杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

地域医療と空港セールス

2008-05-30 11:37:40 | 社会・経済

 昨日(29日)は一日、静岡県広報誌MYしずおか(08夏号・7月20日発行)の取材に走り回りました。今回担当するのは特集コーナー2本。1本は地域医療現場で不足するマンパワーの問題と対策、もう1本は富士山静岡空港。ともに新聞紙面を賑わせる重要テーマであり、何かと批判の対象にされるテーマでもあります。

 

 クライアントからお金をもらって記事を書くコピーライターとしては、もちろん批判的な表現はできないし、ベタなPRや県の自画自賛記事になっても読み手を白けさせるとあって、微妙な匙加減が要求されます。

 

 この雑誌は中日新聞が制作を請負っていますが、特集記事だけ私のような外部ライターを使うのは、新聞記者には“加減”ができないという事情があるのでしょう。だったら新聞社ではなく、広告会社や制作会社が請負えばいいのに、と思われるでしょうが、毎年、多数の広告・制作会社がコンペに参加しながらも、新聞社が受注するというのは、新聞社が持つ編集力―医療・教育・福祉のような広告会社とは接点の少ない分野や硬派なテーマにも即応できる取材能力や、自前でヘリを飛ばして空撮もできる撮影能力などが奏功するから。

 

 

 

 新聞社の弱点だったデザインも、グラフィックデザイナーの島田雅裕さんがアドバイザーに加わってからはずいぶん“垢抜ける”ようになりました。もっともデザイン重視になって、文字数がどんどん制約され、丁寧な説明を要する今回のような難しいテーマでも、グラビア誌風に要点を絞ってわかりやすくコンパクトに、と指示されます。これがなかなかタイヘンで…。コピーライターでありながら、こういう編集チームに入って匙加減をしながら仕事する、というのは、自分の取材能力や筆力を大いに鍛えてくれるんだ、と前向きに臨むようにしています。

 

 

 ちなみに島田さんには、磯自慢のカレンダーをデザインをお願いし、寺岡社長のハイレベルなリクエストに悪戦苦闘?しながらも、ゴージャスで素晴らしいカレンダーを作ってもらいました。仕事で出会ったクリエーター(ライター・デザイナー・カメラマン)は、何かしら酒の世界に引きずり込む、というのが私の悪い?習性で、今、そのエジキになって苦労しているのが、『吟醸王国しずおか』の映像カメラマン・成岡正之さんかもしれません(苦笑)。

 でもそれは、酒というのが、それだけ人を惹きつける魅力あるものだという証明でもあります!

 

 

 

  

 さて、昨日の取材では、心に残るお話をたくさん聞けました。今の地域医療の人材不足というのは、ご存知のとおり、今まで研修医は大学の医局の意向で研修先や就職先を決めることが多かったのが、勤務先を自由に選べるように制度改正されたため、高度な先端技術が学べる都市部の大学病院に人気が集中し、地方や僻地の病院が嫌われてしまったという背景があります。

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 午前中うかがった静岡県立総合病院の松田副院長のお話で印象的だったのは、地方の人材不足の問題は、そのような制度的な背景もさることながら、医師の世界でも、技能の伝承がうまくいっているところとそうでないところがある、という指摘。「職人の世界と同じですか」と感心すると、「とくに外科医の場合、知識も重要だが、経験が何より大事。多くの手術をこなす経験豊かな先輩ドクターから、いい技を盗みたいと必死になる若手を根気よく育てようとする中堅ドクターの存在が大きい」といいます。磯自慢の多田杜氏が、ことあるごとに、若い蔵人に「技は教えてもらうもんじゃない、盗むもんだ、知識よりも経験だ」と話していたことを思い出しました。

 そして、研修医に教える一番大切なことは、知識や技術よりも、患者に向き合う姿勢だといいます。患者が弱い立場で、医師のさりげない顔つきや言葉づかいの一つひとつに過敏になっていることを忘れてはいけない、と。これは日頃、NPOの取材でよく耳にする「ミッション(使命)を忘れてはいけない、ミッションに立ち返れ」という言葉に通じます。

 

 

 

 病院という職場がものすごく特殊な世界で、医師が特別な職業だというわけではない・・・モノづくりやサービス業やNPOの現場でも教える鉄則が、同じように尊ばれているということ、そしてベテランと新人のつなぎ役となる中堅どころが、モチベーションを高めて働ける環境づくりが同じように大事なんだということに、どこか新鮮な驚きと安堵感を覚えました。(ついでに心臓血管外科のスペシャリストでもある松田先生も、ドラマに出てくるようなカッコいい先生で、見とれてしまいました・・・!)

