芭蕉という人は本当によく旅をしている。そしてその都度、紀行文を残している。
無駄を省いたどころか大滝秀治の如くに、とにかく省いて省いて、もう本当にこれっきりというところまで省いて俳句にしたように、その紀行文もただ読んだだけでは意味が通らないくらいに言葉が省かれている。
で、それがまた「味」になる。俳句と同じく言葉を省略することで却って情景に深みが出て来る。
何でも書き上げたものに何度も加筆、訂正、削除を行い、結果あの形の紀行文ができたのだとか。
有名な「奥の細道」だって初めの方くらいだろうか、ちゃんとした文になっているのは。
「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり 舟の上に生涯を浮かべ馬の口とらへて老いを迎ふる者は日々旅にして旅を栖(すみか)とす 古人も多く旅に死せるあり」
「舟の上に~」辺り、既に省略が始まっているけれど大体見当はつく。それが「古人も多く旅に死せるあり」となって来ると怪しくなる。
まあ大体が巻頭の文にいきなり「古人も多く旅に死せるあり」、と「死」の一字を持って来るなんて縁起でもないといった気もするが、これまた計算づくだろう。禅味と言うべきか。
「予もいづれの年よりか片雲の風に誘はれて漂白の思ひやまず 海浜にさすらへ 去年(こぞ)の秋 江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて やや年も暮れ 春立てる霞の空に白河の関越ゑんと~」となると、もう「おいおい」と言うしかない。
一つずつ話を纏めてくれよと言いたくなってくる。
ところがこれ、
「居ても立ってもいられない、とても悠然と構えては、いられないよ」
という気持ちをまあ、見事にあらわしている。
だから続けて
「そぞろ神のものに憑きて心を狂はせ 道祖神の招きにあひて取るもの手につかず」
となると、
「そうだよな。もう、わくわくしてじっとしてられなくなるんだよな。修学旅行の前の晩だよ」
と思わされる。
「股引の破れをつづり 笠の緒付けかへて」すっかり旅支度を整え、
「三里に灸すうるより松島の月まず心にかかりて~」身体のメンテナンスも完璧、と思った時には、もう松島の月が心に「懸って」いる。
月が「懸る」と心に「掛かる」が掛かっているなんてどうでもいい。早く旅に出たくて仕方がない。わくわくして、もう心ここにあらず、だ。
芭蕉は隠密行動をとる「忍び」だという説もある。何しろ出身地が伊賀上野だ。忍者のふるさとだ。
でも旅行家のイザベラバードとは一味違う観察眼を持った教養人の、趣味人の旅、として見ていいんじゃないのかなと思っている。忍びとして見たからといってこの紀行文の素晴らしさが高まるものでもない。
歌詠みを志し、途中から連歌の宗匠になったけれども古典に残る名所旧跡を一度でいいから見ておきたい、もうとにかく好奇心のみなんだけれども、名所旧跡巡りをしたい。名歌の詠まれた土地に行ってみたい。
このワクワクする感じ。
芭蕉ほどではないけれど修学旅行を経験した人ならみんな知っている感覚です。
バイクツーリングというのは修学旅行と芭蕉の旅の間にあるのかな、と思うことがある。
修学旅行は団体で、乗り物で移動する。
芭蕉の旅は供を一人。自らの足で行く。
修学旅行はお喋りをしたり遊んだりしているうちに目的地に着く。道程はあまり記憶にない。
芭蕉は道程に句の題を見つける徒歩立ち。
「風流の初めや 奥の田植ゑ歌」
バイクは途中の「移り行く景色と空気の真っ只中に身を置く」という楽しみもあるけれど句の題を見つけるには速過ぎる。
バスや電車の窓外に広がる大パノラマは当然ながら立ち止まって満喫できるわけではない。だから気がつけば単調な記憶だけが残る。
バイクは停まれる。でも、停まりたくないのがバイク乗り。
とは言え時にはサイドスタンド出して、写真を撮ったり煙草を喫ったりする。
この感覚は妙なもので、
(停まりたくない。もっと先に行ってから休憩しよう。あ、また良い景色だ。写真撮りたいな。でももう少し先の方がいいかも。あれ?さっきの所の方が良かったな。でも後戻りは嫌だしな。Uターン、下手だからこけるかも知れないし。いいや。もうちょっと先へ)
の繰り返し。
それを無理やり停まって写真を撮る。思い通りのものは、まず撮れない。
で、先へ行けば良かったかと少しばかり後悔しながら出発する。
だのに後で写真を見ると、これが記憶の座標になっている。
その座標はその時の空気や匂いの記憶も持って来る。
車と明らかに違うのは転倒するかもしれないということ。
「そんなの危険なだけじゃないか」という人もある。その通り、と思う。
それでも転倒の危険と背中合わせの「楽しさ」にひたる。
「おかしいよ」と言うのが普通かもしれない。
けれど単独の山歩き(決して山登りではない)をして、足を挫き、歩けなくなって・・・・ということの危険性と比べて、車の通る「道」を走ることの危険性の方が格段に高い、と本当に言えるのだろうか。
