杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

伊豆の黎明と仏の里

2020-10-07 14:33:18 | 地酒

 私が長年応援してきた下田のご当地PB酒『黎明』が、誕生20周年を迎え、9月28日に開かれたお祝いの会へ行ってきました。

 『黎明』のプロジェクトに関わるようになったのは、2000年開催の伊豆新世紀創造祭がきっかけ。下田のまちおこしグループ『にぎわい社中』が創造祭で伊豆の陶芸家作品と料理を楽しむプログラム〈下田テイスティ・アート〉を企画し、社中で中心的に活動していた楠山俊介さんと植松酒店さんからお声かけをいただいて、しずおか地酒研究会でも出張お泊まり地酒サロン〈下田温泉・地酒夜話〉を開催したのでした。

 当時、伊豆の観光振興に尽力されていた坂野真帆さん((株)そふと研究室)や佐藤雄一さん(コンセプト(株))にもご協力いただき、伊豆にご縁の深い国際ラリーライダー&エッセイストの山村レイコさんをゲストにお迎えし、初亀、喜久醉、正雪の蔵元も参加して大いに盛り上がりました。

Img0932000年開催のしずおか地酒サロン〈下田温泉・地酒夜話〉

 

 下田テイスティ・アート実行委員会側で尽力された楠山俊介さんは、名刺に〈歯科医〉とあり、観光イベントのボランティアをやってもメリットがないのに、ずいぶんフットワークのいい歯医者さんだなあと思いましたが、「マユミさんも、酒のイベントやっても自分の儲けはないでしょ?好きでやっているんでしょ?同じだよ」とニコニコしながら楽しそうに飲む、そのエビス様みたいな顔が印象的で、行政に対しては、ちゃんとモノ申す人。地元愛が結実し、2012年には下田市長選に出馬して無投票当選を果たされました。

 創造祭の翌年2001年、にぎわい社中と下田市内の酒販店十数店で結成した下田自酒倶楽部が企画して『黎明』プロジェクトがスタート。行政等の補助金に一切頼らず、市民から会員を募り、下田市内でコメの田植えから稲刈りを体験し、新酒を買い取るというご当地PB酒の先駆けでした。『黎明』という酒銘は下田在住の女優有馬稲子さんの命名。醸造は富士高砂酒造に委託し、ピーク時は会員200名超の一大プロジェクトに。私はしずおか地酒研究会の活動や取材ワークを通し、このプロジェクトを陰ながら応援し続けてきました。

 その後、楠山さんが下田市長になったり、下田地酒倶楽部のリーダーだった植松酒店さんも店をたたむなど紆余曲折ありましたが、現在、事務局を預かる下田ケーブルテレビ渡邉社長のご尽力で、市民が買い支えるご当地PB酒が20年続くという快挙を成し遂げました。全国の観光地に数あるPB酒の多くが、酒造・酒販業者の企画商品あるいは行政や観光業団体の補助商品であることを考えると本当に凄いことだと思います。

 20周年の集いでは駅前の蕎麦店で久しぶりに楠山さんや渡邉さん、米生産者の土屋明さんにお会いし、『黎明』のほか、南伊豆産愛国米で志太泉が醸造した『身上起』、下田産キヌヒカリで正雪が醸した『黒船マシュー』、伊豆唯一の蔵元・万大醸造で醸した『下田美人』をたっぷり飲み比べ。20年前を思うと、伊豆でこんなに多くの静岡酒が愛飲されるようになったとは夢のようです。

 GoToキャンペーンでは高級ホテル旅館が人気のようですが、地元の店で、地の酒や地のつまみを囲んで地の人々と語り合う今この瞬間が、どんなゴージャスな観光メニューよりも貴重で得難いかをしみじみ噛み締めました。

 

 28日は下田へ行く前、函南町の「かんなみ仏の里美術館」を初訪問しました。平成24年(2012)に開館した函南町立の美術館で、函南町桑原地区に残る平安時代の薬師如来像や鎌倉期の阿弥陀三尊像ほか24体の仏像群を保存展示しています。

 函南町といえば、3年前に静岡新聞社の旅行雑誌『Tabi-tabi』で丹那トンネルの歴史を執筆した際に駅周辺を取材したことがありますが、プライベートで訪問する機会はなかった町。仏の里美術館についても、ちょっとした観光施設ぐらいの認識でいたのですが、大間違いでした。

 伊豆半島の付け根、熱海の西に隣接する函南は、箱根山からなだらかに傾斜する中間の交通要所にあり、昔から箱根大権現、伊豆山走湯大権現、三嶋大明神など神仏習合の寺社の影響を受けた地域でした。

 『箱根山縁起并序』によると、平安時代の817年、桑原の里に七堂伽藍を有する 新光寺が建立され、 薬師如来像はこの新光寺の本尊だったとのこと。阿弥陀三尊像は、『吾妻鏡』に石橋山合戦で戦死した北条宗時(北条時政の嫡男)の墳墓堂が伊豆国桑原郷にあったと記されており、源頼朝の舅である時政が、戦死した息子の慰霊のために慶派の仏師・実慶に造像させたと考えられています。