 

 

 

  

 午後は東京・平河町の都市センターホテルで開催された『富士山静岡空港販売促進会議』の取材。就航先の北海道、九州の人々を、静岡へ呼び込む旅行商品を検討する会議です。出席した航空会社・大手旅行会社の営業企画担当者からは、「静岡の何をメインに売りたいの?」「そこに行くための空港からのアクセスは、どの程度整備されているの?」と矢継ぎ早に質問がなされます。来春の開港に合わせた旅行商品となると、20年度下期(21年1~3月)にはCM・ポスター・パンフレット等での宣伝が必要で、それら広告ツールを制作するのは年内。となると遅くとも9月ぐらいまでに内容を固めなければなりません。担当者が突っつくのも無理ない話・・・。静岡の“ウリ”となる観光地に、ある意味、優先順位を付けて、重点的にアクセス整備をするという作業を、公務員の皆さんがどこまでスムーズにやり遂げられるのか、興味深々で耳を傾けてしまいました。

 県のような大きな組織が、民間のスピード感覚にどこまで柔軟に対応できるのか、いろいろ難しい局面もあろうかと思いますが、少なくとも私が接点を持った県の担当者は、空港をセールスする、という営業意識を持つ努力をしています。そういう一人ひとりの現場職員の頑張りを、同じ県民として応援しよう!という眼で書こうかな、と思っています。

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 会議の後のレセプションでは、静岡の酒コーナーの“看板娘”に早替わり。そろえたのは静岡県酒造業界のトップリーダーであり、石川知事の故郷でもある掛川の『開運』、空港のお膝元・島田の『おんな泣かせ』、富士山の名を冠する『富士正』、JALのファーストクラスに乗っている『磯自慢』、今年の県知事賞受賞『喜久酔』の5銘柄。いずれも純米大吟醸クラスです。県が酒造組合に相談したときは「組合で銘柄は選べない」と返され、私に話が来て、レセプションの出席者を聞いたら国交省や航空会社・旅行会社のトップクラスだということで、「舌の肥えた食通・酒通がいるかもしれないから、出品する以上はハイレベルなものを」とアドバイス。「だったら鈴木さんに来てもらわないと」と言われ、看板娘をやることに。

 

 

 案の定、「ああ、これはうちのファーストクラスの酒だ」とか「磯自慢や開運は東京でも買えるけど、他はなかなか呑めないねえ」とか、私が持ってきた日経新聞の“業界人が選ぶ日本酒人気ランキングベスト10”に開運・喜久酔・磯自慢の3銘柄が入っている記事のコピーを、テーブルで「こういうすごい酒らしい」と回し読んで他の人にも薦めるなど、熱心にテイスティングしてくれました。

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 ビールばかり飲んでいた石川知事に、国交省のお偉いさんに薦めるように『開運』を手渡したところ、「ああ、これこれ、これを待っていた」と満面の笑顔。「“開運”というのは中国でも韓国でも意味がすんなり通じる。いい名前ですねぇ」とお偉いさん。東京で9月に開催する地酒まつりにぜひいらしてください、とさっそくセールスしておきました。

 

 会議のときは、県側のプレゼン資料に、お茶や桜えびや静岡おでんはあっても、静岡吟醸はまるで無視されてしまい、内心、忸怩たる思いがしましたが、実際に呑んでもらって喜ぶ姿を見ると、「お茶やおでんを試飲試食しても、この人たちはこ~んな嬉しそうな顔はしないだろう」と溜飲を下げました。

 酒にはやっぱり、酒だけが持つ、人を惹きつけ、なごませ、地域と地域を結びつける魅力があるんですね!


