入力量>出力量=ポイントは「聴く」 中世教団の思想脈絡250119
一句。「若有聞法者 無一不成仏」と画像がめぐった」。
没後90年で放送された6回シリーズ「宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる」の第4話。
「宮沢賢治 最愛の妹トシとの死別 詩に込めた賢治の思い」の一場面は。
一句。「若有聞法者 無一不成仏」と画像がめぐった」。
没後90年で放送された6回シリーズ「宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる」の第4話。
「宮沢賢治 最愛の妹トシとの死別 詩に込めた賢治の思い」の一場面は。
漢訳で「若有聞法者 無一不成仏」は、「もし法(法華経)を聞いた者は、一人として成仏しない者はいない」。
『法華経』の「方便品第二」に示される、と。日蓮師が『妙一尼御前御消息』。
「妙一尼御前」なる女性に届けた消息=手紙に引用されている。
付して、次の比喩。
「法華経を信ずる人は冬のごとし、冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかず、みず、冬の秋とかえることを。いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となることを」、と。
専唱題目。ひたすら「南無妙法蓮華経」と経題を唱するは「行(ぎょう)」。その前提に「聴=自ずと耳に入る」と「聞=意をそそいで耳に入る」の<たしなみ=日常>が。
「聴いて、すぐに忘れる」「いくら聴いても、抜けてゆく」。
戦国時代を前に「<底のない器>は、常時、水につけておかねば」。
現代は「通り込む情報の量をうわまわる、情報の出力はあり得ない」。そう、受け止めるか。
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