっているし、加工業者にとってもありがたい。
(望月)逆にアジは氷を使いすぎると表面が白くなり、見た目が悪くなる。そんなところも気を遣っています。
(山崎)今日はちっちゃいアジだけどフライにしてみました。本当においしいですよ!
捕る人・売る人・食べる人のつながり
(山崎)今日初めてお披露目するのが、手揉み用新茶のみる芽とサクラエビのかき揚げです。
(鈴木)「みる芽」とは?
(山崎)静岡弁のみるい(=未熟でやわらか)から来ている“みるい芽”のことで、お茶の業界用語のようです。うちでは食茶にできる有機栽培の手揉み用のみるめ芽を取り寄せ、冷凍保存しておいたものを使っています。お茶本来の香りがちゃんと残っていて、サクラエビの赤がポイントカラーできれいでしょう。
(柚木)これは静岡らしい酒肴になりますね!
(鈴木)舌にほろ苦さが残るので、まろやかな日本酒と口中で中和され、よく合います。
(渡辺)お茶とサクラエビ、ベタな組み合わせだけど、こういうのがお客さんに喜ばれるんですよね。
(鈴木)地魚&地酒=しずまえ&静岡の酒も、ベタだけど最高の組み合わせです。静岡の地酒のベースになっている『静岡酵母』は、そもそも駿河湾の海の幸に合った酒質を目指して開発されたものですから、「しずまえ」と合わないわけがない。
(渡辺)うちの店も他県のお客さんが多いけど、お酒を飲む人は必ずといっていいほどお刺身を注文されます。
(山本)市の生涯学習施設(公民館など)でも、地産地消の料理体験教室を「しずまえ料理教室」と表記してくれるようになりました。渡辺さんも講師として呼ばれていますよね。
(渡辺)商工会では静岡市街でやっている『街カル』を参考に、各店舗でカルチャー講座を開催し、いろいろな形で「しずまえ」を発信しています。
(山本)地元の新聞店さんが運営するカフェで開発・販売している『しずまえ親子パン』も大人気って聞いています。
(山崎)蒲原の小学校では10年前から東京へ修学旅行に行ったときに、素干しのサクラエビを配っているんです。ちゃんと「しずまえシール」を貼ってね。
(鈴木)どこで配ったんですか?
(山崎)静岡市東京事務所にもご協力をいただいて、上野公園で配布しました。
(柚木)修学旅行でただあちこち見学するだけじゃなく、こちらの特産品をPRもするって子どもたちにとって貴重な経験ですね。
(山崎)日本人の魚離れが問題になっていますが、子どものうちから魚を食べる習慣を着けてもらいたいのです。そうしないと、大人になっても魚を食べないし、親になっても子どもに食べさせない。
(望月)魚食離れは漁師の立場から見ても確かに感じますね。自分は小さい頃から魚が大好きで、親は大工だったんですが、魚が好きすぎて、自分からこの世界に入ったんです。
(鈴木)そうだったんですか!
(望月)2020東京五輪の聖火ランナーにも応募しましたよ。当選できたら、漁師仲間に沿道で「しずまえ」の幟と大漁旗を振ってくれって頼んであります!
(山本)ぜひ望月さんの勇姿をたくさんの子どもたちに見せたいですよね。東京の『江戸前』がイキな人を指すように、「しずまえだねぇ~」って言いたい。
(山崎)今、さかんに言われるSDGs(持続可能な開発目標)って何か難しそうに思えますが、「しずまえ」の目線で考えれば、地元の魚食文化を子どもたちやその先の世代に伝えるってことですよね。そのために出来ることをコツコツやればいいんだと。
(望月)サクラエビやシラスとともに、「しずまえ」の強みを伝えていくってことですよね。
(柚木)由比の定置網で捕れる魚は鮮度がいいという認識は、市場で定着しています。ただ絶対量が少ないのがネックで。
(渡辺)定置網を張っているのは由比では倉沢地区だけだったので、倉沢の人間は“自分たちの漁場”という意識が強い。いずれ「いつでも捕れる・食べられるとは限らない」という未来が来るとしたら、固定観念を変えていく必要もあるでしょう。
(鈴木)一般消費者は、すでにサクラエビは食べられなくなっている?という不安を持っていますが。
(渡辺)捕獲量のコントロールはもちろん必要ですが、新聞やテレビでサクラエビ漁の危機を煽られると、それはそれで風評被害になるのです。少なくとも料理店ではメニューで提示してあるものは“ちゃんとお出しできる量を確保しています”ので、安心して食べに来て欲しいですね。
(鈴木)それを聞いて安心しました!サクラエビとシラスはもちろん、それ以外の新鮮で魅力的な地魚=「しずまえ」の価値を多くの人に知っていただけたらと思います。今日はありがとうございました。
由比漁港のサクラエビ、清水漁港のマグロ、用宗漁港のシラスなど「しずまえ」には各拠点にトップブランドの特産品があり、それ以外にも旬の地魚がたっぷり。魚がおいしい町にはおいしい地酒もたっぷり。・・・ということで、静岡市内各地の飲食店でしずまえ&地酒をたっぷり味わっていただきたいと思います。
この対談は昨年9月20日に「やましち」さんで開催したもの。当日は山崎伴子さんが選りすぐりのしずまえ料理を提供してくださいました。ちなみに望月保志さんは見事聖火ランナーに選ばれました。静岡市を走るのは6月24日か25日の予定。ぜひ応援しましょうね!