沖縄に一年暮らして忘れられない日となったのは、4/28と6/23。
1952年4/28は、サンフランシスコ講和条約で日本が主権を回復した日、というのは本土だけの話で、日本から切り離されてアメリカの支配下となった沖縄では、今でも「屈辱の日」と言われています。沖縄で暮らすまで知りませんでしたが、今年は安倍総理が主権回復の日を祝おうとしたおかげで?、沖縄と本土での意識の違いが大きく報道され、このような事実について広く知られることとなりました。
1945年6/23は、住民の1/4がなくなったとされる沖縄での組織的戦闘が終結した日。毎年、6/23は沖縄で「慰霊の日」という県民の休日であり、学校も休み。最後の激戦地で、各県出身の兵士の慰霊塔がある南部糸満市への道路は、線香を手向ける人が向かう車で混雑し、道路脇の慰霊碑には終日煙がたなびきます。
今日の夜のNHKニュースでは、慰霊の日が近いということで、ひめゆり学徒隊の生き残った人々が、沖縄の小学校などで沖縄戦を語り継いでいる様子が放映されました。映像の中で語られていたように、生き残った人々の生々しい言葉に触れると、二度と戦争に陥ることがあってはならないと思いますし、憲法9条改変を見据えた最近の国会での憲法論議には眉をひそめたくなります。
本土では、6/23といってもあまり意識されないと思いますが、沖縄では戦争の悲惨さを思って故人を偲び、不戦を誓う日であることを一人でも多くの本土の人に知ってもらいたいと思います。沖縄戦も、本土決戦まで時間を稼ぐための「捨て石」とされたがゆえに泥沼化したという意味で、他人事ではないわけですから。