2021年5月10日 読売新聞「編集手帳」
種まき爺(じい)さんとか蛇の口とか、
ユニークな名前が楽しい。
この季節、
山の斜面に見られる雪形(ゆきがた)の話である。
岩肌と残雪とが織りなす美しい文様には雪絵、
残雪絵の呼び名もある。
春の遅い雪国では古来、
農耕期や豊凶を知らせる農事暦として伝承されてきた。
一説によれば数は数百に上る。
ちなみに「爺さん」は東北の鳥海山など、
口を開けた大蛇は中央アルプス・麦草岳に現れる。
このところ、
あちこちの地域版が雪形と田植えの到来を報じている。
岐阜の笠ヶ岳、
白馬の雪形は例年より3週間ほど早く姿を見せた後、
積雪で一度消えたらしい。
雪解けは早かったけれど。
気候が落ち着いてくれれば…。
緊急や非常といった物々しい文言が行き交う昨今、
なに変わらぬ様子で空の機嫌を案じる農家の言葉にほっと一息ついた。
休日の田植え体験でつかの間、
コロナを忘れた子供もいたようだ。
縄文の昔から体に刻まれただろう農耕のリズムを思う。
多くの雪形が消え去る梅雨の時期に、
長野の安曇野から蝶ヶ岳を眺めると、
白い羽を広げたチョウが拝めるそうだ。
その頃、
幾分でも晴れ間が広がっていると信じたい。