懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

茅葺き民家 資材小屋のある風景

2018年06月11日 | 茅葺き民家
撮影場所  島根県旧広瀬町

資材小屋と茅葺き民家、懐かしい昭和の風景だなあと思う。
茅葺き民家の庭は柵がある。牛を飼っているのであろう。
農家の暮らしはこんな風だっのだ。
体が動いていた頃は情熱を持って集落のあるところ道のある所を尋ね歩いた。

これが自分の生きた痕跡でもあり執念でもある。
死んでも情熱と生きた執念が映像に残る。

ワードで原稿を書き製本してもらうかA4サイズでプリントしてクリアーファイルに収納するか何か行動を起こさないといけないが惰性で余りしていない。
DVDやHDに入れてあるから見てくれでは誰も見ない。
プリントして一冊の資料にするとみてくれるかもしれない。
しかし何百冊もこんなの作っても置き場がないと文句を言われる。
現在30冊は作っているので100冊にはしたいと思う。
100冊で4000枚の写真は見られる。クリアーファイルに40枚入る

日本茅葺紀行 NO,451 早苗の頃

2018年06月10日 | 日本茅葺紀行
撮影場所 京都府南丹市

田植えのあとの風景を求めて茅葺き民家のある場所を走る。周囲の風景も田舎の風景だ。
茅葺き民家と田植えは残して置きたい日本の風景である。
稲田に関する俳句の季語は沢山ある。田打ち.代掻き.苗代.田植え. 早苗.早乙女.青田.草取り.虫追い.誘蛾灯.早稲田.早田.稲刈り.稲架.ひつじ田.冬田など

早稲田や早田は実りの時期をさし早場米の事で季語は秋だそうだ。

それにしても都市部に住んでいる人の人生は軽いものだあと自分も思う。米も作った事もなく魚も収獲したこともない。グルメがどうなだとかどこが美味しいとかはよく知っているが何一つ作った事もないし畑の野菜もわからない。
農村部や山間部へ出向きどう作っているか何の野菜かくらいは関心を持ちたいものだ。





蛍見物

2018年06月09日 | 日記
六月に入り金曜日、蛍見物にいく。
場所は総社市の豪渓
岡山市の足守にも沢山いるが岡山市から大勢見にくるので駐車場待ちで渋滞する。
車を降りて歩かないいけないので車のなかから見える豪渓に行くことにしている。

今回は隣の奥さんが外にいたので一緒にいく。
車の免許も持っていないしご主人も亡くしていないので長らく蛍は見ていないという。
明るく時間があるので食事をする。去年も立ち寄ったラーメン屋は店を閉めたようだ。
うどん屋でぶっかけうどんを食べる。650円だった。
ぶっかけうどんは350円くらいのものだがとおもったらうどんの量も多く掻揚も沢山入っていた。
年寄りの夕食など質素で金の掛らないものだ。

蛍の見物は子供が小さい頃から毎年きている。
夫婦二人になっても毎年来ている。
これを止めたらどちらかが先に逝きそうで止められない。
どちらかが先に逝くと蛍を見るのは辛いであろう。
死んだ連れ合いが蛍に化身して空にとんでいるように思えるだろう。
蛍の光にはそんなはかなさも持っている。

蛍は沢山飛んでいた。子供連れの車の後ろに車の停めた。
子供が喜ぶ姿を見るとこちらもうれしくなる。
我家の孫も一緒と思うが親が毎年連れてくるのてばジィジは余計な事はしない。
子供は親にしてもらった事をしっかり孫にも教えてる。

川面の蛍を見ながら宮本輝の蛍川の小説のシーンを思い浮かべる。
太平洋戦争が終わり17年、まだ貧しい頃だった。
学校の給食代を払えない者、妾の子供、商売の失敗で夜逃げしてきた者、貧しくて高校にも勧めなかった者、幸せな者ばかりでなかった。宮本輝はそんな庶民を描いた作品が多い。

