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【人として尊敬する沢田研二さんの50周年】

2017年07月17日 | JULIE

こそっと貼り付けます。元ジュリーのスタッフさんのfacebookより

【人として尊敬する沢田研二さんの50周年】

このニュースを見たので、書きます。

アーティストと呼ばれようが、
流行歌手と呼ばれようが、
彼はデビュー以降の50年間、我が道を貫いて来たと、
一時期 彼の現場スタッフとして参加の僕は、思う。

僕を含め、彼を担当のあらゆるスタッフが、
彼に尊敬の念を、いまだ抱いている。

スタッフであれば、多くのコンサートには、招待を
いただけるが、彼のコンサートは、基本的には、
招待はない。見たければ、たとえ数年間も彼の
スタッフであった者であっても、自分でチケットを買って
見に行く。

これは、一見、冷たそうに見えるが、
このマネージメントの姿勢は、彼の姿勢だと、僕は思う。
彼は、依然「昔はいらない人」なのだと、僕は思う。

僕が渡辺プロ新入社員で入った時、1971年に、
日劇で見た沢田研二さんが歌う姿の美しさに感動した。

彼の存在は「鋭利な刃物」であり、あらゆるスタッフは、
絶えず、緊張していた。

僕が、沢田さんのライブを見たのは、国際フォーラムでの
タイガース再結成の時、木の実ナナさんがチケットを
買ってくれ、同行した。

これは、タイガースの育ての親のマネージャー、
「タイガースの6人目のメンバー」と言われた、
我が師、故中井國ニさんの追悼のためでもあった。

注ー中井國ニさんは、晩年 都内に出かけるのは、
木の実ナナの誕生会だけだったと、故人の奥様より
お聞きした。

沢田研二さんは、2008年に憲法第9条擁護の自作の歌、
「我が窮状」と言う脱原発を訴えるCDを発売。
山本太郎の荻窪駅前での集会にも参加し、脱原発を
メッセージした。2012年のこと。

僕は、荻窪の駅前で、遠くからではあるが、彼の声、
彼のメッセージを聞いた。
多くの彼のファンが、彼の退場と同時に、集会から、強引に
去って行くので、狭い駅前会場の道路側まで、
集会参加者が溢れ、危険になったので、僕は、久しぶり、
現場スタッフに戻って、混乱する会場と道路の警備、
ケアーをした。

「人として尊敬出来る沢田研二」には、昔のスタッフの
僕は、依然として、彼からは、見えないながら、
スタッフとして行動する。

僕以外にも、そういう多くの「見えないスタッフ」が、
沢田研二さんを、見守っていると思う。

多くの彼に関わったスタッフが、誇りに思う沢田研二は、
音楽を超えて、偉大だと、僕は思う。

 
歌手の沢田研二(69)が16日、東京・渋谷のNHKホールでデビュー50周年記念ツアーをスタートさせた。…
HOCHI.CO.JP
 
 
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「5時に夢中」で報知新聞の記事が紹介されました。

2017年07月17日 | ライブ・公演・舞台

 

先ほど、「5時に夢中」でジュリーのコンサートの報知新聞の記事が紹介されました。マツコさんの「逆にカッコイイ。自然体でやれているのは、ある意味自信がないとやれないよね。」という、コメントが大変嬉しかったのでご紹介します。実に当たり前のことなんですけど、こういうコメントこそ、ヤフーニュースに上げて欲しいです!