 中でも一目惚れしてしまったのが、阿弥陀三尊像の勢至菩薩様(国重要文化財)。奈良興福寺を本拠とした仏師工房『慶派』の実慶の作です。頭と体幹部をヒノキの一材から掘り出し、玉眼を嵌め込んだ漆箔の立像。実慶は修禅寺の大日如来の造立(1210)で知られており、ここの阿弥陀三尊像はそれより前に制作されたよう。実慶の作品は国内でこの計4体しか判明しておらず、運慶一派の継承を考える上でも貴重な文化財といえるそうです。

 三尊像の中で私はごく自然に勢至菩薩様に惹かれたのですが、帰り際に購入した図録の表紙にも勢至菩薩様を見つけ、この美術館を代表する美仏なんだと嬉しくなりました。


 阿弥陀三尊像を含む24体の貴重な仏像群は、明治の廃仏毀釈芽で散逸しないよう、明治30年代に里人の有志が『桑原観音堂』を建てて大切に守ってきました。私は8月に静岡市の建穂寺観音堂を訪ね、駿河の高野山と謳われた大伽藍・建穂寺(廃寺)の仏像群を、里の人々が観音堂を建てて地道に守り続ける姿に感動したばかりだったので、自治体規模でははるかに小さな函南町がこんな立派な美術館を造って保管展示していることに、少なからずショックを受けました。

かんなみ仏の里美術館

建穂観音堂と秘仏千手観音菩薩・不動明王像(静岡市)

 

 老朽化した桑原観音堂は修繕をしながら、今は町民の集いの場として活用されているようです。古い御堂に、子どもたちが描いたと思われる仏さまの墨絵が並んでいたのを見て、今は文化財として美術館のガラスケースに収まる仏さまと、ここまで仏さまを守り通した人々の素朴な思いが確かにつながっていることを実感し、じんわり感動しました。出来うることなら静岡市の建穂寺仏像群も、そうあってほしいと願わずにはいられません。


セノバ日本酒学12講座を振り返る

2020-09-07 20:27:48 | 地酒

 昨年10月から始まった朝日テレビカルチャー静岡スクールの地酒講座『セノバ日本酒学』全12講座が無事終了しました。今年に入り、コロナの影響で日程変更が生じましたが、しっかり準備をして臨んでくださったゲスト講師の熱意、コロナ禍でのリアル講座に参加してくれた受講生の意欲、カルチャー事務局の手厚い支援もあって、当初のプログラムを完遂することができました。皆さまには改めて心より感謝申し上げます。

 事前に入校手続きされた受講生(19名)のためのクローズドセミナーですが、手前味噌ながら大変充実した内容でしたので、備忘録がわりに12講座の内容を簡単にご紹介したいと思います。

 

セノバ日本酒学 SAKEOLOGY@SHIZUOKA

2018年に新潟大学で開講した日本酒にかかわる文化的・科学的な学問分野を網羅する「日本酒学(Sakeology)」を参考に、静岡ならでは日本酒学の確立を目指す実験講座。しずおか地酒研究会を主宰するライター鈴木真弓が30年余の取材歴で得た知見や人脈を活かし、日本酒の魅力を全方位からプロデュースします。

 

 

第1回 2019年10月5日 「文学」酒を伝える名文解説 講師/鈴木真弓(コピーライター・しずおか地酒研究会主宰) 

 初回は私が本業の研究をベースに、お酒にまつわる古今東西のユニークな名文を紹介しました。以前、しずおか地酒研究会で開催した酒の文学朗読会の原稿や、このブログで紹介した広辞苑での〈清酒〉解説等がベース。広辞苑ネタは、ブログに書いたときは単に趣味で調べただけのことでしたが、まさかこういうことに役に立つとは・・・。その時々で興味を持ったものにはきちんと向き合って記録しておこうと改めて噛み締めました。こちらをぜひご参照ください。

 

第2回 2019年11月2日 「経済」プロに聞く!酒税のしくみ ゲスト講師/内川正樹氏(税理士・元名古屋国税局酒類業担当官)

 内川さんは名古屋国税局で酒類を担当されていた頃、しずおか地酒研究会の活動に目を留め、何かと応援してくださった方。税理士として独立されたとうかがってゲスト講師をお願いし、快くお受けいただきました。内容はもちろん、我々左党が優良納税者として胸を張れる〈酒税〉の目的としくみについて。国税庁の課税資料やデータを駆使して、大学ゼミ並の濃ゅ~い講義をしていただきました。受講生からも「本当のカルチャー教室みたい」と褒められ?ました(苦笑)。

 

 

第3回 2019年12月7日 「実践」生酛づくり体験(会場/杉井酒造) 解説・指導/杉井均乃介氏(杉井酒造蔵元杜氏)

 杉錦の生酛の酛摺り体験は、2016年にしずおか地酒研究会20周年記念企画で実現し、多くの参加者に喜んでいただきました。セノバ日本酒学でもぜひ実現できたらと杉井さんにお願いし、酒造繁忙期にもかかわらずご協力をいただくことができました。詳細レポートはこちらに投稿してありますのでご参照ください。

 

 

第4回 2020年2月1日 「文化」酒席のマナー ゲスト講師/望月静雄氏(茶道家・日本秘書協会元理事)

 私の地酒講座では初めて、酒類とは直接関わりのないをゲストをお招きしました。望月先生は、このブログでも再三ご紹介している駿河茶禅の会座長をお務めの茶道家。先生はマナー講師としてもご活躍で、酒席の所作について大変お詳しいため、酒瓶や酒盃の美しい持ち方、徳利の注ぎ方等々の所作のご指導をお願いしました。次回以降の講座から、酒瓶の持ち方がキレイになった受講生が増えて嬉しかったです!

