単細胞生物は、細胞分裂を永遠に繰り返します。
そして、自分をコピーしながら永遠に生き続けます。物理的事故でもない限り。
だから、単細胞生物は、永遠の命をもっているといえるのです。
しかし、大きな環境の変化が起こると、この種が全滅しまう恐れがある。
単細胞生物の弱点は、環境の変化に応じて、自分自身を変えられないことです。
そこで、単細胞生物は、変化に対応できるシステム編み出しました。
それが、性です。
オスとメスが交配し、遺伝子を組み替え、個体が少し変化します。
自分の遺伝子は半分しか残せませんが、少しずつ環境に適応していく道を選んだわけです。
この環境に適応していくことを、進化といいます。
だから、恋愛しセックスを求めることが、遺伝子の中に組み込まれているわけです。
遺伝子を交換することで、新しいものを作り出していく。
恋愛は遺伝子によるプログラムです。
人は人を好きになることを避けられません。
ただ、新しいものを生み出した結果、古いものは消えていかなければならない運命になった。
これが死です。
人間の細胞の中には、アポトーシスという細胞の自殺というプログラムが内蔵されています。
また、細胞の中にはその分裂の回数を決めるテロメアという命の回数券があります。
僕たちは、愛を手に入れたと同時に、死も与えられたわけです。
カラマーゾフの兄弟のエピグラフに聖書の言葉が添えられています。
「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただの一粒の麦のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」
ヨハネによる福音書第12章24節
これはキリストの自己犠牲のことを言っているのだと思います。
キリストは、十字架にかけられる前夜、自分を一粒の麦にたとえ、自分が死ぬことの意味を、弟子たちに託しました。
そして、彼の死によって、その教えが今も生き続けることになったのです。
しかし、これは僕たち一人一人にも言えることです。
人生を全うし、次の世代にバトンタッチすることで、命を繋いでいくのですね。
そして、僕たちのために、死んでくれた過去の先祖を大切に思うこと。
それが、僕たち日本人の信仰なのです。