ベランダに鉢植えのレモンの木がある。
鉢植えだから、小ぶりなものであるに違いないが、
それでも毎年11月頃になると15個ほど実をつける。
そして、実際に我が家の食卓に味を添えてくれている。
よく、アゲハチョウがやって来る。ごく普通に見かけるナミアゲハだ。
ベランダにはハーブ数種、アルメニア、バラなど花類のほか、
トマト、サラダ菜、オクラ、ニラ、ピーマン、オオバなど実際に食卓に上る野菜類もある。
アゲハチョウは、そんな花や野菜を訪ねて来ているのだ、と思っていた。
ところが、よくよく見ていると、レモンの木ばかりに寄り付いている。
それでも、さして気にもしていなかったのだが、
ある日妻が「あらあら、大変」と声を上げた。
レモンの葉が明らかに何かの虫に食い荒らされていた。
見れば、黒っぽい小さな虫が葉にしがみつくようにしているし、
さらに目を凝らすと間違いなく卵だというものが、あちこちにあった。
こんなことに出会うと、すぐに調べようとするのは癖みたいなもので、
急ぎPCを開いた。
やはり、アゲハチョウの卵と幼虫に違いなかった。
さらに調べると、アゲハチョウは柑橘類の葉に卵を産み付けるとあった。
なぜ、レモンの木だけに寄り付くのか、それで合点がいった。
それに、幼虫は柔らかい新芽を好むのだそうだ。
確かに新芽ばかりが食い荒らされている。
アゲハチョウにすると、種の保存のための懸命な営みではある。
だが、新芽を食べられたのでは、レモンの木が育たない。
「ごめんなさいね」と言いつつ、妻は卵や幼虫を一つずつ
つまんで取り除いていく。
小さいながらも、やはりジレンマである。
しばらくすると、またアゲハチョウがひらひらとやって来た。
また、「ごめんなさいね」と詫びる妻の指先はレモンの香りがした。