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舞踏家で俳優の小谷野哲郎さんに初めてお会いしたのは、4~5年くらい前の、北木島行のフェリーの上でした。
「ピース・フェスティバル」というイベントに出演させていただくために北木島に向かったのですが、お互いにただの観光では持っていかないような荷物を抱えていたものですから、なんとなく「素性」がわかったのだと思います。
みなぎった眼力がとても印象的でした。
船の中では、バリ島の不思議な話をはじめいろんな話を聞かせていただきました。
その時の北木島での小谷野さんの出演は、夜の10時ころだったでしょうか。
空一面に星がきらめき、打ち寄せる波の音だけが聞こえる瀬戸内海の小島。
明かりなしでは何も見えない闇の中、焚火の明かりに照らされ、バリ島のお面を付けてバリの踊りを踊る小谷野さんの姿は、例えば異世界を垣間見た時の畏れにも似た、とても神秘的なものだったのをはっきりと覚えています。
その小谷野さんが瀬戸内市の備前福岡にある古民家「仲崎邸」で公演を行いました。
題して「南洋神楽プロジェクト 『仙人になりたかった男』。
ちなみに備前福岡は、福岡県にある福岡城を築城した黒田長政の父で、軍師として名高い黒田官兵衛ゆかりの地です。
演目は、まずは喜羽美帆(箏)・松本泰子(唄・ガムラン)・和田啓(打楽器)の各氏による演奏。
次はその演奏にバリ舞踊の小谷野智恵さんが加わってのパフォーマンス。
そして小谷野哲郎さんがほぼひとりで演じる「仙人になりたかった男」。(劇伴奏に喜羽・松本・和田の三氏)
日本の箏、インドネシアのガムラン、イランの打楽器の合奏は思いのほか違和感がなく、アジア風味の無国籍音楽、といった趣きでした。新しい体験なのに遠い昔に体感した気がする不思議な感じ。
続く小谷野智恵さんの舞で部屋の空気が変わったような気がしました。
呪術的な雰囲気、エキゾチックな衣装、軽んじてはならないような艶めかしさ。
間近で見ると、表情をはじめ手先足先にまで神経を行き届かせているのが伝わってきます。 異国(ではあるけれど同じアジアの)文化をたっぷり味わえました。
小谷野哲郎さんの芝居「仙人になりたかった男」の原作は、芥川龍之介の「杜子春」です。これは、もとは唐代の中国の伝奇小説です。
いくつものバリのお面を付け替えて演じられますが、お面の表情が生きているように見えてきます。
張りと深みのある声、氣のこもった動きで、すぐに物語に引き込まれました。
もともと物語の中には示唆的なもの、教訓的なものが潜んでいるのですが、あまり説教臭くなっていないのも、すんなり劇が自分に入ってきたひとつの理由でしょう。
物語自体に面白さがあるし、それを氣合をこめて演じられるとやはり大きな迫力があって、目が演者から離れることがなかったです。
その夜の演目は、築100年を超す仲崎邸の、庭に面した障子を開け放した部屋で演じられました。
夜空に月が浮かんでいるのが居ながらにして見えます。
演者の声と楽器の音色、時おり鳴く虫の声以外には、聞こえてくるものはなにもありません。
自然と溶け合ったかのような舞台を見ているうちに、日ごろ荒れやすい自分の感情も穏やかに鎮まっていました。
ちなみに小谷野智恵さんは真庭市勝山でカフェ「かぴばらこーひー」を営んでおられるそうです。
県北へ行ったら覗いてみようと思います。
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