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おかげさまで、毎日を元気に楽しく過ごしています。普段の出来事、思いつくことなどフリーの立場で記録したいと思います。

街頭インタビューにしどろもどろ

2016-03-11 15:10:39 | 日記

 今日は3月11日の金曜日。OB会の月1度の碁会が毎月第2金曜日に開かれる。いつものことだが、この日は楽しみでならない。意気揚々と出かけたものの、その成績は散々なものだった。

 東日本大震災が発生したのは5年前の3月11日、この日も第2金曜日、3月の碁会の日だった。家に帰る途中で大地震の発生を知った。急いで家に帰りテレビをつけた。津波の押し寄せる映像が映し出されている。家が流れる。大きな波が田畑を押しつぶして行く。松の木に人が下がっている。目を覆った。この世の出来事とは思えない映像に恐怖が走った。

 警察庁は10日。震災の死者が15,894人、行方不明者は2,561人。避難生活を送る人は今もなお17万人以上を数えると発表した。新聞等を見ると、5年が経過したが復興は遅々として進まぬようである。被災された方々のご苦労がしのばれる。

 地震発生の午後2時46分、サイレンが鳴らされた。家に帰る途中、市役所で用をすまし外へ出た時だった。玄関前で立ち止まり、被災された方々のご冥福をお祈りしようと黙とうした。

 黙とうを終え歩きだそうとした時だった。目の前に大きなカメラが差し出された。「サイレンはおききになりましたか」「何のサイレンかご存知でしたか」「熊本にお住まいのかたですか」次々と質問がとんでくる。街頭インタビューというのだろうか。

 慌ててしまった。とちれてしまい、たくさんの質問に何と答えたかまったく覚えていない。頓珍漢な答えだったろうと思うだけでも冷や汗がでる。どこの放送局だったのだろうか。家に帰っても〝うちの奥さま”にインタビューを受けたこと、恥ずかしくて話せない。

 夜のニュースを見ていた奥さまが「あら、パパが出た」と頓狂な声をあげた。わずか数秒だが私が映った。これは今年2回目。その後で帽子のかぶり方が悪いと奥さまから注意があった。

 お正月の初詣はお城の中の加藤神社だったが、ここで最初のインタビューを受けた。里帰りしていた孫と一緒だったから、その時は無難に落ち着いて応じることができた。1月7日の放送だったが、チョットだけ画面に登場した。

 今年80を超えたが、街頭でのインタビューを受けたのはこの2回だけ。「2度あることは3度」という、冥土の土産ではあるまいが、今年中に3度目のインタビューを受けるかもわからない。

 期待しながら?楽しみにしておこう!