広島のパン屋ドリアンの店主、田村陽至さんの著書。ドリアンは、大きなパンを薪窯で焼いているパン屋さんです。本書は、パン屋の三代目である彼がたどり着いた、パンとパン屋の形をつづったものです。
「はじめに」を読めば、本書で彼の言いたいことがほぼわかります。
「社会から「ありがとう」と言ってもらえる仕事をして、しっかりお金も儲かって、かといって長時間労働せず、ほどほどに働いて、時間にゆとりがあって長期休暇もとれる。そのような働き方が理想なのかもしれません」
彼はヨーロッパ諸国のパン屋で働いたり、一般の人たちの家に泊まったりして、パンを通じて幸せになる働き方を調べて回りました。その後帰国して、これまでのパン屋とは違うかたちのパン屋をはじめました。
どこが違うかというと、「徹底的に手を抜く」ということ。20種類ほどあったパンの種類を4種類に減らし、しかもいずれも500gから1キロの大きなパン。具なし。代わりに、材料は有機無農薬国産の小麦粉を使い、自家製のルヴァン種で発酵させて、窯は石窯に変えました。
こうすることで、焼く量はこれまでと変わらないのに、従業員が不要になり、店番の妻が一人いればやって行けるようになりました。人件費や具材の節約ができるので、これまでの小麦粉の2倍もする小麦粉を使っても売値を抑えることができる。大きいので、一見すると高いようにみえますが、彼によれば「グラム単価でみれば、スーパーで売っているバケットと同じ値段」なのだそうです。
これは、ヨーロッパのやり方を真似ただけ、と彼はいいます。「ヨーロッパでは、パン屋もほかの商売も、会社も、はては公務員や政治家まで、こんな感じの「素敵な手抜き」の良いループを描いているのです」「「手を抜くことによって質を向上させている」からです」
近頃のパンブームで、テレビでは目新しいパンをいろいろ紹介しています。本書を読むと、だいぶ前から、まるでファッションのように、パン業界では「今はこれがはやる!」といった調子で目新しいパンが次々に登場し、パン屋はその「流行」に追われるようにして品数を増やし、挙句の果て過重労働にならざる得ないのだそうです。そういう状況からすっぱり縁を切った彼。縁を切って舵を切り替えたからこそ、今や年商2500万円のパン屋になった、ということです。
共感する点や勉強になることがいくつもありました。なかでも、私が知らなかったのは、ヨーロッパのもともとのパンは酵母菌ではなく乳酸菌発酵だということ。
タンパク質であるグルテンは乳酸菌によって分解されるけれど、酵母菌は分解しない、というのです。つまり、昔から小麦を食べていたヨーロッパの人たちは、からだによくないグルテンを徹底的に乳酸菌で分解することを体験的に学び、パン作りを進化させていった、というわけです。
「昔ながらのパン作りは、乳酸菌が主役の発酵。そんなパンは食べても消化不良を起こしにくいのです」
彼が作るルヴァン種は、酸っぱいパン種。「乳酸菌が増殖している」からです。乳酸菌と酵母菌が程よく合体したのがルヴァン種だそう。これまでわたしは、単に小麦やライ麦から起こした種、という認識しかありませんでしたが、そもそもの菌が違うとはおどろき。
とはいえ、ルヴァン種は自家製のフルーツ酵母よりさらに手間がいりそう。でも、ネットで検索してみたら、私が使っているホシノ酵母とヨーグルトと小麦粉で、普通より簡単にこの種ができる方法が載っていました。名付けて「ホシノルヴァン」。本物には程遠いかもしれませんが、まずはこの冬、ホシノルヴァンを作って、パンを焼いてみたいな、と思いはじめました。
ところで、たまたまこの本を読み始めたころに、前から頼んでいたドリアンのパンが届きました。二回目の注文です。大きなパンが、ビニール袋にどさっと入っているだけ。おしゃれなシールも、しおりもリボンも何もありません。あるのは、納品書と原材料表示とパンの食べ方と、毎月書いているらしい彼のエッセイ。
今回は、冬だけ製造するパンデピスを食べたくて、友人たちと共同購入しました。パンデピスはバターをつかわず、スパイスと蜂蜜と黒糖の入ったしっとりしたケーキ。ヨーロッパのパン屋で学んだパンデピスだそうです。本物を食べたことのないまま、米粉とみりんでパンデピス風のケーキをつくっているので、勉強にと思って取り寄せました。
ほかのパンはどれも、じわじわと味わい深いものばかり。ルヴァン種発酵独特の酸っぱさが特長です。バターやチーズと食べると、おいしさ倍増。賞味期限は一週間と長めです。大雪注意報が出ているいま、ちょうどよい食料となりました。
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