ブリッジの設計

2008-05-27 22:57:06 | しずおか地酒研究会

 『吟醸王国しずおか』のパイロット版編集に向けて、構成台本を書き始めました。今月中に上げないと、夏の試写に間に合わなくなる計算で、悠長に構えていられなくなったのです。

 『朝鮮通信使』でも経験しましたが、撮れる映像が(予算的にも時期的にも)あらかじめ決まっていますから、各素材をパズルのように並べたり入れ替えたりするのがメインの作業。しかも今回はすでに撮り終えた映像を切ったりつないだりする作業なので、並べ方はある程度制限されます。

 

 

 今のところ、吟醸造りをひと通り撮ったのは磯自慢と喜久酔の2蔵。2蔵だけの予告版では、静岡の酒全体のイメージが伝わりにくいし、2蔵を比較するような印象を与えるリスクもあります。そこでポイントとなるのがブリッジ(つなぎ)映像。

 

 

 広島ロケの間、カメラマンの成岡正之さんと、ブリッジの作り方について突っ込んで話し合いました。行きの新幹線の中では、これから撮影を予定する2蔵以外の蔵元に、ひととおりインタビューだけでも撮ってつなごうかと考えました。全国新酒鑑評会の会場で、開運の土井社長に静岡吟醸を総括してもらったときのコメントが素晴らしかったので、そのまま流してコメントに沿った画を撮ることも考えました。少しフンパツしてヘリを飛ばし、川の源流部や酒蔵の建物を空撮し、酒蔵が置かれた地理的環境や名水どころのイメージを伝えるのもいいと思いました。

 

 予告版なんだからそんなに力まなくても…という声と、予告版だからこそしっかりしたものを作らなければ…という2つの相反する声が、アタマの中に入り混じっています。予告版で何を一番表現すべきなのか。何を目的につくるのか。広島から帰ってきてからも葛藤は続きました。

 

 

 日曜日、NPO情報誌の座談会記事をまとめているときに、わが事のように感じ入ったのは「壁にあたったときはミッションに立ち返る」「後継者を育てるときも一番大事なのはミッションを伝えること」という活動家たちの言葉でした。『吟醸王国しずおか』の企画書を書いたとき、多くの人が賛同してくれたのが「現役を去る、現世を去る功労者の足跡を記録する」というミッションでした。そのことを思い返し、日曜の夜からアルバムをひっくり返す作業を続けています。

 

 

 

 今月最終週、不運なことに2本の編集モノの締め切りが重なり、台本書きにあてられる時間は寝る前のほんのわずか。ところが、自分の初酒蔵訪問時に磯自慢で幸運にもお会いできた志太杜氏の横山福司さん、酒造組合専務理事の栗田覚一郎さん、大村屋酒造場の松永始郎会長、曽我鶴の柴田社長、國香の松尾正弘社長、翁弁天の岡田昭五社長、英君の望月英之介社長、高砂の吹上杜氏、山田錦研究の永谷正治先生など等、故人になられた方の写真が続々と出てきて、「静岡の酒の関係者で、この20年ぐらいのうちに故人となった方の写真を、これだけまとめて持っているのは自分だけかもしれない…」と実感し、思い出に浸るうちに睡眠時間がどんどん削られていきます。

 こうしてブログを書く時間を作るのもタイヘン…。書きながら、今も、アタマの中では、誰か見落としていないか、あの人の写真はどのアルバムに入れてあったっけ…と検索回路がぐるぐる回っています。

 

 取材のついでに記録として撮ったスナップばかりなので、写真としての出来はどってことありませんが、編集次第ではブリッジとしてこの上ない素材になるかもしれません。いや、映像的にどうこうというよりも、私自身が、この方々の存在を忘れたくないと強く感じました。

 

 先人の功績を思い出アルバムのように並べて紹介するだけでは物足りません。この方々が遺したものが、次世代に継承される姿を描くことも、『吟醸王国しずおか』が目指す大事なミッションです。

