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NJWindow(J)



私の立場は懐疑的ないし否定的である。

日本語聖書といえば、現在手にしているものから遡っていけば、
末日聖徒にとっては昭和の「口語訳」(1954, 1955)であり、その
前は大正訳(1917)、更に1879, 1887年の「明治訳」にたどりつき、
その前は先行するヘボン、ブラウン、ベッテルハイムらによる部
分訳となる。そして最初のまとまった日本語訳聖書であるギュツ
ラフの「約翰福音之伝」にたどり着く。

これを逆に古い方からドイツ語の影響があるかどうか検証してみ
たい。まずギュツラフ(Karl A Gutlaff)はドイツプロイセン生ま
れで母語はドイツ語であり、ドイツの神学校に学んでいる。その
後オランダ伝道会をへてロンドン宣教会に入りマカオを拠点とし
て働くうち、日本からの漂流民の協力を得て1837年最初の邦訳聖
書『約翰福音之伝』をシンガポールで出版している。従ってドイ
ツ語訳聖書が影響している可能性が十分考えられる。

しかし、当時英国商務庁の通訳官を務めていた彼は語学に堪能で
あったと伝えられ、モリソン(Robert Morrison)に強く影響を受け
て聖書の外国語翻訳に興味を抱くにいたっている。そしてギュツ
ラフが日本語訳に際して参考にしたのは、モリソンの訳した中国
語聖書であった、とみられている(鈴木範久 2006)。

この後1855年英国人ベッテルハイムが那覇で新約の一部を琉球語
に訳し、米国人ヘボン、ブラウンが1872年マルコ、ヨハネ、1873
年マタイによる福音書を翻訳している。これは日本語教師の協力
を得てギリシャ語聖書から翻訳したものであった(同上)。

この後、明治訳以降今日の日本語聖書につながっていくのである
が、ギュツラフの邦訳以来中国語訳聖書の影響が大変大きかった
ことに注目しなければならない。これは漢訳聖書の目次を人目見
ただけで一目瞭然である。創世記、民数記、申命記など書名から
新約のマタイ、ルカなど人名にいたるまで多くが中国語訳を踏襲
している。また、神、愛、聖書など主なキリスト教用語の6割以
上が中国語から来ている(同上)。

明治訳はヘボン、ブラウンなどが日本人の協力を得て、本文をテ
キストゥス・レセプトゥスに欽定訳、漢訳聖書を参考に文語訳を
刊行したものである。そして大正訳は新約はネストレ版を元に
「改正英訳聖書」(Revised Version)を参考に改訂を行ったもの
である。そして口語訳はネストレ版(新約)、キッテルの本文(旧
約)を底本にRSVを参考にして出されている。以上、元から今日に
いたるまで概観したのであるが、ドイツ語訳聖書が影響した記録、
言及はなくその痕跡は見られない、と言うことができるであろう。

なお明治訳の訳語をめぐって翻訳委員の間で意見が分かれ議論が
たたかわされたことが記録に残っている。「耶蘇」対「イエス」、
「いつくしみ」対「愛」、「洗礼」対「バプテスマ」などである
が、最後の「洗礼」には水を少しつけるだけの意味にもなるとい
うので反対の声があがり、バプテスマに落ち着いた経緯がある。
(モリソンもギュツラフも中国語訳では「洗礼」を当てていた。)
この時の議論はN.ブラウン、ヘボンら英米の宣教師たちの間でな
されたものでこの訳語にドイツ語聖書の影響は考えにくい。(鈴
木 ‘06)

ジョセフ・スミスが固有名詞の点でドイツ語聖書の方が正確なと
ころがある、と新約のヤコブの例をあげている。英語でJacob/
Jamesとなっているがドイツ語ではギリシャ語と同じく[ヤーコブ]
となっているからである。しかし、これはその影響で漢訳や邦訳
がヤコブとなったのではなく、ドイツ語とともにそれぞれがギリ
シャ語の音価から来ていると考えなければならない。このことを
もってドイツ語訳の影響が邦訳に及んでいるとするのであれば見
当違いというほかない。


参考文献 
鈴木範久「聖書の日本語」岩波書店 2006年
田川建三「斐文会講座」資料(1)1979年秋 1979/10/15
藤原藤男「聖書の和訳と文体論」キリスト新聞社 1974年
矢崎健一「中国語聖書翻訳小史」(聖書翻訳研究 No.4, March 1972)

Joseph Fielding Smith, "Teachings of the Prophet Joseph Smith." p. 349

当ブログ前回の書き込み 2006/10/08 「邦訳聖書はドイツ語から?
 (神話)」http://blog.goo.ne.jp/numano_2004/e/f90706d08a44487bf2c6b9ba88252d35



コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )



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コメント
 
 
 
教会は聖書の歴史をなぜ教えない? (ワサッチ(ティンダルとルター))
2009-01-29 12:34:42
英訳聖書の源流であるティンダルの英訳聖書がルター訳に大きく負っていると田川氏が「書物としての新約聖書」で語っています。

口語訳はRSVを参考にしてますので間接的に影響を受けていると言えるかもしれません。

でも影響って具体的に何を言うのでしょうね?

何であれモルモンの公認聖書の欽定訳は名訳であっても正確さにおいては口語訳の方が優れているんだよって教会では吹聴してます。

とはいえ末日聖典(英文)の参照聖句って良くできいると最近関心しています。誰が監修したのでしょう?
 
 
 
2節追加しました (NJWindow)
2009-02-01 00:26:20
>ティンダルの英訳聖書がルター訳に負っている

情報をありがとうございます。

聖書翻訳における影響は、本文(text)、文体、訳語などから礼拝用/大衆向けなど方針に至るまで多岐にわたると思います。

記事に2節追加しました。訳語と固有名詞の発音の問題です。
 
 
 
解釈も (沼野治郎)
2014-01-14 09:28:00
翻訳上の影響と言う点では「解釈」も入りますね。数日前、アメリカ人と結婚した人からまたドイツ語訳聖書の影響と言う言葉を聞きました。小生の文、英訳して発表しなければ、と痛感しています。日本に関心を持つアメリカ人のldsの間に根強く存在する説のようです。嗚呼!
 
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