50周年コンサートの記事が読まれて、丸坊主頭のジュリーの写真を前に「親戚の子」というジュリーの自虐コメントに、どう思いますか?とコメントを求められたマツコさんが、

『逆にカッコイイと思うけどね。いつになっても過去の自分に蝕まれ、苛まされ、そこに縋らなければいけないよりも、どんな姿になっても自分の歌を歌えばお客さんが来て、というのを自然体でやれているというのは、ある意味 自信がなければできないよね。 カッコイイけどストイックに自分のイメージを守り続けるのは、それを最後までやり続けるのは、その人を考えるとメチャムチャ辛くない?体型や顔、若さに縛りつけながら生きていくのは。』

MCふかわさんが、『(若く無理しなくても)大丈夫よと言ってあげたい人はいますか?』の問いに

マツコさんは隣のコメンテーターと顔を見合わせて、指を差しながら 暫し意味深な無言状態が続く・・

ふかわさんが、笑いながらこの話題を締めました。

 


超プチジュリーです。

フジテレビONEのナインティナインの番組で「ハゲと出っ歯のぶらり旅 近くへ行きたい~中目黒~」で、帽子屋さんで色々帽子をかぶり、ポーズをとるナインティナインの出っ歯の扮装の矢部。帽子を被って ジュリーっぽい!と喜んでいました・・・

お粗末様でした・・ m(__)m

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NHKホール

2017年07月17日 | ライブ・公演・舞台

 

オレンジさんに詳しく昨日のコメントをいただきました。どうも有難うございます(^o^)丿

『途中で何曲歌ったでしょう⁉️って。

24曲だけど25曲歌いました。何故でしょうか⁉️一曲目はオマケだと言ってましたので、51曲歌った事になるのかな⁉️
まだ、興奮が収まらなく 何から書いていいのか整理がつきません。
開演前会場には、タイガース〜の歌が流れていました。
若い透き通ったジュリーの声が耳に心地よく聞こえて来ました。生で聴きたかった「風は知らない」も流れ あ〜〜歌わないんだなって思い、ちょっとがっかり。
ネタバラシになりますが、明日になればきっとあちらこちらのブログにアップされると思いますので、少しだけ😅
開演ブザーとともに幕が下がりました⁉️そこには、子どもの頃から現在までのジュリー様が、最新の映像技術を駆使して映しだされました💕✨
そして、1曲目は「今夜はあなたにワインをふりかけ」でした🎶声も良く出ていて良かったです。次々に歌われるヒット曲の数々。「巴里にひとり」もフランス語で歌ってくれました。そして、いつものアンコールの時には、ジュリワンの「渚でシャララ」がやはり映像で流れました。ジュリーが編集したとか。とても面白く編集されていました🤗
ラストの曲は予想外の曲でした。でも、それは今回のコンサートにとっては最良の曲だと思いました。「いくつかの場面」です。
やっぱり、ワンコーラスでは物足りない。フルで聴きたい。でも、50曲を歌うジュリーの身になれば大変な事。後65公演を元気に乗り切って貰う事を考えないとね。
会場にライトがついてからもアンコールの声が中々止みませんでした。
まとまりのない文章で失礼しました。
今度は、大宮に参戦します。』

オレンジさん、どうも有難うございますm(__)m 大宮もご感想をいただけると、大変嬉しいです



私も初日のNHKに行ってきました。夜行バスで朝の6時に神戸に着き、ただ今家に帰りました。

さんごさん作のワッペンを付けて左はきんぴらさん。私は日焼けしているな~

ジュリーはほんとに遠目からでも素敵でした。昔のスタイルに戻った?!と思ったくらい。本当です!ジュリーのいう自分らしくない趣向とは、子供時代から今までの歴史を辿る映像が流された事です。 それは派手に見栄えよく画像を加工することもなく ただシンプルに画像や映像が流れるのですが、あれ?と思うような加工した箇所があり、それはジュリーのMCで謎があかされました。やっぱりね~ 

「自分らしくない」のは、画像が流れた事というよりも、「ジュリー自身が編集した画像」を流すことが自分らしくない、やりそうにもない、という所でしょうね~ でも「ジュリー自身が編集」、という事は、選ばれた画像にはジュリーの思い入れがひとしおという事ですから、見せられるファンは、尚いっそう嬉しいです

