2003年、東伊豆稲取に藤田千恵子さんを招いて開催したしずおか地酒サロンでは、参加した4蔵の蔵元と藤田さんのトークバトルを企画し、好評を博しました。静岡の蔵元が、観光地で初めて地酒を知ったお客さんに向けて、どんなパフォーマンスを示すのか、その一端がうかがえた興味深い内容でした。
おりしもGW目前。観光地でいろいろな酒&食体験をされる方も多いと思います。5年前のトークバトルですが、今読んでも面白く、各蔵元の“性格”もなんとなく伝わる内容ですので、話のタネにぜひご一読を。
しずおか地酒サロン
「地酒と食とおもてなし ~ 観光地の真のホスピタリティを探る」
■開催日/2003年6月21日(土)~22日(日)
■場 所/東伊豆・稲取温泉「うえじま旅館」
■講 師/藤田千恵子さん フリージャーナリスト 「日本の大吟醸」(新潮社刊)はじめ日本酒関連の執筆多数、酒・食・旅の専門誌・一般誌等で活躍中。
■参加蔵元/志太泉、喜久醉、杉錦、國香
■出品酒/黎明(富士高砂酒造)、中屋(同)、臥龍梅(三和酒造)、南アルプス(萩錦酒造)、青春(磯自慢酒造)、多田信男(同)、富士桜(志太泉酒造)、雛酔桜(杉井酒造)、喜久醉(青島酒造)、嶋田(大村屋酒造場)、竹の風(同)、開運初蔵純米(土井酒造場)、遠州の四季(同)、國香出品用斗瓶取(國香酒造)、舞車(千寿酒造)、花の舞超辛口純米(花の舞酒造)
■トークバトル「日本一呑めるオンナ&蔵元なのに呑めないオトコたちの珍放談」
パネリスト/藤田千恵子さん、杉井均乃介さん(杉錦)、望月雄二郎さん(志太泉)、青島孝さん(喜久醉)、松尾晃一さん(國香)
○蔵元と観光地の間に澱む暗くて深い河…
(藤田)まず今日お集まりいただいた蔵元さんに、ご自分が観光客として旅館やホテルに泊まったときの経験談をうかがいたいと思います。
(杉井)最近はあんまり余裕がないので観光旅行はしていないんですが(苦笑)、1泊程度の団体旅行ですと、藤田さんのお話のように料理も酒もこれといった特徴がなく、印象に残りませんね。コストを考えてのことでしょうが、あまりいいお酒が呑めるという機会はないように思います。大きなチェーンの居酒屋さんなどもそうですが、世の中にはもっと美味しいお酒があるのに、なんとか努力して紹介できないのかなあと実感します。
(望月)お酒の味に限って言えば、旅館で出される燗酒は熱すぎますね。冷酒に関しても本醸造の生酒のように味がすっきりしてやや物足りないような酒が多いように思います。もう少しお料理との相乗効果を考えて、味のバリエーションをそろえてもいいように感じます。藤田さんのお話にあったように、私のところへも「旅行に行くからお酒を送ってくれ」というオーダーが来て、私のほうで2~3種類選んで旅行先へお送りするというケースもあります。消費者の意識のほうが高いのかなと感じます。
(青島)本日のタイトルどおり、私はまったく呑めませんで、ビール一杯半ぐらいで赤くなってしまいます。ですから一生のうちに呑める酒も限られてしまうので、吟味して呑むようにし、食べるほうを中心にしています。伊豆へはあまり来る機会がないのですが、仕事で県外に出る回数が増え、その土地の料理をしっかり食べて少々呑むというパターンですね。
(松尾)昨年の夏、このご近所の北川温泉に泊まったんですが、呑むのはほとんどビールで、徳利で出されるお酒は、中身はまったく気にしませんでした。(苦笑)。
○ここがウリです、静岡の酒、わが蔵の酒
(藤田)というように、蔵元さんと観光地の間には深くて暗い河があることをお分かりいただけたかと思いますが(苦笑)、日本全国どこに行っても美味しいものが食べられる国にしようという野望を持つ私としては、いろいろ考えることがあります。ひとつは、この4人の蔵元さんがお造りになっているような地酒と、値引きやリベートが前提となった酒とでは、観光地に入ってくる流通経路が違うということ。美味しい地酒が観光地に入っていくためには、蔵元さんご自身が積極的にアピールすべきでは、とも思うのです。そこで、外側または内側から見た静岡の酒の特徴やご自身の酒について自画自賛していただけませんか?
