ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

久しぶりの対面鑑賞会 「みるみると北斎をみる」①

2024-02-18 14:51:18 | 対話型鑑賞

日時:2024年1月13日(土)14:00~14:30(ターン①)   

作品:熊に団子を与える金太郎 勝川春朗(葛飾北斎)作 (島根県立美術館所蔵)

ファシリテーター:津室和彦

参加者:一般参加者6名 みるみる会員4名 

図版は島根県立美術館のHPより引用した

 

 みるみるとみてみるを5年ぶりに行うことになりました。若い北斎の作品展で,新春にふさわしいと思う本作を選びました。本レポートでは,まず,発言を図式化したものを示したいと思います。外側がそれぞれのモチーフや部分についての発言,ベン図式に重なった部分は,二つの要素が結びついて出てきた発言やファシリがつないだ部分です。

 

モチーフは,大きく,人物・動物・周りの小物の3つに類別できそうなので,それぞれについてまとまりをもって対話ができるのではないかと考えていました。予想通り,初めに手を挙げた3名の鑑賞者から,それぞれに触れる発言が得られました。

 ファシリテーターとしては,まずはそれぞれの発言を認めたりパラフレーズしたりしながら,適宜問い返しをし,どこからそう考えたのかが全員で共有できるように努めました。

 次に,以下の例のように,それぞれの発言をつなぐことを意識しました。

〇男の子→大柄→団子や達磨が小さく見える→相撲が強い←軍配←願掛け達磨

〇団子→動物→手なずける→手下・家来

〇しめ縄→神事←相撲

〇宝物→縁起がいいもの←鶴が飛ぶ着物の柄 →初夢の夢見がよくなる絵札

 3つのまとまりについて,発言が積み重なったところで,「体格のいい男の子が,熊らしき動物に団子を食べさせていて,まわりには縁起の良さそうな宝物としめ縄もあることから,相撲など何らかの神事とも関係がありそうだということを,みなさんでお話してきましたね。」と小まとめをし,「それを踏まえて,いったいどういうものに見えていますか。」と問うと,「相撲が好きで熊が出てくるとなると,金太郎ですよね。」という発言があり,多くの人がうなずいていました。そこで,人物は金太郎であることと,題名を明かし,「そのうえで,金太郎をかくことの意味は何でしょうか。」と問うと,「わが子が,金太郎のように強く大きくなり,出世して宝物を手にいれられるようになってほしいという気持ち」「健やかに,金太郎のようにたくましく育ってほしい」という願いを表しているとか,「お年玉を入れる袋に使ったのではないか」というような興味深い発言が出されました。

最後に,「怖い熊ですらも子熊に見えるような英雄の姿を,縁起物として誇張して描いているのかもしれませんね。今日は細かくみて話すことで,昔ばなしの金太郎のヒーロー像のようなものを皆さんと発見することができました。」とまとめました。楽しく,充実した鑑賞会となり,貴重な場を設定してくださった石見美術館と参加してくださった鑑賞者の方々に感謝したいと思います。

振り返りでは,メンバーから,着物の緑色や金太郎の肌の赤さなど色に絞って考えるフェーズがあると,さらに深まったかもしれないとのアドバイスをもらいました。着物の緑は,松葉の常緑と考えるとこれも縁起物,そして,肌の赤味も疱瘡除けのまじないという意味があり,達磨の意味ともつながるというような情報も用いて,より鑑賞が深まる可能性もあったかもしれないというものです。鮮やかな色も錦絵の魅力のひとつなので,またの機会にはそうしてみたいと思います。

 

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北斎の鑑賞レポート第1弾!

