懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

日本茅葺紀行 NO,480  京都府南丹市

2018年11月11日 | 日本茅葺紀行

旧の美山町の民家

山沿いにあるが生活感がない。

基礎にコンクリートを打っているので古民家を買って移築したのか

移築して時間も経つのか屋根は苔むしている。

文化財の民家は余り撮らないが個人の建物は撮影することにしている。

以前はどんな斜面でも駆け上がり撮影していたが車椅子ではこんな写真も撮れない。

茅葺民家も少なくなったのもあるが撮影に行く事がすくなくなった。 

11月は家内が毎週のようにマラソン大会があり連れて行ってくれない。

田舎のマラソンは参加賞に今頃なら大根白菜 9月は葡萄一箱もある。

田舎のマラソンと言っても10キロくらいである。今日をフルマラソン最後まで時間内に走れるか

交通規制をしているので11箇所関門があり遅いのは関門で止められる。

毎週どこかでマラソン大会はある。オリンピックのメダリストでも田舎のマラソン大会にゲスト参加する。

間寛平のような芸能人ランナーも大もてである。 交通費.宿泊費.宴会.ギャラ付きなんでしょうね。


私の昭和鉄道遺産 その87 旧型電車

2018年11月10日 | 私の昭和鉄道遺産

省線電車とか国電とかゲタ電と呼ばれた旧型の電車

写真の電車はクモハ51型 1936年から1943年に製造された。クモハのクは駆動車、モはモーター  ハはイロハのランクの低いハで普通車

戦前に製造され1976年に廃車になっている。40年間走り老朽化で解体廃車

東京や大阪で活躍していたが新型の電車が登場する都度、都落ち

これは宇野線や赤穂線を走っていた。

電車はモノクロ写真だし撮る気は余りなかった。

今になれば何でも撮って置かなくていけなかった。

人生はフットワークが軽くすぐに行動を起こさないといけなかった。

ぐじぐじして何もせず出来ない屁理屈ばかり言うのが一番いけない。

それと骨董価値のある物や風景に気付く感性が日頃から必要だ。チコちゃんじゃないがボケーと生きてるんじゃないよと言われそう。

直ぐに歳は取る。また今度撮影に行こうと思ったらもう電車も建物消えていた事が何度もあった。

こんな写真は独身時代か定年前後しか撮れない。子育て中は男も撮影に行ってきますとは言えないものだ。

 


野山に秋の七草を探しに行く

2018年11月09日 | 日記

野山に秋の七草を探しに行く

・萩(ハギ) ・桔梗( キキョウ) ・葛(クズ) ・藤袴(フジバカマ) ・女郎花(オミナエシ) ・尾花(オバナ/ススキのこと) ・撫子(ナデシコ) 七草

 萩と尾花、葛は何処にでもある。

女郎花 藤袴 桔梗 撫子は山間の草原をハイキングのつもりで歩かないと難しいかもしれない。女郎花や藤袴 桔梗は同じような草原にある。カワラナデシコは車で走っていても岩や沿道の草むらで見かける。山口県の青海島に夏の終わりに行ったら潮風の吹く断崖の岩に桔梗と鬼百合が沢山さいていた。昔は桔梗の根は咳止めの漢方薬だった。あんな厳しい環境でも育つのだ。秋の七草に限らず野菊の仲間や白い穂のススキの仲間も図鑑を持って探すと面白い。 

岡山には「岡山の野の花」という本がある。春編と夏秋編の二巻がある。257種の草花が収められている。30年この本を愛用している。羽賀 実著 

本当は三巻あるのだが三巻目は木のため買っていない。これをまとめた人は中国電力に勤めながら岡山の野山を探し歩いている。講演会があり聞きに行った事がある。講演会と言っても文化センターの教室に30名程が聞いた。ライフワークとはこんな事を一生掛けてやる事だなあとおもった。自分にも一生掛けてやり続けた事があるかと言われているような気がした。岡山県の山野をほとんど歩いたと言っていた。