蒸気機関車 姫路C57型

2018年06月09日 | 蒸気機関車
撮影場所 兵庫県 姫路操車場のヤード

機関車の行き交う中、ヤードに立ち入り機関車の撮影。
現在は線路に入るは固く禁じられている。

播但線を走る貨物列車の入れ替え作業をやっている。
線路を変更するので線路を通過する列車がない事が条件である。
ポイントを間違うと脱線や走行車線の列車の衝突もある。
ポイントの切替ミスは絶対犯してはならないミスだ。

そんな神経を使う操作に鉄道ファンはウロチョロと迷惑な事だ。
鉄道フォンの行動が迷惑になっているのは事実だ。
自分も迷惑な事をやってきたと思っている。

今撮影している茅葺き民家の撮影も随分迷惑を掛けていると思う。
人生を生きるのは恥の上塗りだ。妻や年下の者にキズ付ける言葉を発したと思う。
恥の上塗りはなるべく忘れる事にしている。
いちいち反省ばかりでは夜も寝られない。
子供の頃から社会人、老後と恥の上塗りは山ほどある。そのまま持っていたら年寄りの身には担げきれない。恥をかいても恥と思わない厚かましさで生きるしかない。


ラッキョ

2018年06月08日 | グルメ
ラッキョは戦前には薬用になるくらいで苦味が強く野菜として見向きもされなかった。

戦後カレーライスを日常的に食べられるようになりラッキョの甘酢漬けがカレーに合うのがわかりよく食べられるようになったそうだ。カレーには福神漬けも付けられる。これを考えた漬物屋は七つの野菜を混ぜ合わせた。胡瓜や大根、生姜など組み合わせた。
七の野菜から七福神にあやかって福神漬けの名が付いた。ネーミングもヒット商品には必要だ。
私もラッキョが好きで海苔のガラス瓶に3つ作っていた。年を越すと食感も味も悪くなるので一年で食べた。ラッキョを漬けるのも土付の方が美味しくできる。加工してくれてあるのはラッキョ酢に漬けるだけで簡単だが流通過程で日数が経過したり暑いところに置かれたものは塩水に漬かりすぎで柔らかく食感が悪い。
私の会社の同僚は塩漬けもせずそのまま甘酢漬けする。苦味の強い位が美味しいという。
彼が野原にある野蒜の球根を処理して味噌をつけて食べるとおいしいという。食べてこんな苦い物は食べ物ではないと思った。茹でればたべられか。
焼酎好きで味覚が麻痺しているのだろうと思った。ある番組で鹿児島の飲み屋のつまみは生のラッキョを刻み酢味噌で和えてチリメンジャコをふり掛けたものこれが旨いとみんな食っていた。きつい焼酎を飲んでいるので苦味も分からないのだろうか
3月4月の若いラッキョの球根はエシャロットと名付けられ生でも食べられるそうだ。

ラッキョ好きが高じて自分で栽培し10キロほど収獲した。
最初は球根を買った。品種のラクダは一個が10個から13個に分球した。
八房は小粒だが15個から20球に分球する。年々球根を増やし百球になった三年目からやっと甘酢漬けができるようになった。
ラッキョはどんな風に分球するのか切って断面を見て見た。玉ねぎは年輪のように輪があるだけだがラッキョは分球するだけの輪が10数個あるのだ。
秋に植えると分球の数だけ芽がでて分れて根を張りそだっていく。
ラッキョは砂地でも育つ誰でも作りやすい。しかし。成長中に鶏糞を掛けたら病気になった。
水仙を栽培している人や鳥取県のJAに電話したら有機肥料をやると病気になりやすい。
専用のラッキョ肥料があると教えてくれた。結局は化成肥料で栽培した。
何人かで借りた畑で作物を作っていた。その中の一人が休耕田を貸してくれるので何人かでやろうと誘われた。広いので草刈りが大変で乗りきでなかったが中半強制的にメンバーに入れられた。田圃の土は重く水分を含んでいる。雨の後はぬかるみだ。
こんなところで作物ができるのか思った。ある時、晩秋に散歩していたら竹を田圃に挿してその穴に玉ねぎの苗を植えている稲の切株は残ったまま。その数は何千本。畑を耕さなくてできるのですかと聞いた。これで十分できるという。無駄な労力を使わずアイデアマンだとおもった。
会社の仕事でもやらなくて良い事に時間を費やす。文章の8割は不要な作業という本がでていた。楽をして最大限の成果を得る事を学んだ。次の5月に見たら早生品種が立派な玉ねぎに成長していた。
田圃でも大体の物は作れると思った。畝を高くしてラッキョウ、里芋、サツマイモ。
玉ねぎも作ったがよくできた。

