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<経産大臣指定伝統的工芸品> 兵庫 播州そろばん

2021-07-05 08:19:32 | 東京五輪延期

 「播州そろばん」

 Description / 特徴・産地

 播州そろばんとは?
 播州(ばんしゅう)そろばんは、兵庫県の南東部に位置する東播磨の中心に位置する小野市を中心に作られているそろばんです。温暖な気候に恵まれた小野市では、農業の閑散期の手仕事として算盤づくりが行われてきました。
 播州そろばんの特徴は、部品ごとに作業工程を分業化していることです。生産量の多さと技術の高さから、兵庫県を代表する伝統工芸品になりました。
 現在生産されている播州そろばんの源は、長崎県から伝わった「大津そろばん」と言われています。近江商人で賑わい交通の要でもあった大津は、大阪や京都などの商業が盛んな地域に近く、もともと算盤の生産が盛んでした。
 播州そろばんは、学校や商店など身近な場所で使われる算盤を量産するようになり、子どもが使いたくなるカラーや形、使い勝手を追求した算盤や、ユニークな形のおもちゃのような算盤も開発してきました。
近年はコンピューターや電卓の普及で、算盤の需要が減ってきましたが、育児や学校教育に必要なアイテムとしてアプローチを続けています。
 History / 歴史
 算盤(そろばん)は、室町時代の末期に、中国から長崎経由で滋賀県大津市に伝わりました。大津は商業地の大阪、京都に近いため算盤製造が発達し「大津算盤(おおつそろばん)」が完成します。
 1580年(天正8年)に豊臣秀吉が、小野市の隣町である三木市の三木城を攻略すると、一部の住民たちが大津に逃れました。大津で算盤(そろばん)の技法を習得した住民が帰郷後、地元で製造を始めたのが播州(ばんしゅう)そろばんの起源です。
 江戸時代にはいると、日本各地で寺子屋が開設され「読み、書き、算盤(そろばん)」の習得が奨励されるようになりました。寺子屋が爆発的な増加をみせ、特に商業が盛んな地域で算盤の人気が高まります。幕末には算盤の問屋が8軒と下請けが200軒以上となっていました。
 日清戦争後には、小野市で大川式製珠機が発明されて大量生産が可能になり、第二次世界大戦後の学校教育法が施工された後は、経済発展と共に算盤の需要が伸び続けました。
 電卓の普及により需要が減少したものの、現在でも年間50万丁以上を生産しています。

*https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/banshusoroban/ より

 質を変えてこれからも生き続ける「そろばん」
 電卓の普及でわたしたちの回りから姿を消してしまったそろばん。しかしながら、そろばんは前よりもそのよさが見直されながらしぶとく生き続けている。この道40年の伝統工芸士・宮本一広さんにそろばんの良さを伺った。

 
 盛況時は年間360万丁の生産
 「今じゃ考えられないね。私がそろばんを作り始めて5年目の昭和35年には、小野で360万丁も作っていたよ」と当時を振り返る宮本さん。当時小野市内には350もの工場(家内工場ではあるが)があり、日本一の生産量を誇っていた。昭和40年代の電卓登場以来その数は減少しつづけて、今は工場も50になり、生産量は45万丁前後になってしまっている。数は減ったが、「名指しで私のそろばんを求めてくれる人が日本全国にいるんですよ」と顔をほころばせる宮本さん。珠算教室の経営者や会計士など、職業柄そろばんにひときわ思い入れのある人が注文してくる。なぜ今もそろばんを使ってくれるのだろうか。


 細かいところまで配慮されている工芸品:そろばん
 「そろばんの上・下の枠に小さな穴があいてますが、なんだか分かりますか」と聞かれてはたと考えた。それらは目竹どめ、裏棒どめ、すみどめの穴だが、その目的を聞いて感心せざるを得なかった。「枠板から竹軸や裏棒にキリで穴をあけてアルミニウムの針金を差しこむ穴なんです。細い竹軸に狙いをつけて、竹の真ん中に穴をあけるんです。アルミニウムの針金をそこに差し込めば、枠板と竹軸が固定されるんです。」小さな穴がそんな大きな意味を持っているとは本当に驚きだ。そろばんが丈夫なわけがよくわかった。宮本さんは仕上に使う「8種類のサンドペーパー(目の粗いものから細かいものまで)」と「砥草」と「ムクの葉」を見せてくれた。これらで丹念に磨き上げるのである。途中、つやを出すため天然の白蝋でこするという。本当に細かい配慮が最後の最後までなされている。「こんなことがありましてね」と宮本さんが切り出した。「以前わたしが横浜でそろばん製作の実演会をしていたとき、見にきてくれた子どもにそろばんをあげました。それから何年かたった後、神戸の珠算競技大会でその子に偶然会ったんです。『おっちゃんのそろばん使いやすいわ、初段になった今でも使っています』と言われたとき、これほど嬉しかったことはなかったですね」と、宮本さんは感慨深く語ってくれた。「わたしのポリシーは、使う人が使いやすいそろばんを作ることなんです。手抜きは一切しません。もし体調が悪ければ作りません。」とそろばん作りにかける思いは強い。こうしてできあがったそろばんは、使いやすく、玉のはじきがよく、美しく、工芸品としての価値が本当に高い。