2024-02-12 15:06:57 | 対話型鑑賞

「なくてななくせ 遠眼鏡」北斎(可候 画)享和年間    山口県立萩美術館浦上記念館 所蔵              

オンラインみるみる12月例会 2023年12月16日(土)19:35~20:05 

ファシリテーター:上坂 美礼     参加者:5名

 島根県立美術館(グラントワ内)で「永田コレクション 北斎展」が始まることもあり、萩美術館収蔵
の逸品(世界で現存する三枚のうちの一つ!)を皆さんで鑑賞してみたいと選んだ。
≪鑑賞の流れ≫(ファシリテーターのコメント要約&考えたことや今後の課題点など)
①~⑮鑑賞者のコメント要約
①二人の女性は浮世絵版画から江戸時代の人物。左の人はお歯黒と角隠しから既婚者。棒を手にする右
の人は歯が白いので未婚者。(歯や装いを根拠に既婚と未婚の区別を話題に。「角隠し」について質
問。)
②「角隠し」は和装の結婚式の装いにも見られるが、日本髪に被る布で既婚者の証。(江戸期の「角隠
し」は屋外に出る際に塵除けで被る。花嫁の装いで現在でも伝承される。)
③手が小さい。顔と比較すると子どもの手みたい。顔と手のバランスから顔を強調かなと。
(手と顔のバランス、デフォルメ「表現」について)
④右の着物は鮮やかな紅色で若い装い。対して左の着物は柔らかな色で落ち着きがあり、年を重ねた人
のよう(着物の色から二人の年齢の違いについて推理)
⑤右の人の生え際にうぶ毛。十代そこそこか。手にする遠眼鏡は貴重で高価なモノ。羨望のアイテムを
手にする二人は裕福。また、二人の関係性は?(手にする長い棒をなぜ「望遠鏡」と思ったのかを尋ね
るべき場面だったか。作品の題名「遠眼鏡」はレンズの入った望遠鏡。ファシリテーターとして「二人
はどのような人たちで何をしているのか」と問いかけ、念を入れて焦点化しても良かった。)
⑥「遠眼鏡」の紅い筒は朱漆に金で繊細な模様が施され、瀟洒で豪華な逸品。高価な「遠眼鏡」を手に
することはステータスの象徴で二人は裕福な商家の女性。特に注目したのは二人の襦袢。右の若人の襦
袢も左の年上の襦袢も「絞り」で手の込んだ高価な装い。(左側の人の手元、右側の人の襟元、どちら