(杉井)静岡県がお酒の産地だというイメージは、県内外の多くの方はお持ちではなかったと思いますが、静岡県工業技術センターの河村傅兵衛先生が20年来、静岡のお酒を指導され、品質的に認められた。この先生の功績が8割以上ではないかと思います。
熊本県は焼酎県のイメージが強いのですが、野白金一という日本酒造史に残る素晴らしい指導者がいて、吟醸酵母のスタンダードである9号酵母を開発した。また山形県工業技術センターにも小関敏彦という先生がいて、酵母や酒米の開発や指導に尽力されています。このように優れた指導者の力によって銘醸地が生まれるのが日本酒の世界の特徴で、静岡県もその例に当てはまった特殊な県だといえます。お隣り神奈川県にも有名な蔵元は2~3ありますが、静岡県ほど注目されませんね。静岡県はどの蔵も品質重視で造っていて、底辺のレベルが高い。これは大きな強みといえます。
私の蔵は年間400石程度の小さな蔵で、みりんも造っています。もち米と焼酎で作る本格みりんで1升瓶2300円もしますので業務用向きではありませんが。焼酎も昨年から復活させ、現在、蔵で米焼酎と芋焼酎を寝かしているところです。
(望月)志太泉は藤枝のだいぶ奥のほうに蔵があり、水がきれいでやわらかいという特徴があります。この水を生かし、すっきりして適度に香りのあるお酒を造っています。地元でも酒米の山田錦を作っていますので、米の旨みや個性が感じられる酒を目指して造っています。
(青島)静岡県全体を見ても、非常に水質がよく、量が豊富だという強みがあります。酒造りは微生物を扱う仕事で、作業の前後の道具の洗浄や管理などにも大量の水を使います。丁寧な酒造りをしていこうという地域ですので、酒どころとしての意識を持つ上で水のよさや豊かさは大きな恵みだと思います。今日は4社ですが、県内には30余の蔵元がありますので、いろいろな銘柄を知り、静岡にはいい蔵元がたくさんあるなと感じていただきたいと思います。喜久醉は「酒造りは米作りから」をモットーに、夏場は田んぼで米作り、冬場は蔵で酒造りと、一年を通した造りを実践しています。酒質は食中酒としてのオーソドックスな味を目指しています。
(松尾)自分で造りを始めて10年になります。県内で自醸蔵になったのは比較的早いほうで、河村先生が開発された静岡酵母と出会い、これまでやってきましたが、まだまだ奥が深く、同じ酒は2つと造れないですね。自分が始めた頃は県外へたくさん売れと言われましたが、最近は地元の人や地元に来てくれた人に呑んでいただく酒を意識するようになりました。
○蔵元が考える、自分の酒と料理との相性
(藤田)お酒というのは単独ではなく、食べ物と一緒に味わうものです。私が旅館の女将だと仮定すると、みなさんは自分の酒をどのように売り込みますか?
(杉井)ひとつの蔵にも本醸造から大吟醸までいろいろな種類があります。一銘柄も10年前とは品質が変わっていますので、一概には言えませんが、私のところは本醸造系はどんな料理にも合うと思います。吟醸系はやはり淡白な料理でしょうね。みりんは昔ながらの造りでストレートでも呑めますので、食前酒やデザート酒として楽しんでいただくこともできます。スーパーで売っているみりんは、呑むとアタマが痛くなりますけど(苦笑)。
(望月)杉井さんが言うように、ひとつの銘柄もいろいろ変化しますので、自由に呑んでいただければいいと思いますが、新酒と熟成酒の違いはあると思います。新酒の時期はフレッシュ感や渋み・苦味があり、それが長所・短所にもなっていますが、ややエグ味のある春の山菜料理などとは味わいのバランスがとれると思います。4~5月にはうちのほうでは鮎が採れますし。秋口のキノコや栗ご飯などは熟成酒とマッチします。つまり季節感に合ったお酒を味わっていただきたいですね。
(青島)一般的な認識として吟醸酒はスッキリ、純米酒は旨みがあると言われます。静岡の酒は全体的にスッキリしていますが、喜久醉もそのような特徴は出ています。大吟醸は白身魚のように脂の少ないもの、純米系には脂ののったものが合いますが、純米吟醸などはオールラウンドにマッチすると思います。私は酒があまり呑めないので、料理を意識しながら酒も造っています。ふだんの食事も有機米の玄米食です。日本の伝統的な食材を選んで食べているうちに、伝統食や自然食の微妙な味わいが味覚として解かるようになってきて、究極の酒は「そばに合う酒」じゃないかと思っています。そばの香りは時期によって違いますし、味とのバランスも非常に繊細です。そのそばの味わいを邪魔しない酒が、脇役としてはベストではないかと思います。
(松尾)喜久醉さんとは造り方や使っている酵母も同じなので、だいたい目指すところも同じですが、ひとつ目指すのは食材とケンカしない酒。よく言われるのは淡白な酒は淡白な料理、味の濃い酒は濃い料理、という組み合わせですが、造り手の実感で言えば、酒自体は繊細な酒質を目指して造っているつもりですが、出来上がった酒は“強い”ことが多く、料理と合わないこともある。淡白で淡麗な酒ほど、酒自体は強いのです。味が濃い酒というのは、実は味でボケていてインパクトがない酒なのです。淡麗ですっきりした酒ほど表現は難しい。そんな酒で料理との調和が主張できればいいですね。
○“カップ酒純米化運動”に未来はあるか!?
