岸和田のだんじりと聞くたびに、思い浮かぶ情景がありました。
――入門したての落語家が、厳しい師匠にこてんぱんに叱られ、
おとうと弟子にも先をいかれ、情けない思いで地元の岸和田に帰り、深夜の駅に降り立つ。
今日は、だんじり祭り。
「日曜もないし、盆も正月もなかったら、…祭りもないわなぁ」
母の声を思い出す。
生まれて初めて祭りに出なかった、と思う。
ひと気のない道路。
路面に残る何本もの筋は、やりまわしの車の跡。
電信柱の下には、はじけ飛んだ、車輪(コマ)のかけら。
その残片を拾い上げる。
「ポロポロと、はかなく指先からこぼれ落ちた。
僅かに残ったそれを鼻先に近づけた。
だんじりの匂いがした。
角を曲がる時の、早打ちの鐘と太鼓が聞こえた様な気がした。
それを口に含んで歩き出した。
汚いとは思わなかった。」
(笑福亭松枝 『ためいき坂 くちぶえ坂』より)
その岸和田だんじり祭り、地車曳行(じぐるまえいこう)を、初めて目にしました。
観覧席の目の前に次々とやってくるのは、各町ごとの半被をまとった百人以上の男衆。
曳いているのは四トンもあるというだんじり。
総檜づくりで細かな掘りがほどこされ、それ自体が精巧な美術品です。
観覧席前で、少しの小休止。
息を整え、呼吸をあわせ、笛の合図で綱を持っていっせいに走り出し、
直角の狭い道を全速力で曲がるのです。
だんじりの屋根の上に立つことを許されるのは、ただひとりの花形若衆。
歌舞伎の見得の姿勢で風に立ち向かい、曲がりきったとみるや、屋根の上を右に左に飛び交う。
――勇壮な「やりまわし」です。
急カーブを見事に廻り、拍手がわきあがることもあれば、
曲がりきれずフェンスを押し倒して失速することもある。
事故も数えきれないほどあった祭りです。
祈るような思いで二十余りの町の「やりまわし」を見ながら納得しました。
これなら道路は筋だらけになるだろう、
電信柱にかすった地車や、車輪のかけらも落ちているだろう、
そして岸和田に生まれた男児ならば、祭りに出ない年なんてないだろう…。
だんじりから一夜明けた今日。
一年一度の賑わいが去ってひっそりした路上を、
何か思いを抱えて歩く青年がいるのかもしれません。
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