山口県立萩美術館蔵「なくてななくせ 遠眼鏡」                    2024.1.3
の紅い襦袢にも白い斑点模様。絞りではないかと装いの細部に着目。「襦袢」について詳しく教えてほ
しいと、ファシリテーターは鑑賞者へ依頼した。)
⑦襦袢は着物の下に着る。襦袢にも手の込んだ装いから、二人は裕福な立場にある。
⑧二人は親子かもしれないが、姉妹や姪と叔母の可能性も。年齢差は離れていない。左の人に眉が見え
ないことからも既婚で年長。顔や目に注目すると右側の人の方が若い。(「二人の関係性」について複
数の推論が挙がった。この時点で小まとめが必要。傘を持つ年長者と遠眼鏡を手にする若人の対比は共
通していて、ここでパラフレーズすることで焦点化を試みることができた。さらに「二人は何をしてい
るのか」と問う流れができた。詳細は後述。)
⑨左端の傘に注目。背景は明るく、雨は降っていない。この傘は若い女性が「遠眼鏡」で覗き見する姿
を隠すため。裕福な婦人が「遠眼鏡」を覗く姿は世間から「はしたない」と憚られる行為で、その様子
を隠すために傘は用いられているのではないか。(傘に関する新説。省みると「二人は何をしているか/
何を見ているか」と問い、次の話題へと焦点化するポイントだったと思う。ファシリテーターの実践と
しては充分ではなかったが、この度は鑑賞者同士で自ずと次々に話題が展開されていった。)
⑩右側の人は「遠眼鏡」でかっこいい人を探している。左の年上女性は母親で、「遠眼鏡」を覗く娘に
助言。例えば遠くに見える男性の身なりなどから家柄や身分等を見極めようと品定めしていて、傘はそ
の様子を他者から見られないように隠すために手にしている。一方で、背景の明るさから陽ざしの強さ
を感じるため、傘は陽ざしを遮る役割も担うのでは。カメラで撮影する体験から推測するが、周りは暗
い方がレンズ越しの像を見やすいので、この傘も「遠眼鏡」で遠方の像がよく見えるように同様の役割
をするのではないか。(左上の傘には、二つの役割があるという話。今まで画中の傘について考えたこ
とが無かったファシリテーターは、鑑賞者の一人として感銘。)
⑪明るい背景の光沢は雲母刷で非常に贅沢な版画。傘が見えるので屋外。陽ざしを避ける日傘は密かに
覗くためのアイテムにもなる。背景に「なくてななくせ」と文字(傘に両方の意味合い。題名「なくて
ななくせ」どんなに癖の無さそうな人でも誰にでも少なくとも七つは癖があるとういう意。「そのこと
に関連して何か考えたことはないか」「どんな癖か」と焦点化できたか。情報提供は焦点化への布石に
なると思うところ。)
⑫望遠鏡の先が下を向いているので小高いところから覗いている。天体観測などの学術的な目的とは異
なる意図で、先ほどの話題のように「はしたない」と憚られるような覗き見行為を描いている。(改め
て「なくてななくせ」の題名にコネクトできた場面。「七癖の一つ、どんなことが描かれているのでし
ょうか」等。)
⑬同業者の二人。例えば遊女同士。お羽黒で眉がないメイク。左上の女性は身請けを済ませた先輩遊女
で、「遠眼鏡」を覗いている若い後輩は身請け前。遊女は身請け先が決まると借金もなくなり働かなく
てもいい立場になれるので、二人は「遠眼鏡」越しに真剣に探している。左の先輩遊女の視線は右の若
い遊女に向けられていて、身請けしてもらうなら、どんな人がいいか等の助言を行っている。(関係性
の新しい仮説。今後の人生が左右されるような真剣さは、どこから感じるかを問うてみた。)
⑭浮世絵あるあるかもだが、表情が真顔で、真剣さを感じる。(「浮世絵あるある」の意味について根
拠や詳細を問うことで顔の造作や表情の特徴など、表現の様式等について詳しく聞けた可能性も。顔の
様子から人生をかけた真剣さをも感じられるという話)
⑮右側の人の頭の上にリボンが画面のなかで目立つ。「遠眼鏡」の先に見つけた!というフラグのよう
。マンガ「ハナカッパ」の頭上で花が咲く状況みたい。勢いがある。(見つけた喜びの高揚感を漫画の
ようにリボンで表していると。真剣な表情と漫画的な要素が話題になったと小まとめすべきか。ここで
画面に描かれている全てが話題になった)
《ふりかえり》 
自評の後、参加者からの気づきを伺う。自評:二人の関係性について複数の見解が出たことが嬉しい
。傘について実は自分一人で見ていた時は意識していなかったが、複数の見方が話題になり、この作品
の重要なアイテムと認識するようになった。そして、背景に雲母刷の技法が使われているなど版画なら
ではの話題もあり、鑑賞者の発言から充実した展開になった。
・浮世絵での鑑賞を中学生と試みたことは無かったので、今後、挑戦してみたい。
・「角隠し」などの詳しい話を鑑賞者に振った展開が良かったが、意図的か。

