異変三
「全員??」 「否、全員なのか?」
八之進は改めて各戸の様子を調べる必要を感じた。と、云うのも死骸の中に子供の遺体が無かった事に気がついたためである。 小規模な集落とは云え、子供が一人も居ないはずが無いのである。
三軒目を覗いた時である、薄暗がりの土間の片隅に、息の気配を感じたのは。
傍らの亡骸に注意しながら水瓶の背に潜む少年を、抱きかかえた八之進であった。
恐怖に引き攣るような、しかし確かに挑戦的な目を向けている少年であった。
恐怖と極度の緊張の中で耐えていたのであろう、少年はぶるぶるっと身を震わせるなり、八之進の腕の中で気を失ってしまった。
冷たい少年の体を抱えて、八之進は昨晩一夜を過ごした入り江の向こうの岩場に在る洞穴に移動した。
焚き火の暖もりと、竹筒の水で一旦は目を覚ました少年であったが、八之進の落ち着いた目と敵意の無い振る舞いに安心したのか、また、直ぐ軽い寝息をたてた。
再び目を覚ましたのは小半時も過ぎた頃だろうか。
八之進が集落の様子を見守り変化の無いのを見届けて、洞穴に戻った気配を感じたのだろう。
少年の名前は平太といい、歳は九歳、父母と姉との四人で暮らしているそうである。惨劇の様子を一部始終見ていたものらしく、恐怖と両親を亡くした実感に暫く泣きじゃくっていたが、八之進が差し出した暖かい白粥に、子供らしく元気を取り戻していた。
平太は、この朝何時ものように、漁に出かける仕度のざわめきと、寝床の心地よい温もりの中ででまどろんでいた。
突然板戸を蹴破り飛び込んできた男達に土間に据えられ、何かを大声で詰問され、二言三言答えた父親に向かって刀を振り上げるのを夢でも見ているように、思い出すのであった。
とっさに母親が土間の水瓶の隅に押し込んでくれたのが、幸いして彼らの探索から逃れた平太であった。
それから、一刻程で迎えた朝日の中で、両親の惨状を目の当たりに、じっと耐えていたものであった。
「平太、お姉ちゃんはどうしたのだ?」
「姉ちゃんは、枚方の伯父ちゃんの家に往ってる。
お土産持って帰ってくると、言ってたんだ!」子供らしく思い出した姉の事を話すの聞きながら、八之進は鸚鵡返しに平太に話していた。
「平太、良く聞け、お姉ちゃんが危ない、」
「帰ってくる前に、お姉ちゃんにこのことを報せないとお姉ちゃんもお父達と同じ目に会うぞ」
今日にも舟で帰るという平太の話を聞き、人影に注意しながら岬の高台で様子を見ることにした。