 ブリッジの後半は、私自身がこの方々からいただいた知恵や情報を広く伝える目的で始めた、いわば実体あるブリッジともいえる『しずおか地酒研究会』の活動シーンをいくつか入れようと思います。これがまたダンボール2箱分はあって、しかもB型大雑把な性格がちゃんと発揮され、まったく整理されていない(トホホ…)。デジカメデータで整理し始めたのは5~6年前ぐらいからで、その前はネガやポジやプリント写真ばかりです。12年分の活動ともなると、けっこうなボリュームです。会の活動に協力してくれたすべての蔵元を公平に入れたいけど、それもなかなか難しくて…。

 

 

 ここしばらくは、20年分の写真の山と格闘しながら、骨組みのしっかりしたブリッジを設計すべく、眠れない夜が続きます。

 

 

*静岡の蔵元・杜氏で故人になった方の写真をお持ちの方、静岡の酒関連で映像で残してほしいという写真をお持ちの方、ぜひご一報ください。

 

 


無償の愛と無知の罪

2008-05-25 22:57:36 | NPO

 5月24日はNPO法人活き生きネットワークの発足25周年・法人化10周年記念の総会&交流会&記念パネルディスカッションが、ラペック静岡で開催され、取材&司会役で汗を流しました。

 

 

 活き生きネットワークは、夫の突然死で乳飲み子2人を抱えて母子家庭の厳しい現実にさらされた杉本彰子さんが、自らの経験をベースに、さまざまな事情を抱える社会的弱者を支援する団体として四半世紀の歩みを刻んできました。

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 その歩みを紹介するパワーポイントでは、25年前、母子家庭で働くお母さんが子どもが急病になったとき、助け合う仲間づくりを呼びかけようと作った手書きのチラシから、昨年、女性の再就職支援に貢献した団体として、当時の安部首相から直接受け取った内閣総理大臣賞の賞状まで、彰子さんの努力を物語るさまざまな資料が披露されました。25年来のパートナーである望月専務理事は、「長くつきあえるのは、彼女が損か得かではなく、正しいか正しくないかという真っ当な判断で動く人だから」と称します。今は120人のスタッフで年間2億の事業をこなす静岡県を代表するNPO法人になりましたが、杉本&望月コンビの「自分たちが困ったとき助けてもらった恩恵を、他で困っている人々にお返ししたい」という思いは、25年前となんら変わっていません。でなければ、行政の手の届かない24時間365日の病児預かり、養護学校への看護師派遣、障害者の雇用創出などを、積極的に買って出るようなことはできないでしょう。

 

 

  午後のパネルディスカッションでは、静岡県のNPO実践者として彰子さんと双璧の存在といえるグランドワーク三島の渡辺豊博さんや、SOHOしずおかを全国屈指の起業支援組織に育て上げた小出宗昭さんらが「行政をあてにする時代は終わった」「行政は、アタマからこれは行政ではできないからNPOに、などと押し付けるような物言いはするな」と大いに気炎を吐きました。

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 さて、パネルディスカッションの席上、渡辺さんが、「今日(24日)の朝日新聞に杉本彰子の活躍が紹介されています」と紙面を紹介し、彰子さんはすぐさま顔色を変え、「その記事には大変な誤認がある。今日は朝からショックでユウウツなんです」と答えたのです。

 

  記事には、彰子さんが「誰も無償の愛を持っていない」「お金が媒介することでスタッフは仕事の責任をまっとうし、いい人材も集まる」と発言した旨、書かれていました。中学生の頃からボランティア活動を実践し、NPOで有償ボランティア組織となったとはいえ、25年も続けている彰子さんの発言とはとても思えません。いや、ボランティア精神をベースにしたNPO活動家ならありえない発言でしょう。もちろん、本人の発言ではなく、若い女性記者が誤った認識のまま、活字にしてしまったようです。

 