声は、始めのほうは少しガラっとした感じはしましたが、ジュリーは足取りも軽く、ジャンプジャンプ! 軽やかな横走りには、今の年齢を全く感じられませんでした。

私の席は二階の後方でしたが、ジュリーと一緒にフリをして ジュリーと一緒に歌って、ジュリーと歩いてきた50年間をともに振り返ってきました。意外にも自分の中では湿っぽさなど無く、映像も笑って見られましたが、最後の「いくつかの場面」では さすがにグっと胸にこみ上げるものがあり、ジュリーの心境を思えば涙が滲みました。

 


仕事に出る前にMCを簡単に。ジュリーは当然ですが場所柄、東京弁なので関西人の私には ちょっと違和感・・メモなので決して正確ではありません。


MC(映像の事を)あれは私じゃない、親戚の子です。またこんな いっぱいのお客さんの前でやれることが嬉しい、69歳です。皆さんはおいくつですか?この幸せを噛みしめながら勤めたいです。

(何曲か歌い終わって)今は何曲目?ひとつおまけがあって25曲。(髪に手をやって)髪が伸びない。ずっとこのまま全国を行脚するわけです。前髪がとくにのびないんです。(無い前髪をかきあげる)

見た?さっきの親戚の子たち(笑) ツヤツヤ!今は幸せな気分です。手と手を合わせてシアワセ~ 昔から額にシワが3本ありましたが、写真には編集者が気を遣って見えないようにしてくれていました。今はシワが4本です。 はよやって 終わろう。


あと10曲、先は短い、あ~いやだ。50曲をワンフレーズだけだと、有難う!サンキュー!ばかり。どれだけ拍手してるね。ご免ね。50曲もやったら 殆どが売れていない曲なんだ、それでもやろうと思ったの。手と手を合わせてシアワセ

オイモちゃん、ちゃんイーモ わかった人だけね。 ※(オイモちゃん、ちゃんイーモ 私わかりま~す!自慢! 久世さんの音楽劇のヒロインの台詞にありました。ヒロインが或る男の名前を「チャンイーモ、おいもちゃんと言うのよ」・・・あまりにしょうもない台詞・・と、その時に思ったので記憶に残ってしまいました(笑) 後で、チャン・イーモーという 同名の有名な中国人監督がいると知りましたが、チャンイーモと関係あるのか無いのかは 故人の久世さんに聞かないとわかりません)


※アンコール前のMC

(アンコール前に流れた、ジュリーwithワイルドワンズの映像、「渚でシャララ」を歌い踊るジュリーの顔はいまよりも ずっと丸かった。加瀬さんと二人並んだ画像には、大きな歓声があがりました) 笑わしちゃったな、ワイルドワンズのメンバーに手を加えています。私がみんな編集しました。

※(何か所々映像が変?というか、素人っぽかった原因はそれか!(笑)

いかんせんシロートなんですが、いや面白かった!大悪名も50周年のライブも1000円増になりまして、惜しげもなく来ていただいて有難うございます。来年は1000円上げさせていただきます。嘘やがな!(笑)つつがなく50曲歌いましたが、ワンコーラスだけやん。やるといったらやる!きっと皆さんに喜んでいただけると思います。

1967年に「僕のマリー」でデビューしましたが、これからも私の歌手人生は続くわけで、皆さん元気にして下さいね。ライブに若い人が来るはずがない、信じられない!TVの見過ぎで変な物を取り過ぎないようにして下さい。これからはルックスじゃないんです!中身は別として、ルックスじゃない! 痩せて拒食症になってシア(皺)ワセだらけになったら良くないです。

※ここでメンバー紹介

下山淳は辞めましたが、依知川l君が来てくれました。ずっとこのメンバーでやります。(初めて、辞めた下山さんの事を口にしました)


アンコールのあと、フンと横を向いていつものように舞台を去ったツンデレジュリー、舞台袖で笑顔で手を振り幕に入りました。その後ジュリーの再登場を願って、熱いファンの拍手が鳴りやみませんでした。私も根気よく拍手を続けたのですが・・・いつまでも帰らない観客に業を煮やしたのか、係り員の終わりました!の大声のアピールで、仕方なく諦めました。

こうしてジュリーとファンの熱い渋谷の夜は終わりました。

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