 

 

第5回 2020年2月29日 「農業」日本一の稲オタクが語る酒米 ゲスト講師/松下明弘氏(稲作農家)

 日本で初めて、酒造好適米の王者・山田錦の完全無農薬有機栽培に成功した松下明弘さんに、90分間、酒米についてしゃべり倒していただきました。お話を伺いながら、喜久醉の松下米純米大吟醸・松下米純米吟醸・有機認証申請中の藤枝山田錦を飲み比べするというぜいたく。山田錦の酒は世に数多ある中で、なぜこの酒は心に響くのだろうと、今更ながら深く感じ入りました。私は松下さんが1996年に山田錦を栽培し始めた頃からのヘビーユーザーですが、初めて呑んだ人にもちゃんと響くのですから、酒と同様、米にも作る人の人となりが現れるものだと思います。

 

第6回 2020年3月7日 「醸造学」醸造科学を知る目的 ゲスト講師/戸塚堅二郎氏(静岡平喜酒造㈱蔵元杜氏)

 静岡平喜酒造の戸塚さんは、以前カルチャーで酒蔵見学させていただいたとき、解説がとても丁寧でお上手で受講生の評判が良かったため、戸塚さんのような次代を担う若い酒造家に思いの丈を存分に語っていただき、酒造業界の明るい未来を想像しようとお招きしました。鑑評会シーズン直前だったため、鑑評会の審査方法や出品酒の設計について、かなり突っ込んだ解説をしていただいて、たぶん私が一番興味津々で聴き入ってしまったと思います。それだけに、鑑評会の一般公開がコロナの影響でことごとく中止になってしまったことが悔やまれてなりません。

 

 

第7回(4月期第1回) 2020年4月4日 「静岡の酒ものがたり」 鈴木真弓

 2020年4月からの後半6回はSAKEOLOGY@WOMENと銘打ち、9月までの6回すべて女性を講師に、日本酒の新たなアプローチを目指して企画しました。トップバッターとして私が静岡吟醸の歴史について、過去のしずおか地酒研究会サロンでゲストにお招きした松崎晴雄さんとの対談内容をレジメに解説しました。レジメはこちらに公開しましたので、ぜひご参照ください。

 

 

第8回 2020年7月4日 「dancyuが発信し続ける日本酒ムーブメント」 ゲスト講師/里見美香氏(dancyu主任編集委員・元編集長)

 コロナの影響で5月6月はカルチャー自体が休校となり、飲食を伴うこの講座は再開が難しいと思われましたが、ゲスト講師とカルチャー事務局のご協力のおかげでなんとか再開することができました。

 里見美香さんはdancyu日本酒特集の生みの親であり、編集長として辣腕を振るった業界を代表する編集者。静岡市ご出身ということで、しずおか地酒研究会にも再三ゲストで来てくださり、今も何かにつけてお世話になっています。学生の頃から「酒呑みになりたい」という夢を持ち、dancyu創刊時に居酒屋・日本酒担当になったことから、周囲の日本酒嫌いを"改心”させるべく、社内に「日本酒普及委員会」を設置。酒を造る人の魅力、呑むという行為の魅力、酒場の魅力を発信し続けておられます。詩飲酒には取材を通して日本酒の未来を担うであろうと実感された6銘柄(荷札酒、江戸開城、風の森、みむろ杉、白隠正宗、奥鹿)を紹介していただきました。

 

 

第9回 2020年7月11日 「“富士の酒”の挑戦」 ゲスト講師/榛葉冴子氏(酒匠・しず酒コーディネーター、オフィスサエコ代表)

 榛葉冴子さんは通販主体の酒販店「富士の酒」を運営する地酒コーディネーター。2017年の起業以来、イベントの企画運営、セミナー講師、酒蔵での商品企画や営業代行、法人向け商品企画等々を幅広く手掛けておられます。元々は㈱リクルート出身で、アメリカでホテル販売業やヘルスケア関連企業の営業経験も持つキャリアウーマン。開運の現杜氏榛葉農さんと結婚し、酒造業を内側から見るうちに、冴子さんならではのアイディアが次々と湧き上がったんだろうと思います。

 自分が酒蔵取材を始めた32年前は女というだけで好奇な目で見られた時代でしたから、彼女の存在を知ったときは、静岡県でもこういうキャリアの女性が登場し、起業する時代になったことに新鮮な驚きを覚えました。今回は、日本酒を呑むきっかけづくり~楽しむシーンづくり~商品提供までワンストップサービスを目指す事業の一端を、実践を交えて伺いました。

