評価点:73点/2021年/アメリカ/136分
監督:マイケル・ベイ
アンビュランスの、アンビバレンツなアンバランス。
幼い息子を持つ元軍人のウィリアム(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)は、妻ががんになったが高額の実験的治療にかかるお金を工面できなかった。
妻には内緒で、育ての親LTの息子、ダニエル(ジェイク・ギレンホール)にお金の相談に向かった。
彼の父、LTは伝説的な銀行強盗で、その息子も家業を継いでいた。
ダニエルから聞いたのは、お金を貸す話ではなく、銀行強盗を今から手伝え、というものだった。
悩んだウィリアムは妻のために銀行強盗を決行する。
マイケル・ベイ監督のアクション映画。
マイケル・ベイといえば「ザ・ロック」で伝説的なアクション映画を撮った、あの人だ。
だから作中にも少しその話が出てくる。
ここ最近はビッグタイトルを監督してもそれほど評価されないことが多かった。
私はこの映画を見に行こうとしていたが、時間的に合わなかったのでいけなかった。
主演はジェイク・ギレンホール。
アマプラで早くも配信されたので、ちょっとみてみた。
トレーラーなどでは、わかりきったシチュエーション系のアクションのように見えるが、どちらかと言えば人間ドラマを主軸に描いている。
だから、気軽にすぐに終わってしまう映画、というよりも、社会的な視座もあり重厚な物語になっている。
このあたりは好みが分かれるかもしれない。
▼以下はネタバレあり▼
ストーリーの紹介部分では書けなかったが、もう一人の主人公がいる。
それが逃走用のアンビュランスに乗り合わせてしまう、救命救急士のカミーユ(エイザ・ゴンザレス)だ。
女の子の名前のように見えるが、パイロットではなく、救命救急士の女の子だ。
この元軍人ウィルと救命救急士のキャムとのやりとりが物語の中心となる。
先にテーマを確認しておこう。
二人の人物が二つのテーマをもたらす。
ウィルは、人間的な扱いを受けてこなかった男が、この救急車による逃走劇を経ることで、人間的な地位を回復する物語だ。
彼はお役所的なルールから外れてしまった男で、ごく普通の退役軍人だ。
しかし恵まれた仕事がなく、幼い息子をかかえて妻ががんに冒されている。
アメリカで〈分断〉が叫ばれる中、まさに排除されていく一般庶民、弱者の象徴である。
彼に対比されるのが、同じ親に育てられたはずの銀行強盗のダニーだ。
彼は貧しさの中で犯罪によってお金を手に入れることを選ぶ。
裕福な暮らしをしているのは、人の血によって得られたものだ。
ここにはお金持ちは不正によって手に入れた地位で、のうのうと生きている、というアメリカの庶民の強い世界観が繁栄されている。
銀行強盗に押し入っても、その被害者にほとんどスポットが当たることがないのは、お金を持っている人間たちはこの映画の中では悪だからだ。
ウィルに感情移入させるために、「銀行強盗の被害者」をすっぽり省いて描かれているわけだ。
(だから銀行に押し入るシークエンスはなく、すでに押し入った後から描かれるのだ)
もう一人の主人公のキャムも、なかなか重たい過去がある。
彼女は病気やケガになった患者を、送り届けるだけを仕事としている。
その後の容態などをまったく気にしようとしない。
しかし、それには彼女の過去と関係している。
医学生だったころ、彼女は薬物中毒になり、医者になることを挫折し、救命救急士の道に入る。
彼女にとって医療行為はだから、過去のトラウマ(本来の「トラウマ」の意味とは違うけれどここはわかりやすくトラウマと書いておこう)そのものなのだ。
だから物語の中盤で、脾臓に入った弾丸を取り除くという手術は、彼女にとっては過去と対峙するという意味で重要なシークエンスだった。
(アメリカ映画なのにやたらと手術の様子を克明に描いたのはそのためだったのだ。
そのせいで年齢視聴制限をくらってしまっている)
彼女は医療行為そのものに忌避感を持っていた。
しかし、ラストでは、最初に助けた少女の様子を見に行く。
それは、彼女が医療行為から避けていたその気持ちを変化させたということだ。
だから、医者になることを挫折した過去と対峙できていなかったキャムが、この救急車立てこもり事件を解決することで、自分の過去を払拭する(救命救急士として生きることを肯定する)物語が、もう一つのテーマである。
このように、お気楽なアクション映画とおもいきや、そのキャラクターの結構(プロット)が思いのほかしっかり描かれる。
そのことで軽薄なアクションではなくなっている。
それは「ザ・ロック」で評価された、しっかりとした物語を作ろうという彼の原点とも言えるものだ。
しかし、それがかえってアクションのよさを阻害している面もある。
端的に言えば、冗長なのだ。
死にそうになったはずの救急車に乗せた警官がなんども復活して死にそうになる。
救急車なのだから、急を要するというような描き方をしなければ、だれてしまう。
なんならウィルのほうが死にそうになっているし、ぜんぜん救急車に乗る必要さえなかったやん、と思ってしまう。
人間を描きたい、けれども救急車に悪人を乗せるという呉越同舟も描きたい、というアンビバレンツな状態に、監督がなってしまっている。
130分を超える大作になるようなシチュエーションではない。
もう少し小品として描ければ、観客も集中できたのではないか。
FBIとかパピ(裏社会のボス)など要素を複数出し過ぎて、見せ場を作ろうとしすぎた感はある。
私の大好きなジェイク・ギレンホールは愛からわず変態な演技をしていたのが良かったが。
監督:マイケル・ベイ
