ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

11月例会のレポートが届きました!

2016-11-20 17:43:22 | 対話型鑑賞


こんにちは。11月19日に浜田市世界こども美術館(1階図書室)で行われた鑑賞会のレポートをお届けします。


定例鑑賞会レポート(2016.11.19) 参加者7名(内5名みるみるの会会員)
鑑賞作品:「クォ・ヴァディス」(北脇昇 1949年)
ナビゲーター:澄川由紀

■はじめに
 今回の定例会の鑑賞作品は、北脇昇が1949年に描いた「クォ・ヴァディス」である。画面中央にはくたびれた上下茶色の背広と思しき洋服を着た(おそらく)男性、右手には荷物、左小脇には大事そうに厚い本を抱えている。遠景には赤い旗を掲げた集団、嵐の中の街並みが見える。人物の左にあるのは蝸牛か巻貝か。口が上を向いているので中は空っぽと想像できる。右には方向を指す道標のようなものがあり、その足元には花が咲いている。道標からも、この題名である「クォ・ヴァディス(ラテン語で“どこへ行き給うか”)」を示唆される。中央の人物が人生の帰路に立っている様子なのか、描かれたモチーフと関連させて観ることで様々な想像を掻き立て、いつしか鑑賞者は中央の人物に自分を重ねながら(自分の人生とも重ねながら)対象と対峙する、そんな作品ではないだろうか。何度見ても不思議な感覚にさせてくれる一枚である。また、描かれているモチーフが見えやすく、モチーフとモチーフをつなげて考えると想像することが多分にあると考え、本作品を選定した。

■ナビゲートする中で
 今回は意見と意見を「つなぐ」こと、途中で意見を適宜まとめ、鑑賞者に整理して提供することを意識した。また、本作品は戦後4年を経て描かれたという背景も重要だと考えている。描かれた年代から作品に迫ることを想定し制作年を明かすことを準備して臨んだ。
 本作品鑑賞には中央人物と遠景に見える二つの世界に話題の主眼を置き、それらをより深く見つめる媒体として貝や道標と関連させて考えていただくことを目指した。よって、はじめに描かれているものを整理する必要があると考え一つ一つ鑑賞する流れとした。しかし、丁寧に鑑賞するあまり、自身が事前に鑑賞の主として置きたかった部分が、鑑賞時間としては薄くなってしまった。落とし所をどこに設定れば良いのか、そのためにどのような展開を予想するのかは大切である。鑑賞時間のことも考慮し、どこで盛り上げ終わりにするか、見通しを持つことは今後の課題としたい。ただ、鑑賞集団によってどのような方向に話題が導かれるかは予測できない部分もある。ここがナビゲーターとしての技量を問われるところだと考える。

 定例会後の振り返りでは次のような意見をいただいた。
・要所要所で「整理しますね」の一言とともに「こまとめ」がなされて分かりやすかった。また、繰り広げられている話の筋が見えやすかった。 
・鑑賞者の戦後の実体験を踏まえた発言は、当時の時代背景を加味しながら作品をより見つめるきっかけとなった。
・背景と人物との関係を対話の中心にするためには、鑑賞者の話は端的に整理し、次の視点に移行する必要があったのではないか。
・途中で制作年と題名の情報提供を行った。このことでスッキリして観ることができた。ただし、情報提供は対象者によって必要でないこともある。 
・希望だけではない、人がいるから幸せだと限らない、そういった内容を、当時を知る人が鑑賞者にいたことで想像を膨らませ観ることができた。
・もっと話したい、聞きたいと思える作品だった。赤い旗と花の、色と色との関係など、ありすぎて黙っていたところもある。言ってしまうと話が終わらない感じがした。 

■終わりに
 今回も貴重な時間を参加者と共に共有できたことに、感謝!感謝!である。しかし、時間が短い!終了後の率直な感想だ。もっと見ていきたい、さらに意見を聞きたい、そういう思いの終了となった。後の振り返りで「そう思うのはいい作品だったのでは?」という感想もいただいたが、時間が長ければ良いというものでもない。また、今回「どこまで丁寧に意見を拾っていけば良いか」と、戸惑うところが多々もあった。いつも着地点・終了する場面に迷う。何かしらゴールを持ち、明確でリズムのあるナビゲーションとリレーションを心がけていきたい。


次の月例会は、12月17日(土)14:00~ 浜田市世界こども美術館です。みなさまのご参加をお待ちしています。
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11月例会のレポートが届きました!