 教育に最適なそろばん
 工芸品としての価値だけではなく、そろばんは教育の教材にぴったり。「今の子が暗算に弱いのはそろばんをあまりしてないからではないのかな」と宮本さん。実際、そろばんを使うと大変効果が出る。指を動かすことにより脳を刺激し、頭の回転を早くする。数の理論やけたの意味、10進法の明確な理論を与えるという効果をあげる。集中力や忍耐力を引き起こし、積極的になり精神が強くなり、いいことづくめである。IT時代においても、そろばんはその重要性をますます発揮していくことだろう。宮本さんの作られたそろばんは多くの人に使われれるのを待っている。


 職人プロフィール

 宮本一広

 1940年生まれ
 この道45年、そろばん普及のため全国及び海外までも実演に出かける

 こぼれ話

 計算道具から教育教材への変換

 そろばんの歴史は古く、紀元前3000年のメソポタミアにまでさかのぼる。日本には室町時代(1500年代)に中国から伝来。その後長い間計算道具として使われてきた。しかし電卓の影響でそろばんは消滅の危機を迎えた。その危機を乗り越え、今もそろばんの普及に精力を傾ける元理事長・内藤逸二さんにお話をうかがった。

 ◆天敵電卓現る

 「全盛時(昭和35年頃)は小野市だけで年間360万丁を生産し、工場は350もあった。」と内藤さん。しかし昭和40年代の電卓のすさまじい普及により、そろばんの生産量は急激に落ちていった。また消費税の導入も更にダメージをあたえた。「おそらく平成13年は生産量45万丁位になるでしょう」とよむのは藤原さん。確かに激減してはいるが消滅したわけでなく、しぶとく生き残っている。なぜだろうか。

 ◆教育教材として生きる

 「もし小学校の教材として使われなかったら全くその姿を消していた可能性があったかもしれない。」と内藤さん。実際の需要は学校の教育教材としてがほとんど。内藤さんたちは、25年以上前からそろばんをたんなる計算道具としてでなく、子どもの能力の開発の上で欠かすことのできない教材として訴え続けていたのである。文部省の指導要領が教材としての使用に影響するが、どのように移ってきたのだろうか。昭和40年の初めまでは、4~6年生の3年間そろばん授業がおこなわれた。しかし昭和45年の指導要領で3年生と4年生の2学年に変わった。次いで昭和55年の指導要領で「ゆとり教育」が提唱され「そろばんまたは電卓を使用」と記載され、3年生のみ、年間8時間の授業となった。「そのときの表現はこうだった。3年生はする必要があるが4年生はするのが望ましいというものだった。しなさいとは書かれなかった。結局3年生だけになってしまったんだ」と口惜しげに語る内藤さん。次は平成4年の指導要領。さらに減らされると誰もが思ったが、なんと3年生と4年生の2学年に戻ったのだ。「わたしたちの長年にわたる陳情が文部省に届いたものと思ってます」と感慨深く語る内藤さん。今度の指導要領の改正は平成14年。ぜひとも次の2点だけは希望を聞いていただきたいと熱く語るお二人。「2年生からの導入」と「電卓による計算の文章を削除して、そろばんによる計算の文章を入れること」の2点である。

 ◆そろばんの効用

 「そろばんというのは、数(かず)の概念を学んだり計数の勘を養ううえで、非常に有効なんですよ。電卓というやつは確かに便利だが、単純に答えをはじき出してくれるだけで、ミスをしても気がつかないことが多い。日本人の暗算能力の高さはそろばんのおかげともいわれており、そういう現代人が忘れていたそろばんのよさをもう一度見直してもらいたい」と内藤さん。実際、指を使うそろばんは脳の活性化に有効といわれる。とくに右脳の活性化に効果があるという。集中力を養うにもそろばんが有効であることは実証されている。外国でもそろばんの効用が認められてきている。アメリカでは早くも1978年に「アメリカ珠算センター」が設立され、公立の小・中学校を対象に珠算教育の指導がなされている。これまで指導にあたってきた学校は1,000校以上といわれ、推定10万人がそろばんを学んでいる。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークなど6都市で珠算競技会もおこなわれている。日系人の多いブラジルでもそろばん人口は増えており、小・中学校や日本語学校、日系の商社・銀行などで珠算教育が実践されているという。その他イギリス、インド、ハンガリー、フィンランド、ニュージーランドなどかなりの国で珠算教育がなされている。もちろんそれらの国には日本からそろばんが輸出されている。もしかするとそろばんの効用については外国から逆輸入される日がくることになるかもしれない。日本国内での精力的な努力は内藤さんたちを中心にこれからもなされていくだろう。子供たちの教育のために。日本の将来のために。

 <内藤逸二さんプロフィール>

 昭和49年より16年間播州算盤工芸品協同組合理事長を務められる。その間伝統的工芸品申請・指定取得および文部省との交渉に代表としてあたられる。平成13年1~3月には、市内8小学校のうち6校にて「そろばんづくり」が実施されたが、そのとき組み立て指導をされるなど、今なおそろばん普及のため精力的に動かれている。

*https://kougeihin.jp/craft/1004/ より


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