アンビュランスの、アンビバレンツなアンバランス。
幼い息子を持つ元軍人のウィリアム(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)は、妻ががんになったが高額の実験的治療にかかるお金を工面できなかった。
妻には内緒で、育ての親LTの息子、ダニエル(ジェイク・ギレンホール)にお金の相談に向かった。
彼の父、LTは伝説的な銀行強盗で、その息子も家業を継いでいた。
ダニエルから聞いたのは、お金を貸す話ではなく、銀行強盗を今から手伝え、というものだった。
悩んだウィリアムは妻のために銀行強盗を決行する。
マイケル・ベイ監督のアクション映画。
マイケル・ベイといえば「ザ・ロック」で伝説的なアクション映画を撮った、あの人だ。
だから作中にも少しその話が出てくる。
ここ最近はビッグタイトルを監督してもそれほど評価されないことが多かった。
私はこの映画を見に行こうとしていたが、時間的に合わなかったのでいけなかった。
主演はジェイク・ギレンホール。
アマプラで早くも配信されたので、ちょっとみてみた。
トレーラーなどでは、わかりきったシチュエーション系のアクションのように見えるが、どちらかと言えば人間ドラマを主軸に描いている。
だから、気軽にすぐに終わってしまう映画、というよりも、社会的な視座もあり重厚な物語になっている。
このあたりは好みが分かれるかもしれない。
▼以下はネタバレあり▼
ストーリーの紹介部分では書けなかったが、もう一人の主人公がいる。
それが逃走用のアンビュランスに乗り合わせてしまう、救命救急士のカミーユ(エイザ・ゴンザレス)だ。
女の子の名前のように見えるが、パイロットではなく、救命救急士の女の子だ。
この元軍人ウィルと救命救急士のキャムとのやりとりが物語の中心となる。
先にテーマを確認しておこう。
二人の人物が二つのテーマをもたらす。
ウィルは、人間的な扱いを受けてこなかった男が、この救急車による逃走劇を経ることで、人間的な地位を回復する物語だ。
彼はお役所的なルールから外れてしまった男で、ごく普通の退役軍人だ。
しかし恵まれた仕事がなく、幼い息子をかかえて妻ががんに冒されている。
アメリカで〈分断〉が叫ばれる中、まさに排除されていく一般庶民、弱者の象徴である。
彼に対比されるのが、同じ親に育てられたはずの銀行強盗のダニーだ。
彼は貧しさの中で犯罪によってお金を手に入れることを選ぶ。
裕福な暮らしをしているのは、人の血によって得られたものだ。
ここにはお金持ちは不正によって手に入れた地位で、のうのうと生きている、というアメリカの庶民の強い世界観が繁栄されている。
銀行強盗に押し入っても、その被害者にほとんどスポットが当たることがないのは、お金を持っている人間たちはこの映画の中では悪だからだ。
ウィルに感情移入させるために、「銀行強盗の被害者」をすっぽり省いて描かれているわけだ。
(だから銀行に押し入るシークエンスはなく、すでに押し入った後から描かれるのだ)
もう一人の主人公のキャムも、なかなか重たい過去がある。
彼女は病気やケガになった患者を、送り届けるだけを仕事としている。
その後の容態などをまったく気にしようとしない。
しかし、それには彼女の過去と関係している。
医学生だったころ、彼女は薬物中毒になり、医者になることを挫折し、救命救急士の道に入る。
彼女にとって医療行為はだから、過去のトラウマ(本来の「トラウマ」の意味とは違うけれどここはわかりやすくトラウマと書いておこう)そのものなのだ。
だから物語の中盤で、脾臓に入った弾丸を取り除くという手術は、彼女にとっては過去と対峙するという意味で重要なシークエンスだった。
(アメリカ映画なのにやたらと手術の様子を克明に描いたのはそのためだったのだ。
そのせいで年齢視聴制限をくらってしまっている)
彼女は医療行為そのものに忌避感を持っていた。
しかし、ラストでは、最初に助けた少女の様子を見に行く。
それは、彼女が医療行為から避けていたその気持ちを変化させたということだ。
だから、医者になることを挫折した過去と対峙できていなかったキャムが、この救急車立てこもり事件を解決することで、自分の過去を払拭する(救命救急士として生きることを肯定する)物語が、もう一つのテーマである。
このように、お気楽なアクション映画とおもいきや、そのキャラクターの結構(プロット)が思いのほかしっかり描かれる。
そのことで軽薄なアクションではなくなっている。
それは「ザ・ロック」で評価された、しっかりとした物語を作ろうという彼の原点とも言えるものだ。
しかし、それがかえってアクションのよさを阻害している面もある。
端的に言えば、冗長なのだ。
死にそうになったはずの救急車に乗せた警官がなんども復活して死にそうになる。
救急車なのだから、急を要するというような描き方をしなければ、だれてしまう。
なんならウィルのほうが死にそうになっているし、ぜんぜん救急車に乗る必要さえなかったやん、と思ってしまう。
人間を描きたい、けれども救急車に悪人を乗せるという呉越同舟も描きたい、というアンビバレンツな状態に、監督がなってしまっている。
130分を超える大作になるようなシチュエーションではない。
もう少し小品として描ければ、観客も集中できたのではないか。
FBIとかパピ(裏社会のボス)など要素を複数出し過ぎて、見せ場を作ろうとしすぎた感はある。
私の大好きなジェイク・ギレンホールは愛からわず変態な演技をしていたのが良かったが。
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