懐かしい物 煙草のある風景

2018年06月07日 | 懐かしい物
撮影場所 岡山県新見市

新見市の山間地はほとんどがカルスト台地である。
水が地下に浸透するので稲作には不向き。
畑作や果実栽培が盛んだ。
昔の煙草栽培は専売公社が買い取ってくれたのでいい現金収入だった。
煙草の市場開放で外国産の安い煙草の原料やたばこの輸入自由化で国産たばこの栽培は二割まで縮小された。
新見市でも少ししか栽培していない。新見の場合はピオーネやシャインマスカットの葡萄栽培や桃栽培に切り替えている。

広島県の世羅町は花の公園が多いが芝ザクラの公園は昔は煙草畑だったと地元の人から聞いた。

写真の右の広い葉が煙草である。黄色くなったら収獲だ.雹やアラレに遭う穴が開きイイ値で売れない。虫食い葉でも専売公社に出さないといけないそうだ。
煙草の花はオクラの花のようで可愛い花を付ける。
梅雨明け頃に収穫される。

軸はヒマワリの様にしっかりしている畑が広いと大量の軸が出来る。
これは五右衛門風呂の燃料になる。煙の匂いは煙草そのもので子供にはきつい風呂焚きだそうだ。

写真は社会情勢や時代の変化を刻々と記録に残すのだ。
それは時代が過ぎて気付くのだ。若い頃にそれに気付いていればもっといい人生がおくれたかな


茅葺民家  鯉のいる家

2018年06月06日 | 茅葺き民家
撮影場所  島根県旧吉田村

田舎では鯉を飼っている。横を農業用水が流れいてそこから水を引き込んでいる。
これは鑑賞用だが真鯉を飼っている人は刺身や鯉こくにして食べるようだ。
山間部に行くとイワナやアマゴを飼っている人がいる。自家食料にするため

川魚の刺身も臭みはなく美味しい。
香川は溜池が多いここの大きなフナを獲っては刺身にして食べる。
フナは余り食べたくない。
NHKの小さな旅で栃木の渡良瀬遊水地の付近の放送があった。昔から川魚料理が盛んで川魚の専門店が何軒かありフナや鯉の刺身や甘露煮がよく売れる。

各地に旅行すると地元の暮らしや食べ物を体験するのがよい。
県民ショーという番組があるがあれも面白い。
私も秋田のトーフカステラや山形のアケビの煮付けは食べてみた。
一度体験すればよい物だったが


藪蚊除けスプレー効果あり

2018年06月05日 | 日記
私は車に乗るのに10分も15分も掛かる。
車椅子からリフト付きの椅子に乗り移り家内が車椅子をリフトで収納するのに車は開けたままだ。この間に藪蚊の攻撃を受ける。これが夏の悩ましい問題だった。
フマキラーで周囲にまいて一時しのぎに過ぎない。
直ぐに蚊の襲来を受ける。

