2024.12.15 浜田市世界こども美術館 「コレクション展」
1.鑑賞作品
「ひととき」 中木征一郎 (制作:2007年) 油彩100号 キャンバス
描かれている女性とその脇のくどというモチーフより、対話型鑑賞を初めて体験する人でも発言しやすい作品であろうと考えたため、物語性の強い作品を選んだ。郷愁を感じる作品というだけでなく、作者の作画の思いや描かれている女性との関係について発言が及ぶことを期待して鑑賞を始めた。
2.鑑賞者
60代男性1名・ 50代女性1名・ 途中参加男女2名・会員1名 計5名
ファシリテーター(F)正田裕子
3.対話型鑑賞の流れ
F:見える物、何でも良いので言っていただいてもよろしいですか。(対話型鑑賞に初めて参加される方あり。)
・缶コーヒーの発見
鑑賞者1:右下に長年デザインの変わらない缶コーヒーがある。
・高齢女性の描写
鑑賞者3:おばあちゃんに近いぐらいの年齢の女性が座っている。缶コーヒーの傍に座っているからちょっと1人になって一息入れているのではないか。
・くど(竈)の存在
鑑賞者2:幼少期の頃を思い出す。家の中にくどがあってこんな感じにおじいちゃんがくどの隅に腰かけていた。ご飯を炊いていた。(その後、くどの使用方法を自らの体験も交えて説明をする。)
F:おじいさんの手伝いをされた事を思い出されたのですね。作品は年代としてはどれぐらいですか。
・時代背景
鑑賞者3:昭和40年代ぐらいまでは残っていた。缶コーヒーがあるので、はっきりわからない。
鑑賞者2:昭和50年代には、我が家にもなかった。
鑑賞者3:羽釜や神棚があって,くどは傷んではいるが日常的に使っている感じがする。だから、昭和30年代から戦後とか……ぐらいの感じがある。
鑑賞者1:私は、昭和30年代か40年代ぐらいかなと思った。
鑑賞者2:電球が裸電球である。くどの近くには、火事が起きないように神棚があった。
F:裸電球が使われていた時代なのですね。神棚と思われたのはどこからですか。
・家屋と当時の家庭の様子
鑑賞者2:榊が立ててある。そしてろうそくみたいなものがあるから。
F:あと何か見える物とかありますか。
鑑賞者2:土壁がある。
鑑賞者1:バックは土壁ではないか。そして、ここは土足で入る土間ではないか。
鑑賞者1・2:日本家屋の構造と土間の様子について語る。
F:土間で食事の準備か何か……ご飯を炊くなどしていらっしゃる方なのでしょうかね。
鑑賞者1:女性の服装の様子から女性の生業が農業を主体としている家庭の人ではないか。
・窓の向こう側の景色の発見
鑑賞者1:この家、先程の薪や木の枝の話からも、多分近くに畑や田圃が広がっているか、もしくは山の途中にあるバックグラウンドではないか。窓の向こう側には、緑色も見えるし。
F:すごいですね。私は気付かなかったのですが、窓の向こう側に緑が鮮やかに見えていますね。
・女性について
鑑賞者1: 女性の表情とくどに火が熾きていない状況から、時間的に晩ご飯の支度前の午後ではないか。のんびりさせてもらえる時間だと思う。
鑑賞者2:缶コーヒーもそうだったんですね。
F:さっき、表情のお話が出たのですが、この方はどんな風に感じたり思ったりしているでしょうか。また、どんな生活をしていらっしゃると考えますか。
鑑賞者3:表情だけでなく首を傾けている様子から、夕飯を作る前の一息休んでいる状況ではないか。 目をつむっていることからも、オンタイムの前で居眠りしていてもおかしくない。
鑑賞者1:キャプションの「ひととき」にもあるように、オンとオフならオフの一時かな。
F:キャプションも確認して頂きました。この方にとって、ゆったりしている時間ということですね。
・季節の推測
鑑賞者1:季節なんですが、今は夏ではないかと思います。団扇もあるし。(F:根拠を確認する)そうです。服装にしても、袖をまくっている様子と肌がちょっと黒くて働き者のお母さんかな。
F:服装などから季節やこの方の人柄、今の状況について話していただきました。では、この方と作者の関係についてはどうでしょうか。
鑑賞者1:キャプションにより作者の年齢が10代の頃ではないか。するとおばあちゃんを描いたことになる。昭和50年頃の時代を描いたとすると、当時中学生の頃を描いたのではないか。ぱっと見た様子からもモデルとして描いた状況ではないと思う。とすると、祖母か母親を描いた作品で、こ ういった風景の頭の中の印象で……穏やかなとか優しい感じがする。色合いからも。
F:キーワードとなる雰囲気が出ていると思われたのですね。(新たに2名の鑑賞者が加わる)
F:(それまでの対話の概略を伝える。)作品で何かこれって気になる点はありませんか。
・くどの火の焚き方と日常生活の描写
鑑賞者4:かまどでご飯を炊いているところだと思う。モンペのズボンもはいとるし、それなりに高齢の人だと思う。今時はこのような様子もないからね。
鑑賞者5:こういう物が昔はありました。モンペも…モンペをはいて働いている人は大変やもんね。