 

第10回 2020年8月1日 「静岡と世界を貫く蔵直便」 ゲスト講師/種本祐子氏(ヴィノスやまざき代表取締役)

 ワインの直輸入店として日本を代表する名店・ヴィノスやまざきの種本祐子社長に、父の山崎巽氏から受け継いだ小売業の哲学、静岡の地酒への真摯な思いをうかがいました。詳しくはこちらの記事をご参照ください。

 

第11回 2020年8月8日 「酒造りを生業にするということ」 ゲスト講師/萩原郁子氏(萩錦酒造・蔵元杜氏)

 萩原郁子さんは、一人娘の綾乃さん、綾乃さんのご主人萩原知令さんの家族3人で萩錦を支える蔵元杜氏。郁子さんは薬学部出身、綾乃さんは美大講師、知令さんは建築士というキャリアをお持ちで、私はこのユニークな萩原ファミリーを長年応援し続けるファンでもあります。

 最初に郁子さんと出合ったのは、1998年発行の「地酒をもう一杯」の取材時で、当時から郁子さんは仕込み蔵で杜氏の補佐をしており、現場で肉体労働する蔵元の奥さんがいるんだ…!と目を丸くしたものでした。晴れて杜氏となった2018年に蔵元である夫・萩原吉隆さんが急逝し、この2年は激動だったと思いますが、最近の萩錦はどこか血の通った味になった気がします。今回は静岡酵母HD-1の酒を揃え、亡き河村傳兵衛先生や歴代杜氏の思い出話も添えてくれました。厳しい指導者に現場で鍛えられた経験と、亡き先人に恥じない酒を造らなきゃって決意があるから、血が通ってるって感じられるのかも。…私もそういう文章を書きたいなあと思いました。

 

第12回 2020年9月5日 「しずまえの味と静岡地酒のマリアージュ」 ゲスト講師/山崎伴子氏(鮨処やましち(蒲原)店主)

 セノバ日本酒学の最終講座は蒲原の鮨処やましちでの酒食体験。しずまえ料理の看板店主としてメディアにも引っ張りだこの山崎伴子さんにご協力いただき、駿河湾の海の幸との食べ合わせを考えて開発された静岡酵母の酒の実力を、実際に食べ合わせてみながら受講生に体感していただきました。ご用意いただいたメニューは生しらす、生桜えび、清水港のマグロお造り、太刀魚の酢味噌和え、茶くらえび(生茶葉と生桜えびのかき揚げ)&太刀魚の天ぷら、鯵のすし。鯵のすしは昔ながらのビッグサイズな握り。2つに切って出されたことから1貫=2個になったそうです。由比蒲原の鯵はなんといっても桜えびを餌にしてますから、やっぱり格別です。

 私が駆け出しライターだった頃、静岡の酒を語れる女性料理人が県内に3人いました。沼津の「一時来」長沢絹子さん、浜松の「豆岡」岩崎末子さん、そして蒲原の「やましち」山崎伴子さん。この3つのお店には同じデザインの壁据え付けの酒専用冷蔵棚がありました。河村先生、磯自慢の寺岡さん等から「静岡の大吟醸を扱うために」と薦められたそうです。カウンター越しの壁一面を冷蔵棚にするのですから、個人店で設えるのは容易ではなかったと思いますが、酒を我が子のように大切に扱う母性に近い感性と、自店の料理と相性のいい酒を決してぞんざいにはしないプロ姿勢に、私も心底勇気づけられました。そして、静岡吟醸は造り手だけでなく、売り手のこの姿勢がなくては世に出なかっただろうと実感し、造り手ー売り手ー飲み手の和を伝えるべく、しずおか地酒研究会を作ったのでした。

 そんな歩みを振り返りながら、「しずまえ料理と静岡の酒は最強のペアリングだ」と再認識できた、やましちでの酒食体験。コロナ禍のもと多くの関係者にご配慮いただき、実現できたことに心から感謝いたします。しずまえ料理についてはこちらの記事もご参照ください。

 

 なお朝日テレビカルチャー地酒講座は、コロナの影響で蔵元の協力が難しいとされたことから、今秋以降、休止にしました。しずおか地酒研究会25周年で温めている企画もいくつかありますが、会の方向性を含め軌道修正する必要があります。新たな地酒ファンづくりに、自分のこれまでの知見がどれだけ活かせるのか or 本当に必要とされているのか、当面は迷いながらの暗中模索が続きます。

 

 


静岡と世界を貫く蔵直便

2020-08-04 13:27:33 | 地酒

 9月まで開講中の朝日テレビカルチャー静岡スクール地酒講座の2020年春~夏シーズン。今年はしずおか地酒研究会設立25年を記念し、全6回すべて女性講師による『セノバ日本酒学 SAKEOLOGY@WOMEN』を開催中です。8月1日(土)はヴィノスやまざき代表取締役社長の種本祐子さん、専務取締役営業部長の福井謙一郎さんにゲスト講師に来ていただきました。今回、女性講師による日本酒学のプログラムを考えたとき、真っ先にお願いしようと思ったのが祐子さんだったので、コロナ禍の中、いつもは東京で業務に当たられるお二人にご来講いただけるかどうか直前まで不安でしたが、無事開催できて心底安堵しました。

