酒と葉巻とラーメンの日々 つれづれ日記 

無欲恬淡 酒と葉巻とラーメンを好む出張男の別荘・投資生活の実態をさらけ出します

《桃》久世光彦著の感想

2024-09-14 22:04:49 | 読書
久世光彦の小説集《桃》

《桃》はいつでも強烈に匂って男女の性欲をかき乱します。久世さんの筆は当時既に頂点まで達していて、桃にまつわる短編小説をいくつも作っていたようです。そう、これは随筆でなく小説だから但し短編でロマンなものではありませんが、最上級の表現をとるなら傑作揃いといってよいでしょう。当編では8篇が収められておりますが、全てが怪しい匂い立つものばかりで、そう、しつこいように単語を並べましたが、久世さんにとっての比喩方法とは「匂い」を使うものなのです。

◆目次
・桃色
・むらさきの
・囁きの猫
・尼港の桃(ニコライエフスク)
・同行二人
・いけない指
・響きあう子ら
・桃ーーーお葉の匂い

◆お気に入りは
僕は率直に全てよかったと感じますが、題材から台詞まで最も際立っていたのは「響きあう子ら」かなと思いました。東京市における紺屋(こうや、こんやとも言う)を営む家族の話で、詳細に書くと嫌に感じる向きもあろうからかいつまむと、紺屋は呪われた職業で、家業は代々女が引継いできたものであり、また藍の匂いに狂い淫らに男を求め彷徨うといったところ。

朱子(あきこ)紅子(べにこ)桃子(ももこ)三姉妹は紺屋(藍染師)の三姉妹で家業を手伝いながら育つ。ある日、朱子は17、18歳になると突然失踪する。その後紅子は妊娠する。誰の子かすらわからないと紅子は告白する。母は何も言わずに桃子と家業を続けていたが、以前から母の夜の濫行が町の噂になっている。

桃子8歳のある晩、母がいつものように家を空けた際、町の噂について父に問うた際にこんな答えが返ってきた。
「もうじき帰ってくるさ。そういう約束だもの」

その後、母は脳卒中で倒れ病に伏し、父は看病に勤しんだ。父は紅師でありながら家業には関わらず、普段から存在感が薄い。ある日桃子が看病している際母はこんなことを口にした。
「女に生まれてよかったよ」
「父さんのかわりに良い思いをたくさんした。」
「朱子や紅子やお前を生んだ後、いったい何人の男と寝たかしらねえ」

母がいまわのとき、突然朱子と紅子はそれぞれのお店(郭)から実家に戻り、再び紺屋の家業を始める。(紺屋は代々女が引継ぐものだから)
三姉妹が家業を再開する姿を見ながら母は息を引き取る。

父は奇妙な微笑を目元に浮かべて死んだ母にこう呟く。
「来世も女に生まれておいで」

淫らな話だと思いますし、紺屋がすべてこうとは言いません。久世さんはお気に入りの詩人・北原白秋の「紺屋のおろく」を引っ張ってきて仮説をたてて小説にまで作り込み昇華させたのが本当のところで、紺屋に限らず男女はいろんな人とSEXをたくさんするのが普通で、それが幸せだろうという普遍的な解釈が散りばめられて表現がされています。

最も恐ろしくまた錯乱気味に感じた台詞は桃子の、
「あたしだって仕事が少し暇になったら、お姉ちゃんたちみたいに、みっともなく男に狂ってみせます。──父が笑った。母も嬉しそうに笑った。」
これかなと思います。みなさんどう感じますか。

◆桃についての久世さんの思い
久世さんは小説に限らずいろんな随筆において桃についての解釈をしています。とある随筆では、

アパートに住まうあるラジオの構成作家が隣りに暮らす一家の奥さんを狙って、腐りかけの桃を窓際においていたら、ある日の昼間匂いに惹きつけられた奥さんがアパートを訪ねてきて…なんてのが印象に残っています。

一貫して桃を男女の欲望の象徴として捉え、今回読んだ《桃》は同解釈に則り時空を飛び越えて作品中に発生します。

◆読後に思う
《桃》を読み始めて一週間になりますが、再度読み返したい話が多いです。「同行二人」なんて映画したててもよいくらいの出来っぷりです。ただしあまりに淫らすぎてもしかしたら画面にモザイクが生じる可能性もなきにしもあらずといった具合で…比肩しようないほど創造力に満ち溢れていてまた全てが怪しくまた艶っぽい「匂い」のするものなので、癖になると他の作品が読めなくなってしまいます。扱いには十分注意しましょう。

2024/09/14 21:28 新潟市古町 Pad6