11月9日 読売新聞「編集手帳」
やったやったと喜んでいたとき、
ふと気づくと、
さっきまで取っ組み合っていた相手が次々に来ておめでとうと言われた。
俺は何をやってたんだと恥ずかしくなった…
4年前のラグビー・ワールドカップで、
南アフリカを破ったときの五郎丸歩さんの述懐である。
敵、
味方の立場をたちまち乗り越え、
たたえ合うノーサイドの精神を日本大会も美しく引き継ぎ全日程を終えた。
まだ余韻の残るなか、
一昨日のボクシングにそっくりの光景があった。
スーパーシリーズのバンタム級・井上尚弥、
ノニト・ドネア選手の決勝である。
シュッというパンチの音につれ、
血しぶきが飛ぶ。
12ラウンドに及ぶ殴り合いの末、
終了の鉦かねが鳴ると世界が一変したように互いに笑顔になり、
抱き合った。
跳び上がって勝ち誇るでもない井上選手、
泣いて悔しがるでもないドネア選手の姿を眺めつつ、
人間ってこんなことができるんだと胸を震わせた方は多かろう。
シェークスピアの「夏の夜の夢」に次のセリフがある。
<バラは香水となって香りを残してこそ地上の幸せを受ける>。
華美に咲いただけではない。
香り高い一戦だった。