  影響力の大きなメジャー紙の記者ならば、こういう書き方をして、読み手が彰子さんをどんな人間だと感じるのか、想像できなかったのでしょうか。彰子さんの苦労話を聞いて、無償ボランティアは長続きしない、NPO組織を維持するには人件費が必要だと感じたのでしょう。理屈はわかります。それでもNPOが民間営利企業と異なるのは、社会に対する無償の愛がベースにあり、カネだけでは動かない志ある人が集まっているということ。報酬があればあったにこしたことはありませんが、彰子さんを支えてきたスタッフの中には、報酬が少ないからと言って責任を放棄するような人はいませんし、そういう人はNPOでは長く働けません。

 

 「取材中はとてもフレンドリーで会話が弾み、いい記者さんだったのよ」と彰子さん。それだけによけいにショックだったのでしょう。せめて「無償の愛をすべての人に期待し、押し付けるわけにはいかない」とか「組織を預かる者として、スタッフの努力には給料面で報えるものなら報いたい」といった表現にできなかったのでしょうか。もっともこれは、私が彰子さんのことをよく知っているからこそ言えることかもしれませんが…。

 

 

 私自身、1998年に1年間、毎日新聞に『しずおか酒と人』という連載記事を書いたとき、ショックな経験をしました。

 当時はワープロの原稿と手描きイラストを静岡支局に郵送するという入稿スタイルで、私の原稿は新聞記者が改めて清書していました。そのとき、『日本酒は、一般酒(普通酒・増醸酒)と特定名称酒(吟醸酒・純米酒・本醸造酒)に分けられます』と書いたものを、『日本酒は、一級酒(普通酒・増醸酒)と~』と誤って掲載されてしまいました。一般酒を一級酒と間違えるなんて酒のジャーナリズムではありえないミステイクです。翌週の記事で訂正文を載せましたが、読者は完全に私がミスしたと思ったでしょう。のちに支局長から謝罪の電話をもらいましたが、一度、活字になってしまったものは取り返しがつきません。

 

 

 このときの苦い経験から、新聞記者が書くものが100%正しいわけではない、しかも、記者自身の無知というきわめて原始的な理由で事実が歪曲されるケースもあるんだと痛感しました。

 

 

 彰子さんから話を聞いているうちに、過去ブログで紹介したドキュメンタリー映画監督・金聖雄さんの「目の前の、取材対象者に喜んでもらうのが、一番の喜びです」という言葉を思い出しました。未知の読者や視聴者にどう思われるかなんてことよりも、目の前の取材対象者や編集担当者を呻らせたい、喜ばせたい、というのが、作り手の素直な心情です。そこには損得は介入せず、次元は異なりますが、目の前の人を無償で助けたいという思いに似たモチベーションで動くこともあります。新聞記者は「ジャーナリズムにそんな感情論は無用」と反論するかもしれませんが、地域の福祉NPO活動を取材したなら、この書き方で相手がどう感じるかを考える時間を持ってほしかった…。

 

 自分も物書きの端くれとして、活字が人を喜ばせ、ときには傷つけることがあるということを、決して忘れてはいけないと肝に銘じました。


全国新酒鑑評会その2

2008-05-24 19:50:42 | 吟醸王国しずおか

Dsc_0027  5月22日、全国新酒鑑評会製造技術研究会の当日は真夏に近いお天気でした。いつもは独立行政法人酒類総合研究所がある東広島市の体育館で開かれ、開場前は屋外で行列を作ります。過去数回参加した年はいずれも晴天で、汗だくで長時間ジ~ッと並ぶというのは、体調万全で試飲に臨みたい身としては苦痛でしたが、今年は東広島市体育館が耐震工事中で会場変更となり、屋内の広々とした玄関ホールで待つことに。日焼けを気にせずに待てるのは、数少ない女子参加者としては救われました。

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 前日の講演会で発表者だった研究所の職員やスタッフが会場整理役にあたっています。全国から夜行列車等でやってくる人が、そのまま会場に直行して朝6時とか7時ぐらいから列を作るというのがこの会の定番風景で、新人職員や会場整理のアルバイトさんが「なんでこんな早くから並ぶんだろう」と不思議そうな顔をしていたのが面白かった…!

