9月19日 編集手帳
樹木希林さんは電車の中で、
いかにもケチで意地の悪そうなお婆(ばあ)さんを見つけた。
あとを尾(つ)けた。
電車とバスを乗り継ぎ、
千葉の高齢者施設にたどりついた。
お婆さんを含め入所者の人たちと和気あいあいとおしゃべりをし、
手を握ったりした。
奇妙にすその長い割烹(かっぽう)着、
指の先だけちょん切ったレースの手袋…
『寺内貫太郎一家』の<キン婆さん>の衣装はこの体験をもとに生まれた
と、
演出家の久世光彦さんが真偽はともかくも随筆に紹介し、
たたえている。
転び方、
恥じらい方、
ねたみ方――
人間というものに目を凝らして毎日を過ごしてきた俳優だと。
樹木さんが75歳で亡くなった。
映画、
ドラマ、
CMと活躍の幅が広すぎて小欄は何を取り上げればいいかわからない。
ご冥福(めいふく)を祈り、
沢田研二さんの笑顔のポスターとともに脳裏を離れない一言をささやかせていただく。
じゅりぃぃぃ。
大御所の森繁久弥さんは生前、
こうほめていたという。
「あの女優はどんな根性のわるい女を演じても、
去ったあとにかわいらしさを残す。
救いのようなものを」。
ああ、
かなしいね、
かなしいね
(『林檎殺人事件』)