無駄を省いたどころか大滝秀治の如くに、とにかく省いて省いて、もう本当にこれっきりというところまで省いて俳句にしたように、その紀行文もただ読んだだけでは意味が通らないくらいに言葉が省かれている。
で、それがまた「味」になる。俳句と同じく言葉を省略することで却って情景に深みが出て来る。
何でも書き上げたものに何度も加筆、訂正、削除を行い、結果あの形の紀行文ができたのだとか。
有名な「奥の細道」だって初めの方くらいだろうか、ちゃんとした文になっているのは。
「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり 舟の上に生涯を浮かべ馬の口とらへて老いを迎ふる者は日々旅にして旅を栖(すみか)とす 古人も多く旅に死せるあり」
「舟の上に~」辺り、既に省略が始まっているけれど大体見当はつく。それが「古人も多く旅に死せるあり」となって来ると怪しくなる。
まあ大体が巻頭の文にいきなり「古人も多く旅に死せるあり」、と「死」の一字を持って来るなんて縁起でもないといった気もするが、これまた計算づくだろう。禅味と言うべきか。
「予もいづれの年よりか片雲の風に誘はれて漂白の思ひやまず 海浜にさすらへ 去年(こぞ)の秋 江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて やや年も暮れ 春立てる霞の空に白河の関越ゑんと~」となると、もう「おいおい」と言うしかない。
一つずつ話を纏めてくれよと言いたくなってくる。
ところがこれ、
「居ても立ってもいられない、とても悠然と構えては、いられないよ」
という気持ちをまあ、見事にあらわしている。
だから続けて
「そぞろ神のものに憑きて心を狂はせ 道祖神の招きにあひて取るもの手につかず」
となると、
「そうだよな。もう、わくわくしてじっとしてられなくなるんだよな。修学旅行の前の晩だよ」
と思わされる。
「股引の破れをつづり 笠の緒付けかへて」すっかり旅支度を整え、
「三里に灸すうるより松島の月まず心にかかりて~」身体のメンテナンスも完璧、と思った時には、もう松島の月が心に「懸って」いる。
月が「懸る」と心に「掛かる」が掛かっているなんてどうでもいい。早く旅に出たくて仕方がない。わくわくして、もう心ここにあらず、だ。
芭蕉は隠密行動をとる「忍び」だという説もある。何しろ出身地が伊賀上野だ。忍者のふるさとだ。
でも旅行家のイザベラバードとは一味違う観察眼を持った教養人の、趣味人の旅、として見ていいんじゃないのかなと思っている。忍びとして見たからといってこの紀行文の素晴らしさが高まるものでもない。
歌詠みを志し、途中から連歌の宗匠になったけれども古典に残る名所旧跡を一度でいいから見ておきたい、もうとにかく好奇心のみなんだけれども、名所旧跡巡りをしたい。名歌の詠まれた土地に行ってみたい。
このワクワクする感じ。
芭蕉ほどではないけれど修学旅行を経験した人ならみんな知っている感覚です。
バイクツーリングというのは修学旅行と芭蕉の旅の間にあるのかな、と思うことがある。
修学旅行は団体で、乗り物で移動する。
芭蕉の旅は供を一人。自らの足で行く。
修学旅行はお喋りをしたり遊んだりしているうちに目的地に着く。道程はあまり記憶にない。
芭蕉は道程に句の題を見つける徒歩立ち。
「風流の初めや 奥の田植ゑ歌」
バイクは途中の「移り行く景色と空気の真っ只中に身を置く」という楽しみもあるけれど句の題を見つけるには速過ぎる。
バスや電車の窓外に広がる大パノラマは当然ながら立ち止まって満喫できるわけではない。だから気がつけば単調な記憶だけが残る。
バイクは停まれる。でも、停まりたくないのがバイク乗り。
とは言え時にはサイドスタンド出して、写真を撮ったり煙草を喫ったりする。
この感覚は妙なもので、
(停まりたくない。もっと先に行ってから休憩しよう。あ、また良い景色だ。写真撮りたいな。でももう少し先の方がいいかも。あれ?さっきの所の方が良かったな。でも後戻りは嫌だしな。Uターン、下手だからこけるかも知れないし。いいや。もうちょっと先へ)
の繰り返し。
それを無理やり停まって写真を撮る。思い通りのものは、まず撮れない。
で、先へ行けば良かったかと少しばかり後悔しながら出発する。
だのに後で写真を見ると、これが記憶の座標になっている。
その座標はその時の空気や匂いの記憶も持って来る。
車と明らかに違うのは転倒するかもしれないということ。
「そんなの危険なだけじゃないか」という人もある。その通り、と思う。
それでも転倒の危険と背中合わせの「楽しさ」にひたる。
「おかしいよ」と言うのが普通かもしれない。
けれど単独の山歩き(決して山登りではない)をして、足を挫き、歩けなくなって・・・・ということの危険性と比べて、車の通る「道」を走ることの危険性の方が格段に高い、と本当に言えるのだろうか。
2011.08/06