懐かしい物 土塀のある風景

2018年11月08日 | 懐かしい物

町並みの撮っていて土塀の風景を集めてみた。

土を打ち固めた土の塀のため強い地震は耐えられるか疑問だ。

過去に鉄筋の入っていないブロック塀や支えのないブロックで人身も事故をおこしている。

土塀も余り強くないと思う。

阪神大震災でも東日本大震災でも塀や建物電柱の倒壊で道路を塞ぐので緊急車両が入れないトラブルが沢山あった。

こんな土塀も強度の面からも保全も難しく淘汰されていくだろう。

残るのは京都や奈良の寺院や庭園の塀だけになるだろう。

奈良の法隆寺の塀も長いものだね。国宝の寺院ばかり目がいくが塀も素晴しい。そんな瓦一枚一枚に法隆寺の銘が入っている。

土塀 石垣 板塀 路地 なまこ壁は昔懐かしい風景だ。


茅葺民家 倉敷市の民家

2018年11月07日 | 茅葺き民家

茅葺民家を撮り始めて当然、通勤や所用で走る時も周囲の茅葺を探しながら時には高い場所に登り上から集落の全景を見る。

この民家も所用で走行中に発見する。

昔からの集落は山に沿って家々は作られる。山沿いの集落に沿って歩くと昔の古い民家やや茅葺民家に出会う確率が高い。

こんな集落は余り広い道が付いていない。大八車が交わせる広さだ。

新しい住宅地は道路も広く取っているし法令に従った通路の幅がある。

山際のため土砂崩れの危険性がある。今年胆振地方であった震度7の地震のあったところでも北海道に関わらず山際に集落が並ぶ。

茅葺民家の写真のサイトをよく訪問する。信州の民家というサイトがある。林 安直氏 1953年生まれの撮影したもの。

惜しみも無く写真を公開してくれている。自分の住む長野県を徹底して撮影している。

私より随分若いのに取り組むテーマに気づき徹底して撮影しているのに敬服する。

人生は常に世の動きに関心を持ち考えながら生きんとアカンのだなあ。


日本茅葺紀行 NO,479 島根県旧吉田村の民家

2018年11月06日 | 日本茅葺紀行

今は旧吉田村には高速道路ができて便利になった。

中国山地を背後に山間地である。平野は少ない。

岡山から一般道で広島から島根に入った。何度も通った。

 早朝にでて昼までかかった。吉田村で母屋と小屋が茅の家を撮影。

自分の目的は一軒でも茅葺民家を探し自分のコレクションに加える事だった。

何の写真を撮っている者でも経済性と時間の浪費を考えず行動を起こす。

この前の鶴瓶の家族に乾杯は大阪府能勢町だった。その前は島根県の飯南町もあった。

飯南町は吉田村の隣だ。新潟の津南町や秋田県の羽後町もでてきた。

茅葺民家の残る訪れた田舎が出てくる。しかし出てくるのは知らない所ばかり

酒蔵など酒は全く飲まず興味もなく地域の歴史資料館には立ち寄らず茅葺民家を撮ったらさつさと帰る。

こんな偏った訪問をしてきたのだなあと思う。


干し柿

2018年11月05日 | グルメ

毎年干し柿を干している。

今年も干し柿を作り食べたと思うのである。あと何回干し柿が食べられるのだろう。

季節季節に旬の物を食べる。ルーチン化する生活はマンネリ化して刺激がないので年寄りにはよくないという人がいる。

マンネリ化してもいいじゃないか。これ以上成長も望めない。

毎年同じ事をやって何が悪いとジジィは居直るのだ。

人のいう事に耳も貸さずネットの老人の健康法や脳活性化の記事には従わず老人の頑固さで生きるしかない。

社交的でみんになに好かれる老人になろうなんてどうでもいいなあ。

そんな事を思いながら今年も干し柿を作る。

干し柿作りは天候に左右される。11月3日にカビが生え全滅した年もあった。

干して一週間は気温が23℃以下で雨が降らない事 北風や西風が吹いてくれるのがよい。

今年は干して一週間天候よし表面が乾き水分が減れば少しの雨ならばカビも生えない。

 


蒸気機関車 鉄橋を渡る

2018年11月05日 | 蒸気機関車

撮影場所 岡山県 伯備線井倉付近

鉄橋を渡る蒸気機関車の牽引する貨物列車

鉄橋も電柱など目障りな柱のないところは撮影しやすい。伯備線に架る電柱のない鉄橋を撮るべきであった。

蒸気機関車も消え貨物列車も消え今は電化された。

毎日定刻に貨物列車は走っていた。そんなのが走っていたのも記憶になく人生は過ぎて行く。自分も人々がどう働きどう生活してきたかに関心もなく今まで生きて来たように思う。

作家の向田邦子のように駅に書かれた落書きをネタに随筆を書く。酒を飲み粗相をした後始末をネタにする。そんな眼を持って人生を生きないと行けなかった。

今はブログなどで誰でも作家になれる時代だ。年寄りが頭を使うにはよい機会だ。

 

 


懐かしい物 荒物屋

2018年11月04日 | 懐かしい物

家庭で使う日用品をいろいろ揃える店が荒物屋だった。

今ならばホームセンターというのだろう。

こんな個人の店は大型スーパーや大型ホームセンターに淘汰された。

徒歩や自転車で買い物に行っていたのが車なら少々遠くても安くて品が揃う大型店に人は行く。時代は徐々に変化して20年もして振り返ると随分と変わっていた。

車社会と道路整備のインフラと大店舗法が買い物を大きく変えた。

私の生きた時代は子供の頃とは大違いだ。

こんな個人の店も時代とともに消えるのだ。

この歳になると自分の人生は時代の変化に気づいて暮らせてきたかと問われている。

早く車の免許を取り車の生活をしてきたか携帯電話は早く購入してきたかパソコンは早く購入し活用してきたか   私はすべてNOだ。

昭和に残る個人商店ばかり撮影してもひとつのテーマになったのだ。

何十年も経過しないと時代の変化は分からないものだなあ。


茅葺民家 ススキのある風景

2018年11月03日 | 茅葺き民家

撮影場所  京都府南丹市

茅葺とススキは相性がいい。茅材にするだけに茅葺の風景によく似あう。

ススキも撮影は11月がよい冬になると穂が飛んでふんわりしたススキの穂でなくなる。10月初めは補が出たばかりで白くない。ふわふわと飛ぶ種は土をかけなくても発芽する。たんぽぽ.ワタスゲ.翁草.チガヤや茅の類は風に乗り種が飛ばされる。

ススキのある風景をモノクロで撮ると寂寥感がでる。

晩秋の物がなしさや人生の終末期を感じる。

次第に朽ちて行く茅葺民家と共に消えてゆく日本の風景でもある。

これから40年 50年後は建物や町並み人の暮しはどう変わるのであろうか

どんな物を撮っておけば懐かしい風景に感じるのであろうか

我々の生きた昭和の時代のようには大きく変わらないのではないかとも思う。

変わるとすれば過疎地の田舎や離島の暮らし人口の集中する都市部であろうか

ガソリンスタンドも消えるかもしれない。北海道のローカル鉄道も田舎のローカル鉄道も消えるかも