家内が藪蚊バリアなるスプレー商品を買ってきた。8時間は効果ありとの事だ。
水溶性のスプレーで地面に散布する。
半信半疑だったが素晴らしい効果だ。アッパレ商品に推挙したそい。
一日外に出て帰っても効果があったのは驚きだ。
家には木も多く周囲には農業用水で蚊が多いところだ。
歳をとるとマンション暮らしがいいが段差はなくバリアフリーならばいいがまた改造に金がいるのなら今の家でよい。
効果のなかったのは吊るすだけで蚊のこない蚊よけネットと蚊除け草ハーブ

もう一つ素晴らしい商品は除草剤のラウンドアップである。
畑にセイタカアワダチソウやススキ、チガヤが生えていた。
この宿根で種で増える植物はなかなか根絶できない。
これをラウンドアップで完璧に根絶できた。
春の五月に草が20センチに伸びた頃に噴霧器で葉裏から噴霧すると翌日には葉は黒く枯れている。その後に宿根を掘ったが腐りかけている。
光合成が出来なくなると根地下茎まで枯れるのだ。
ジョウロで葉の上からかけても効果薄い。大きく伸びた草には効果半減だ。晴天続きが効果的
粒状の除草剤はコストも掛かる効果にムラがあり根絶できない。
ラウンドアップは100坪散布で300円 春秋の年二回散布で雑草でイライラしなくてよい。

日本茅葺紀行 NO,450 福島県南会津町

2018年06月05日 | 温泉
南会津町は栃木県に隣接していて日光から鬼怒川温泉の横を通り南会津町にいける。
家内はテレビのサスペンス劇場が好きで殺人事件のでてくるのをみている。
サスペンスの影響か家内に殺される夢を2回見た。
介護の手間は掛かるし役に立たないオヤジ、殺されかかり目が覚めた。

鬼怒川温泉殺人事件という番組もあった。
ここで撮影したのだなあと温泉街を走った。
私は車椅子のため温泉にはここ10年は入っていない。
家内に温泉を勧めたが午前中に入ると運転が眠くなるので入らなかった。

鬼怒川から南会津町に掛けての山には広葉落葉樹が多い。
秋には紅葉が美しいであろう。
私の住む所の紅葉などしょぼいところが多い。
死ぬまでにもう一度東北の紅葉を見て見たいものだ。

南会津町には茅葺き集落がいくらかある。
この集落も何軒かまとまっている。
みんな大きな家だ。バブルの頃に欧米人がやっかみでエコノミックアニマルとかウサギ小屋と酷評した。日本も田舎の家は大きい。

私の昭和鉄道遺産 その72 和田山機関区

2018年06月04日 | 私の昭和鉄道遺産
撮影場所 兵庫県和田山

山陰線、播但線の接続駅 
レンが積みの機関庫とC57型蒸気機関車、給炭設備が昭和鉄道遺産だ。

昔の鉄道は町と町を結ぶのを主眼にしている。鉄道が唯一の交通手段であった時代だ。産物物資や乗客
を輸送してきた。今の鉄道は大都市と大都市を最短で結ぶルートで設定されている。
航空機との競争もある。
山陰線は京都から日本海に出ると海岸沿いを走る。
日本列島の本州西側を海岸線に忠実に走っている。
国道9号線も山陰線に沿い海岸を走っているが島根の外れで山口市の方に山間部を走る
山陰線は山口県の海岸線をひたすら走る。鈍行で走るとどれだけ掛かるのか
紀勢線や五能線もそんな海岸を走る。
こんな鈍行に乗り走る旅は若い頃か定年後しか出来ない。
昭和40年代に山陰線の各駅や駅周辺、鉄道から見える風景、乗客を撮っていると素晴らしい写真になっただろう。

昭和の40年代、地方の町は何で暮していたのであろうか関心がある。
和田山は鉄道で働いていた人もいる。駅員、機関車の保全や保線、機関車の作業員
多くは農業や林業であったか製造業は味噌、醤油、酒や製材所や鉱山、職人として大工や左官、石工、建設業、他には公務員 病院
都会のよう職種も収入はないが質素に子供を育ててきたと思う。
これからは地方の田舎で暮すにはどこで収入をえるのか関心がある。