 

 テーマは「静岡と世界を貫く蔵直便」。ヴィノスやまざきは、今は日本を代表する直輸入ワインショップとして知られていますが、もともとは大正2年(1913)創業の酒類小売店。公式HP(こちら)にも紹介されているとおり、初代山崎豊作氏が味噌や酒を樽に詰め、大八車で行商したのが始まりで、“大八車を引く商人魂”を、今も企業コンセプトとして大切にされています。今回は種本さんに、ヴィノスやまざきの108年に亘る歩みを振り返りながら、造り手と飲み手をつなぐ“売り手”という扇の要たる存在価値をお伝え願いたいと企画しました。

 

 戦後、19歳で家業を継いだ二代目山崎巽氏(祐子さんの実父)は、飲食店の御用聞きで汗を流し、青葉公園のおでん屋台全盛期には女性店主を手伝ってフライを揚げたり氷割りをしたそうです。しかし街中から屋台が消え、住民も郊外に移り住み、オフィスビルが建ち始めるなど環境が一変します。

 それまで扱ってきた灘や伏見の大手メーカー酒についても、メーカーの出口戦略のコマとして扱われる(=プロダクトアウト)のままでいいのかと暗中模索し、東京の先進店を回って必死に勉強し、ある研修会で「これからの小売業は生産者ではなく消費者のほうを向いて商売すべき(=マーケットイン)」と教えられて大きな決断をします。

 そしてお客様から「新潟に出張したとき美味しいお酒を飲んだ」と聞いて越乃寒梅や八海山を買い付けるなど、いち早く脱・灘伏見へと舵を切り、「静岡は水の美味しいところだからお酒も美味しいんじゃないの?」というお客様の声に慧眼、昭和45年(1970)ぐらいから県内の蔵元訪問を始めます。

 昭和40~50年代、山崎酒店の奥の居間はコップ酒場として酔客が集い、当時、小学生だった祐子さんが学校から帰宅すると、夕方から酔っ払いのおじさんたちが居間を占拠しているので宿題もできず、「担任の先生にはクラスで山崎さんの家には近づかないようにと言われてしまい、本当に嫌で嫌で仕方なかった」そう。そんな酔客の中に、まだ駆け出しの研究者だった河村傳兵衛さんや、卸会社で修業中だった寺岡洋司さん(磯自慢社長)もいて、山崎さんが県内外から集めた無名の地酒を試飲しながら熱く語り合っていたそうです。

 接客の勉強になればと始めた歌のレッスンで、山崎巽さんは相互広告社長の藤江武さんと知り合い、「自信を持って選んだ酒なら、その良さをきちんと告知すべき」と助言され、県内の蔵元で出合った秘蔵酒=吟醸酒を、店を上げて売り出す一大決心をします。

 昭和56年(1981)、静岡新聞に全5段広告『見なおして下さい、静岡県産酒。』が掲載されます。蔵元でも酒造組合でもなく、山崎酒店が個人で打ったもの。掲載料150万円を工面するため蔵元各社に協賛を依頼したものの大半から断られ、理解を示した5蔵とともに捨て石の思いで打った広告は、大変な反響を呼びました。

 大学を卒業したらサラリーマンと結婚し、安定した生活を送るのが夢だった祐子さんも、サラリーマンとの結婚は実現させたものの、根っからの商売人だった父のDNAを受け継いだのでしょう、両親の仕事を手伝うようになり、やがて、父が日本酒の世界で起こした”革命”をワインの世界で起こしたのでした。

 

 店名を「ヴィノスやまざき」と変え、迎えた創業80年の1993年、優良経営食料品小売店全国コンクールで農林水産大臣賞を受賞。記念に打った静岡新聞全面広告は、静岡新聞広告大賞奨励賞受賞のおまけまで付きました。

 この広告制作を、相互広告藤江社長より声を掛けていただいた私は、当時、地酒の取材を始めて3~4年目の浅学非才の身。あまり難しく考えず、巽さんからうかがった「80年間、大八車を引く思いを大切にしてきた」という一点に絞って手文字とイラストで気負い無く描かせていただきました。祐子さんとは、この広告制作時に初めてお会いしたと記憶しています。

 

 1993年秋には、ワインをメインにした全5段広告を制作、タイトル文字とイラストも描かせていただきました。

 

 翌1994年には清水港にフランスからワインを搭載したコンテナ船が到着しました。祐子さんが現地で有名無名を問わず、地元で愛され評価されたワインを直接買い付けたもの。それまで商社を通して買うのが当たり前だった輸入ワインを、小売店が直輸入するという日本初の”革命”を起こしたわけです。

