「雄勝硯」-おがつすずり
「雄勝硯」は江戸時代初期の元和年間(1615年-1624年)、牡鹿半島へ鹿狩り訪れた仙台藩主伊達政宗に献上され、称された。二代目藩主伊達忠宗は雄勝硯師を藩お抱えとしたほか、雄勝石産地を「お止め山」として一般の採石を禁じて保護した。近現代も愛用され、1985年(昭和60年)に通商産業大臣(当時)より伝統的工芸品に指定された。
東日本大震災(2011年)で硯工場が被災し、職人が産地を離れるなどの被害を受けた。現在では硯の代わりに、高級食器に加工した「雄勝石皿」が主力製品となっている。*Wikipedia より
*https://kougeihin.jp/craft/1001/ より
Description / 特徴・産地
雄勝硯とは?
雄勝硯(おがつすずり)は、宮城県石巻市雄勝で作られている硯です。硯工人が1つ1つ丁寧に手で彫り、磨いて作っています。伊達藩の庇護を得られたこと、また、良質な原材料が豊富に採石できたことから、生産が盛んになりました。
雄勝硯の特徴は、光沢のある漆黒や美しい天然の石肌模様、墨がすりやすく色の出も良いという使いやすさ、劣化に強いことなどです。その高い耐久性は、原材料である雄勝石(おがついし)が持つ性質のおかげといって良いでしょう。雄勝石は、黒色硬質粘板岩の一種で玄昌石(げんしょうせき)とも呼ばれ、圧縮や曲げに強く、吸水率が低く、硯以外では屋根などの建築資材として使われる他、石皿などのテーブルウェアなどとしても利用されるようになりました。
雄勝硯の生産は、東日本大震災の影響で一時停止していました。幸いなことに、技術も採掘場も失われておらず、復興も始まっています。
History / 歴史
雄勝硯の起源は室町時代頃です。1396年(応永3年)の建網瀬祭初穂料帳(たてあみせまつりはつほりょうちょう)の中に硯浜の名称が出てきていることから、この頃にはすでにあったのではないかと言われていますが、詳しいことは分かっていません。
江戸時代に入り、伊達政宗に雄勝硯を献上して気に入られたという逸話も残っています。伊達政宗の墓から雄勝硯が出てきていることからも、伊達政宗は雄勝硯を愛用していたことが伺えます。硯師2代目忠宗もからも愛され、ついに伊達藩のお抱えとなります。硯師だけでなく採掘場も伊達藩によって保護され、ますます栄えていきました。封内風土記(ほうないふどき)によると、江戸後期には特産品となり、雅物として扱われていたことが分かります。
1985年(昭和60年)に雄勝硯は伝統工芸に認定され、美しく実用的な雄勝硯の技術は現在にまで受け継がれてきました。
*https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/ogatsusuzuri/ より
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