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ほとんどの銀河の中心にある、超巨大ブラックホール周辺の物理構造を解明! X線天文衛星の15年間にわたる観測データを使用

2023年11月22日 | ブラックホール
ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ超巨大ブラックホールが存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ巨大ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在していて、これら超巨大ブラックホールの構造を解明することは、現代天文学の最重要課題の1つになっています。

超巨大ブラックホールへ落下する物質は角運動を持つため、降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤をブラックホールの周囲に作ります。

降着円盤内ではガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ。
この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測されます。

これは活動銀河核と呼ばれる天体現象で、その光は時に銀河の星の光の総量を凌駕するにまで至ります。
さらに、その激しい活動は銀河全体の星形成にも影響を与えると考えられています。

今回の研究では、複雑なX線スペクトル変動(X線のエネルギーの強度分布)を示す活動銀河核である“Mrk 766”の中心構造を解明するため、ヨーロッパとアメリカのX線天文衛星による15年間にわたるアーカイブデータ(※1)を再解析。
※1.衛星による過去に観測したデータ。観測後に一定期間を経るとデータは公開され、誰でもデータを解析できるようになる。
その結果、部分的に視線を覆うことでX線の一部を吸収する物質や、中心からの物質の吹き出しによるX線吸収に加えて、今まで考慮されてこなかったX線散乱成分を考慮することによって、15年間という全観測期間のX線観測データをシンプルなモデルで統一的に説明することに成功しています。

今回の研究結果に加え、2023年9月に打ち上げられたJAXAのX線天文衛星“XRISM”による観測によって、活動銀河核の中心構造の理解が進ことが期待されています。


銀河全体の星形成に影響を与えるアウトフローという現象

活動銀河核の中心から物質が噴き出し(この現象をアウトフローと呼ぶ)、それが広く外側に運ばれることで、銀河全体の星形成に影響を与えると考えられています。

この影響を解明するには、アウトフローの構造や周囲の物理状態を知る必要があります。

そこで、今回の研究では、複雑なX線スペクトルを示すことで知られている“Mrk 766”という活動銀河核のX線観測データを解析。
これにより、アウトフローや中心の物理構造を詳細に調べています。

X線は薄い物質を透過し濃い物質には吸収されるので、活動銀河核中心の高温プラズマ(※2)から発生するX線の吸収を調べることで、周辺構造の推定が可能になります。
※2.ブラックホールの近くにあるX線の放射源。1000万℃以上の高温の物質があると考えられている。
“Mrk 766”からのX線を観測すると、その明るさが時間とともに変化し、アウトフローが起こっていることが分かっています。
でも、15年間という全観測期間で、これらのX線スペクトルを統一的に説明し、中心構造を解明することはできていませんでした。
図1.活動銀河核“Mrk 766”の中心の概略図(Mochizuki et al. 2023, Fig.6)。ブラックホールの周辺物質に、W1からW5までの番号を振っている。ブラックホール周辺の高温プラズマ(Hot corona)から発生したX線が、W3による温かい吸収、W4のアウトフローによる吸収、W1とW2、W5の3重構造による部分吸収、さらにW4のアウトフローによる散乱(水色の線)を受けている。御堂岡氏ら(Midooka et al. 2022)(https://www.isas.jaxa.jp/home/research-portal/gateway/2022/0926/)がNGC5548という超巨大ブラックホールについて作成した図を、2つの天体の違いを考慮して修正されたもの。(Credit: MOCHIZUKI Yuto)
図1.活動銀河核“Mrk 766”の中心の概略図(Mochizuki et al. 2023, Fig.6)。ブラックホールの周辺物質に、W1からW5までの番号を振っている。ブラックホール周辺の高温プラズマ(Hot corona)から発生したX線が、W3による温かい吸収、W4のアウトフローによる吸収、W1とW2、W5の3重構造による部分吸収、さらにW4のアウトフローによる散乱(水色の線)を受けている。御堂岡氏ら(Midooka et al. 2022)(https://www.isas.jaxa.jp/home/research-portal/gateway/2022/0926/)がNGC5548という超巨大ブラックホールについて作成した図を、2つの天体の違いを考慮して修正されたもの。(Credit: MOCHIZUKI Yuto)


アウトフローの構造や周囲の物理状態

この研究では、周辺物質によるX線吸収について、JAXAが保有するスーパーコンピュータ“JSS3”を用いてシミュレーションを実施。
それにより、周辺物質によるX線吸収を記述するモデルを作成しています。

このモデルを観測データに適用し、3種類の吸収体を考慮することで、すべての観測データを説明できることが明らかになりました。

1つ目は、視線の一部を覆うことで部分的にX線を吸収する部分吸収体。
内部に三層構造を持つ部分吸収体が視線上を覆い隠す割合が変化することによって、一見複雑なX線のスペクトル変化が説明できることを発見しました(図1のW1・W2・W5)。

2つ目は、光の速さの約10%の速度(秒速3万キロ)を持った光速のアウトフロー(図1のW4)。
このアウトフローを考慮することで、ドップラー効果(※3)によって波長が短くなった吸収線を説明できました。
※3.光源と観測者の間に相対的な速度があるときに、光のドップラー効果によって観測者の方へ動いている物質からの光は波長が短くなり、遠ざかっている物質の光は波長が長くなる現象。

3つ目は、比較的遠方に存在していると考えられている温かい吸収体(※4)(図1のW3)による吸収です。
※4.温かい吸収体(Warm absorber)は、超巨大ブラックホールから離れた距離にある速度の遅い吸収体。

さらに、“Mrk 766”には幅の広がった鉄の輝線(※5)構造が存在していて、その起源について長年の論争がありました。
※5.輝線は、原子が不安定な状態から安定な状態に戻る時に照射されるX線。
今回の研究で分かったのは、遠方にある中性の物質の散乱による細かい輝線と、降着円盤による広がった輝線に加えて、やや広がった輝線構造が存在していること。
先行研究で行われたアウトフローの輻射流体シミュレーション(※6)と比較してみると、この構造はアウトフローによるX線の散乱成分であることが明らかになりました(図1の水色の線)。
※6.輻射流体シミュレーションは、流れ出る物質が電磁波による輻射によって輸送される物理過程を解明したシミュレーション。
これらのことから、今回の研究では活動銀河核“Mrk 766”の15年間にわたるX線観測データを全て説明できるモデルとして、遠方の散乱体、部分吸収体、降着円盤、アウトフロー、温かい吸収体からなる描像を提案しています。

さらに、アウトフローの噴き出す量、速度、角度について制限することにも成功し、部分吸収体はアウトフロー起源であることが裏付けられました。

この研究で示唆されたアウトフローの散乱成分は、他の活動銀河核でも同様に存在すると考えられます。
なので、幅の広い鉄輝線から推定されていた従来の構造は補正される可能性があります。

さらに、2023年9月に打ち上げられたJAXAのX線天文衛星“XRISM”によって、アウトフローの駆動メカニズムや、アウトフローの内部の状態が解明できれば、活動銀河核の中心構造の理解がさらに進むはずです。


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