(藤田)ところで、私がかねがね残念に思っていることにカップ酒があります。カップ酒のお酒はなぜまずいのか。なぜいいお酒が提供できないのでしょうか。駅弁でもそうですが、なぜこんなに添加物の多いおかずを入れるのか、保存食なのに保存料を使うなんて…と苦々しく思っていました。旅行先から帰る電車の中で、美味しい駅弁とカップ酒があれば旅の締めくくりとしてはこの上なく幸せなのに、呑みたいお酒がないのでウーロン茶で我慢することもしばしばです。そんなわけで、昨年、思い立って『カップ酒純米化運動』というのを一人で始め、出会った蔵元さんに「カップ酒、なんとかしませんか」と訴えているところなんですが、みなさん、いかがでしょうか?
(杉井)そうですねえ。まずカップという入れ物に充填するのに設備投資が必要です。うちでも一時やっていたのですが、需要が少なくてやめてしまいました。
(藤田)需要が少ないというのは、まずいからじゃないんですか?
(杉井)まあ、当時は三倍醸造全盛の時代で、大手に駆逐されたという感じでしょうか(苦笑)。今はこういう時代ですので、我々のほうでも一升瓶1700円前後でいい酒質のものを提供しようと努力しているんですが。
(望月)杉井さんが言われたように、カップ酒は専用の充填機とキャッパー(打栓機)がないと出来ません。うちでは造ったことがないのですが、高校の100周年記念か何かのときに1000本ほど頼まれ、一升瓶を10本ずつ小分けして造ったことがあり、えらく苦労した思い出があります(苦笑)。
(青島)うちもやったことはありません。家内制手工業のような現場ですので、量は造れませんし、限られた生産量を配分して商品化しようとすれば、優先順位をつけざるをえません。また流通の問題もあります。お酒というのは繊細な生き物で、生鮮食料品に近いものであり、呑んでくださる方のノドを通るまでが製造工程だという考え方ですので、流通の先が見えないものは品質に最後まで責任が持てないのです。流通面での課題がクリアできれば可能かと思いますが、これはこれで大きなプロジェクトになると思います。いずれにしても時間がかかることだと思います。
(松尾)藤田さんが考えるのは、純米酒をカップ酒にしようということですか?
(藤田)純米酒に限定するわけではありませんが、とにかく美味しく呑める酒をカップ酒にしたい。映画館のポップコーンと同じで、今のカップ酒を呑むと悲しくなるんです。楽しくなるカップ酒が欲しいのです。
(松尾)問題点はやはり、我々のような地酒蔵にとっては「品質が保てない」ということに尽きるでしょうね。
(藤田)コンビニのようなところで冷蔵庫に保管されたとしても、売る側の意識がなければ駄目でしょう?
(松尾)カップ酒は冷蔵庫には入れてもらえないでしょう。ワンカップタイプではなく、ネジ栓式の180mlお燗瓶で、冷蔵保存が確約できるなら可能性はあると思いますが…。
(藤田)…なんとなく運動が頓挫しそうな気分になりましたが(苦笑)、時間になってしまいましたので、またこの後の試飲会で気分を盛り上げたいと思います。今日はありがとうございました。
(文責 鈴木真弓 *なお現在、志太泉さんで純米レベルの高規格カップ酒“にゃんかっぷ”が発売されています)