3月11日14時45分。
私は「歌遊び」というテーマで音楽療法をしていました。
「そろそろお茶にしましょうか~」と、いった途端!
グラッと揺れだしました。横揺れです。
だんだん強くなり揺れが大きくなる。
ホールのテレビが前後に揺れる。
輪になっているご入居者たちが慌てだす。
かがめる人にはテーブルの下へ、動けない人の傍に行き落ち着くように宥めながら、
内心、恐怖でいっぱいでした。
(壁が崩れないか、天井が落ちてこないか・・・)
玄関ドアのロックを外し、非常口も開けてもらう。
エレベーターが止まる。
何度かの大きな余震が来て、船酔いのような気分になりました。
不安になった人からのナースコール。
ホールへこられる人は降りてきてもらう。
車椅子の人は車椅子ごと運びました。
若い男性の勤務している日でよかった!
震度も震源も何もわからず、なんとなく5くらいかと思いました。
この時点で電車は全て停止。
(わっ、帰りどうしよう)
施設に泊まる気にはなれない私。
11日の勤務者で一番遠いのが、私。
19時、夕食の介助を終え、相模大野まで送ってくれるというスタッフに甘えて帰宅の長い道のりに出る。
道路も渋滞、相模大野まで7キロくらいだが、1時間以上かかって気分が悪くなる。
駅前のホテルに泊まろうと安易に考えていたのだが、
こんな時、誰でも考えることは同じ。
既にロビーは、難民テント状態。
一緒に付き合ってくれた同僚が、
「相模原までバスがありますよ。」と教えてくれた。
20時半くらいにバスに乗れる。
「心配だから」と乗り込むまで見送ってくれた同僚。
ありがとう!うれしかった・・・。
16号線は渋滞なく目的地まで着くが、停電で真っ暗。
タクシー乗り場は、何人待ってる?
でも、待ってるしか帰りようもないし・・・。
待つ身は長し、デ、10分間に1台くらいしかタクシーが来ないし、
見ていると乗車拒否もありそう(こんな時に乗車拒否なの!)
とにかく寒い!寒い!寒い!
勝手に体がこわばって震えだす。
これはまずい、足踏み、つま先の上げ下げを繰り返す。
施設の夕食の残りでお結びを1個作って持ってきたのを食べ、
キャラメルをなめ、トイレが困るので水分は飲まない。
あまりにつらくなり友人に泣き言のメール。
とどかないかもしれないと思いながら流した。電話は通じない。
もしかしたら、ウンがよければコッチの方にいるかな?と。
待つこと3時間、
両となりで並ぶ若い女性と話すようになり、
ようやく番が来たとき片方の女性と相乗りして帰ってきた。
彼女は小田急の電車内で地震に会い、車内で3時間閉じ込められたという。
タクシーの運転手さんにもいろいろあり、
「相乗りはダメ!」と、誘いかけた人を強硬に止めた運転手。
行き先によっての乗車拒否はけっこうザラ。
運転手さんに聞いたら「帰りが困るんで」と少し恐縮していたが・・・。
私たちの車の人は良心的で、深夜の割増料金も取らなかった。
右となりの彼女はいそこまで帰るといっていたっけ。
「袖すりあうも他生の縁」
つくづく実体験になったのは、携帯電話が緊急時は役に立たないこと。
日を跨いで、ようやく到着し、一番にしたのはお風呂を入れること。
2時半、心の中でちょっとだけ頼ってしまった友人から返事が届く。
かわいそうに思ってくれたのかな?
全く逆方向に5時間かかっていったそうだった。
まわりの人たちとの安否確認も出来たので、ひと安心。
私たちは無事でしたが、あまりの被害の大きさ、酷さに愕然としてます。
私は「歌遊び」というテーマで音楽療法をしていました。
「そろそろお茶にしましょうか~」と、いった途端!
グラッと揺れだしました。横揺れです。
だんだん強くなり揺れが大きくなる。
ホールのテレビが前後に揺れる。
輪になっているご入居者たちが慌てだす。
かがめる人にはテーブルの下へ、動けない人の傍に行き落ち着くように宥めながら、
内心、恐怖でいっぱいでした。
(壁が崩れないか、天井が落ちてこないか・・・)
玄関ドアのロックを外し、非常口も開けてもらう。
エレベーターが止まる。
何度かの大きな余震が来て、船酔いのような気分になりました。
不安になった人からのナースコール。
ホールへこられる人は降りてきてもらう。
車椅子の人は車椅子ごと運びました。
若い男性の勤務している日でよかった!
震度も震源も何もわからず、なんとなく5くらいかと思いました。
この時点で電車は全て停止。
(わっ、帰りどうしよう)
施設に泊まる気にはなれない私。
11日の勤務者で一番遠いのが、私。
19時、夕食の介助を終え、相模大野まで送ってくれるというスタッフに甘えて帰宅の長い道のりに出る。
道路も渋滞、相模大野まで7キロくらいだが、1時間以上かかって気分が悪くなる。
駅前のホテルに泊まろうと安易に考えていたのだが、
こんな時、誰でも考えることは同じ。
既にロビーは、難民テント状態。
一緒に付き合ってくれた同僚が、
「相模原までバスがありますよ。」と教えてくれた。
20時半くらいにバスに乗れる。
「心配だから」と乗り込むまで見送ってくれた同僚。
ありがとう!うれしかった・・・。
16号線は渋滞なく目的地まで着くが、停電で真っ暗。
タクシー乗り場は、何人待ってる?
でも、待ってるしか帰りようもないし・・・。
待つ身は長し、デ、10分間に1台くらいしかタクシーが来ないし、
見ていると乗車拒否もありそう(こんな時に乗車拒否なの!)
とにかく寒い!寒い!寒い!
勝手に体がこわばって震えだす。
これはまずい、足踏み、つま先の上げ下げを繰り返す。
施設の夕食の残りでお結びを1個作って持ってきたのを食べ、
キャラメルをなめ、トイレが困るので水分は飲まない。
あまりにつらくなり友人に泣き言のメール。
とどかないかもしれないと思いながら流した。電話は通じない。
もしかしたら、ウンがよければコッチの方にいるかな?と。
待つこと3時間、
両となりで並ぶ若い女性と話すようになり、
ようやく番が来たとき片方の女性と相乗りして帰ってきた。
彼女は小田急の電車内で地震に会い、車内で3時間閉じ込められたという。
タクシーの運転手さんにもいろいろあり、
「相乗りはダメ!」と、誘いかけた人を強硬に止めた運転手。
行き先によっての乗車拒否はけっこうザラ。
運転手さんに聞いたら「帰りが困るんで」と少し恐縮していたが・・・。
私たちの車の人は良心的で、深夜の割増料金も取らなかった。
右となりの彼女はいそこまで帰るといっていたっけ。
「袖すりあうも他生の縁」
つくづく実体験になったのは、携帯電話が緊急時は役に立たないこと。
日を跨いで、ようやく到着し、一番にしたのはお風呂を入れること。
2時半、心の中でちょっとだけ頼ってしまった友人から返事が届く。
かわいそうに思ってくれたのかな?
全く逆方向に5時間かかっていったそうだった。
まわりの人たちとの安否確認も出来たので、ひと安心。
私たちは無事でしたが、あまりの被害の大きさ、酷さに愕然としてます。