2016-11-20 17:43:22 | 対話型鑑賞


こんにちは。11月19日に浜田市世界こども美術館(1階図書室)で行われた鑑賞会のレポートをお届けします。


定例鑑賞会レポート(2016.11.19) 参加者7名(内5名みるみるの会会員)
鑑賞作品:「クォ・ヴァディス」(北脇昇 1949年)
ナビゲーター:澄川由紀

■はじめに
 今回の定例会の鑑賞作品は、北脇昇が1949年に描いた「クォ・ヴァディス」である。画面中央にはくたびれた上下茶色の背広と思しき洋服を着た(おそらく)男性、右手には荷物、左小脇には大事そうに厚い本を抱えている。遠景には赤い旗を掲げた集団、嵐の中の街並みが見える。人物の左にあるのは蝸牛か巻貝か。口が上を向いているので中は空っぽと想像できる。右には方向を指す道標のようなものがあり、その足元には花が咲いている。道標からも、この題名である「クォ・ヴァディス(ラテン語で“どこへ行き給うか”)」を示唆される。中央の人物が人生の帰路に立っている様子なのか、描かれたモチーフと関連させて観ることで様々な想像を掻き立て、いつしか鑑賞者は中央の人物に自分を重ねながら(自分の人生とも重ねながら)対象と対峙する、そんな作品ではないだろうか。何度見ても不思議な感覚にさせてくれる一枚である。また、描かれているモチーフが見えやすく、モチーフとモチーフをつなげて考えると想像することが多分にあると考え、本作品を選定した。

■ナビゲートする中で
 今回は意見と意見を「つなぐ」こと、途中で意見を適宜まとめ、鑑賞者に整理して提供することを意識した。また、本作品は戦後4年を経て描かれたという背景も重要だと考えている。描かれた年代から作品に迫ることを想定し制作年を明かすことを準備して臨んだ。
 本作品鑑賞には中央人物と遠景に見える二つの世界に話題の主眼を置き、それらをより深く見つめる媒体として貝や道標と関連させて考えていただくことを目指した。よって、はじめに描かれているものを整理する必要があると考え一つ一つ鑑賞する流れとした。しかし、丁寧に鑑賞するあまり、自身が事前に鑑賞の主として置きたかった部分が、鑑賞時間としては薄くなってしまった。落とし所をどこに設定れば良いのか、そのためにどのような展開を予想するのかは大切である。鑑賞時間のことも考慮し、どこで盛り上げ終わりにするか、見通しを持つことは今後の課題としたい。ただ、鑑賞集団によってどのような方向に話題が導かれるかは予測できない部分もある。ここがナビゲーターとしての技量を問われるところだと考える。

 定例会後の振り返りでは次のような意見をいただいた。
・要所要所で「整理しますね」の一言とともに「こまとめ」がなされて分かりやすかった。また、繰り広げられている話の筋が見えやすかった。 
・鑑賞者の戦後の実体験を踏まえた発言は、当時の時代背景を加味しながら作品をより見つめるきっかけとなった。
・背景と人物との関係を対話の中心にするためには、鑑賞者の話は端的に整理し、次の視点に移行する必要があったのではないか。
・途中で制作年と題名の情報提供を行った。このことでスッキリして観ることができた。ただし、情報提供は対象者によって必要でないこともある。 
・希望だけではない、人がいるから幸せだと限らない、そういった内容を、当時を知る人が鑑賞者にいたことで想像を膨らませ観ることができた。
・もっと話したい、聞きたいと思える作品だった。赤い旗と花の、色と色との関係など、ありすぎて黙っていたところもある。言ってしまうと話が終わらない感じがした。 