 1994年秋に作らせてもらった全5段広告のキャッチコピーは、ずばり「蔵直便」。巽さんが静岡県内から「造り手の顔が見える商品を紹介するのが酒販店の使命」とおっしゃっていた姿が祐子さんに重なり、四の五の云わず、これだ!とひらめいたキーワードでした。最初は筆文字で描かせてもらったのですが、手描きの筆文字だと日本酒っぽいという意見もあってフォント文字に修正。このコピーを祐子さんが気に入り、翌95年春には日本酒バージョンも制作。静岡県の蔵元の顔写真が登場した最初の新聞広告になったと思います。ちなみに、『蔵直便』はヴィノスやまざきの商標コピーに“出世”しました。

 

 

 ヴィノスやまざきのショップは、静岡本店のほか、2001年に西武渋谷店、2005年に広尾店(都内初の路面店)を皮切りに、現在、北海道から神戸まで25店舗。2020年6月にオープンした最新店・横浜駅西口CIAL横浜店を先月訪問しましたが、入口の日本酒コーナーはオール静岡酒。横浜駅の玄関口なのにいいの!?って思っちゃったくらい静岡県民にとっては感無量のラインナップでした。

 

 旗艦店である有楽町イトシア店、武蔵小杉東急スクエア店、そして新静岡セノバ店も、日本酒コーナーを充実させているそうです。

新静岡セノバ1階 ヴィノスやまざきの地酒コーナー

 

 創業の経緯を知らない人は「ワイン専門店が客層を広げようと日本酒に手を出した」と思われるかもしれませんが、大八車の原点=地に足の付いた商いを大切にされている証拠。と同時に、コロナ禍によって国内外で酒類ーとりわけ業務用の需要が激減する中、酒小売店の環境が新たな大変革期に来ていることを実感します。

 地酒の世界では、メディアで注目されるのは蔵元や酒米農家、飲食店が中心で、小売店はどうも縁の下に置かれがち。蔵元の直販も増えていますから、酒販免許の上に安住する時代はすでに終焉を迎えたのかもしれません。そんな中、ヴィノスやまざきが100年を超えた今も第一線で存在し続ける理由とは、お客様に応える=変化するニーズに応えることを止めない=商いのプロとしての矜持を失わない、ということでしょうか。

 「売る」ことに対し、徹底したプロフェショナルでありたいという矜持。考えてみるとヴィノスやまざきと共に発展した磯自慢、喜久醉、國香といった蔵元も「造る」ことに徹するプロです。私も「伝える」ことにプロの矜持を持ち続けたいと思う・・・。祐子さんのお話を聞きながら、それぞれきちんと仕事をするプロ同士がつながることで、時代の変化は乗り越えられるのではないか・・・そんな気がしました。

 

 最後に、毎日新聞朝刊に1997~98年に連載していた「しずおか酒と人」の98年4月16日掲載分、山崎巽さんを紹介した拙文を付け加えさせていただきます。『青葉公園の噴水池に石を投げたら波紋が広がった。そのとき自分が波を起こそうと決めた』という巽さんの言葉が、今も響きます。

 セノバ日本酒学で地酒解説を担当された専務の福井さんは、山崎巽さんが生前中、正社員として雇用された最後の直弟子。新たな波を起こすアクションを、これからも応援していきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 


静岡で日本酒学を究める!

2019-08-28 20:30:25 | 地酒

 2015年にスタートした朝日テレビカルチャー静岡スクールの地酒講座、おかげさまで5年目を迎えました。こんなに長く続くとは正直びっくりです。

 

 有料のカルチャースクールで酒の講座を担当する講師は、プロの酒販店や唎酒師が務めるべきもので、いくら事情通だからといっても私のような業界外人間がでしゃばるべきではないと、これまでオファーがあっても知り合いの酒販店さんや業界内にいる有識者を講師に推薦してきました。ところがある試飲イベントで偶然、朝日テレビカルチャーの事務方にいた高校の同級生とバッタリ会って、無類の酒好きの彼女から「うちには日本酒の講座がないから、ぜひやってくんない?」と言われ、ちょうど『杯が満ちるまで』の出版時期と重なったので、本の営業魂?をくすぐられ、1期ぐらいならと軽い気持ちで引き受けてしまったのでした。

 最初のうちは、『杯が満ちるまで』の取材ネタをベースに酒蔵見学を織り交ぜてなんとかカリキュラムを組めたものの、毎月1回、12回×4年も続ければネタ切れはやむを得ず。酒販店オーナーが講師を務める講座と違い、私の場合、試飲酒は自分で方々走り回って買い揃えなければならないし、いただく講師料+教材費より大概予算オーバー。酒蔵見学も取引先しか見学不可と断られるところがありますし、ゲストを探そうと思っても結構断られる。これは私に人望がないせいかもしれませんが(苦笑)、カルチャー講師を引き受けて、カリキュラムを作って継続させるって、よっぽど信念がなければ務まらないというのが正直な思いです。

 

 そんなこんなで半年ごとに更新の時期がやってくると胃が痛くなる思いをしてきたのですが、今年は5月に東広島の独立行政法人酒類総合研究所の研究発表会で、新潟大学が開講させた日本酒学(SAKEOLOGY)の話を聞いて、日本酒の世界も、味や品質云々ばかりでなく文化的科学的な学問領域に目を向け始めたと慧眼しました。日本酒の市場を海外に広げるのも重要ですが、国内市場を掘り起こし次世代の飲み手を育てるには、正しい知識や伝統を伝えることが大事だろうと思い、私自身、このところ酒の歴史や文化に目を向けてきました。こういうことを国立大学が本格的に取り組み始めたことに大きな希望を感じ、勇気をもらったのです。

