フリードリヒの日記

日常の出来事を、やさしい気持ちで書いていきたい

三条のおじちゃんのこと

2020年09月04日 07時00分00秒 | 日々の出来事・雑記

新潟三条市で40℃超えたそうですね。9月の国内記録を更新したとか。

三条市は、母方の実家のあるところです。

実家は、本成寺というそこそこ有名なお寺の近くにあります。

祖母は何年か前に亡くなりました。

家を継いでいた叔父(母の弟)も、祖母が死んだちょうど一年後の同じ日に亡くなりました。

奇遇ですよね。表向きは二人は仲が悪いように見えました。

しかし、本当はマザコンだったんじゃないかというのが僕の推測です。基本、男はマザコンですから。


僕は両親が死んで、父親の実家に育てられました。

しかし、夏休みの期間だけ、三条の祖母の家に預けられました。

僕は叔父のことを、おじちゃんと呼んでいました。

イケメンでスポーツもできて、頭がよく、ホント憧れの存在でした。

将棋もおじちゃんに教わった。

僕が将棋に対して、特別な思いがあるのも、おじちゃんと将棋を指した思い出を大切にしているからかも知れません。

おじちゃんには一回も将棋で勝てませんでした。

「死ぬ前に負かしてやりたかったな」と奥さんに言ったら、「だから、たまに遊びに来なさいと言ったのよ」と言われてしまいました。


ある夏の夜のことでした。

三条の家に泊まっていた僕は、なかなか寝付けませんでした。

夜遅くに仕事から帰ってきたおじちゃんが酔っ払っていて、僕の寝ている横にゴロンと寝転がってきました。

おじちゃんは泣いていました。

「何で泣いてるの?」と僕は聞きました。

「オレも父親が早く死んでるから、お前の気持ちがわかるよ」と言いました。

僕は生意気だったから「同情されるの嫌だ」と言い返しました。

「お前はオレにそっくりだ。オレも同情されるのは嫌いだったから。でもオレが泣くのはいいんだ」おじちゃんはそう言いました。

酒臭かったけど、おじちゃんの目に涙が浮かんでいました。

涙でクシャクシャになった顔は慈悲深く、愛情に満ちた優しい顔でした。

そのとき僕は泣きそうになっていましたが、意地になって涙をこらえていました。

泣いたら負けだと思っていたのです。なぜだろう?理由はわかりません。

でもこんな感じで人のためにボロボロ泣ける人間になろうと思いました。

そうなれてるかな。おじちゃんのおかげで優しい人にはなったかもね。

おじちゃんの魂は僕がちゃんと受け継いでるからね。

おじちゃんありがとう。

ただ、お酒が大好きで体を壊し、ボロボロになっていく姿を見て、僕はしばし言葉を失いました。

そんな姿を見たくなくて、会いに行かなくなりました。

僕がまったく酒を飲まないのは、大好きだったおじちゃんをボロボロにした酒を恨んでいるからかも知れません。

でも、今日は40℃超えの暑さだったから、天国で大好きなビールを沢山飲んでるね。

僕もそのうちそっちに行くから、将棋をたくさん指そうね。

今度は負けないよ。

コメント
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