ATSUー歴女(おばさん?)のひとりごとー

見たこと・聞いたこと・ちょっと調べたこと,気ままに「My 日記」として書いています。

兵庫県立歴史博物館:特別展「ひょうごと秀吉」始まりました!

2017-10-07 14:04:05 | 日記 テレビ
「秀吉が茶々に宛てた書状発見」(カテゴリーは「古文書」です。)
のところでも書きましたが,

今日,兵庫県立歴史博物館で,特別展「ひょうごと秀吉」が始まりました!
(~11月26日)

開会式に初めて参加してきました。
(来賓・友の会会員のみ・・・と思います。)

館長さんのお話では,
秀吉は,天正5年(1577年)10月,播磨平定のため,播磨に入ります。
そこから大坂に移るまで,「播磨時代」です。
秀吉はアバウトなものに数字を持ち込みました。・・・などなど

神戸新聞社など挨拶があって,
来賓紹介があって,
テープカット!
と思いきや,
マスコミ向けのテープカットのポーズの写真撮影があって,
今度こそテープカット!

そのあと,今回の調査・展示をした前田学芸員の説明を
展示を見ながら聞きました。

前田先生,実は,昨日もテレビで見ました。
たぶん,近畿だけのローカルニュース(NHK)だと思います。

秀吉が姫路城主だったころ,地位の低い家臣に与える給与について記した自筆文書が
熊本県のある民家にあり,
以前の秀吉が茶々に宛てた書状のニュースを見た持ち主が
「是非とも役立ててほしい」と歴博に依頼したそうです。


今回の展示の
1番が秀吉が茶々に宛てた書状
2番がこの小出秀政に宛てた「切符」といわれる文書でした。
そして,
5番目「豊国大明神」の秀吉像の上に書かれた文には,
「秀頼書」と幼い字,豊臣秀頼の自筆文字に
その横に,「つゆとおち・・・」と辞世の句の草稿と思われる句が一つ,
これは秀吉自筆だそうです。

秀吉関連の文書は7000ほどあるそうですが,
ふつうは,祐筆が書き,花押またはハンコ(朱印)のみ秀吉です。
秀吉自筆は,100通ぐらいだそうですが,
今回,自筆が5点(?)かな?


でも,今回の展示は古文書が多く,
あるボランティアさんは「ちょっと難しくてとっつきにくいのではないか。」
と言っていました。
でも,前田先生の丁寧な解説文がついています。

私が,「おお~!」と思ったのは,
太閤検地直前の淡路の状況と
太閤検地後の淡路です。
太閤検地前に千石氏が秀吉の家来の脇坂氏に提出した指出寄帳では,
淡路は1万2千6百石。
しかし,太閤検地を脇坂氏が行うと,
淡路半分の段階で3万石。
これって,指出と太閤検地の違いを見事に表していると思うのです。

このほか,最後に展示されている龍野神社の古文書
これについては,
秀吉の手紙 その2特別展「秀吉からのたより」(2016・3.11「日記」)
に書いています。


先生の解説は約1時間半。
そんなに時間がたっているとは思いませんでした。

人が多すぎて,ゆっくり見ることができなかったので,
(解説はしっかり聞きました。)
また別の日に,じっくり見ようと思います。

ん~!しあわせ!



コメント (3)
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