 そしてー

 2019年10月期からの朝日テレビカルチャーでは、SAKEOLOGY@SHIZUOKAと銘打ち、静岡での日本酒学確立に挑戦します。業界外人間の私に何ができるか、気軽に試飲を楽しむカルチャーらしさを失ってもいいのか逡巡しつつも、酒販店オーナー講師のように試飲酒を潤沢に揃えたり酒蔵見学するのが難しいならば、私ができることを、私らしくやるしかないと開き直った結果です。

 

 


セノバ日本酒学 SAKEOLOGY@SHIZUOKA

 

1回 10月5日 「文学」酒を伝える名文解説 講師/鈴木真弓(コピーライター) 

 

2回 11月2日 「経済」プロに聞く!酒税のしくみ ゲスト講師/内川正樹氏(税理士・元名古屋国税局酒類業担当官)

 

3回 12月7日 「実践」生酛づくり体験(会場/杉井酒造) 解説・指導/杉井均乃介氏(杉井酒造蔵元杜氏)

 

4回 2月1日 「文化」酒席のマナー ゲスト講師/望月静雄氏(茶道家・日本秘書協会元理事)

 

5回 229日 「農業」日本一の稲オタクが語る酒米 ゲスト講師/松下明弘氏(稲作農家)

 

6回 3月7日 「醸造学」農大醸造科のカリキュラムと日本酒の未来 ゲスト講師/戸塚堅二郎氏(静岡平喜酒造蔵元杜氏)

 


 仰々しいタイトルにもかかわらず、ゲスト講師を引き受けてくださった先生方には本当に感謝してもしきれません。名古屋国税局にいらした頃からずっと私の活動を応援してくださった内川さん、酒造繁忙期に講座指定日に合わせて生酛の酛摺り計画を立て直してくれた杉井さん、私の茶道の師匠である望月先生、カルチャー講師に来ていただくのは申し訳ないくらいBIGになった松下さん、そして過去にカルチャーで蔵見学をさせていただいたとき、非常に丁寧でクレバーな解説が秀逸だった戸塚さん。私自身が「この人に聞いてみたい、一緒に酒を語りたい」と思ったスペシャリスト揃い。我ながら、これだけの講師陣を揃えられたのは奇跡だと思っています。

 お申込みは朝日テレビカルチャー静岡スクールのHP(こちら)から。ぜひお待ちしています!

 

*なお、カルチャーの新聞折込チラシには「SAKELOGY」と誤植がありました。正しくは「SAKEOLOGY」です。申し訳ありません。


第108回南部杜氏夏季酒造講習会特別講演

2019-07-30 20:51:56 | 地酒

 7月23日から26日まで、岩手県花巻市で第108回南部杜氏夏季酒造講習会が開かれました。大正3年(1914)設立の南部杜氏協会が、団体設立前の明治45年(1912)から開催している歴史ある技術講習会で、杜氏資格試験も行い、参加者は全国から延べ1800人という日本最大の酒造技術者養成機関。地元の仙台国税局をはじめ各国税局の鑑定官、酒類総合研究所や日本醸造協会の代表者、先進的な取り組みの酒造会社社長等が講師を務めます。

 日本酒造りや南部杜氏を取材する者にとっては非常に魅力的な取材対象ながら、南部杜氏協会に所属または関連先の技術者オンリーの、部外者がおいそれと踏み入ってはいけない“聖地”という思いがあり、私個人は例年5月末に開催される南部杜氏自醸酒鑑評会の一般公開に参加し、日本一の杜氏集団の近況を探ってきました。

 今年は仕事のスケジュールが合わず自醸会に行けなかったため、夏場に余裕があれば懇意にしている杜氏さんを訪問がてら、のんびりみちのく旅行しようかと考えていたところ、南部杜氏協会から突然連絡があり、「夏季酒造講習会最終日の特別講演をお願いできませんか?」と驚愕のオファー。思わず「なんで私が?」と聞き直し、講習会の講師陣の先生からの推薦と言われ、そんなハイレベルの先生方には個人的な知り合いもいないので、大いに戸惑ってしまいました。

 そうこうしているうちに、懇意にしている南部杜氏さんから「講師やるんだって?」「たいしたもんだ」と激励とも冷やかしともいえない電話が相次ぎ、ある杜氏さんから言われた「河村先生や静岡の酒のこと、静岡で頑張る俺たちのことをしっかりアピールしてくれ」という言葉でハッとしました。どなたかはわかりませんがこういう機会を与えてくださったことにまずは感謝し、分不相応だと自覚しつつも背伸びをせず、自分がこれまで見聞きし、感じ、行動してきたことを素直に話そうと腹をくくりました。

 

