後輩たちの敬意 大正9年釧路川洪水と治水210816
「(釧路川洪水の発生)被害発生の因に一般論ではあるが、流域全体で展開してきた森林伐採がいわれるも、もう一つは釧路川治水の遅れを指摘する向がある」(「大正9年釧路川洪水」 『くしろ 釧路開発建設部四〇年史』 1991年刊 205p)。
「家が水びたしになった上、魚粕がすっかりやられた。木材のことが大きく言われたが、魚粕の被害も大きかった」(「水産関係事業」 『前掲書』 211p)
「阿寒川はここ(註 現釧路市山花)から、第一分水溝に転流した」。
「第一分水溝の設計は、この転流を予期したものではなかったろうが、結果として阿寒川の性情をよく見たうえでの分水溝であった」(「阿寒川現河道の誕生」
『くしろ 釧路開発建設部四〇年史』 1991年刊 213p)。
「(釧路川洪水の発生)被害発生の因に一般論ではあるが、流域全体で展開してきた森林伐採がいわれるも、もう一つは釧路川治水の遅れを指摘する向がある」(「大正9年釧路川洪水」 『くしろ 釧路開発建設部四〇年史』 1991年刊 205p)。
「家が水びたしになった上、魚粕がすっかりやられた。木材のことが大きく言われたが、魚粕の被害も大きかった」(「水産関係事業」 『前掲書』 211p)
「阿寒川はここ(註 現釧路市山花)から、第一分水溝に転流した」。
「第一分水溝の設計は、この転流を予期したものではなかったろうが、結果として阿寒川の性情をよく見たうえでの分水溝であった」(「阿寒川現河道の誕生」
『くしろ 釧路開発建設部四〇年史』 1991年刊 213p)。
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