○昨日思い出した天本英世さんのお通夜。ちょうどこの季節の事である。もう5年前になるのだった。その頃もその頃で今日とは別の異常な厄介事で気分が最悪で非常に暗い気分で泣きながら電車に乗り、その気分で教会に入り、また泣きながら電車で帰ってきたっけ。5年後の今日もまた、すこぶる最悪の気分になるくらい大喧嘩をやらかしてきた。5年前はおとなしく黙っていたが、もう自分の老い先も短いのだろうか、怒りをぶちまけてしまった。密室で恫喝されるなら、恥ずかしくても大声を上げて助けを求めた方がいいから、叫んでしまった。人を恫喝し恐怖心を与えているということを自覚しない相手には、そうするしかない。自分の人生は、流れ流れつつも、ともかく「鋼鉄の涙腺」というか人前で泣かないポリシーで来た経緯がある。時には泣く感情そのものすら瞬間的に死んでいるような無感覚になることもあった。しかし、ある本で、男子ですら「とりあえず泣く」ことが「相手の戦意を喪失させる方法」だ、という文章を読んだ時、気づいた。自分が小学校1~2年生までは恐怖に耐えられずすぐ泣いていたということを思い出したのだった。あえてそうする方法もある、というのは、今の自分に起こってきた発想の転換である。金切り声を叫んで助けを求める、ということも、斬られる前でなければならず、斬られた後では意味がない。この末世には、そういう常軌にとらわれず、柔軟に切り替えられる練習も必要な気がしてきた。叫ぶ事で、他の人々に危険を知らせることもできるのだ。予防する対策を立てる人も出るだろう。ともかく、自分一人だけの問題だと考えないことが、次第に、自分を変えてきているような気がする。境遇はほとんど一人暮らしなのは同じだが、周囲に対するそのへんの心持ちは、明らかに5年前の自分よりは変わっている。そんなことを考えながら、QRのどんなもんやを聴いてしまった今日この頃でございます。って口調がラジオから伝染ってきたよ。(20080324)
