昔の書類を探していて、1980年に田川建三の「イエスという男」が出版された時、著者と桑原重夫が対談した記事が出てきた。そこで桑原(牧師)が次のように言っているのが目にとまった。
「本当に読むべきものを読む」ことが大事である。聖書を原語で読み辞書でその深奥な意味を探るのは面白い。けれども、言葉の詮索に留まって、現実(教会、社会、個人の在り方)を問うことをしないと、ただ、伝統的な護教的立場を固めることになる、と指摘していた。
私は聖典を読むのに毎日ある程度時間を割いているが、上の部分を読んで一部自分のことを言われているような気がした。読むべきだと感じる書物や文書があるのに、手が届いていないことが多いからである。聖典や教会の機関誌(リアホナ)を読むことは大事であるが、読むべきものを読まないで日々が過ぎ去っていくとすれば、短い余生が生きてこない。自分にとって今最も大きな課題と感じること、ぜひ読みたいと思うものを精選して読むようにしなければと思っている。
[ 対談 桑原重夫 - 田川建三「歴史の場でのイエス」日本読書新聞 1980.5.19 p. 2 ]
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然り、汝ら最も善き書(ふみ)より智恵ある言を探し求めよ。
また正に研究と信仰とによりて学問を求むべし。
ーーー
こんな聖句が浮かびました。
私にとってはこちらのブログも「最も善き書(ふみ)」のひとつです。
http://chinmoku.jp/
先日、映画「沈黙 -サイレンス」を観ました。
原作である遠藤周作さんの「沈黙」も読みたくなりました。
今回、再度映画化されたので、見に行きたいと思っています。最も興味あるのは、「沈黙」の中の大きなテーマである、「日本人とキリスト教信仰」と言う事について、日本人ではない監督がどう描いているのか?と言う興味です。
蛇足ですが、このスレッドで紹介されています、田川健三氏は、遠藤周作がお嫌いだったようで、「宗教とは何か」の中、第4部「イエスを描くという行為-歴史記述の課題」で、「遠藤周作のイエス像に寄せて」と言う項目を書いています。
その中で田川健三氏は
「現実」を矮小化するから非現実を「真理」と思いたくなる
と言う、項目を書いてます。
このブログに集う人にはぜひお読みいただきたい。(笑)
ではなく
田川健三氏は遠藤周作氏をお嫌いなようで、
田川さんはまだお元気だったでっすね。
岩下志麻さんとか出てるんですね。極妻姉御の印象強いですからねぇ。
見るわけないか。
監督は篠田正浩さん、あ岩下志麻さんの旦那様。
なぜかロシア語の字幕ですが動画ありました。
https://www.youtube.com/watch?v=jCLzLqNkS_c
遠藤周作さんの共同シナリオだとか。
http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/y/yabuDK/20150623/20150623165732.jpg
日本映画らしくなかなか進展しません。
日本キリスト教界からは批判もとありますね。
音楽が武満徹だったとは、気が付かなかった。
サイトのご紹介ありがとうございます。
しかし・・なんですなーー、若いころは、こんな作品を見ようって気力がまだ有ったんですね、私にも。
最近は、芸術作品はとんと見る気がしません。
肩の凝らない娯楽作品が良いですね。
あ、それと、田川さんの遠藤周作批評ですが、この「沈黙」については、「傑作」と評価しています。
こき下ろしているのは「イエスの生涯」なんですね。
つまり、小説家として、キリスト教信仰を題材にした作品を書くのは構わないが、「歴史記述」としてやるのなら、もっときっちりと事実関係を調べろ!って事ですね。
ジョセフも初めから、「自分の受けた霊感で書いた」と言えば、文句は言わないけど、「金版(古代の記録)から翻訳した」って言うと、文句を付けたくなる。それと同じですかね。
まぁいろんな信仰心があって良いとは思いますが。。
神を信じるとは、神を想像する偶像崇拝であり、「神とは人間がでっちあげた」ものなので、「神を信じないクリスチャン」こそが真のクリスチャンであり、自分は「神を信じないクリスチャン」であるとする。
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豚さんと気が合いそうw
個人的にはちょっとついていけない感じ。
「沈黙」が傑作で「イエスの生涯」が駄作?とはますますわけわからんです。
「イエスの生涯」はかなり人間イエスを描き出していて「沈黙」はカトリック擁護の印象が強いです。
キリシタン弾圧の理由は伴天連への宗教差別ではなくてキリスト教化ー>ヨーロッパの植民地という流れがあったから。
キリシタン大名も結託して日本人女性を奴隷売買に加担していましたからね。
宣教師の信仰は賞賛できるにしても本当に悪いのはお毛党様だと思う。