鑑賞者1・4:手ぬぐいとマッチを見なくなった。マッチは、ちょっとした時にも使っていた。神棚も。
F:(くどを指し)ここに使うだけでなく、神棚など生活の中で必要だったということですね。
鑑賞者2:奥には白い陶器の調味入れがある。今はプラスチックですよね。そう思って見るとプラスチックの物が何もないなあと思って見ていました。
鑑賞者全員:おおっ。(相づち多数あり。)
鑑賞者2:しゃもじも木だし。(その後に、くどのお湯でお酒を燗にする生活などの話題に繋がる。)
鑑賞者4:くどの火焚きの仕事は子どもの自分の仕事であったこと。くどだけでなく、五右衛門風呂の火焚きについても発言あり。(鑑賞者2:同意する発言)
鑑賞者5:(描かれている煙突に着目して、くどで調理した実体験が述べられる。)こういうのを使っていましたよ。この人は私のような人だなと思いました。(微笑ましい笑いがもれる。)
鑑賞者2:優しい感じですよね。(鑑賞者5「ふふふ」と笑みがこぼれる。)
F:(くどを指し)この辺りの熱や温かさが感じられたようです。そして、何か温かいぬくもりや雰囲気も感じてくださったようです。最後に、作品を見られてどんなお気持ちになられましたか。
・人物の特徴と当時の生活そして描いた作者との関係へ
鑑賞者4:懐かしい感じ。自分のおばあさんとかモンペスタイルだったから。
鑑賞者3:手が日焼けしていて、たくましくて働き者であったという話もあったのですが、団扇の花柄もそうだけれど、モンペの上の前掛けも淡いピンク色で藍色の入った手ぬぐいを被っていておしゃれな感じだと思う。働く時の野良着の格好だけれど結構キレイにおばあちゃんを描いてあって、そこから思うと、作者のこの人に対する愛情というかね、うちのおばあちゃんおしゃれなんよという配慮というか、そういう気持ちもあったかなと思う。そして缶コーヒーも含めて、当時あったかどうかはっきりしないが、当時の時代背景の中でもおしゃれな女性に描かれていたのではないかな。
鑑賞者1:キャプションの制作年代と描かれている時代背景から、作者が中学生くらいの時期に印象深く残っている光景を後になって描いた心象風景ではないかな。
・締めくくりと感謝
F:「懐かしい感じのする作品」だったり「作者の作画の思いや描かれている女性との関係」だったり、とそれぞれに見ていただいたように思います。貴重な時間の中、沢山発言いただき、ありがとうございました。
4.対話を深める可能性があった発言
・「心象風景ではないか。」という発言について、「そこから何を思いながらこの作品を描いたと思われますか?」とこのタイミングで訊くことによって、作者と描かれている女性との関係について話題が繋がった可能性がある。それぞれの鑑賞者の多様な意見を求めるチャンスとなり得た。
・キャプションの情報から生まれた発言を作品の描かれているもの・ことがら・色や形に求めていく必要があった。鑑賞者の活発な意見に流された感が否めない。鑑賞者同士で意見を繋いでいく様子もあったが、さらに作品の見方を広げ深めていくためにも、「どこからそう思ったのか」という基本的な問いかけを大切にしたい。
5.ふり返り
・「プラスチックが一つもない」という発言より、鑑賞者の共通認識として描かれている時代は限定できていた。
・鑑賞者1人1人が、自分の体験を語りながらも、「家事の前の一休みできる憩いの時間を描いた作品」「優しいおばあちゃんを描いた作品」「作者との親しい人との日常を描いた作品」などの解釈が生まれた。途中参加の鑑賞者もいたが、互いの発言を大切にする雰囲気があり、温もりのある鑑賞会となった。
・経済成長期に幼少期を過ごした人々にとっては「郷愁」を誘う作品で、鑑賞者の体験を踏まえた対話になるであろうと予想はしたが、それだけでなく、描かれている女性と作者との関係性まで考えられることを目標とした。何とか描かれている女性と作者との関係について話すことはできたが、それまでに、実体験を元にした発言と見えたことからの推測とを往復することが多かった。解釈をさらに深める対話にしていくためには、サマライズのタイミングを逃さないことやパラフレイズの質を上げていくことが今後の課題である。
・作品に描かれていることを根拠として確認し、鑑賞者の発言に対して「そこからどう思うか」具体的な問いとして対話を広げられるとよかった。
【今後にむけて】
会員からもあったが、大きく描かれているくど自体の様子を人物との関係性として見ることができれば、「このくどを使うことで家族の生活や人生を支えてきた女性」、「隣に描かれたくどと共に、誇りを持ちながら自分の人生を生きた女性」、「くどは描かれている女性を象徴している」など多様な解釈に繋げることができた。大きく描かれていることにはやはり意味があり、詳細なディスクリプションを求め、そこから考えられることをくり返し問いかけることで、さらに豊かな鑑賞者の解釈に繋げていきたい。