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 10時の開場予定を繰り上げ、9時25分に入場開始。会場はおおよそ国税局別に長テーブルが配置され、出品された957点すべてが並んでいます。人気の新潟県、山形県の酒が並ぶテーブル前はあっという間に長蛇の列。わが静岡県を含む名古屋国税局管内の東海4県テーブルは、残念ながらスキスキです(撮影するには好都合でしたけど)。それでも4県の中では静岡県の前に一番たくさん人がいて、金賞受賞の開運・土井社長や波瀬杜氏が来場した10時30分ごろには、お2人を目当てに業者や地酒ファンがたくさん集まってきました。

 

 

 会場ではほかに若竹の副杜氏・日比野さん、杉錦の杉井社長、葵天下の山中社長父子の姿を見かけました。金賞受賞の山中さんは鼻高々の様子。「県の鑑評会はアマチュア試合、全国こそがプロの勝負の場だ」と息巻いていました…。優劣を付ける筋合いの話ではないような気もしますが、県は出品数が50点程度、全国は1000点近いわけですから、日比野さんは「今、うちの蔵の酒質が全国ではどの程度のレベルかを確認する意味で出品しています。金賞を狙ってそのために特別に手を加えるようなことはしません」と真摯に語ります。

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 全国新酒鑑評会というコンテストは、明治44年(1911)から始まり、今年で96回目。毎回1000点近い出品があり、1点あたり同じ酒が3~4本出品されるので公開時には3000点以上もの出品酒が並びます。100年近い歴史があり、これだけの量が一堂に集まるというのは世界のアルコール品評会の中でも例がなく、出品する意義はそれなりに大きいと思います。ちなみに入賞酒は957点中487点。うち金賞は255点。静岡県では出品は21点で金賞は3(萩錦、葵天下、開運)、銀賞2(初亀、磯自慢)という結果でした。

 

 

 今年、絶好調だったのは東北勢で、岩手県(出品18、金11、銀1)、宮城県(出品24、金10、銀8)、山形県(出品44、金16、銀13)、福島県(出品38、金17、銀12)等など。新潟県は出品79、金25、銀27。関西勢で調子の良かった京都府は出品26、金11、銀5でした(詳しくは酒類総研のホームページでご確認を)。

 

 

  

  

  静岡県は昭和61年の鑑評会で出品21、金10、銀7で入賞率80.9%=日本一になりました。当時、京都は入賞率41%、山形・福島はいずれも16%、新潟は9.7%でした。この年の静岡の快挙が、各県ごとのオリジナル酵母開発や吟醸造りの地域ぐるみでの技術競争に火をつけ、この20年余の間、入賞率上位県がくるくる変わったりしました。もともと酒造業が基幹産業だった東北、北陸あたりの酒どころは、その気になればコワいものなし、といわんばかりに、県の指導機関はじめ、地域一丸となって金賞狙いに照準を合わせます。

 

 

  

 静岡県は河村傳兵衛先生の「金賞受賞が市販酒に反映されなければ意味がない」というきわめて真っ当な指導の下、この時期の審査に合わせるのではなく、市販酒として流通される時期に、もっとも飲み頃になるような造り方を真っ正直に守る蔵が多かったのです。

 大吟醸クラスを何本も仕込む余裕のある蔵は、1本ぐらいは鑑評会向けに、早くピークが来るような造りをしているようですが、小さな蔵ではそうはいきません。年間を通して、いつでも飲み頃の安定酒質を保つには、出品酒も市販酒も分け隔てなく造って瓶詰めするわけです。そもそも静岡酵母という酵母が、そういうタイプの酒に向いていた。ですから、ここ数年は、全国の鑑評会では特筆すべき成績は上げていません。

 

 

  

 鑑評会では静岡を尻目に、審査員の印象に残るような、高い香りを出す酵母を開発する県が増え、素人の舌でも、「一口呑んだらもう十分、この酒が秋口になったらどうなっちゃうんだろう??」と首をかしげるような酒がポンポンと金賞を取るようになりました。