 これまでの、一般消費者や地酒ファンに向けての講演では、静岡県の地酒が美味しくなった経緯や取材先でのエピソード等で話をつなぎ、吟醸王国しずおかパイロット版の映像を流し、最後は試飲を楽しんでいただくというパターンが多かったのですが、今度ばかりはそうはいきません。対象は全国の名だたる酒造のプロ。ライターである自分が披瀝できるとしたら、ライターとして取材してきた静岡の酒&しずおか地酒研究会の活動、そして、言葉で伝える日本酒の魅力しかありません。悩んだ挙句、過去にしずおか地酒研究会で元SBS静岡放送の名アナウンサー國本良博さんに酒の名文を朗読していただいた『読んで酔う日本酒』という読み聞かせイベントを自分で再現することにしました。

 といっても私は國本さんのようなしゃべりのプロではないので、朗読会で使った吉田健一の『日本酒の定義』や篠田次郎先生の『日本酒ことば入門』のような名著の文章ではなく、古今東西の詩人の歌、酒の広告コピー、そしてこの春、お茶の取材をきっかけに関心を持ち、まだ研究途上ですがこのブログでも取り上げた酒茶論を思いきって紹介しました。

 

 依頼された特別講演は講習会最終日26日の朝9時から10時30分という時間帯。講習や試験は前日までに終了し、参加者の多くは最後の夜ということでトコトン飲み倒し、翌朝の特別講演は毎年眠気との闘いだと聞いていたので、前半はとにかく静岡の酒についてしっかりしゃべり、後半の『読んで酔う日本酒』では半ば本気で「聴く人が心地よく眠くなるようなしゃべりをしよう」と臨みました。講演終了後は修了式と杜氏試験合格者表彰が行われるホールに約400名。実際、目の前で居眠りしている人を見たらちょっぴり凹みましたが(苦笑)、とちっても何でも、とにかくこの時間を与えられたことへの感謝と誠意を尽くすことに徹しました。

 

 

 今回、用意した名文で、最初はとっつきにくいかなと思いつつ、昨夜はさぞ盛り上がったであろう聴講者の顔を見ながら一番しっくりきたのがこれ。

 

 酒逢知己飲 さけはちきにおうてのむ

 

 南宋の禅僧・虚堂智愚(1185-1269)の言葉をおさめた虚堂録から拾った禅語で、酒は気心が知れた仲間同士で飲むのが最高!という意味です。当たり前じゃんと思われるかもしれませんが、全国から研鑽に集まった現役・若手の酒造職人たちが、年に1度、同窓会や同期会のような仲間意識で、昨夜はトコトン飲んで本音で語り合ったんだろうなと想像すると、この一句が、今から700年以上前の中国の禅僧が詠んだとは思えないほど琴線に触れてくるんですね。

 

 それから自分で声に出して読んでグッと熱くなってしまったのがこれ。

 

 内にある迷いや葛藤、それでも真っ直ぐにすすむ誇り。

 この土地で生まれ、この土地で育ってきた。

 それは米も僕らも同じだ。

 一緒にかっこいい大人になろう。

 一緒にうまい酒をつくろう。

 そして一緒に酒を飲もう。


 2016年に日本醸造協会主催「女性のための日本酒セミナー」で酒造会社の女性オーナーや女性従業員を対象に、日本酒のキャッチコピーの作り方をテーマに講演を頼まれたとき、グループワークで受講生に酒造写真にイメージコピーを付けてもらった中のひとつ。私が撮った松下明弘さんと青島孝さんのこの写真に付いた作品です(松下さん&青島さん、勝手にモデル写真に使ってスミマセン)。

 グループ代表で発表してもらったので、どなたの作品かわからないのですが、これを読んだ時、鳥肌が立つくらい感動しました。地元の酒造りや米作りの苦労を知っている人の素直な言葉ですよね(この2人を父子だと思ったようですが)。

 

 日本酒復権と言われる昨今、全国各地でさまざまな地酒イベントや試飲会が花盛り。若者や女性の参加者も本当に増えてきました。しかしながら、イベントブースで用意された酒を一口二口飲むのに慣れてしまい、酒場に行っても酒の注文の仕方がわからない、酒への理解が深まっていかない人が増えているという声も聞きます。これからの飲み手に、もう一歩理解を深めてほしいとき、古今東西の酒の名文や、造り手が自分で考え伝える酒の言葉が背を押すこともあるんじゃないか・・・『読んで酔う』というタイトルにはそんな思いを込めています。

 

 思いつくままの雑駁な話に終始してしまった90分でしたが、終了後は懇意にしている杜氏さんから「短い間によく準備してきたな」と言われ、内容の良し悪しはともかく講演依頼者と聴講者への謝意と誠意は伝わったかなとホッとしました。自分もいろんな講演を取材・聴講しますが、しっかり準備をして真剣に話す人と、何度も同じ話をしているのかナアナアで話す人の違いって伝わってくるんですよね。

 静岡の酒に限定して取材を続けるニッチなフリーライターにこんな日が来るなんて未だにピンと来ていませんが、とにもかくにもお声かけくださった南部杜氏協会の皆さま、静岡の南部流蔵元・杜氏の皆さま、聴講してくださった全参加者の皆さま、本当にありがとうございました。