4月20日(土)
早寝はともかく、早起き、散歩が少し慣れた感じか。
勿論、相変わらず散歩に出るのが7時を過ぎたりするけれども、何とかその気になれば10時前には全て片付けることができて、病院通い、ショートツーリング等々特に気負わずとも出られるようになった気がする。
先日来のスクワットで気が付いたこと。
一日は24時間しかない。それは万人共通。「お金で時間を買う」と言われる新幹線や高速道路、飛行機等の交通手段がどれだけ発達しても、心情的にはともかく実質、時間は貧富の差関係なしに一日24時間。
同じ時間を意識するのも、「時間に追われる」形で意識するか「時間を忘れる(熱中する)」形で実感するか。
フィットネスジムに定期的に通い続けて合理的なトレーニングで無駄のない身体づくりをするか。それともいい加減ながらとにかく日常生活を身体づくりの場と決めて周りから見ればバカバカしいようなトレーニングを自分に課するか。
スキーの選手だったか、「卒業を控えて卒論も書かなきゃならない、試合も近い、練習する時間がない」となった時、せめて基礎体力だけでも、と考案したのは「腕立て伏せをしながら本を読む」「机に向かう時は椅子に座らず中腰で」という練習方法だったという。
それとは比ぶべくもない「とにかくやったことにする」だけのいい加減なスクワット。それでも僅か2週間で変化が出てきた。
早い話、何にしたって「そんなの、やった内に入らないよ」と一笑に付すのは簡単だけれど、現実には「一回だって、『やらないよりはマシ』」、と言うことだ。東京15区の補欠選挙泡沫候補としてメディアには全く名前もあがらなかった飯山陽(あかり)氏。大方の予想通りほぼ最下位だったけど、あの低い投票率の中で確かに『やらないよりは(はるかに)マシ』だった。
要は色んな情報に振り回されず「いかに主体性を以て取り組むか」、じゃないだろうか。