 静岡酵母の生みの蔵である開運の土井社長は、会場で、「恣意的に香りが出るように作られた酵母で造るやり方と、静岡のように自然の酵母を培養し、麹の力で香りを引き出す純粋な造り方ではおのずと違う。静岡にはその自信があるから、受賞点数が少ないなどと心配することはありません」と明言してくれました。

 

 あえて出品をしなかった喜久酔の青島孝さんは、前夜、ホテルでのインタビューでその理由を、「ある意味、全国で評価をもらう段階は卒業したと思っています。今は、全国での経験をもとに、市販酒で市場のお客様に評価してもらう段階。かといって全国新酒鑑評会が無意味だというつもりはなく、この先、何か新しい試みをする時期が来たら、再び全国で評価してもらう必要性が出てくるかもしれません」と丁寧に説明してくれました。

 全国新酒鑑評会の出品点数は年々減ってきているそうです。出品したくてもできない蔵もあるでしょうが、青島さんのような意思を持つ蔵は全国に着実に増えているようです。

 

 

  

 審査には山田錦部門と、それ以外の米部門の2つありますが、それ以外の米部門は出品が増えているとのこと。それ以外の米は24品種ほどあり、一番多かったのが美山錦。新品種では富の香(富山県)が出品デビューを果たしたそうです。静岡でも誉富士で出品する蔵が登場しませんかね…?

 また出品酒はほとんどが醸造アルコールを添加した大吟醸クラスですが、あえて純米で出品する蔵が山田錦部門では47点、それ以外の米部門で25点あり、各部門とも金賞が3点ずつありました。

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 カメラマンの成岡正之さんは、1000人以上の人々が列を作りながら黙々と呑んで吐いて、の動作を繰り返す姿に、目がテン!状態。「世の中にはすごい世界があるもんだねぇ」と感心しながら、会場内を走り回っていました。私は私で、土井さんと青島さんの言葉に、静岡吟醸の20年の確かな成長を感じ取ることができ、賞をいくつ取った、どこが取った云々とは違う次元で、強く印象に残った鑑評会となりました。

 

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 印象的といえば、前日、ホテルから歩いてすぐの平和記念公園で、戦没学徒出身校という記念碑を見て驚きました。広島県に次いで、静岡県が2番目に多かったのです。この2県がダントツに多いのです。この史実とその理由を今までまったく知らなかったことが、少し恥ずかしくなりました。こういう順位が刻まれた不幸が、酒の順位を競う広島の地に残っている・・・いまだに強烈な残像として、瞼に焼き付いて離れません。


全国新酒鑑評会その1

2008-05-23 11:07:33 | 吟醸王国しずおか

 5月21日~22日、広島市で開催された全国新酒鑑評会と関連行事の撮影に行ってきました。

 まず21日は13時から広島市南区民文化センターで第44回独立行政法人酒類総合研究所講演会。かつての国税庁醸造試験所、現在の(独)酒類総合研究所(東広島市/東京都北区滝野川)が、新酒鑑評会にあわせて日本酒に関する日ごろの研究成果を発表する会で、テーマは

〇清酒のおいしさを探る~清酒の口腔内刺激によるおいしさと生理的なおいしさ、摂食下での清酒の嗜好など

〇大吟醸麹の秘密はどこまで科学で探れるか?~ゲノム麹学研究の現状と未来

〇麹の品質は予測できるか~製麹時間に応じて変化する製麹条件の下での麹の酵素力価と菌体量、気中菌糸と基底菌糸の比較

〇排水処理用酵母が生産する酵素の環境保全への利用~バイオプラスチックの分解が期待されるクチナーゼ様酵素

〇酒類の飲酒動機について~飲酒回数や量が増加した酒類は?その動機は?

