Fの前の『ハナミズキ通り』はこれから美しくなる。
鹿沼でただひとつのデパートは休日返上で営業をしている。
まもなく、9時の閉店時間だ。
デパートの裏側は桜並木の『ふれあい通り』になっている。
事件のあった公衆トイレの周辺だ。
禍々しい樹影を見せている。
トイレの白い壁に。
夜目にもあざやかに。
妖狐参上と。
赤のスプレー文字が浮かび上がった。
「あれ、けさはなかったんだがな」
まだ立ち入り禁止の黄色いテープがはられている。
それをかいくぐってお痴絵と文字をかきなぐったやつがいる。
「三津夫おまえの領土は(てりとりー )ひろすぎるのか」
「そんな、こんなことするやっは、いないはずなんス。『妖狐』なんてゾクはありませんよ。ただぁ、このまえ話しておいた、連中が消えちまったきりなんスょ」
「どうやら、おまえらの錯覚ではないらしいな」
ごつごつした桜の黒い枝のつくりだす影。
そのスプレー文字をいっそう不気味なものとしていた。
春爛漫と咲き爛れていた花霞みが。
蕊桜の季節になっている。
川の土手をそぞろ歩きする人たちはいない。
ともかく、ホームレス殺人事件が解決していない。
建物のかげになって、この近辺はもうすでに深夜の静かさだ。
かれらの背後では黒川の流れがうずまき音をたててながれている。
なぜか、この川は夜になると水流が増す。
生臭い臭いをだたよわせてくる。
舗道を横切りFの駐車場に出た。
まだ何台か止まっている車がある。
建物の真裏にまわると闇はさらに濃密になる。
去年の暮れだった。
佐々木小夜子の死体がこの非常階段の脇に横たわっていた。
屋上から投身したにしては損傷はすくなかった。
血もとびちっていなかった。
どちらかといえば、きれいな仏さまだった。
それでも、ぎぐしゃくと形態のゆがんだ惨状を思い起こし、武はぶるっとふるえた。
「どうしたんすか」
ばんからなわりに。
感受性ゆたかな三津夫が。
武のおびえを見破る。
「なんでもない。なんでもない、さあ昇るぞ」
武がいつももっているペンライトをとりだす。
足元をてらした。
番場そして三津夫がしんがりをつとめる。
もちろん、定番どおり、足音をころす。
警備員にでも怪しまれたらことだ。
三人は屋上への非常階段を昇りはじめる。
螺旋状の階段だ。
人ひりとりがとおれるくらいだ。
上からだれかおりてくれば。
からだをよこにしないと。
すれちがえない。
狭い。
ひっそり昇った。
それでも、金属のこすれあう音がする。
かすかな音なのだが。
まわりが静かなだけに不気味にひびく。
音がするたびに、三人の胸に怯えが走る。
なにか、いやな感じがする。
ひきかえすのならいまだ。
下をみれば、螺旋になっている階段は闇にとけている。
もどることを拒まれている。
足元にだけ階段があって彼らは宙に浮いているようだ。
武先輩と番場のふたりは感じないのか。
妖気が頭上からおそってきた。
応援ありがとうございます
鹿沼でただひとつのデパートは休日返上で営業をしている。
まもなく、9時の閉店時間だ。
デパートの裏側は桜並木の『ふれあい通り』になっている。
事件のあった公衆トイレの周辺だ。
禍々しい樹影を見せている。
トイレの白い壁に。
夜目にもあざやかに。
妖狐参上と。
赤のスプレー文字が浮かび上がった。
「あれ、けさはなかったんだがな」
まだ立ち入り禁止の黄色いテープがはられている。
それをかいくぐってお痴絵と文字をかきなぐったやつがいる。
「三津夫おまえの領土は(てりとりー )ひろすぎるのか」
「そんな、こんなことするやっは、いないはずなんス。『妖狐』なんてゾクはありませんよ。ただぁ、このまえ話しておいた、連中が消えちまったきりなんスょ」
「どうやら、おまえらの錯覚ではないらしいな」
ごつごつした桜の黒い枝のつくりだす影。
そのスプレー文字をいっそう不気味なものとしていた。
春爛漫と咲き爛れていた花霞みが。
蕊桜の季節になっている。
川の土手をそぞろ歩きする人たちはいない。
ともかく、ホームレス殺人事件が解決していない。
建物のかげになって、この近辺はもうすでに深夜の静かさだ。
かれらの背後では黒川の流れがうずまき音をたててながれている。
なぜか、この川は夜になると水流が増す。
生臭い臭いをだたよわせてくる。
舗道を横切りFの駐車場に出た。
まだ何台か止まっている車がある。
建物の真裏にまわると闇はさらに濃密になる。
去年の暮れだった。
佐々木小夜子の死体がこの非常階段の脇に横たわっていた。
屋上から投身したにしては損傷はすくなかった。
血もとびちっていなかった。
どちらかといえば、きれいな仏さまだった。
それでも、ぎぐしゃくと形態のゆがんだ惨状を思い起こし、武はぶるっとふるえた。
「どうしたんすか」
ばんからなわりに。
感受性ゆたかな三津夫が。
武のおびえを見破る。
「なんでもない。なんでもない、さあ昇るぞ」
武がいつももっているペンライトをとりだす。
足元をてらした。
番場そして三津夫がしんがりをつとめる。
もちろん、定番どおり、足音をころす。
警備員にでも怪しまれたらことだ。
三人は屋上への非常階段を昇りはじめる。
螺旋状の階段だ。
人ひりとりがとおれるくらいだ。
上からだれかおりてくれば。
からだをよこにしないと。
すれちがえない。
狭い。
ひっそり昇った。
それでも、金属のこすれあう音がする。
かすかな音なのだが。
まわりが静かなだけに不気味にひびく。
音がするたびに、三人の胸に怯えが走る。
なにか、いやな感じがする。
ひきかえすのならいまだ。
下をみれば、螺旋になっている階段は闇にとけている。
もどることを拒まれている。
足元にだけ階段があって彼らは宙に浮いているようだ。
武先輩と番場のふたりは感じないのか。
妖気が頭上からおそってきた。
応援ありがとうございます
