2021年5月22日 NHK「おはよう日本」
日本からハワイへの移住が始まったのは約150年前。
当時の明治政府の後押しもあって
一時はハワイの人口の40%近くを占めるまでになった。
太平洋戦争では厳しい偏見にさらされながらも力強く生き抜き
日系人たちはハワイ社会の発展に大きく貢献した。
そんな日系人の歴史に注目し
とりわけ記録がほとんど残っていないとされる女性たちに光を当てた映画を製作している日本人男性がいる。
ハワイに住む日系人をテーマにした映画「Okagesama de(ハワイ日系女性の軌跡)」。
日系2世の女性やその家族たち19人に
移民当時の様子や戦時中の苦労を聞いたインタビュー集である。
(映画「Okagesama de」)
「“いくら貧乏でも子どもだけは離さないで
みんな仲良く育ててくれ”
あれが父の最後の言葉でしたね。」
Okagesama deというタイトルは
苦しかった時代にも感謝の気持ちを忘れず生き抜いてきた日系人が
大切にしてきた言葉である。
アメリカ兵として戦地に赴いた兄を亡くした女性や
コーヒー豆やサトウキビの栽培に携わってきた人々が
その思いを語っている。
自主映画を製作している松元裕之さん(56)。
14年前に訪れたハワイで多くの日系2世と知り合った松元さん。
その歴史や人生について知ってもらおうと
9年前 日系2世の退役軍人たちの証言を集めた映画を作った。
この活動を通じて多くの日系人女性にも出会い
“彼女たちの足跡を伝えたい”と考えた。
(映画製作者 松元裕之さん)
「当時のハワイの日系社会も日本と同じように封建社会で
男性が前面に出て女性は下がって。
女性の記録がほとんど残っていない。
日本に伝わっていない。
女性の頑張りを伝えたいと思った。」
松元さんは何度もハワイを訪れ
2年がかりでインタビューを集めた。
そのひとり
トモエ・オケタニさん(96)。
広島出身の両親のもとハワイで生まれたオケタニさん。
多くの日系人家族と同じように
幼い頃からサトウキビ畑で父を手伝った。
(映画「Okagesama de」)
(日系2世 トモエ・オケタニさん)
「お父さんはキビ畑。
プランテーションを直したり
私たち小さい時からヘルプしました。
お母さんはうちにいて家のことをしたり。」
貧しい生活のなか中学までしか通えなかったトモエさん。
日系2世の男性と結婚し
3人の子どもには十分な教育を受けさせたいと懸命に働いた。
そのかたわら
得意だった裁縫の技術を生かしてハワイアンキルトを広める団体の創設メンバーとなり
ハワイ文化の伝承にも貢献し続けた。
(映画製作者 松元裕之さん)
「女性は表に出なかったけれど
やっぱり女性の頑張りがあったからこそ
今のハワイのアメリカの日系社会があるということ。」
トモエさんのような日系人女性の生きざまを
彼女たちが生きているうちに伝えたい。
コロナ禍でも諦めず完成を目指す松元さんの背中を押すのは
トモエさんが昔習った日本語を使って送ってくれた手紙である。
これを見るたび決意を新たにするという。
(映画製作者 松元裕之さん)
「証言してくださった方が皆さんもう90代の高齢の方で
実は残念ながら証言の後にお亡くなりになった方が2人いらっしゃって
本当に1日も早く完成させて
見ていただきたいと思っています。」