〇平成19酒造年度全国新酒鑑評会の結果について

〇清酒のブランド戦略について

と実に幅広いジャンル。素人の私にはゲノム解析とか酵素力価云々にはとてもついていけませんが、おいしさの感じ方やら飲酒動機など消費者を対象とした研究分野のお話にはなんとか食いついていけたかな、という印象。もっとも聴講よりも撮影が主目的でしたから、最初は出席している静岡の蔵元の表情を追いかけるのに必死でした。

 

 

  印象に残った解説では、

 「ヒトと動物(ラットやマウスで実験)の清酒の嗜好は、生理的な差(=体調や心理状態によって生じる違い)はないが、口腔内刺激(=きき酒で感じる味・香り・口当たり等)には差があり、飲酒初心者と経験者でも同様の結果となった。とくに初心者は空腹時と摂食時では嗜好が大きく異なる」

・・・つまり、新たな日本酒ファンを増やすには、食事との組み合わせを上手に提案していくことが重要だと、科学的にも証明されたってことですね。

 

 

 「麹菌が分離されて130年経つが、酵母に比べ、未だに麹の解析は進んでいない。麹菌は約1万の遺伝子を持っているが、半数以上が機能未知の遺伝子」

 「吟醸麹はアミノ酸の取り込みや合成に関わる遺伝子が多く、普通麹は脂質の利用に関わる遺伝子群が多い。今後は“麹の品質”そのものともいうべきタンパク質生産に関する遺伝子解析が究めて重要になる」

・・・麹の文化って長い歴史があるにもかかわらず、科学的な解明がほとんどなされていないというのは意外でした。日本酒造りでも「一に麹、二に酛、三に造り」といわれるように、最も重要な工程とされているのに。科学が容易に踏み込めない未知の分野だからこそ、造り手の差が最も表れる、といえるのかもしれません。

 

 「手入れをしない麹は、基底菌糸よりも気中菌糸が多く、温度や湿度によってその量が大きく変わる。しかも気中菌糸は酵素生産をほとんど行わない。条件を整えたとしても、手入れをしないと目視でわかる程度に増殖する。酵素を作らない気中菌糸が増えてしまうのは麹の品質を大きく左右する」

・・・つまり、杜氏や麹屋は経験値から、米粒の表面や内部に栄養を求めて増殖する基底菌糸と、米粒から離れて勝手に成長し、最後には胞子になる気中菌糸の機能をわきまえた上で、種もやしをどれだけ振るか、手入れの回数をどれだけ行うかを決めているんですね。腕の高さを一定にし、振るタイミングや量に全神経を集中させる磯自慢の多田杜氏の麹作りを思い出しました。

 

 「日本酒を呑む回数が増えたと答えた人の理由は、“おいしく感じるようになったから”“知る・わかる・目覚める・出会う”“和食・日本料理に合うから”が多い。他のアルコールと比較してもきわめて多い」

 「日本酒を呑む量が増えたと答えた人の中で、20代では“好みのタイプはわからない”“自分では買ったことがない”との回答が多かった」

・・・会場から「日本酒を呑む回数が増えた人の解析よりも、呑まなくなった人の解析をすべきではないか」という質問があり、「呑まない理由を分析したところで、それに対処する手立てを考えるのは容易ではない。むしろ、呑むようになった人の動機を参考にするほうが有益だと思う」と発表者。質問者(どこかの蔵元さん)は不満げな顔でしたが、私も、マイナス要因よりもプラス要因を伸ばすことを考えるほうが実効的だと思いました。

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  21日夜は、地元広島市の酒販店『酒商山田』さんが主催する『全国新酒鑑評会前夜祭~2008蔵元を囲み美酒を愛でる会』を撮影させてもらいました。北は青森の田酒さんから、南は福岡の独楽蔵さんまで、全国39蔵が集まり、参加者は170人ぐらい。参加人数に比べ、蔵元の数が多くてぜいたくな会だなぁというのが第一印象でした。翌日の鑑評会のために全国から蔵元が集結する機会だからこそ実現したのかもしれません。ちなみに静岡からは喜久酔さんのみで、しかも青島さんは全国新酒鑑評会に出品しておらず、翌日は朝一番で広島を離れる予定。酒商山田さんがこの会を数蔵で店の2階で始めた8年前からのつきあいだそうです。

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  同席するのは、鑑評会で金賞銀賞落選に泣き笑いする蔵元がほとんどです。彼がどんな思いで広島に来たのか、ホテルに戻ったら少し時間をもらってインタビューを撮ることにし、私と成岡さんは会場を後にしました。