山口県立萩美術館蔵「なくてななくせ 遠眼鏡」                    2024.1.3
ファシリテーターの自分より詳しいに違いないと考え、ファシリテーターが解説するより面白い話に
なると考えた。
事実「襦袢」の生地が手の込んだ絞りでないかという鑑賞者の発言によって高価な意匠が焦点化され
たように感じる。しかし、ファシリテーターはより戦略的に働きかけられるといい。例えば「絞りの襦
袢から想像できることは、どのようなことか」と尋ねることで焦点化できた可能性もある。既に「裕福
な商家の女性二人」というキーワードも出ているなかでコネクトできた。絵の着物が「絞りの襦袢」な
のか否かは謎の側面もあるが、着物の細やかな意匠に注目する視点に感激した。ただ、中高生で「絞り
」等の着物生地を認識できる人が不在の場合も想定できる。授業等で実物の和装資料を見せる機会を設
けるのも、おもしろいのではないかと考える。
・「二人の関係性」への問いは鑑賞者の発言から端を発したが、その後、様々な展開があったので、も
う少し小まとめを入れることで「二人の関係性」に関する話題がより明快に焦点化された可能性も考え
られる。
まさに、ご指摘の通り。そこで、この度のレポートを提出する際に以下のように整理を試みた。
☆「二人の関係性」について、複数の仮説(1)~(3)が話題になった。
(1)裕福な商家の母娘。かっこいい男の人を見つけようと望遠鏡を覗く娘に母がアレコレ助言を
囁く。
(2)あるいは姉妹か、姪と叔母など。①にも通じる関係性。
(3)同業の先輩遊女(身請け済)が後輩遊女(身請けしてくれそうな人を探索)へ助言。
(1)~(3)の(共通点):年長者が若い女性の方を見て何かしら話しかけている。
 問Ⅰ 「二人の関係性は?」の問いから出た話題を(共通点)で小まとめし、次につなげる。
 問Ⅱ 「遠眼鏡で何を見ているのか。」と話題を整理し、展開する計画で臨みたい。
 問Ⅲ 「どんな話をしているのか。」という問いから、根拠を尋ねるパターンもあるだろう。
この度は問Ⅰ~Ⅲの推論が鑑賞者リレーで次々に展開された一方で、ファシリ無用のお任せコースにな
った。しかし、以前よりパラフレーズが短くなった点が良かったという感想もいただけた。例えば、小
さな手と大きな顔の話題が出た時に「表現について話題が出ました。」と返したところなど。大首絵等
の情報提供の是非についてはTPOを課題にしたい。雲母刷の話が出た時、発言者をはじめとする鑑賞者
に詳しく尋ね、技法へ話題を広げても良かったか。状況によって掘り下げる方向性を操縦できるように
したい。
《おわりに》
事前の打ち合わせでは「二人の関係性」と「何を見ているのか」の話題で展開できないかと想定した
が、実際にどのような話が出るかを充分に予想できていなかった。オンライン前日に約10分間、10名程
度の高校生に絵を見せると「傘が見える」「右側の人が持っている棒の先は眼の近くにあるので天体望
遠鏡?」「浮気調査をしている」等の回答が出てヒントになったが、要点を見出せずにいた。オンライ
ン鑑賞会の翌週、別の高校生18名と約30分間、鑑賞を試みた際、オンライン鑑賞会と重なる話題展開の
要素を幾つか見出すことができた。鑑賞者の集団が異なると話題展開は変わるが、話の要所に共通項目
はあると考える。中高生など美術鑑賞の経験値が少なめの集団に対しては、ファシリテーターからの働
きかけ(小まとめや問いかけ)が作品への理解を促す可能性が大きいと考えるので、整理して吟味した
い。
今回のオンライン鑑賞会では、背景の明るさから太陽光が連想され、「遠眼鏡」の視線の先には魅力
的な異性がいて品定めをしているという仮説が明快に話題になった。傘について、光を遮る物理的な役
割と社会的な心理面に注目した役割の両面が出たことで豊かな解釈になった。鑑賞者の鋭い着眼点から
次々に話題が展開し、絵のなかの二人のおしゃべりが聞こえてくるような25分になった。複数の視点で
鑑賞する楽しさを改めて感じ、参加者の推論の数々に心から感謝するひとときだった。物見遊山が好き
な私にとって「遠眼鏡」は気になる絵だが、さらに魅力と親しみが増し、新たに見つけた謎も探ってみ
たくなった。

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