■終わりに
 今回も貴重な時間を参加者と共に共有できたことに、感謝!感謝!である。しかし、時間が短い!終了後の率直な感想だ。もっと見ていきたい、さらに意見を聞きたい、そういう思いの終了となった。後の振り返りで「そう思うのはいい作品だったのでは?」という感想もいただいたが、時間が長ければ良いというものでもない。また、今回「どこまで丁寧に意見を拾っていけば良いか」と、戸惑うところが多々もあった。いつも着地点・終了する場面に迷う。何かしらゴールを持ち、明確でリズムのあるナビゲーションとリレーションを心がけていきたい。


次の月例会は、12月17日(土)14:00~ 浜田市世界こども美術館です。みなさまのご参加をお待ちしています。
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正田会員からのレポートをアップします!!

2016-11-06 19:55:05 | 対話型鑑賞



10月15日(土)鑑賞作品 浜田市世界こども美術館蔵 出雲市出身 神田羊二氏作「残夏」
ナビゲーター:正田 裕子

自評
・作品をゆっくり見て描かれている物を確かめる時間がもてたのはよかった。
・対話をテンポ良くつなぐことを目標に、鑑賞者に言って良かったと思ってもらえるように心がけた。
・パラフレイズを短く返すことに気をとられすぎて、根拠を作品から押さえることができていないところがあった。
・最後の鑑賞のまとめをすることが十分できなかったように思う。
会員より
・鑑賞者が二つのことを言っていることを「ドライフラワーのように」と端的にパラフレイズしていた。
・今日は、同じ作家でシークエンスを組んでいたので、まとめは今日は特になくても良かった。
・一つの作品から「生命力」と「枯れる」という相反するものが出ていておもしろかった。・一人一人丁寧に返していたが、現場の教室ではどうだろうか。
・テンポ良くできるところはある。鑑賞者の説明を聞きながら、ポインティングすればもっと良い。
◎会話の最初ほど、根拠を作品の中から、確認したほうが良い。
 鑑賞者が、皆同じ視点で会話がスタートできないと、思い違いが会話の途中で出てくる場合がある。今回は「トマト」と思っている人が多かったかもしれないが、「ほおずき」という印象を持っている人もいたわけだから、「この色でトマトですか?」「どこからそう思いましたか?」と聞くとトマトだけでも、もう少し話がふくらむのでは。
◎ナビが予期していない話が出た時ほどその話にのっかって、鑑賞者の視点や思いを聴くとおもしろいと思う。
 トマトと支柱を結わえるわらの結び目について発言に対して「人柄がしのばれる」と返しているところで、トマトを育てている人の「人柄」なのか、それとも描き手の「人柄」なのか、もしかしたら、描き手が、トマトを作っている人かもしれない。それぞれで異なった意味が生まれてくるので、もっと突っ込んで聞く(確認する)べきところだったと思う。

 今回の鑑賞で、まだまだ訊ねるポイントがあったと思った。また、常連で高齢の方から自分の人生を重ねるかのような発言があった。思い返すと、そこが鑑賞者全体に「それを聴かれてどう思われましたか?」と対話を広げるチャンスだったと思った。一期一会の出会いを活かすタイミングとはこういう時だったのかもと、少しつかみかけたように思う。また、久しぶりに文字起こしをしてみる中で、鑑賞者の意見を聴こうとはしているが、まだ突っ込み具合が弱いと感じた。会員からの「予期しない話にのってみる」という意見や、新たな視点もあり、対話型鑑賞の三つの質問を基本にしながらも今後の鑑賞に活かしていきたいと感じた。
楽しい鑑賞の機会をいただきありがとうございました。

次回のみるみる例会は11月19日 14:00~ 浜田市世界こども美術館です。ご参加をお待ちしています。
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